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01

 誰だ。誰もが自分の物語の主人公だなんて言った人は。

 別にあたしの容姿自体はそんなに悪くないと思う。自己評価だけど、中の上くらいはあると思う。目だって小さくないし、はっきりした二重だ。口角が下がり気味の口元はマイナスだけど、鼻だって低くもないし団子鼻でも豚鼻でもない。髪の毛にだって気を使っていて、胸まで伸びている髪はさらさらと靡いて絡まることもない。

 確かに170センチという身長で背が少し高すぎるのは難点だけれど、普通より僅かに少ない体重から考えるとモデル風っていう言葉でも置き換えられるじゃない?

 それなのに、だ。世の中の男っていう生き物はあたしではなくいつも隣に並ぶ女を選ぶのです。なぜ。


「朱音ちゃん。今日お弁当持って来た?無かったら外に食べに行かない?」

 声をかけてくるのは同じ課の花房優菜。ふわふわのパーマと適度に明るいハニーブラウンの髪色は彼女の甘い顔立ちにぴったり。155センチと少し小さめの身長のおかげでほとんどの人に対して上目遣いになるけれど、雰囲気と相俟ってそれが似合ってる。170センチのあたしが上目遣いができる相手なんてものすごく限られてるのに羨ましい限りの話です、ええ。

 そんな彼女は所謂我が企画二課のアイドルです。つまり、彼女が今回の私を引き立て役にしている子です。はい、どうも。

「今日は寝坊しちゃったから無いよー。どこ行く?そういえば公園側のカフェランチおいしそうだったよね。優菜、ああいうの好きでしょ?」

 そんな私が毎回引き立て役に選ばれ続けているのにも理由がある。この姉御肌気質で面倒見の良い性格と、そんな性格故に孤立してしまいがちな彼女たちを見ていられないこと。そして、適度に整った容姿で側にいるのが不自然じゃないというのがいけないのだろう。

「うん、そこに行きたいな」

「じゃ、行こうか。って、何よ森崎。一緒に行きたいの?」

「わ。バレちゃったか。俺もご一緒してもいいかな、優菜ちゃん?」

 あからさまに声をかけるタイミングを計っている男と目が合った。男の名は森崎秀人。同じ課の同僚で、優菜に絶賛アピール中の男だ。

「え?う、うん。いいよ」

「よかったー。じゃあ、行こうか。優菜ちゃん」

「何であたしには聞かないのよ、森崎」

 戸惑いがちな視線をあたしに寄越す優菜に苦笑して森崎に言っても森崎は悪びれた様子もない。

「あれ、いたの。朱音」

「へぇ。いい度胸ね?金輪際優菜に近寄れないようにしてあげましょうか?」

「うわぁ。嘘です。ごめんなさい。ご一緒してもよろしいでしょうか、朱音様!」

 黙っていると怒っているように見えると評判のあたしの視線と言葉に悲鳴を上げた森崎を見て鼻で笑う。

「分かればいいのよ、分かれば」

 そうしてやってきたカフェで頼んだのはランチプレート。今日のメニューはハンバーグにミニオムライスとサラダ。しかもこれにドリンクとデザートのミニスイーツまで付いて680円。こんなに安いのにおいしいのだからもっと早く来ればよかったと絶賛後悔なう。

「しっかしよく食うな、朱音。優菜ちゃんを見習えば」

「うるさい、森崎。優菜とあたしの身体の大きさの違いが目に入らなくて?」

 呆れたような目であたしを見る森崎をぎろりと睨んでオムライス最後の一口を口に入れた。チキンライスが最高においしい。トマトソースもくどくないし。このカフェ絶対また来る。

「いや、目に入ってるよ。でかいな、お前」

「へぇ。そんな口聞いちゃう?」

「うう。すみません、ごめんなさい」

「ふふ。仲が良くて羨ましいなぁ」

 にこにこと笑う優菜は分かってるのか分かっていないのか。この男は貴女のことが好きなんですよ。本当に気付いていないのかと何度も観察してみてるけれど、分かっていないように見える。それともこんな風貌でまさかの計算ずくだったらあたしはもう立ち直れないと思う。天然で引き立て役にされてるのじゃなければ、誰かこんな役勤めてやるものか。

 まるで小動物みたいに小さい一口なので食べるのも遅いけど、それがかわいいんだろうね。あたしみたいにガツガツ食べる女なんてモテませんよね、分かってます。

「優菜ちゃんさえ良ければもっと仲良くなっちゃう?何なら親交を深めるためにも食事なんてどう?飲みに行かない?」

「うん、いいよ。――朱音ちゃんはいつ空いてる?」

 一瞬、優菜が森崎に落ちたのかと驚いたけれどそんなのはあたしの思い過ごしだったらしい。彼女は通常運転であたしにパスを回してきた。

「うぇ?あたし?」

 ちらりと森崎を見ると、断れ!と口パクで伝えてきた。だけど、あたしはそこまでお人好しじゃないものでね。

「金曜日なんてどうかな?」

「いいよ。今週は用事無いし」

「……いや、よく思い出せ!用事があるだろう、祖母ちゃんの見舞いとか!甥っ子の子守とか!」

 力強く言ってくる森崎は無視。しかもデートいう選択肢がないのがまたムカつく。あたしにだってデートの一つや二つ……入ってないけどね!

「よかったー!じゃあ、今週の金曜日ね!朱音ちゃんと飲みに行くの久しぶりだね。楽しみができたから金曜日まで仕事頑張れそう」

「俺も優菜ちゃんとのデートのために頑張る!」

「さ、そろそろお昼休憩終わりだから行こう。ご馳走様、森崎」

「ええっ!俺のおごり!?」

「えっ、そんなの悪いよー」

「いいのいいの。森崎が優菜に奢りたいんだって。ね?」

 そう言って森崎を見る視線には優菜にかっこいいところ見せたいんでしょ?と込めてみる。

「は、はい……!気にしないで。優菜ちゃんの笑顔に癒されて午後も仕事頑張れそうだから、そのお礼だよ!」

「いいのかなぁ…?」

 納得がいかない様子の優菜は戸惑いがちにあたしの顔を見た。

「いいの、いいの。男の顔を立ててあげなよ」

「分かった。ありがとう、森崎くん。ご馳走様」

「いいよ。どういたしまして!」

 渋りながらも笑顔でお礼を言った優菜に森崎はでれでれだ。さっさとデスクに戻ろう。


 そんなこんなでやってきた金曜日。経費削減のためにノー残業デーが設けられているわが社では、金曜日の残業は基本的に禁止だ。申請をすれば出来ないこともないが、よっぽどのことが無い限りほぼ不可能である。そんな訳で、金曜日はみんな定時上がりなので30分前ともなればみんながそわそわと落ち着かない様子を見せる。

 あたしだって早く時間経たないかなーなんて時計を見るけれど、こういう時に限って時間の流れは遅いものだ。さっき時計を見たときから5分も経っていなかったんですけど。

「波瀬先輩。チェックお願いします」

 波瀬、そう呼ばれて顔を上げると二つ下の後輩の白田があたしにファイルを差し出していた。ちょうど仕事の区切りが付いて手持ち無沙汰になりかけていた頃だったのでちょうどいい。

「見たら声かけるから席戻ってていいよ」

 そう言って受け取る、ファイルから書類を出してぱらぱらと見る。間違いは無いかと思ったけれど、誤字発見。その場所に赤ペンでチェックを入れて、他の文章も眺める。他も間違いは無さそうだ。

「ちょっと誤字があったけど、後は大丈夫。それ直したら部長にメール送っていいよ」

「分かりました」

「うん。それじゃ、今日の六時に駅前のいちえね」

「はい。……え、先輩?」

「じゃ、よろしくー」

 きょとんとした後輩を残してあたしは自分のデスクへ戻る。そういえば、回覧のメールに目を通してなかったわ。

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