02
「ええ!白田?」
6時の少し前に着いていたのはあたしと白田と優菜だった。半個室の席に座って待っていたら、6時を少し過ぎてやってきた森崎が驚いたように席を見渡した。
「うん。あたしが呼んだ」
「どうも。お邪魔してます」
しれっと言い放つあたしの向かいで白田がぺこりと頭を下げた。
「人数が多い方が楽しいもん。いいよね、森崎くん?」
優菜はあたしの隣でにこにこと笑顔を浮かべて森崎に必殺上目遣いを繰り出した。森崎は出かけた言葉を飲み込んで、優菜の笑顔に屈したようだ。どうだ、優菜の笑顔には敵うまい。
優菜の引き立て役でいることに関しては優菜自身をかわいいと思っている自分もいるので諦めの気持ちもあって、容認しているけれど人の恋路を応援してやる程優しくは無いのですよ。まぁ、優菜が森崎のことを好きなら別だけど、ねぇ?
「う、うん。そうだね、みんなでぱーっと楽しもう!」
頷いて森崎は白田の隣に座る。
「優菜は決まったー?じゃ、あたしは生。白田も生でよかったよね?」
森崎が来るまでの間メニューを眺めていたあたしたちはそれぞれの注文を確認する。あたしは生ビールが大好きだけど、優菜は甘いカクテルが好きだったはず。あたしだって甘いのが飲みたくなることもあるけど、基本的にはビール派だ。特に暑い日なんかは喉越しが堪らないよね。というか、むしろ甘いカクテルを飲んでると、随分甘いのを飲んでるねーなんてからかわれるのがオチだ。
「あたしはカシスオレンジにしようかな」
「店員さん!生中3つにカシスオレンジお願いします」
入り口にある暖簾から顔を出して店員さんに向かって言うと、了承の返事が返って来る。少しして飲み物が来ると森崎がジョッキを持って立ち上がる。
「それでは、今日のこの日にかんぱーい!おつかれーっす」
「おつかれー」
「お疲れ様です」
軽くジョッキを当てて、ビールを口に入れる。今日も仕事を頑張ったかいがあって、今日もビールが最高に美味い。ビールはおいしいじゃなくて、絶対に美味いの表現の方が合ってる。女子としては下品だけど、ビールに関しては美味いが適当だ。間違いない。
「朱音ちゃん、もう一杯頼もうか?」
「ああ、そうね。料理も頼んじゃおう。ほら、森崎も白田も飲みなさーい。女子一人に飲ませるんじゃないわよ」
「おう、まかせろ!」
優菜の視線に後押しされてか、森崎がぐびぐびと生ビールを飲み干した。白田はと言うと、顔色も変えず淡々とビールを飲んでいる。よっぽどお酒が強いのか、表情が出ないタイプなのか?
実は今日誘ってはみたものの、白田とあたしたちはそんなに仲が良いわけじゃない。いつも一人でいる白田が何となく気になってしまって誘ったのだ。人付き合いが苦手なタイプだったら申し訳ないけど、今日はそれほど嫌がってないように見える。
白田の見た目は多分悪くないと思う。前髪が長めな上に眼鏡をかけて俯き加減でいることが多いけど、身長はあたしより10センチくらい高いから高身長の部類だし、口数は多くないけどクールっても言える。顔が良く分からないからあれだけど、身長だけであたしの好みのタイプかもしれない。高身長の女にとって高身長の男は大好物なんですよ。まぁ、肝心の高身長の男は平均よりも小さい女子のことを好きな男が多いんですけどね。ああ、恋ってすれ違いだわー。
「朱音ちゃん、はい」
にっこりと笑ってあたしにシーザーサラダを差し出す優菜にはっと我に返る。我ながら白田の顔を見すぎたわ。見れば白田も気まずそうにしてるじゃないか、ごめん。
「ありがとう。優菜は気が利くわねー」
「そんなことないよー。いつも朱音ちゃんにお世話になってるからこれくらいしないと!今日は朱音ちゃんが酔っ払ってもあたしが面倒みるからまかせてね!」
にこにこと笑う優菜はいつになくやる気に溢れている。
「そんな恩を売るようなこと何かしたっけ?別に気にしなくていいから優菜も楽しみなよ」
あたしが優菜にしてやってることと言っても、何だ?一緒にお昼ごはん食べてるとかそれくらいじゃないかな。プライベートな付き合いはあんまりしないしなぁ。こうやって一緒に呑みに来るのも結構久しぶりだ。課の飲み会の後に優菜と二人で抜けることはあるけど、わざわざそのために予定を作ったことはもしかしたら初めてかもしれないとここで初めて気が付いた。
「朱音ちゃんがいっつも声かけてくれたり、一緒に居てくれるのすごく嬉しいなぁと思ってたの。あたし女の子の友だちってあんまり出来ないから、朱音ちゃんと友だちになれて本当に嬉しいんだよ」
「優菜……。あー、もう!今日はいっぱい飲もう。ね!」
ふわっと笑った優菜にあたしの心もじんわりとした。男だけじゃなく、女のあたしまでメロメロになってしまうなんて、その女子力をあたしにも分けてもらいたい。
「先輩のそういうところ素敵ですよね」
がーっと生ビールを煽ったところで、白田がふいに呟いた。ちょうど会話の無かったタイミングでのその言葉は白田が大きい声で言わなくても、場に響くには十分だった。
あたしが驚いて白田を見たら、白田がじっとあたしを見つめているのでその瞳にあたしの心臓までぎゅっと掴まれるような気がした。え、なに、これ。あたしの顔が熱いのはアルコールのせいなんだからね!
「おいおい、白田。酔っ払ってんのかー?」
「いいえ。特には」
きっと場を和ませようとした森崎が白田におどけて言うけど、白田はお酒なんて一滴も飲んでないような顔で言い放った。あれか、酔っても全く顔色が変わらないタイプなんだね?そうなんだね?
「ふふふ。うん、白田くんもそう思うよね!だからあたし朱音ちゃん大好きなんだー」
「あーもうなんなの!そんなにチヤホヤしたって何も出さないよ!」
「別にいいですよ。波瀬先輩のこと見てるだけで楽しんでるので」
白田はそう言ってぐびぐびとビールを飲んでいる。何だ、この羞恥プレイは。あたしは普段褒められないからチヤホヤされたり褒められたりとかいうのに極端に弱い。弱いというか、どうしたら良いか分からない。こんな時ってどんな顔したらいいのよ!
「朱音、よかったな!物好きが居るぞー」
しかし森崎は通常運転だ。いつもと変わらない軽口に何故か安らいでしまう。何だか悔しい!
「もう、いい。飲んでやるー!」
「おっ!いい飲みっぷりだなー」
「うっさい。あんた達も飲みなさい!」
……と、その辺りまでは覚えているのです。