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価値を知るもの  作者: 勇寛
真っ直ぐに、真っ直ぐ一直線に
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第90話 本音と建て前 【BLACK&WHITE】

誤字・脱字ご容赦下さい




「疲れてるみたいですけど、最近忙しいんですか?」


 ちょうど、昼食のラッシュも終わり少し早目にディナータイムの準備の為、酒場を閉じようかという時間帯にマルクメットがやって来た。

 注文の皿をもってテーブルに向かうと、少しくたびれた様子で椅子に沈み込む彼の姿に感じるものがあったのだ。


「ん?ああ、忙しいと言えば忙しいが。すこし街も騒がしくなってきているのでね」

「人が増えると小競り合いも生まれますしね」


 苦笑しながら給仕をしている孝和も、この昼間には客同士の諍いの仲裁に入る羽目になっている。

 何せ客層のメインは冒険者で血気盛んな分、そういうトラブルが起きることも多い。


「小競り合い、というよりはな。少し物騒な話が聞こえてきていてなぁ」

「俺が聞いてもいい話なんですか?」


 マルクメットの立場上、警備に関わる守秘義務というものもあるだろうことからそう聞いた。

 マルクメットはどうでもよさ気に、皿の上にある程よく火の入った川魚のソテーをナイフで切り分け、美味そうにぱくつきながら答える。


「もうすでに噂として広がってしまっているようだがね。聞いたりはしていないか?北の行政区付近で何の前触れもなく道端で倒れている人間が増えているというものだが。この3番街は少し離れているしな」

「お客さんは冒険者が多くて……。客層的に行政区に関係する人ってあんまりいないんですよ。でも、何人かそんな話、してたような?」


 ただ、どちらかといえばこんな内容だった。

 曰く、"青っ白い役人どもが道の真ん中で寝ちまうんだとさ""はっ、気合が足らねぇんじゃねぇの?""ちょっと忙しくなったくらいで情けねぇこった!""肉食って酒飲んでパァッと休まねぇからだぜ""そうだな、やっぱ真面目一辺倒じゃあ、人生楽しくないしな""そりゃそうだ""わっはっはっ!"。

 ブラックな企業体質など論ずる場すらないのではあるが、まあ最近の環境変化で忙しい分えげつないしわ寄せが役人に来ているのだろうなぁと単純に考えていたのである。


「それでも倒れた人数が多すぎる。さすがに一時期に集中していた時期からは仕事も減っているしな。気が抜けて、それでということも考えてみたが……。倒れてそのまま寝込んでいる、という訳でなく倒れてしばらくすれば元どおりなんだ。翌日には普通に仕事もしてる」

「全員疲れが溜まってたから、偶然ってわけじゃ?」

「倒れてるのは大体同じ区画の奴ばかりだ。しかも、"必ず"道のど真ん中でぶっ倒れるんだぞ?家やら宿舎でそうなっている奴がいるというならは話は変わるが、ここしばらくそんな奴は一人もいないと来れば、俺たちも動かざるを得んさ。しかも違う区画で同じくらいかそれ以上に仕事に追い込まれてた部署もある。そっちは今のところ誰もそう言ったことを言う奴がいないと言う事でな?あまりに疲れ果てて逃げた奴はいるみたいだが」


 はぁ、としか言いようがない。

 しいて言えば労働基準法って文句が出てたりしてても、やっぱ大切だったんだなぁと思うくらいだ。

 健啖家であるマルクメットは魚の骨から身をその風貌に似あわぬ繊細な手つきでほぐしながら、口に次々と運んでいく。

 空になった杯には下戸である彼に合わせたハーブ水を満たしてあったがそれも空になりつつある。


「一応変な毒物でも仕込まれてたら大変なのでな。明日従魔士ギャバンとその従僕バグズの協力の元、北部区画の調査予定だ。知り合いだろう?」

「ああ、そうですね。そういう仕事もしてるんですねあの人ら」

「狼の鼻に勝る調査方法は無いだろう。ま、本当に念の為、ということだ」

「ふぅん、怖い話ですね」


 そういえば、と思い出す。


「あれ?あれぇ?」

「どうした、タカカズ」


 すでに皿の上は空になり、残るは固焼きの黒パンのみ。

 汁ものとして出してあったスープの残りに浸しながら、ちまちまと食べ進めている。


「今日、キールたちお出かけしたいって言ってて、今いないんですよ」

「ほう、まあ子供は小さいうちは目を離すと、どこにでも行ってしまうというからな」


 ずずっとハーブ水を啜るマルクメット。

 ふわりと孝和の鼻にまでその香気が流れ込んでくる。


「……久しぶりにバグズと遊ぶんだーって出てったんですけど」

「今の話に出てくる従魔か……。まあ従魔同士仲が良いと言う事は良いことではないかな」

「このタイミングでその話が出るもんですかね?」

「出るのではないか?世間はタカカズ、君が思うよりも狭いものだよ」


 孝和のじとりとした目線がマルクメットを貫く。

 それに全く動じることなく、彼は皿の上に有った遅い昼食を食べ終える。


「いや、相変わらず美味かった。また今度も来るとしよう」


 マルクメットはじゃらじゃらと革財布からちょうどの金額のコインをテーブルに載せる。

 立ち上がると机に立て掛けた剣を掴み、出口に向かい歩いていく。


「……ありがとうございました」

「うん、ではな。ああ、今のうちに明日の予定は空けておくといい。多分そうせざるを得なくなっているはずだからな。駄賃はいいはずだ」


ぱたん


「やられた……」


 扉が閉まる瞬間、にたりと熊のようなもさもさの顎髭に埋もれた口元が大きく笑みの形を描き出すのが見える。

 間違いない。

 あれは絶対"知っている"。


「く、くそぉっ!」


 ぷるぷると布巾を握りしめた拳をマルクメットの食事の終わったテーブルの上で震わせる。

 力強く苛立たしげにテーブルを拭いていく。

表面が削れるのではないかと思われるくらいの勢いで磨かれているテーブルはみしみしと悲鳴を上げている。

ちなみにみしみしイっているそれは、冒険者が使う特注で頑丈さだけは折り紙つきである。

 そんな殺伐とした片付けの最中である。


『ただいまです!』

「がぅ!」


 件の2人が裏口より帰ってきた。

 恐らく、ギャバンの家から直帰であろう。

 きっと頼まれごとをしているだろうから。

 この2人はそういうところは律儀である。

 誰かからの伝言があるのであれば、忘れずに伝えねばと思う子たちなので。


『ますたー、あのね。あしたって、ひまー?』

「うん、すごく忙しいわけではないなぁと思ってるけど」

『そっかー!よかったぁ』


 彼らに罪はない。

 悪いのはいつも純真な子供ではなく、それを利用しようとする悪い大人なのだから。


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