第89話 我ら火付盗賊改方にござる 【THIEVES OCCUPATION】
誤字・脱字ご容赦下さい。
砦に向かう時に門番との立ち話で出てきた話がある。
どうもマドック周辺のアンデッドが浄化部隊の活躍もあり実数が減っているということ、浄化部隊の巡回がそれに伴いだんだんと縮小していく予定だ、という情報が流れているそうだ。
確かにそれは正しく、間違ってはいない情報であった。
気をつけなよと言われて軽く礼を言った記憶がある。
「正しいけどちょっと前の古い情報なんだよな、それ。一文追記されるまえの情報だな」
はぁと息を吐くと、手に持つ棍棒を手元に戻し、軽く振る。
ぴっと地面に血の飛沫が一筋の線を描いた。
棍棒が今まで綺麗にめり込んでいた目の前の男の顔面にくっきりと一本の棒の跡をスタンプしている。
どうっと土煙を上げて、上段に斧を振り被った姿勢のまま気絶した盗賊が白目を剥いて倒れ込んだ。
伏した盗賊がぴくぴくと動いている。
うつぶせになって倒れているが、じわじわとその地面とキスしている顔面からゆっくりと赤い染みが砂利交じりの土に染みこんでいった。
最新版の情報を手に入れる前にマドック周辺へ戻ってきた盗賊がどうも増えてきているのだろう。
盗賊稼業に復帰しようとした矢先に出くわしたのが孝和たちというのがまあ運がないと言える。
「更新後の情報が出回ってるなら間違っても俺なら近づかないんだけど……。この状況見るとやっぱ情報収集って大切」
恐らく最新版に更新されていればきっとこういう内容だろう。
"銀の乙女"を中心とした街道の警備が開始予定。今後マドックより物資・人員の補充ならびに拠点・連絡路の整備を決定。すでに中規模盗賊団の"撃退"ではなく、"殲滅"の実績あり。ちなみに魔物を中心とした構成であり、殲滅後の略奪行為は目を覆わんばかり、と。
『あ、ポポ。くつはそっちにまとめておいといてー。ぼくずぼんとおさいふをあつめるからー』
「わうわう!」
「武具はいま分けるのではなく、一式で集めて。砦で分配することにしましょう」
「ギギ。ワカッタ。アツメル、ウチモドル、スキナノモッテク。エラブノ、アト」
「この盾、良い物だというのに錆が浮いている。そういったところを疎かにして、命の張り合いに挑もうとは……。情けない限りだ」
「どこで手に入れたか、調べる必要があるが。今回は良い稼ぎになった」
結論から言うと、けちょんけちょんにしてやった、となるのだろうか。
追剥タイムが始まっていた。
最後に残った盗賊が孝和の前に来ると、その状況確認そっちのけで倒した盗賊を一纏めにして剥ぎ取りに入ったのだ。
信頼されているといえばいいのだろうが、援護なしで丸投げにするというのはリスク管理の在り方として問題ではなかろうか。
ただ完全にボッシュートされた盗賊はゴブリン達が後ろ手に縛りあげて、キールやアリア、エメスによる最低限の治療の後気絶したままその辺りに転がされているのは事実として存在しているわけだが。
風邪をひくだろう扱いを全員が特に問題視していないところが恐ろしい。
流石にこの場にはレディであるアリアやマオもいらっしゃるということで、ぱんつに関しては孝和の指示により情けが掛けられていた。
ひとつだけ言わせてもらえるなら、逆に言えばぱんつ以外は容赦なく剥かれているということであるが。
「しかし何人か取りこぼしたな。あと何セットか投網を準備すればよかった。思ったより使い勝手がいいわ、これ」
視線の先には投網に絡まった数人の男が昏倒している。
全員で一当たり目のド頭に準備した投網を敵に向かって投げてみたのだ。
突然の奇襲を受け、混乱の最中絡まり合う投網を抜け出すことができなかった盗賊たちは、徹底的に棒で打ちのめされた。
こちらもぴくぴくと動いているのであるが、投網で動きを制限されたところに全方位から乱打という滅多打ちで、それをみた数名が脇目も振らず全力で逃げに転じてしまったのだ。
(しかし、どうするかね。追うならポポに頼みたいが、少し時間も経っちゃったし、いま剥ぎ取りに夢中だからなぁ。すげえ楽しそうにしてるのを邪魔するのも可哀想か?)
ふんふんと機嫌よさ気に、倒れている盗賊の靴をせっせと回収していくポポ。
装身具やアクセサリーなどを付けている物がいれば隣のゴブリンの袋の中にそれを放り込んでいく。
たまにくんくんと靴を嗅いで余りの臭さに隣りの回収役のゴブリンと爆笑していたりもする。
なんというかすごくシュールな光景ではある。
「なんか俺たちの方が盗賊っぽくないか?俺の思い描く盗賊のあるべき姿を忠実に再現したら目の前にある"これ"な気がする」
「確かにこの状況、それ以外に見えないわね。あの補給の人たちすごい顔してるわ」
「あえて見ない。それも大切なんではないかと思う」
「でもすごく皆の手際がいいのよね。これが普通って慣れ始めるととちょっとまずいかもしれないわよ。」
近くに寄ってきたアリアが孝和と話しはじめる。
ちなみに顔面を地面にめり込ませていた最後の盗賊は、ゴブリン達が両足をズルズルと引っ張って略奪コーナーへと引きずられていった。
地面には顔面から吹き出した血がこすり付けられた一本の太く赤黒い線が残っている。
役割をしっかりと認識し、各々が効率よく剥ぎ取りを行っていく様は言い方が悪いが、正しい追剥の仕方を実践していた。
すごく穿った見方なのかもしれないが、もしかしてワザと古い情報が出回っているのではなかろうか?
無防備な羊の群れを狙う狼を狩る猟師役を仰せつかっている気がしてならない。
一網打尽に近いくらいの勢いで盗賊団を撃破している身からすると、あの豪奢な装いの美女の微笑が頭の隅にこびりついて離れない。
「まあ、一応正義の行いの範疇という事で後のことは後で考えたいなと思ってて。実際致命的な問題はなさそうなんだし」
「……けが人の治療をしておくわ。補給の人の治療は完了したし、あとはこの盗賊たちも歩けるくらいにはしておかないとね」
「砦に物資搬入して、帰りは盗賊を運ぶのか……。補給の人にすごい仕事押し付けて申し訳ないなぁ」
「一番最初の補給でこれだけ忙しくなるとは思いもしなかったでしょうしね」
ふと沈黙が下りる。
「ははは」
「ふふふ」
なぜかおかしくなり二人そろって笑ってしまう。
何故だろうかとても忙しいし、大変なのは間違いないのだがそれを超えてすごくやりがいがあると言えばいいだろうか。ああ、働いてるなぁというランナーズハイにも似た感情が溢れてくるのである。
「帰ろうか、取り敢えず」
「そうしましょうか。砦に残してきた人もどうなってるかやきもきしてるでしょうしね」
気絶している男たちをしっかり縄で縛った後で、ポポたちがぺしぺし頬を叩いている。
砦に戻るための諸々の準備も終わったのだろう。
「騒ぐかねぇ」
「騒ぐでしょうよ」
目覚めたばかりの男が一人、目の前にいるポポたちに喚きはじめる。
予想通りの光景にげんなりしながらも、すぐにその喚き声が聞こえなくなるだろうことも予想している。
喚いていた男が口汚く罵詈雑言をぶちまける中、ずいとポポたちと位置を変わる一団がいた。
重装甲のエメスと槍持ちのレッド・リザードがずらりとその前に揃うと、言葉が徐々に細く小さくなる。
寝ぼけた脳ミソにもわかるほどの剣呑な雰囲気は、彼の起動したばかりの脳内メモリの書き込み速度をマックスまで引き上げたのだ。
「まあ、予想の範囲内だな」
「そうね」
ポポとキールはそれをよそに違う男をペしぺしと叩きはじめる。
恐らく、彼は目覚め、騒ぎ、そして静かになるだろう。
この光景が後何回か行われて、問題なく移送ができるまで孝和たちは少しの間休息を取ることになるのであった。
がらごろと音を発てる補給の馬車に括られたロープに繋がれた男たちがとぼとぼと歩いている。
ドナドナが流れてきそうなどんよりとした彼らの歩みが遅いのは、仕方のないことだろう。
ただそれでも彼らがおとなしくドナドナの連行に従っているのは、恐怖にかれられてということもあるが、それ以上にまだ希望があると細い糸があると信じていたからだった。
あの奇襲の最中、即座に撤退を選んだメンバーが居たのである。
どうもこの一団にその者達がいないことには全員が気付いていた。
加えて、それには孝和たちも気づいており、捕虜となった彼らを逃がさぬようぐるりと周りを囲んでいる。
増援が得られればもしかするとワンチャンスあるかもしれないと、考えている盗賊の心を支える最後の灯である。
孝和たちは知る由もなかったが、この盗賊団は実は孝和の想像していた中規模の盗賊団ではなく、実は先遣隊でしかない。
マドック周辺の盗賊・野盗は鰻登りに増加しているのだ。
その人員の多くにアンデッドの氾濫から発生した一連の被害者がいることは事実ではある。
食っていけない、家族を養えない、それはそうなのだろう。
想像できるには想像できる。
だがだからといってその立場を嵩に加害者になっていいと言う事は決してない訳で。
「……儘ならない。何かつらいよなぁ」
キールの"すーぱーれーだー"な周囲の把握能力と、念話を活用した情報共有はイカサマ的な有用性を発揮する。
それによれば間違いなく孝和たちの周囲を囲んでいる存在が浮かび上がってくるのだ。
(多少気配を消せる奴もいるけど、ほとんどド素人だもんなぁ。キールに教えてもらう前に皆気づいてるんだよ)
孝和やエメス、レッド・リザード族に補給隊の面々は気配を読んで、ポポやゴブリンやボアは周囲のざわつきを野生の本能で察知している。
キールの"おしらせですっ!"で少しだけ気配の隠し方の上手な奴が確認できてしまった以上、奇襲にはなりえない。
(それでも、来るか、敢えて見捨てるか……。どっちにするかだけど)
じりじりとした緊張感が続く。
補給を奪いたいのとさらには捕虜の奪還。
天秤にかけるのは、最初の襲撃時より増えた防衛側の戦力だ。
見てわかるくらいの敗残者の酷い扱いはまじまじと見せつけられている。
(成功した時の益は多いが、失敗のリスクはデカいぞ?その上で運を天秤に賭けるか?二の足を踏むんじゃないか?)
じりじりと緊張感を伴ったまま、砦に戻る。
「ふぅ。どうやらこのタイミングでは来なかったか」
緊張を解き、大きく息を吐き出す。
砦の防衛を担う居残り組が警備を引き継ぎ、孝和は庭へと補給の馬車と捕虜を連れて移動する。
未だに視線を感じるのは、遠くから見ている奴がいるのだろう。
戦闘後の鋭敏な感覚に触れるその感触がどうもイラつく。
「引かねぇかなぁ。城攻め3倍則なんて無いだろうけど、似たような話はあるだろうに。嫌だねぇ、神経戦する気なのかなぁ」
物資の補充ができた分、多少の余裕は出来たがいつ襲われるかわからないというのは、あまり精神上好ましくない。
捕虜のいる分、飯の減りも早いだろうし、どうするものか。
「あれ?スクネか?」
庭の真ん中にスクネが立っている。
こちらに気付いたようで振り返るのだが、予想していたものと違う異様な光景であった。
「えぇと、お疲れさん」
「がぁっ!」
左手には大きな川魚が数匹えらを縄で貫通させて一括りにしたものがぶら下がっている。
恐らくは湖で釣り上げたかで捕まえたお土産であろう。
ただもう一方の右手はそうではなく。
「その、右手の人は、何だろうかなぁ?」
右手が掴んでいるのは森の泥に塗れるだけ塗れた2名の男たちである。
か細く、助け…と聞こえてくるので生きてはいるのだろうが、それでも息絶え絶えの状況であろう。
右手で無造作に掴まれた足を引きずられてきたのであろう。
服は地面にこすり付けられ、擦り切れ、ずたずたになり、肌の露出しているところは血まみれになって泥と混じりあい、ドロドロに全身を染め上げていた。
恐らくではあるが、強引に引っ張ってきたため、足が本来と逆向きに曲がっていたりもする。
間違いなく折れているわけだが、いったいこのありさまはどういう事になるのだろうか。
『ふむふむ』
「ぐぁ、グアア?グルゥゥ」
『へぇ、ふぅぅん?』
「ガァ!ぐぁぁ!」
『だ、そーです』
「いや、無茶いうなよ。俺わかんないんだから」
流石にダメージがひどいので、引き渡された男たちが簡単に治療されることになった。
ただ、心が折れたのだろう。
震えるばかりで、一点を見つめ、肩を抱いたまま一歩もその場を動こうとしない。
『スクネくんのおはなしからすると、とーぞくさんのようです!とりでにくるとちゅうで、ここをみてたから、なんだろなーってのぞいたらおそわれたんだって!んで、ついでだしいっしょにおみやげにもってきたそーです』
「すげぇ運の無い奴らだな。まさかお土産扱いされるとは。えげつない潰され方したんじゃなかろうか……」
震える男の横には鉄製の兜が転がっている。
いや、兜だったと"思われる"モノが転がっているのだが、ひしゃげている。
どう見ても頭をその塊にスポッと嵌めるだけのスペースが存在していない。
さて、問題だ。
兜を持っていて、敵が近くにいて、襲う襲わないにかかわらず、警戒している状況下で、それを装備していないと言う事はあるだろうか。
それが歪むほどに形状を変化させているわけである。
(しこたま殴られて凹んだのか。滅多打ちだったろうな。若しくはアイアンクロー的にぐしゃってやられたか……)
少しだけ、ほんの少しだけ同情をしたが、まあ犯罪者である。
しかも暴力に訴えての蛮行。
殴るつもりなら自分が殴られることは織り込み済みのはず、とはだれの言葉だったろうか。
「ああ、そりゃそうか。逃げるわなぁ。おお、逃げろ逃げろ」
感じていた視線が消える。
確実に戦意をごりっと削られた盗賊が、奪還と襲撃をあきらめたのが解る。
ああ、これは無理と判断したのだろう。
まあ、それでも判断が遅いと言えば遅い。
「ポポ、周りに居た奴ら、臭いは覚えたか?」
視線を軽く森の中に立つ木の一本に向ける。
がさがさがさ!
ぱきぱきと枝が折れる音がしながら、ポポが樹上から飛び降りてきた。
「わうっ!!」
びしっと敬礼して孝和の前に立つ。
どうやらOKのようである。
「夜になったらゴブリン何人かと一緒に、こっそり見つからないようにどこに居るのか寝床だけ探しといてくれ。捕虜をマドックに返したらすぐに討伐の為の浄化部隊にお出ましいただこう。わざわざ俺たちが危ない橋わたるのも嫌だしな」
「わうわう?」
『ふくとか、けんとか、さいふとか、ごーだつしないのって、きいてるよ?』
「……いや、盗賊の敵のはずの俺らが、盗賊稼業を本職にしようとしたらダメだろうに」
どうもすでに盗賊団は、キールたちの中では狼から羊の位に格下げされているようである。