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価値を知るもの  作者: 勇寛
真っ直ぐに、真っ直ぐ一直線に
93/111

第88話 トントンとトンカチを【CARPENTER】

誤字・脱字ご容赦下さい




――――逃げろ――――


 そうワタシに言ったのだと思う。

 でもだれが言ったのだろうか?


――――死にたくない――――


 そう思ったのかもしれない。

 でも多分これはワタシの想いではない。


――――生きたい――――


 そうなのだろうか?

 これがワタシの望んだこと?

 私がワタシと違う私だった頃ならば、きっと。



――――そうだったのだろう――――


――――だってワタシは私の――――でしかないのだから――――





『いいてんきだねー』

「そうだな。そんな寒くないし暖かいしなぁ」

「わう……くぁぁぁ……」

ぽふっ……。


 孝和はぼーっと空を流れる雲を見ながら、穏やかな昼下がりを過ごしていた。

 そんな孝和の横には何時ぞやのバスケットに柔らかなタオルを敷き詰めたキールの寝床ができており、食事後のその体からは程よいハーブの香気が薫る。

急繕いで仕上げたデッキチェアに寝転んだ孝和の腹をポポが枕として使っている。

 ポポはさらに自分の腹をシメジに貸していることもあり、一塊でぐでっとした集団がそこに出来上がっていた。


「あ、あの雲デカいな。曇ってくるかな?」

『うーん、でもほかにくももないし。たぶんだいじょうぶじゃない?』

「そうか。じゃあもう少しこのままで……」


 孝和が身じろぎしたことで頭の収まりが悪くなったのかポポが自身の頭のポジションを動かす。

 自然とその頭を撫でてやりながら、孝和は欠伸をする。


「いやぁ……。久方ぶりに落ち着くわぁ」

『おちつくわぁ』

「わうわぅぅ……」

ぽふっ。


 そんな穏やかな時間が流れ……。


「ここに居たの?皆、午後の仕事始まるわよ。ほら、立って立って!」


 大きな声がした。

 眠気を振り払いながら、そちらを見るとアリアが顔だけを見せている。


「すごいわね。結構遠くまで見えるわ。薄らマドックの外縁も見えるじゃない」


 カンカンと音を立てながら屋上に続く梯子を上ってきた彼女はここ最近のごてごてとした祭祀用の装いではなく、最初に孝和たちが会った頃の冒険者用の装束に身を包んでいた。


「多分、ここからねらい目の大きさの集団が出たところを確認して襲ってたんだろう。元々は街道整備の仮宿だったはずだけど、此処だけ後から造設してる感がするしな。それ用の物見台も兼ねてたんだろうさ」


 キールの奪い取ったひみつきち、それが正式に名代となっているアリアに渡され、ひいては関係者として孝和もなし崩し的に参加する羽目になった訳で、今彼らはその砦に来ているわけだ。


「……なかなか快適に過ごせるようにしたのね。この短時間で」

「いや、何というか俺要らなくない?って思ったんだよな。そんで時間もあったしさ」


 若干のジト目で見つめられると流石に寝ころんだままというのは体裁が悪い。

 上体を起こし、腹の上でおねむのポポを膝にのせ、更にシメジをその腹の上に乗っけてアリアに正対する。


「やることは有るんじゃない?今後も滞在する部屋の中になにがあるのかとか。今度来るときまでに足りないものが無いかを確認したりとか」

「ぶっちゃけ、その部屋使う予定のゴブリン達があんまり物欲が無いんだよな。ベッドでも要るのかと思ったらハンモックで十分らしいし。寒くなる時期までにはもう少しどうにかするつもりだけど。あとは机とかも、ほらあそこ見てくれると」


 屋上でサボっていた彼らからは砦の庭が良く見える。

 恐らく弓で敵が来た時に射ち降ろしができるように建築設計されているのだ。

 砦としての運用上は及第点である。

 ただし、問題点としては現状弓を使えるのはエメス位であり、その重量が耐えられる屋上へと昇る梯子が存在しないという事が挙げられる。

 まあ代わりに全員で石でも掴んで投げつけることは出来る。

 ゴブリンに弓術をエメスが教えることでも将来的には期待できた。


ぎこぎこぎこ


 話を戻そう。

 孝和は庭先に指をさした。

 ぽつぽつと見える天幕にテントが数張。

 煙を上げる竈が作られているのも見える。

 その一角ではエメスが大きな丸太から一枚の板を切り出しているところであった。

 彼を取り囲んでいる一団にはレッド・リザードの戦士団とゴブリン連中が居り、切り出された板を継ぎ合わせたり、釘をトントンと打ったりしている。

 一切の装飾を廃した実用一点張りの椅子が何脚かと完成しつつある大きなテーブルが少し離れた場所に置かれていた。


「順調に完成しつつあるのですが?」

「驚くくらいエメスって器用なのよね」


 どうも設計図的なものさえあれば大体同じくらいの精度の調度品を量産できる才能があるようだ。

 伊達に大工仕事関連のおっさん共の指名トップをここ最近ぶっちぎりで掻っ攫ってはいない。

 丁寧且つ正確な仕事ぶりは各方面からも称賛されているのである。

 ただし、美術的な装飾に関してはどうも苦手のようで質素な造りの物しかできないと本人は少し悩んでいるそうだ。


「材料としてももともと砦内に残ってた廃材を再利用したり、最悪道切り開くのに伐採したのも使えるっちゃあ使えるしな。あとは実費でいえば工具とか金具とかぐらいか。そこらへんは防衛用の雑費扱いで街がもってくれた。俺の思ってた以上のスピードで皆全力で取り組んでて、この砦の生活拠点化が進行してるんだよ。ちょっと怖いよ実際」

「今の時点で攻め落とすのにかなりの労力がいるものね、この砦。まだこの上に何か仕込むんでしょ?」


 軍隊経験のあるアリアからしても攻め込みにくいと思われる立地条件。

 そこに戦力を常駐させるわけで、いったいどんなモノへの対策なのか計画者に問いただしたくなるほどである。

 間違ってもそこら辺の農民崩れやら荒くれの集まりの盗賊に対してであれば過剰戦力と断言できる。


「とりあえず道を作るのに伐採した雑木が溜まってきてるから、馬防柵でもぐるっと砦囲むように作ろうかな、とは思ってる。あと余裕があったら簡単でいいから櫓をひとつふたつに、できたら鐘楼も兼ねたものならいいなぁとは皆と話したけど」

『ぼく、からんからんってならすの!にんめーされたんだっ!』

「と、いう感じで担当者も決めておりますので。本人もやる気十分だし」

『かじやさんにいって、おっきなかねをつくってもらうんだ!』

「いや、ちっちゃいやつ。程々の大きさにしとこうな。あと、作ってあるの探しにいこう。大きいの作ってもらうってのは高いし」


 この砦は天気のいい日ならマドックより鐘の音が聞こえる。

 それを聞いて単純に警戒用の鐘が欲しいなと漏らしてしまったところ、キールが立候補してきたというわけだ。

 他にも数名の立候補者がいたが、そこは"たいちょー権限"で皆で順番にすることにしたらしい。


『ぶー』

「ぶー、じゃなくて。大きいと櫓もデカくなって完成も遅れるし、鐘自体を作るのに時間がかかるんだぞ」

『うぅぅん……。でもぉ……』

「小っちゃいのでもいいじゃんか。大事なのはきれいな音が出るかなんだぞ。色々試してみればいいだろ。きっといい鐘があるって」

『うぅ……。いいのみつかるかなぁ?』

「そういうのを探すのが楽しいじゃん。一緒に探そうな」

『そっかぁ。そうだね!いいかねがあるといいなぁ。たのしみぃ!』


 うむ、と頷いて説得に成功したことに内心安堵する。

 援助があるとはいえ、出費を抑えることは大切である。

 なにせ砦自体がかなりの大所帯の様相を示してきているのだ。


「あと、マオさんが話がありますってことなんだけど」

「はぁ……。チャカ・ワンさんも一緒?」

「そういう事ね。下りてきてくれる?」

「仕方ないか。キールはどうする?」

『ぼく、もーすこしおひるね!かぜもきもちいいし』

「そうか、じゃあ後でな」

『うん!』


 膝の上のポポを抱きかかえていたのでそっとデッキチェアから立ち上がる。

 静かだなと思ったら、シメジを抱きかかえて鼻ちょうちんを膨らませている。

 これを見てしまうと面倒な案件はやはり自分の担当になるのだなと、苦笑する。

 アリアにポポとシメジをそっと渡すと、彼女は自分の代わりにキールと戯れるようである。

 苦笑いが自然な微笑に代わるのを感じつつ、孝和は梯子に向かい歩を進めるのだった。





「で、皆さんどんな感じです?寝床とかは各々で準備してもらうしかないんですけど」


 庭先に降りてくると、天幕で武具の整備をしているリザードとゴブリンの間を抜けて、少しだけ立派なテントまで進む。

 チャカ・ワンとマオの二人がテーブルに茶を用意して孝和を待ち構えていた。

 待ち構えていた感が走るその卓に着かねばならないのは、かなりのプレッシャーである。


「いや、マドックの中で奇異の目で見られるのは少しの時間ではあったが億劫ではあった。もともと然程街中で暮らす性質でもない。こちらの方が楽といえば楽でしてな」

「私は幾つかの宿に別れてはと提案していたのですが……。皆がタカカズ殿と共にというので。押しかける形になり申し訳ない」

「ははは。やっぱリザードの人って一緒にいると一般の人からすると気圧されるかもしれないですよ。種族差ってのはどうやっても出てきちゃうもんです。仕方ないっちゃあ仕方ないですかね」


 チャカ・ワンとマオの言葉を笑い飛ばす孝和。

 だいぶ突発的なイベントにさらされてきた分、おかしな耐性ができ始めていた。

 急なレッド・リザードの来訪に戸惑いはしたがまあ、客商売などそういうものだ。


「大人数で宿が取れないってのも難儀なことですよね。一所でってなると難しいかもしれないし。鳥馬もいると断るとこもあるかもしれないですよね……」


 孝和の勤務先である『陽だまりの草原亭』はここ最近はエメスの人気もあり、部屋が埋まることも多く、人数の多いリザード族全員を受け入れることができなかったのだ。

ほかの宿も全員を一カ所にとなると難しいとのことだった。

 ならば、外でもいいと言い始めたのでちょうどキャンプみたいになりそうだがと冗談半分で勧めたところ、まさかの了承を得るという結果になってしまったのだ。


「ここは何故か落ち着くものを感じます。自然もあり、地に満ちる精霊の力が濃いのでしょうな。良い場所です。皆も人の宿よりもこちらの方が結果良かったと言っております」

「私は街の宿の方が食事も良い物があると言ったのですが……」


 ここら辺が街リザードのマオと原種リザードのチャカ・ワンの違いなのかもしれない。

 どんなものであれ、染まっていくものだ。

 田舎者の東京かぶれ、アジアの小さな島国出身者のニューヨークかぶれ・ロンドンかぶれとかが近いのだろうか。

 どんな環境でも生きていけるのが生き物という事なのだろう。


「まあ、街中で拝まれそうになったのはビビりましたけど」

「重々説明したつもりでした。それ以上に叔父が感じ入ってしまったのでしょう。そこを勘案していなかったこちらのミスです」

「大慌てで取り繕ったから良かったですけど、公にしてないんで本当にお願いします」

「無論です。一族全てに遺漏なく伝える旨、若いものを走らせました。集落にはすぐに伝わるでしょう」

「……そういう意味じゃないんだよなぁ。本質的に認識がかみ合ってないんだよぉ」

「何か仰いましたか?」

「あ、うん……。十分気を付けてほしいなぁ、と」

「お任せください」


 円滑なコミュニケーションと情報共有は難しいものである。

 どうもレッド・リザードの面々はまあ鋭敏な不思議センサーを常備してらっしゃるようで、宿にマオが来訪し再会を喜ぶ中、案内された裏庭で片膝立てた姿勢でずらりと並ぶリザードの面々。

 呆然とする孝和を見たマオがフォローに走らなければ、あの一種異様な光景が多くの人々の耳目に触れることになったであろうことは難くない。

 孝和がそんなに匂うの?俺?とちょっとだけショックを受けたのも事実ではあった。

 まあ、直接対面で一発で真龍の関係者に認定され、崇めるな・拝むな・普通にしてて下さい、お願いだから、と平身低頭での直談判もあり何とか場を収めたのである。


「で、結局どのくらい逗留されるつもりです?俺に会いに来るってのがメインだって聞いたもので。すごいチャチな凡人しかお見せできない手前、申し訳ないんですけど」

「御謙遜を。タカカズ殿本人を含め、従者・お仲間、粒ぞろいではありませんか!さらにこのような砦まで所有なさるとは!集落から出立前にマオから聞き取りしたものより格段に素晴らしいものですよ」

「……全て事後承認か、本人の認識外で根回しされてんだけどな。……くそぅ、泣くかもしれん」

「何か仰いましたか?」

「あ、いえ。これもひとえに"縁"ですから。大事にしていきたいなぁ、と」

「そうでしょうな。これほどの良縁、そうそう手に入るものでもありますまい」

「ははは、恐縮です」


 とはいえ、もう少し優しい入りで来てくれる縁が欲しい。

 どの縁も最終的には良縁といえるのかもしれないが、どれと云わずこれと云わず笑顔で握手を求めてくるタイプの出会いではない。

 どちらかというと全力で背後からドロップキックされるくらいの衝撃度の出会いしかないのである。

 いい加減、緊張と緩和というものを考えてほしいものだ。


「まあ、あと数日といったところでしょうか。マドックに戻って少し土産でもとは思いますので。宿代替わりという訳ではないですがこちらの砦の整備にも少しお手伝いを、とも皆と話は纏まっております」

「助かります。エメスにまかせっきりっていうのも気が引けますから」


 屋上でサボっていた人間のセリフではない。

 まあ、心が少しばかりささくれ立っていたのだ。

 大目に見てほしいところではある。


「タカカズ!!」


 大きな声で屋上から声が聞こえる。

 ぶんぶんと両腕を振っているアリアがそこにはいた。

 その表情までは少し距離があり見えないが、どうも慌てている様子だ。


「失礼、どうもトラブルのようで」

「そのようですな」


 辞去の断りを入れるとアリアが良く見える位置の庭の中心部まで移動する。


「どうした!?」


 何事かと皆の視線がアリアに集中している。

 その横にはしっかりと目を覚ましたポポの上にシメジ、そしてキールが乗っかり3段重ねのトーテムポールのようになってた。

 彼ら屋上組の視線は同じ方向に向いており、近づいた孝和の目にも彼らの表情が鋭くなっているのが分かった。


「この方向!!そんなに離れていない所から、煙が!!!」


 ぎょっとしてアリアが錫杖で指す先に振り返る。


「煙、どこだどこだ……。……あそこか!!」


 うっすらと空に伸びる細い煙。

 今にも消えそうな程細いが、確かにたなびくそれは何らかの煙がそこから発生していることを伝えている。


「森林火災か?それとも……?」


 そんな静まり返る彼らの耳が消え入りそうな"それ"を捉えた。


―――――ヒヒィ…ン―――――


 馬の嘶き。


「誰か襲われてるのか!?くそ、仕方ない!」


 後ろを振り返ると叫ぶ。


「全員、救援準備!レッド・リザードの方々、砦を任せて宜しいか!?」

「承りましょう。ただ、私とマオは同道します。邪魔にならぬよう、努めますので!」


 すでに槍を持ち、首をゴキゴキと鳴らしながらチャカ・ワンとマオが同行を申し出る。


「助かります!全員急げ!!遅れた奴はリザードの人と一緒に砦の守備に回れ!」


 孝和は砦の1階にある自分の装備へと駆け出す。

 扉を蹴破る勢いで入室して、ジ・エボニーと手斧、棍棒を手に取るとちょうど屋上から降りてきたアリア達と合流する。


「とんだ初出動になるのね!」

「それでもこれも仕事のうちなんだろ?仕方ないとこもあるし、それに多分!」


 ガチャガチャと音をさせながら外に出ると、エメスが死霊馬とアリアの馬を連れてきている。

 その隣にはボアライダーとなったゴブリンと鳥馬に乗るマオたちが準備を整えていた。

 彼らに孝和が声を掛ける。


「よし、多分襲われてるのは俺たちの補給物資だと思う!」

「な!?」


 それはそうだ。

 こんなところに用事がないのに来る者などほぼありえない。

 と言う事は襲われているのは用事のある者であり、その可能性として考えられるのはこの砦に向かう契約になっている補給しかないはずだ。


「誰が襲ってるのかわからないが、飯も油も毛布もこの便で頼んでいる!いいか、これがなくなると間違いなく今日、夕飯と灯りと寝床はランクが下がるからな。自分の安全が第一、第二は襲われてる人の命。だが、できれば補給も守れるよう頑張ろう!!」

「「ウォォォォ!!!」」


 全員がやる気をみなぎらせている。

 どこの戦場の出陣式かと思うほどの熱気があふれていた。


「できれば、って言うけど間違いなく過剰戦力よね、これって」


 獅子は兎狩りにも全力を以て挑むという。

 だが、そうは言っても限度はあるとアリアは思うのであった。


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