第92話 全速前進! 【REMINISCENCE】
誤字・脱字ご容赦下さい。
そんな気の抜けた話をしながらもアリア達と霧の中てくてくと歩を進めて行く。
実際の所、今回調査のメインはポポがくんかくんかと毒物等の異常を嗅ぎ取り、キールの"すーぱーれーだー"で不審物がないかを調べることになっていた。
つまり孝和たちのやるべきことは特になかったりもするのだ。
ただし、霧深くなってきたことでキールの"れーだー"が若干知覚範囲を狭めているらしく、目視での確認はしなくてはいけないとのこと。
しゅんとしたキールではあるが、まあ本当は救護要員で呼ばれているわけでその役目は問題なくこなしているのだ。
そういうわけで孝和の仕事といえば霧で見えにくくなった町並みを歩きながら周りを見渡し、おかしな点がないかを確認するくらいだが、逆をいえばそれだけしか仕事は無い。
正直、保護者役で一緒に回っているだけで役には立っていないのだ。
この見回りが終われば、ぐるっと確認してきましたと報告する為だけの人員である。
そんなこんなで全体の大体半分近くに差し掛かった時だった。
ぞわっ……
何かわからないが全身をざらついた空気が撫でていく気がした。
真っ直ぐに伸びる道の先、その辺りからである。
「んあ?何だ?」
「どうしたの?」
きょろきょろと周りを見渡しながら、霧に包まれた町並みをぐるりと見渡す。
今までと全く変わりのないその光景。
だが、何か気持ち悪い。
ピリピリとする不快感を前方から感じていた。
「何だ、これ?」
「グルルルル……!」
「マジか、大当たりかよ?」
ポポもそれに気づいている。
ただ直立しているだけなのに、吸いこまれていくような不思議な感覚。
不安感と嫌悪感をミックスしてさらに濃縮した絶対的な忌避を刻み込む"これ"。
これに似たものにどこか覚えがある。
確かこれは以前にも似たようなことがあったのではないか。
それにたどり着こうと孝和のシナプスが反応するかしないか、そんなタイミング。
「っ!!ヤバっ!?」
その不快感に似た事象について記憶の線がつながった瞬間、急激に前方からの圧が高まるのを感じる。
体にまとわりついているこの朝霧に何かが混じってきた。
先程までの比ではないほどのぞくりとした悪寒が全身に走るのに気付くと同時に、一気に気功を全身に迸らせる。
全開でドンと大気を揺らすほどの圧で迸った白銀の輝きが、体を包む霧を跳ね除ける。
横に立つアリアに手を伸ばし、その肩を掴むと彼女に気功の膜を張り巡らせる。
ぱぁぁぁん!!
大きく気功の膜に押されて弾けた霧の水分が、孝和たちを中心に球状になって縁を象った。
ぼたぼたと零れた水分が地面に雫の線を描く。
「くっそ!」
咄嗟の事で最も近かったアリアまでしか手が回らなかった。
後ろを見ると、うつろな目をした警備の男が一人、ぐらりと膝から崩れ落ちていくところだった。
慌てて彼の体を支えに向かう。
ぐったりとした体は完全に弛緩しており、その重さがずしりと孝和に覆い被さってきた。
倒れたのは孝和の抱きかかえた警備の男一人だけであるが、もう一人もひどく調子を崩している様子が見てとれる。
もう一人の警備も、右手で顔を覆い何もない道の真ん中で倒れ込みそうになった上体を必死で押さえこんでいる。
ぜいぜいと荒く息をはき、目からは涙、鼻から鼻水、抑えた口からは涎がぼろぼろと零れている。
顔面から吹き出す水分という水分が滂沱の如く流れ出ていた。
「皆、大丈夫か!?」
抱きかかえた男を地面にゆっくりと横たえると、周りを見渡す。
だが、孝和のパーティーメンバーは孝和が咄嗟に守ったアリアを含め、全員が一応問題ない様子であった。
『だいじょーぶです!』
キールの前方の宙にふよふよと丸い氷の玉が幾つか浮かんでいる。
その玉同士がうっすらと光る線でつながれており、見た感じは完全にアレである。
「何というかバリアー的な奴だな、それ」
ちょうどポポに乗ったキールの前方に展開されたバリアー的なそれは、ポポもシメジもキールも守る盾になっていた。
『このあいだ、スクネくんのとこにいったときに、しゅぎょーしましたっ!こじんけーこーがたのきんせつとっかしよう光輪ぼーぎょばーじょんです!』
「ガァッ!」
えっへんといわんばかりにポポの上でふんぞり返るキール。
誰か、おそらくオロとかに聞いたのであろうバージョンの様式を、そのまま復唱している様子であった。
もうすでにそれは光輪の範疇ではないが、正直キール以外にだれがその術式使えるのという改変が施されているそれを見つめる。
苦笑いしながらも、横たえた男の様子を見る。
昏倒しているにはいるが、うぅと小さく唸っている様子から生きてはいる。
「キール、アリア。この人達を頼む!ポポ、シメジは俺とあの変な感じがした辺りを探すぞ!」
「こっちは任せて。取りあえず、横になってください!」
「す、すまん。正直、限界だっ……」
倒れることなく、辛うじてこらえていた男もアリアが肩を貸すと、地面に倒れるようにして仰向けになった。
意識は保っているが、力が入らない様で上体を起こしておくことすらできないようだ。
『よーし!やるぞーっ!!』
アリアの横までポポから飛び降りたキールが跳ねながら到着すると、間髪入れずに神の祝福を2人に放つ。
それを見ながら、アリアは意識を保っている方の男にゆっくりと腰にある水筒から水を飲ませている。
「任せる!じゃあ、行くぞ、二人とも!」
ぼふっ!
「ガアッ!」
駆け出しながら、成獣形態のポポにひらりと飛び乗る。
シメジも勝手知ったるもので、孝和が飛び乗る場所を空けつつ自分は飛び乗ってきた孝和の腹の前に収まりがいいように場所を移動している。
ダンッ!
強く石畳を蹴ると、ぐんとポポの体が加速する。
前傾姿勢になり、ポポに抱きつくような格好になるが、風の抵抗を考えるとこの格好が最も具合がいい。
「何だ?気配が遠ざかってる、のか?逃げてるってことかよ?」
あの不快感を伴うものをぶつけてきた存在をしっかりと認識することができている。
だが、ポポに乗り追いかける素振りを見せた瞬間、それが一気に遠ざかる気配を感じたのだ。
あの不快な圧が強まった瞬間、全員が防御の体勢を取った訳だが、そこからすぐに追跡に入れなかった。
流石に倒れた者のフォローを投げ捨てて"それ"を追う訳にもいくまい。
その数コマ分の割り振りが相手を逃がす隙を与えたともいえる。
(だが、逃げを選ぶまでが幾分"トロい"。多分、今回みたいなことは"無かった"んだろう?)
今までの道端で意識を消失した被害者の話からすると、なぜか急に道で倒れた、という報告しかあがってこない。
全員がなぜか意識を失った理由が分かっていないということは、その状況の発生時に周囲を確認できる者がいなかったということになる。
要するに襲われた瞬間に、全員がやられていると言う事だ。
つまり、孝和が感じた不快感に抗う様な暇さえなく、昏倒したのだろう。
上手くやってきたのだ、今までは。
だが、今回は違う。
あの不快極まりない圧が膨れ上がる瞬間に、全員がそれに対し身構えるだけの時間があったのだ。
本来であれば今回も全員が道で意味も分からず倒れてしまったのだろうが、踏みとどまるものが居た。
そういった経験のない"それ"が、今までなかったトラブルに対応をしたのは今回が初めてだったのではないか。
初めて狩猟者ではなく、逃奔者となったのだろう。
(だから、ここで終わらせねぇと!次はきっと今回のポカから学ぶ!逃がすとマズイ!)
追う。
真っ直ぐに伸びる街の道は霧に包まれているが、それでも横に"それ"が逸れるのならばすぐにわかる。
いまだ、"それ"は真っ直ぐ孝和たちの前方を一直線に遠ざかろうと移動していた。
「ギリギリ、こっちの方が速い!このまま追い込むぞ!!」
「ガッ!!」
ゆっくりとカーブしているのだが、このままのコースであれば問題ない。
逆回りのマルクメットの班が来ている筈だ。
このままで行けば、挟み撃ちに出来る。
(どういう理屈なのかは知らないが今回のトラブルの原因は間違いなく"この"何かだ。とっ捕まえてマルさんに引き渡す。あとは神殿の人たちとどうにかしてもらえばいい)
ぐん、とポポの体躯に力が漲る。
より強く地面を蹴るポポに振り落とされないように、シメジをしっかりと抱きかかえ、自身もポポに埋もれる様に体を沈ませた。
速度を増し、追い込みのラストスパートをかけた孝和一行と件の容疑者との距離はどんどん狭まってきている。
ただし、獣の脚力で全力で駆けるポポをしても距離を徐々に詰めることしかできない事から考えてみてもこれは異様である。
(人間の出せる速度じゃないな。恐ろしく速ぇし。一体なんなんだよ?)
もうすぐ追いつくと、そう孝和が考えた瞬間である。
「なにっ!?」
唐突に"それ"が消えた。
霧に包まれた先に間違いなく居たはずの"それ"。
「ガルァァア?」
ポポも気付くと全力で駆けた足を弛めた。
とととっ、と制動をかけたポポからひらりと孝和は飛び降り、ゆっくりと右手でエッジを抜き、左手で真龍の短刀を構える。
どの方向から何が来ても対応できるように、戦闘態勢を整えた。
ポポにしてもシメジにしても同様である。
3者で隙の無い様に互いをカバーする位置取りで不測の事態に備える。
「ゆっくり、ゆっくり進むぞ。間違っても突出する事だけはするなよ」
ぼふっ!
「グルルルルッ……!」
ここは状況が大きく変わった以上、先程までのチェイスを続行するという愚は犯さない。
前方にはマルクメットの西回り班がいるのであるなら、それを信じてここはゆっくりと追い込んでいくのが上策だろう。
(綺麗サッパリとあの気持ち悪ぃプレッシャーが消えちまってる……。見落としたってことは無いと信じたいんだがな)
じりじりと前進しながら、進むこと暫し。
霧の向こうから歩いてくる人影、いや集団の影がうっすらと見えてくる。
ぐっと剣の柄を握る手に自然と力が籠り、孝和は大きく息を吸う。
全身の筋肉が流れ込む血流によって一気に膨れ上がった。
ジャリッ……
霧の向こう側、向こう側の様子が見える。
ゆっくり進めていた歩を止め、どんなパターンにも対応できるような体勢を整えるのだ。
吸い込んだ呼気には湿り気のある空気が混じる。
跳ねるような鼓動を押さえるように、精神を平静に努めた。
「……おう、すげえ殺気だぞ。何があった?」
霧の向こうから現れた人影は、孝和が予想していたとおり、マルクメットの率いる西回りの一団だった。
孝和のぶつけた戦意に呼応し、彼らも抜剣し表情も強張ったものだ。
「ふぅぅぅぅ……。くそっ!」
孝和は大きく吸い込んだ息を吐き出すと、盛大に悪態をついた。
つまりは"そういうこと"になる。
丁度半分の行程を消化した孝和が不審な"それ"を追いかけて、人通りの少ないこの時間帯に集団で現れる人影が前から来ると言う事は、その一団はマルクメット達であろう。
そして逆方向からやってきたマルクメット側が孝和たちの様子を聞くと言う事は、それまでの間には特に報告するべきことは何もなかったと言う事だ。
「やられたぞ……。こりゃあ、本格的にヤバい雰囲気がするな……」
つまり、孝和たちが今追いかけたものは、"狼や業魔の鼻"を逃れ、"気配察知"から隠れる技能を持ち、"人の目"で追えない何かしらの姿を隠す術を持っている上に。
「……人を襲う"習慣"と不利になれば逃げる"知恵"のあるやつで……」
あの前方から感じた圧力、そして忌々しくも思い起こされる不快感。
それはあの腐肉の肉人形が放つ呪いに酷似したもので。
「死人の匂いがするってのか……」