表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

俺が彼女を好きになった理由。

白田視点の番外編です。時間軸は一話までです。

本編と白田の印象が異なるかもしれません(笑)

 初めて朱音さんのことを知ったのは、部署の歓迎会だった。俺を知る人からは図太い人間だと評される俺はほとんど人見知りをする方ではない。むしろ他人からどう見られるかということにあまり興味がないのだ。

 部署に配属されたその週末の夜、同じ部署に配属された新入社員が先輩社員たちの前に並べられて挨拶をさせられる。他の新入社員の挨拶を右から左に聞き流しながら、何となく視線を向けた先にいたのが朱音さんだった。

 女性にしては高い身長が目を引いて、隣に立つ背の小さい女性と楽しげに笑っているのが印象的だった。背が高いこともあって可愛いという雰囲気ではなく、どちらかで分類すると美人系なのだろう。何となく見ていて思ったのは、俺とは正反対の明るい楽しい人なのだろうなというのが第一印象だ。

 しかしそんなことを考えている暇もなく、挨拶が終わると新入社員にどんどん飲ませようとする先輩社員がどんどんやって来る。酒に弱い方ではないが、それでも次から次に飲ませられるのはキツい。しかも俺は酔っても顔色がほとんど変わらないこともあって、どんどん酒を注がれてしまっていた。社会人になったら学生の頃のように馬鹿みたいに飲むことも少なくなるのかと思ったが、そうでもないらしい。正直そろそろ遠慮したいのだが、断ってもいいのか?これは。

「――新人くん、隣いい?」

 自分のジョッキを眺めながら、アルコールの許容量はあとどのくらいかと自分の体に聞いていると女性の声が俺にかかる。声に顔を上げると先ほど見ていた女性が俺の隣に座った。

「あ、はい」

「あたし波瀬朱音。これからよろしくね。あたしに分かることだったら何でも聞いて」

 はぜあかねさん、と心の中で繰り返す。人の名前を覚えるのは苦手だが、何となく彼女の名前は覚えたいと思った。

「白田翔です。ご指導ご鞭撻をよろしくお願いします」

「あはは。そんなに固くならなくていいよ。それにしてもさっきから結構飲まされてるけどお酒強いの?大丈夫?」

 小さく頭を下げた俺に朱音さんは楽しげに笑った。そしてすぐに俺のジョッキに視線を遣り、俺の顔色と見比べた。

「弱くはないと思い、ます」

「そっか。それならいいんだけど」

 そこまで言いかけて、上司と思われる男から声がかかる。

「――おい、波瀬。ちゃんと新人に飲ませろよー!」

「はーい!白田はあたしが責任持って潰すので、任せてください」

 上司の声に朱音さんはそう笑顔で返して、近くの空いているグラスに透明の液体を入れて俺に渡す。酒か?そう思って顔が引きつってしまったのだろう、朱音さんはくすりと悪戯でも成功したかのような顔で笑う。

「――水だよ。お酒が強いのはあたしも嬉しいけど、あんまり無理して飲むことないよ?もうみんなそろそろ出来上がってて覚えてないだろうから、適当に断っても大丈夫だよー」

 そう言って笑う朱音さんの悪戯めいた笑顔が印象的で、思えばそれが恋に落ちた瞬間だったのかもしれない。

「……はい。ありがとうございます」

 俺は朱音さんにそう返すのが精一杯だった。


 あれからというもの、つい朱音さんのことを目で追ってしまうことが続いていた。朱音さんは賑やかな人ではないし、自ら進んで輪の中の中心になるタイプでもない。それでも気が付くと朱音さんを見ていた。

 そして見ていて気付いたことがある。それは、朱音さんがとても気が付く人だということだ。さりげなく誰かのフォローをしていたり、手伝ったりしている光景をよく見かける。小さい先輩――花房さんが男性社員に声をかけられて困っている時も適当な冗談で流してあげているのも何度が見かけた。そして朱音さんは浮いているように見えるらしい、俺にもよく気を遣って声をかけてくれているようだった。本来の俺であれば多少浮いていようとも気にしようともしないのだが、この時ばかりはそのことも最大限に利用しようと思っていた。


「――波瀬先輩。チェックお願いします」

 朱音さんに振り分けられた仕事を終えて、念入りにチェックを済ませてから先輩の元に持っていった。

「見たら声かけるから席戻ってていいよ」

 朱音さんはファイルを受け取ると、パラパラと捲って書類に目を通すとにこりと笑って言った。その言葉に頷いて席に戻って他の仕事を片付ける。今日は基本的に残業をしてはいけない金曜日ということもあって、仕事は大方片付いている。元々今はあまり忙しい時期でもないので、そんなに今の時期仕事量も多くないので定時までに問題なく予定の仕事は終わりそうだ。しばらくディスプレイに向かっていると、人の気配を感じて顔を上げる。

「ちょっと誤字があったけど、後は大丈夫。それ直したら部長にメール送っていいよ」

「分かりました」

 朱音さんからファイルを受け取る。すぐに立ち去るかと思った朱音さんはそのまま動かないのでまた顔を上げると、朱音さんは予想外のことを俺に告げたのだった。

「うん。それじゃ、今日の六時に駅前のいちえね」

「はい。……え、先輩?」

「じゃ、よろしくー」

 きっといつものように顔に大して感情は出ていないのだろうが、これでも俺は精一杯驚いている。朱音さんと俺は先輩と後輩の関係になって二年と少し。だが、こうやって忘年会その他会社の飲み会以外で一緒に食事などに行ったことはない。というのも、朱音さんに俺が「職場の後輩」という関係以上に見られていないのは分かっていたからだ。職場での恋愛が難しいことはよく分かっていたし、朱音さん自身もあまり噂などを流されたくないタイプのように見えた。だからこそ無理にどうにかなりたいと思っていなかった。

 でも、これがチャンスであるということは考えなくても分かることだった。しばらくは彼女の言葉が上手く飲み込めなかったが、じわじわと朱音さんの言葉が体を駆け巡った。とりあえずは同じ舞台に立つところから。そう考えて、俺は着々と作戦を練る。

 少しでも仲良くなれれば、色んな人と親しく話をする朱音さんのことだから俺と少し話をしていても悪目立ちはしないだろう。朱音さんが俺に対して後輩以上の感情を抱いていない以上、俺が動かなければ始まらない。そして動くのだったら、朱音さんの隣に立てる男でありたいのだ。とりあえず、彼女の放っておけないセンサーのために適当にしていた見た目を何とかするべきなのだろう。もちろん、頼まれたら断れない朱音さんに「お願い」をして。

もともと爽やかではなかったですが、蓋を開けると少し黒い白田になりました(笑)

それでも楽しんでいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ