IF 3話になるかもしれなかった話
拍手お礼にしていた、ボツになった3話です。
本編とは関係ないので、IFとしてお楽しみいただければと思います。
※優菜が本編よりも黒めに仕上がっております(笑)
ちょうど目のあたりに当たる日差しが眩しくてゆるゆると億劫な気持ちで瞼を開けた。今日は休みだから遅くまで寝ていても問題は無い。ただ、視界に飛び込んで来る天井に見覚えがなかった。あたしの部屋の天井は化粧石膏ボードの模様がいい感じに顔みたいに見えて、ホラーを見た後なんかは少しだけ、本当に少しだけ怖ろしい。それなのに、この天井ときたら真っ白で模様どころか汚れ一つ無い。
「……ここはどこ?」
思わずお決まりのような独り言を呟いて、上体を起こすとぐるりと部屋を見渡した。モノトーンで統一されたインテリアはシックでオシャレだけど、色味がないせいなのか女性の部屋とは思えない雰囲気だ。身体に手を這わせたらしっかりと服を着こんでいるので、酔った勢いの何とやらでは無さそう。ちなみに一夜の何とかとそういうのって本当に可愛い子とか綺麗な子は絶対にしない。自分の価値をよく知ってるからそんな安っぽい真似はしない。よっぽどの小娘じゃない限り、お酒に酔ったふりをしても本当に酔うことは無いからね。そういうことをうっかりやってしまうのはそこそこのレベルの人にありがちなんですよ。つまり、そこそこのレベルのあたしは普通にお酒に飲まれてしまったのでしょうか!
そんなことを考えながら部屋をぐるりと見渡していると、コーヒーの良い香りが鼻腔をくすぐった。
「朱音さん、コーヒーでもそうですか?」
コーヒーの匂いを辿ると、開いた扉から顔を覗かせるマグカップを持った男と目が合った。風呂上りらしく髪を上げてよく見える顔は目鼻立ちがしっかりしていて整っている。さらにそれだけでなく、背は高そうでスタイルも良い。しかし何度見ても見覚えが無い。こんなイケメンが知り合いに居たらそれこそ忘れるはずも無いですよ!まぁ、見てるだけで目の保養ってやつでしかないんですけど。
「……朱音さん?気分が悪いですか?」
記憶の引き出しの中からこの人物に該当する人を探り当てるのに一生懸命で、男が近づいて来たのに気付かなかった。ちょっと待てこの目と鼻、どっかで。最近だ。最近見た!この顔、もしかして…?
「――て、白田なの!?」
「はい?そうですけど。もしかして……記憶無いですか?」
思わず上げた叫び声にも近い声に白田が顔を顰めてあたしを見ていた。
「あーうん、いちえで飲んでるところまでは覚えてるんだけど」
「――あっ!朱音ちゃん、おはよう!」
ひょこりと顔を出したのは優菜だった。優菜だって飲んだ次の日だと言うのに、朝の爽やかさに負けない眩しさだ。恐らく化粧すら落としてないくてドロドロのあたしとは違いますよね、はい。
「……ここ、どこ?」
ようやく頭が覚醒してきたせいなのか、二日酔いと思われる頭痛がしてきた。ガンガンと響くように痛いこめかみに手を当てて、白田を見た。
「ここは俺のマンションです。昨日、先輩が潰れてしまったので家が近い俺のところに」
「それで、白田くんと二人きりにしたくないからあたしも着いてきたの」
にっこりと優菜が笑って補足した。もしかして、優菜は白田がイケメンなことを知ってて?むしろ良い仲?あたし邪魔?
そんな考えがありありと顔に出ていたらしい。
「あたしと白田くんは何も無いからね?」
「花房先輩は男の部屋に一人で寝かせておくのもってことで付き添いですよ」
優菜と白田に二人に即座に否定された。確かに優菜のほんわかかわいい小動物系と白田の実はモデル風イケメンは組み合わせとしては間逆だけど、意外に悪くないかなーと思ったのに。
「そうなの?あたしのために申し訳ないわー。ごめん、今起きるね。うぅ……気持ち悪い」
立ち上がろうとしたらぐるぐると視界が回っているのを痛感した。やばい、これは今動いたらいけないやつだ。ああ、やばい。二人とも元気そうにしてるのに恥ずかしい。人前で潰れてしまうなんて何年ぶり?もういい大人ってやつなのにダメすぎる。
「朱音さん、まだ休んでいた方が良いですよ」
「でも、あたしがここに居たらせっかくの休みが潰れちゃうでしょ」
「いえいえ。ゆっくりしていって下さい。何だったら今日も泊まって行っても良いですよ」
「あはは。さすがにそうなる前に回復して帰るから大丈夫だよ」
そう行って白田の言葉を笑い飛ばしていると、にこりと笑った優菜があたしにコンビニの袋を差し出した。 「朱音ちゃんがここに居るならあたしも居るね。そうそう、メイク落としたいでしょ?メイク落とし買ってきたよー。よかったら化粧水も使ってね」
「わぁ。ありがとう。助かる」
「でしょ?というわけで、これからメイク落とすので男子禁制だよ!白田くんは部屋の外で待っててね?」
優菜はそう言い切ると、白田の背中を押して部屋から追い出して扉を閉めた。正直、今もすっぴんと変わらないと思うけど優菜の心遣いが嬉しかった。どうせ化粧自体もそんなに濃くないから顔は大して変わらないけど、心は違うのよね!
「昨日どうなったの?あたし全然覚えてないんだけど。あたし何かやらかしてない?」
「そうなの?そんな風には全然見えなかったよ。酔っ払ってもあんまり変わらないんだね」
メイク落としシートで顔を拭くと僅かに残ったファンデーションとドロドロのマスカラが取れる。多分、アイラインは見る影もないだろう。そしてようやく覚悟を決めると、戦々恐々として優菜に聞いた。しかし心配も杞憂でどうやら大丈夫だったらしいことが分かってほっと胸を撫で下ろした。ちなみに人生で一番の失態は居酒屋のトイレで寝落ちです。それ以来、その居酒屋には訪れていません。恥ずかしくてね!
「記憶無くすのなんて何年ぶりだろ?記憶ないって恐いね」
「ふふ。朱音ちゃんいつもはお酒強いもんね。最後に急に寝ちゃっただけで、それまでは本当に普通だったよ。だから安心して」
「それならいいんだけど。迷惑かけたでしょ?ごめんね」
「ううん。むしろ、朱音ちゃんに頼りにしてもらえてるみたいで嬉しいよ。あ。喉渇くでしょ?はい」
ガサガサと袋を鳴らして青いラベルのペットボトルを取り出すと、蓋を開けて渡してくれた。この気遣いがモテる女子ってやつですか。あたしだったら普通にキャップついたまま渡しちゃうかも……。ありがとう、女子力勉強になります……!