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じいちゃんヒーロー

作者: 朝霧遊水

特撮ヒーロー番組を見たことがあるだろうか?

かっこいい必殺技、巨大な悪と戦う勇敢な主人公…

しかし実際のヒーローはそんなにかっこ良くないのかもしれない。






僕の名前は山崎真人。ごくごく普通の小学5年生のツッコミ系少年だ。


とりあえず言っておくが、僕は今5年3組の教室の自分の席に座って授業を受けている。


「はぁ、なんか面白いことおこんねぇかな」

僕の友達兼に荷物持ち君の裕也が耳打ちする。

「たしかに」

僕もそれに頷く。

担任は国語の朗読をしている。単調な音に思わずあくびが出てしまう。しょうがない。つまらないのだ、暇なのだ。他の生徒にもしても、授業を聞いているのは真面目な一部の生徒のみで、後は内職するか寝るか、僕たちのように話しているかだ。


「ふぁ……」


僕はあくびをした。まぶたも重くなっている。眠い。あぁ、上瞼公爵と下瞼令嬢が今にも駆け落ちしそうな勢いで逢引したがっている。仲人は睡魔さんだ。ここは僕も二人の愛を応援して、くっつけてやるべきだろう。

僕は夢の国に行くために着々と準備をする。主に担任に見つからないようにする工作だ。やはり旅立つ時にはそれなりの準備が必要だよ、うん。備えあれば憂いなし。


「まさとぉ〜」


どこからかかすかにじいちゃんの声が聞こえた。恐らく幻聴か夢の国からの招待状だろう。このじいちゃんは時間は家にいるはずだ。というか家にいろ。


「まさとぉ〜ましゃとぉ〜?Masato?」


そう夢だ夢。夢に決まっている。今、発音が英国人風だったのも気のせいだ。

すると唐突にガラッっという音がした。僕はいきなり現実に引き戻されて目を瞬かせながら音源を見た。

そこにはしわしわよぼよぼ、鳥の足に似た骨と皮だけのような老人一名。息が上がっていて、今にも倒れそうだ。


「じいちゃんっ!どうしたんだよ、こんな退屈でつまらないところに……」


おっと、思わず正直に思いのたけを言ってしまった。まぁ、担任驚いてて聞いてないみたいだから問題なしか。


「お、おぉ真人。や、やっと見つけた。ちょ、ちょっと話が、あ、あるんじゃが。」


じいちゃんは息も切れ切れになりながら答えた。やばい、発作が起こるかもしれない。じいちゃんは持病で発作がある。


「先生。じいちゃんを保健室に連れて行きます」

「早く連れて行ってあげなさい」


先生は突然のことに少し混乱しているようだったが、しっかりとそう言った。






僕はじいちゃんを保健室に連れて行った。保健室の先生は居ないが勝手に入らせてもらう。


「じいちゃん、はい。水だよ」


僕はコップに水を入れてじいちゃんに渡した。どこかに麦茶だとかいう気の利いたものもあるはずだが、まぁ、別に良いだろう。

じいちゃんはそれを受け取る。そして腰に左手を当てて水を飲む。


「くぅ〜、まずい。もう一杯」


なつかしのフレーズだ。しかし、いまさらそれはないだろう。僕は軽く流すことにする。


「で、じいちゃん。何の用?わざわざ学校まで不法侵入しに来て?」

「そうじゃ。実はなぁ、怪人が現れたんじゃ!」


は?というかそんなことを言うじいちゃんが一番怪しいぞ?


「じいちゃん、大丈夫?熱計ろうか?とうとう頭がイカれた?」


僕はじいちゃんを揺さぶりながら言った。じいちゃんはがくがく揺れている。


「く、くるしいぞぃ……!」


このままでは、逝ってしまいそうだ。そう判断して僕は手を離した。じいちゃんはゲホゲホとせきをしている。心なしか顔も青ざめて見える。まぁ、気のせいだろう。案外じいちゃんはしぶといと僕は信じていたい。


「真人。わしは今、ばあさんが川の向こうで手を振っているのが見えたぞ」

「だ、大丈夫?」


ちなみにばあちゃんは生きている。むしろじいちゃんより元気だ。


「でさ、結局何なの?」

「あのなぁ、ベルトがイケメンじゃから怪人が死にそうで、わしはヒーローを倒さなければいけないのじゃ。」



病院はどこだったかな?



「じいちゃん。もう一回言って。」

「だから、イケメンの怪人がベルトじゃから、ヒーローがピンチで、わしは…あれ?なんじゃったかな??」



しかもさっきと違ってるし。



「じいちゃん。はい、ゆっくり息を吸って。吐いて。吸って。吐いて。」

「すっ、すっ、はぁ〜。すっ、すっ、はぁ〜。…そうじゃ!わしがスキップしながら散歩しているとイケメンのヒーローと怪人がいてな、ヒーローが死に掛けていてわしは、ヒーローからベルトを託されたんじゃ!」


とにかくその呼吸法はラマーズ呼吸法だ。出産の時の奴だ。


「じいちゃん、とりあえず病院に行こうか?」

「おりょ?わし悪いところなんてどこもないぞ?」


自覚はないもんなんだね。

僕は憐れそうな瞳でじいちゃんを見る。大体、スキップで散歩するのはやめていただきたい。目の毒だ。


「まず学校でようか?」


これ以上学校にいても暇だし…。と心の中で呟く。まぁいわゆるサボりだ。しかしじいちゃんを口実にすれば先生も文句も言えないだろう。それに僕は先生受けいいし。


「じいちゃんここで待ってて。」


教室に荷物を取りに僕は走った。






ガラガラガラ…

教室のドアを開くとドアを開いた人物、すなわち僕に視線が集まる。


「山崎君。おじいさんはどうしました?」


水を打ったように静かだった教室に、先生の声が響く。


「どうやら、誤って学校に迷い込んだらしいです。痴呆が進んでますから。あと発作が起こりそうなんで早退していいですか?」

「分かりました…。おじいさんについていてあげなさい」

「ありがとうございます」


僕はお辞儀をする。ふっ、ちょろいな。

手っ取り早く荷物を纏める。


「……お前、基本腹黒いよな」

「おや、裕也君?こんなに祖父思いの僕のどこが黒いというのかね?」

「い、いや。うん、お前は良いやつだ」


物分りの良い奴は長生きするよ、裕也。






「……総合病院へ行くべきか?それとも精神科医か?」

「真人どこか悪いのか?じいちゃんがおんぶしてやろうか?」


じいちゃんの言葉はスルー。それに僕がじいちゃんにおぶられたらじいちゃん潰されると思う。


「天国のばあさんや。真人がシカトするんじゃ……」


だからばあちゃん死んでないって。というかじいちゃんがばあちゃんに殺されるよ?


「はいはい。じいちゃんちょっと付いてきてね?」

「はっ、これが噂の唐揚げかいのっ!?」


何を想像しているんだ。というかかつあげだ。じいちゃんなんて食べたくない。それに家族からかつあげしても無駄だろ?


僕が嘆息交じりに考えていると視界の端にちらちらと何かが映る。ふと気を引かれてそちらに顔を向けるとそこに居たのは変質者だった。この暑い日に長袖長ズボン。黒いマントを羽織っていて、何故か口に真紅の薔薇をくわえている。そして5人ほど全身タイツの変態を引き連れていた。

コスプレイヤー?


「じいちゃん、別の道行こうか」


出来るだけ係わり合いになりたくない人種だろう。何故か物凄く熱っぽい瞳でこっちを見てきているが。


「フンッ、逃げるのかい?」


真ん中の変態のボスみたいなの……が僕たちを見て嘲笑する。いや、誰だってそんな格好をしている人からは逃げたくなりますって。

僕はじいちゃんの手を引いてその言葉を無視して踵を返そうとする。


「……真人、男には逃げてはならんときがあるんじゃ」

「じいちゃん……?」


しかし、じいちゃんは立ち止まった。その瞳には決意の光が宿っている。


「おやぁ、僕に敵うと思っているのかい?」

「あぁ、やってみせるんじゃ……わしは……ヒーローじゃからなっ!」


変態ボスはじいちゃんを挑発するように笑う。しかし、じいちゃんはそれに怯まず変態sと向き合った。変態ボスはその態度が気に障ったのだろうか、不快そうに眉をひそめる。


「ヒーロー?はっ、どこがヒーローだって?」


悪いが同感である。じいちゃん、寝言は寝て言おう。


「後悔するんじゃないぞ!変身……とぅっ!!」


じいちゃんがそう言って腰のベルトに手を当てる。正直趣味が悪い、子供のおもちゃの変身ベルトみたいな奴だ。それはじいちゃんが手をかざすと、目もくらむような眩い光を放つ。


「な、何だって!?お前がまさか本当に……!?」


変態ボスはその光景を見てうろたえた。下っ端らしき全身タイズにいたっては既に浮き足立っている。


「じ、じいちゃん……」

「真人、言ったじゃろう。わしは今日からヒーローになったんじゃ……!」


眩い光の中でじいちゃんが微笑む。……のは良いが。


「じいちゃん光ってるだけで何も変化ないから!」

「今のうちだ!お前ら行けっ!!」


「キキッ!」


あ、全身タイズは下っ端的叫び声だ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!変身中は手を出さないのが暗黙の了解じゃろうっ!?」


そんな常識はないだろう、じいちゃん!?


「むっ……それもそうだが……」


納得するのかよ。全身タイズも立ち止まる。


「そうじゃよ!わしは真人の大好きじゃった戦隊物を昔からよく見て研究してたんじゃ!!こっそり玩具の剣とかベルトも借りてたんじゃ!!!」

「お気に入りだった玩具が知らないうちに壊れてたり、障子が破れてて怒られたのはじいちゃんのせいかー!?おいっ!」


がくがく揺らす。敵だと思われる変態ズが引くぐらいがくがく揺らす。


「あ、あの……そろそろやめないと死にますよ?」

「一度死んで変な行動と言動を取らなくなるならむしろ良いっ!」

「いやいやっ!?死んだら生き返りませんって!」


全身タイズは案外良識人だった。というか普通に日本語しゃべれるんだ。


「こらっ!普通に喋ったら給料引くぞ!!」

「そ、そんな殺生な……!最近子供も産まれたんで入用なんですって!!」


しかも所帯持ちだった。


「げほっ!ごほっ、げほっげほっ……!」


あ、じいちゃんを忘れてた。


「ちょっ、大丈夫ですか?」

「じ、持病の喘息じゃ……」

「えぇっ!?病院行きましょうよ!?ってかそんな貧弱なヒーロー聞いたことありませんって!!」


しかも全身タイズは自分もお金ないのに気遣うくらい良い人だった。


「わ、わしは負けられんのじゃ!」


じいちゃんは気力で起き上がる。


「……行けっ!」


変態ボスも乗せられて指示をする。全身タイズは一瞬躊躇った後、じいちゃんに向かって走る。


「……すみません。だが、これも可愛い裕香のためっ!」


娘さんは裕香ちゃんというらしい。

全身タイズの所帯持ちの裕香ちゃんのお父さんは、じいちゃんに右拳を振り上げる。


「じいちゃ……っ!」

「げほぉっ!」

「えぇっ!?当ててないですよ!?って、何でその非難の目!?」


裕香ちゃんのお父さんは物凄く周りから睨まれた。しょうがない、じいちゃんが凄い声上げて、しんどそうだから。


「……老人虐待!そんなことで裕香ちゃんが喜ぶと思っているのか!?」

「はっ、ゆ、裕香あぁぁぁっ……!」


全身タイズ一人脱落。頑張れ、裕香ちゃんのお父さん。


「ちぃっ!お前らも行けっ!」

「ごほっ!げほっ……!!」


変態ボスは苛々と靴を鳴らす。しかしじいちゃんのせきによって全員一瞬躊躇った。

そのとき僕は見た。じいちゃんの瞳が一瞬輝くのを。


「秘儀!3日間履いた靴下+男物の下着!!」


シュパパパッ!とじいちゃんは靴下と下着を全身タイズの口や鼻に当たるだろう部分に投げていく。むわゎぁん……と称するようななんともいえないすっぱいような匂いがする物をだ。あれは……きつい。


「む、無念……!」


残りの4人いた全身タイズはあっさりとじいちゃんの靴下と下着に負けた。僕も心が折れそうな光景である。


「き、貴様……卑怯だぞ!」

「6対1で襲ってくるような奴に言われたくはないわい!どちらかというと戦術じゃ!!」


それにしても酷い奇襲だ。喘息に見せかけて攻撃って。


「しょうがない。僕がじきじきに葬ってくれる!」


変態ボスはばっとマントを翻す。じいちゃんもふっと表情を消して構えを取る。痛いほどの沈黙が降った。何が痛いかというとこの光景自体が痛いのだが。


「行くぞ……!」

「バッチ恋!」


じいちゃんその年で恋とか言うのは止めよう。しかも変だから。


「はぁっ!」


今気付いたが、変態ボスは銃刀法を軽ぅく無視していた。細身の剣がじいちゃんの服をかする。

これは本当にヤバイかもしれない。


「じいちゃん!」

「真人安心しろ!じいちゃんには……一日に一度しか使えんが……ひっしゃつ技があるんじゃ!!」


今噛んだよね?重要な場面で噛んだよね?しかもそれを流そうとしているよね?


「フンッ、やってみなよ!」


変態ボスは鼻で笑って再び剣を構える。じいちゃんは一つ大きく息を吸って、そして……


「入歯クラッシャー!」


入歯を吐いた。入歯は放物線を描かず、一直線に変態ボスに向かう。ボスは真っ青になる。


「き、汚いっ!」


そう叫んだ変態ボスの口に入歯がカポリとはまった。ジャストミートだ。


「こ、こんなことがある……なんて……」


変態ボスは地面に倒れこむ。


「ひょうか、ひょもひひっひゃか(どうだ、思い知ったか)」


ちゃんと発音できてないよ。


「へいひははななふはふんひゃ(正義は必ず勝つんじゃ)」


果たしてどっちが正義だったのは怪しいほど、汚い勝ち方だったが。色々な意味で。






こうしてご町内の平和は守られた。僕の気力の減少と裕香ちゃんのお父さんの就職を失うという多大なる被害を与えながらも……






僕のじいちゃん。72歳。喘息と認知症持ち。そして自称ヒーロー。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ツッコミ属性の主人公がとてもツボにはまりました。  戦闘シーンを文章で表現するのはとても難しいと思うのですが、分かりやすくてしかも面白かったです。
[一言] じいちゃんの珍ヒーローぶりに、思わず吹き出してしまいました。次の事件(!?)を楽しみにしています。
[一言] 普通に面白かったです。あの小学生とは思えない真人君の冷めっぷりと軽くキちゃってるおじいちゃんのやりとり楽しめました。というか下っぱ給料あるんですね。結香ちゃんのお父さんが今回の一番の被害者な…
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