03
聞き慣れた電子音にいつものように起きて、その音源へ手を伸ばす。眠い目を擦りながら瞼を開けてディスプレイを確認すると、隅に土曜日8時と表示されている。ついいつものように起きてしまったけれど、今日が土曜日であるならばあたしが勤める会社様は休日と設定している日。つまり、無駄に起きてしまったわけで。
「……なんで八時に目覚ましかけてんだろ……?」
携帯に文句を言いながら目覚ましを切ると、再び惰眠を貪るためにベッドに潜り込んだ。唯でさえ飲んだ次の日なんだから、今日は怠けて過ごすに限る。生憎気ままな一人暮らしでそれを叱る母親も今は居ないわけだ。今のところ二日酔いは無さそうだったけれど、寝起きのせいなのか頭が少しぼんやりする。そういえば、昨日はどうやって帰って来たのかちょっと記憶になかったけれど無事に自分の部屋でいつものルームウェアを着て寝ていることを見ると、まぁ何も無かったのだ、多分。
まだ寝ぼけている頭から思考をすぐさま追い出して、二度寝へと準備を整えていると、今度は目覚ましとは違う着信音が鳴り響く。
「……誰なのよ。人がせっかく寝ようとしてるっていうのに」
ぶつぶつと文句を言いながらディスプレイを睨むと、表示されている名前は白田翔。一瞬考えて、それが昨日一緒に飲んだ会社の後輩だと気付いた。休みの日に電話がかかってくるような相手でもなければ、昨日一緒に飲んだばかりの相手だ。その二つを考慮して、何かあったのかという考えに至って即座に電話を取った。
「――はい。波瀬です」
「朱音さん、寝てましたか?」
「あーうん。今起きたところ」
何か問題でも起きたのかと出来るだけ真面目な声で電話に出たのに、白田の声色はいつもと変わらない。あたしは拍子抜けして白田の声を聞いていた。
「……ということは覚えてませんね。あと30分で朱音さんの最寄駅に着くんですけど、やっぱり止めましょうか」
「え?あれ、あたし約束……してたね!」
白田と話をしていくうちに段々と昨日の出来事が脳裏に過ぎる。
そう、昨日はみんなでお酒を飲んでたいそう楽しい気分になった。あたしは酔っ払ってもそんなに変わらないのだけれど、いつもより少しおせっかいになるというか、馴れ馴れしくなってしまうところがあるのです。そんな私はいつものように酔っ払い、白田に絡んでしまったのですよね。ああ、昨日のあたしに説教したいです。すみません。
その絡んでた内容というのがまた余計なお世話のようなことで。
「白田が嫌だったら断っていいんだけど、あと30分もらえれば準備できそう」
「そうですか。では、近くまで行ったらまた連絡します」
申し訳なさ一杯で申し出るあたしに対して、白田は平然と言い切った。もしや、昨日不快に思った腹いせとかいうやつではあるまいか!そんな考えが一瞬頭に過ぎって首を振る。多分、白田はそういうことをする男じゃない。少しでも嫌だと思ったものには積極的に近づかない種類の人間だと思う。
もう、本当昨日のあたしはどうかしていた。あたしが白田に絡んでいた内容は、白田の容姿についてだった。白田自身はあまりお洒落などには無頓着のようでどうでもいいらしかった。しかし、磨いたら絶対光ると思われる白田の容姿にあたしはもやもやしてしまって、あたしが磨いてあげる!なんて言い放ってしまったのですよ。ああ、昨日のあたしのバカ!余計なお世話すみません一言に尽きるのだけれど、白田は嫌な顔もせずにお願いしますと言いのけたのだ。何故。
「ええ?断らないの?」
「断る理由は無いので。それでは」
きっと酔っ払いに優しかっただけだと思って再び断る時間を与えたのに白田は平然と言って、電話が切れた。
はっと我に返ったあたしはがばりとベッドから起き上がると、洗面台へ駆け込んで顔を洗って歯磨きにかかる。鏡に映った私は思ったよりも寝癖が少なくて、昨日は寝ぼけながらもきちんと髪を乾かして寝たらしい。これならば軽く梳かして撫でるだけで十分そうだ。昨日のあたし偉い!
歯磨きを終えると、クローゼットを開けて上が黒で胸から下がキャメル色のバイカラーのドルマンスリーブのワンピを取り出して着る。ストッキングを履いて、胸の下まである長いネックレスを着けたら完了だ。残りの20分でさらっと化粧を施して、せっかくの休日なのでいつもより明るい色のアイシャドーで目元を飾った。最後にリップを塗っていると携帯が電子音を鳴らしながら光った。
「はい」
「今、駅に着きました。大丈夫そうですか?」
「うん。今部屋を出るから10分もあれば駅に着くと思う。近くのカフェとかでコーヒーでも飲んでて!」
白田に言いながら、いつもの出勤用の大きなバッグではなく、少し小ぶりなバッグにお財布、ハンカチ、ティッシュなどを詰めていく。ファンデーションとリップ、それから油取り紙くらいは持っていった方がいいかと思い直して、化粧ポーチから取り出すと小さなポーチに入れてからバッグに入れる。
「俺のことは良いですから、ゆっくり来て下さい」
「ごめんね。できるだけ急ぐから」
そう言って電話を切ると、玄関に急いで靴棚の中を目線だけで物色する。いつもだったらペタンコか3センチくらいのローヒールの靴しか履かないのだけれど、今日のお供は白田だ。白田は身長が高いので多少は問題無いだろうなと考えて、専ら靴棚で留守番に徹している5センチヒールのパンプスを履いた。一目惚れして買ったパンプスは普段友だちといるときに履くには身長が大きくなりすぎるので出番が少ない。久しぶりに履いたお気に入りのパンプスのおかげで白田との約束だというのに心が躍るのが分かる。
あたしの会社は服装に関する規定は緩めなので、よっぽど奇抜にしない限り問題になることは無い。白田をどんな風にしてやろうかと考えて、思わず口元が緩むのを制しながら駅までの道を急いだ。
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