第87話 英傑、集いて【PHALANX】
誤字・脱字ご容赦下さい
「皆の者、長旅ご苦労。ようやく目的地に着くことができた。さて、件の御仁は何処におられるのか……」
鳥馬と呼ばれるタイプの騎乗動物に乗り、その鳥馬の首を撫でながら旅程が終わったことに関する感謝を述べた。
マドックへの入場のための列に並ぶ彼らを見た他の行商たちが、ぎょっとした顔で眺めていたり物珍しいものを見たといわんばかりの表情で注視している。
周囲の視線を感じたのか、全員が鳥馬から降りると、背負われた揃いの槍ががしゃがしゃ鳴り、更に視線を集める結果となった。
「マオ、何故皆が我らを見ているのだ?」
「叔父上、そういうものなのです。武装したリザード族の集団などあまりみられるものでもありませんし」
「そういうものか?それだけでもない気はするぞ?道中の補給を頼んだ村々でも皆最初は離れて見ていたではないか」
「私たちの姿は人からするとどうも畏怖を与えるのですよ。もっと言えばよく見ねば個々の違いも判らないとのことですし」
「ふむ、難儀なことだな。すると人は私とマオの違いも判らないと言う事か?」
「でしょうね。まあ、男・女の違い程度は分かるようですが」
マオは今一つ納得がいかない様子の叔父を宥めながら、愛用の槍を担ぐ。
彼女はポート・デイでの軍の反乱よりすぐに故郷に戻ると、事のあらましを一族の上層部に伝えた。
父の兄であるこのチャカ・ワン・グァが一族の長を補佐する立場であることもあり、ことのほか詳細な情報がレッドリザード族に伝わることとなったのである。
孝和が情報の流布を禁じたのはあくまで人と人の間でのことであり、自分達リザード族の中での情報共有は問題ないと思ったためであった。
そこで問題となったのだ。
真龍の血を引く人間がいるという事実がである。
当然一族は真っ二つに割れることになる。
それが真実と信じる派閥と、偽証であると断じる派閥であった。
「しかし、私が嘘をついていると言われるだけで良いならそのままでも宜しかったのですが……」
「そうはいかん!これは我らレッド・リザードだけでなく惹いてはリザード族すべてに関する一大事。事の真偽を間違いなく確かめねばならん!」
「そうですか」
マオとチャカ・ワンの間の熱量が違う。
これに関しては本人だけでなく過去には父も母も冒険者をしていて、人の世界で生活している経験を持つ"変わり者"のマオ。
一方のチャカ・ワンはそんな弟一家と違い部族の中でその地位を築いた人物だ。
この2者のディス・コミュニケーションはかなりの深いものがある。
それでいても親戚は親戚であるし、特に仲が悪いわけでなくむしろ良好ともいえる関係性なわけで、この道中の案内をマオが務めることになってしまった。
(どうしようか……。タカカズ殿は嫌がるだろう。そのように崇められてしまうのは御嫌いのようであった。しかしリザード全体の一大事と言われてそれを止めるわけにもいかず……。困った)
正直な話、ノープランでここまで来ることになっているのだ。
道中で良い案でも浮かばないかと思っていたが、マドック周辺で起きたアンデッドの氾濫の余波で足止めを食らい、小さな村落で時間を食ってしまった。
更に弾かれてきた小規模な盗賊が村を散発的に食料などを狙い襲ってくるのを防衛し、アンデッドの残りが現れそれを駆逐するという本来の意図と違う戦いに巻き込まれる不運も重なった。
そんなに頭が良いわけでないマオにはそんなマルチタスクなどできはしなかったのだ。
結局ノープランはノープランのままで、村から出る行商の護衛も兼ねてマドックへと向かうことになった。
勿論そんな価値のある物が積まれているいる訳でもないその老いたロバに引かれた馬車は、ゆっくりと道を進み、同じく小規模な商人の群れと合流しつつ中規模のキャラバンとなる。
そこで改めて過剰戦力であったレッドリザードの戦士団は護衛としてマドックまでの駄賃を稼いできたのである。
最初には飯代のみで、というチャカ・ワンに代わって交渉することになったマオの心労も多大なものとなっていた。
ただし三人寄れば、という金言の通り、寄り合い所帯となったキャラバンの中で伝言程度の情報も得ることができたのも事実だ。
曰く、マドック防衛は成る。"銀の乙女""力の勇者""不破の巨兵"の功績大。神々の前での奉納試合の挙行。舞台設営に係る諸々の"商売の匂い"のするあれこれ。
目端の利く商人のスタートダッシュは既に始まっているのであった。
『あ、りざーどのおねーさんだ。マオさんだったっけー?』
悩んでいるマオの後方からそのような念話が届く。
振り返ると、ポポに乗るキールがいた。
しかもずらずらとボアに乗ったゴブリンを引き連れてである。
少し不思議だったのは一般的なゴブリンと違いそのゴブリンライダーどもが小奇麗であると言う事だ。
さらに言えば、最後尾のボアは2頭立てで大八車のような物をがらごろと引っ張ってきている。
荷台には何匹かゴブリンがぐでっと疲れた様子で乗せられている。
「ああ!キールではないか!」
『おひさしぶりです!んで、なにしてんのー?』
他の人々とは違いとてとてとポポから降りてマオたちリザード族の前に進む。
人見知りしないキールは特にプレッシャーを感じることなくマオに話しかけてくる。
「タカカズ殿に会いに。今はここに居ると聞いてきたのだが」
『いるよー。でもいますっごいいそがしいの!ひみつきちつくってるんだっ!』
「は?」
『ひみつきちだよ!みんなでおっきいのつくるんだ!』
「はぁ」
『あ、ぼくたちもいそがないと!またこんどあおーね!ばいばいっ!!』
「いや、え?」
ボアたちの引いているがらごろ動く荷台が行商たちが列を為すのとは別の検問へ差し掛かろうとしていた。
それに気づき、ポポにぴょんと乗ると脇目も振らず一直線にそこへと合流していく。
引き止める間もなかった。
街から一時的に外出する者と新規に入場するものとで検問を行う場所は別れており、更にここにきての"金の匂い"につられた者の増加によって新規の者たちの待ち時間は通常よりさらに伸びている。
しかも遠目で見る限りキールたちに関しては顔パスに近い扱いで、衛兵たちもキールたちを見るなりにこにこしながら一言二言話した後に手を振ってそのまま入場させている始末だ。
追いかけようにもすでに門の中に入っていってしまっている。
「マオ、あの白いスライムたちが件の従者か?」
「そうですが……。私の知らぬものも増えておりました。少なくともゴブリンとボアについては初見です」
「まあ、マドックに居るということが分かった。捜せばどこに居られるかはすぐに知れよう。逃げるわけでもなし。列を乱さずゆっくりと待つとしようか」
「ですか」
「うむ」
そういうとチャカ・ワンは瞳を閉じて深く息を吸い込む。
高ぶる気持ちを押さえているのだろう。
(でも、まいったな。いまどこにいるかをキールに聞けば良かった。二度手間になってしまう)
そんなことを考えながらマオは空を見上げた。
「へェ……。そりゃ嬉しくない情報だねェ」
テーブルの上に載せられた皿の上から、煎り豆を一掴み。
締め切られたカーテンで薄暗い部屋の中、椅子をギシギシ軋ませながら、痩せぎすの男が掌中でころころとそれを回す。
行儀悪く顔を空に向け、大きく開けた口の中にざらざらと落としていく。
口いっぱいのそれをぼりぼりと噛み砕きながら、その先を促すようにして顎をしゃくる。
「うす。結局、ディアローゼはこのままマドックに逗留。勇者フレッドとそのパーティーも護衛任務の名目で残ることになるとの事っす。まあ、街中ゴタゴタしてる分、頭の悪い奴がうろちょろしなくなるんで、街側の総意としては賛成に傾いてます。ほとんど問題なく承認だろうって事っすね。建前上、撥ねつける理由もないでしょうし」
「動きにくくなるなァ。ただ、俺らの側だけじゃなく相手さんもおんなじだかんな。まァこっちから焦って動いて尻尾出すってのだきゃァ避けとこか」
「そっすね」
「まだ有るんだろ、追加の情報?」
ドア付近に立つ女が今まで報告をしていた男の代わりにテーブル前に進む。
入れ替わりに男がドア近くに場所を変わる。
昼間だというのに窓をカーテンで閉め切り、その布地を通してくる日光だけでは光が足らない。
薄暗くなっている2階の角部屋に居るのはこの3名だけであるが、階下にも人の気配がある。
人付き合いはよく、特に問題ないと思われているその家屋に遠縁と言う事でやって来た彼らを怪しむものは周辺住人には誰もいなかった。
ただ、通りに面した外の喧騒が嘘のようにこの建物内で物音がしない。
風になびくカーテンの隙間から光がゆらゆらと揺れて室内に入ってくる。
その風の音すらうっすらと聞こえる程だ。
ぽりぽりぽり
その静寂を打ち消すようにして鳴る咀嚼音。
「美味ェか?」
「微妙。もう少し塩が強い方が美味いはず」
「味の濃い奴は高くてなァ」
入れ替わりに男と立ち位置を変わった女は、何も言わずにむんずと煎り豆を掴むとちびちびと口に運び、味の感想を言った。
どうもお気に召さず、口に運んだ以外の残りを皿に戻すと、自分の上着の隠しから干し肉を取り出す。
先を少しだけ齧り取るとしっかりじっくりと噛みしめる。
「美味ェか?」
「至福。やはりその豆、塩が足らない」
「何の報告っすか。違うでしょうに」
苦笑を浮かべる男に向かい、座ったままの痩せぎすの男が苦笑した。
「本題に入る。どうもディアローゼ一行を訪ねた集団が神殿に到着した。古い知己とのことだった。神殿の協力者に任せるには危険と思い、私が少し調べてみた」
「ハァん?なんかヤバ気な匂いがすんなそいつら。結果は?」
「魔術系の装飾品を販売する商人とその護衛、という表。裏は魔術教国関係。おそらくは我々と目的は同じ。ポート・デイの一件からうちは動いたが、あちらは別件からかもしれない」
「だろうなァ。こんなタイミングでアンデッドの氾濫なんてどう見ても誰か動いてるとしか思えん。個人の即応部隊か、それともかび臭い長老共のケツ拭きの部隊かで向こうが解ってからどのくらい経ってるかわかるんだが」
ちらと見た女は再び干し肉をちびちびと齧っている。
「多分、私設の即応部隊。それもベテランクラス。部隊員と思われる全員がヒリ付いてる」
「首魁っていうかリーダーっぽいのは見たかい?」
「男と女。男は白髪、戦士。あくまで遠目からの推察」
「女の方は?」
「フードを被っていて顔を見せない。細身であるし積極的に前に出るタイプではないかと思う。ただし」
「何事も例外はあるかァ。男は顔見せてるんだな?」
こくりと頷く。
「俺が調べるか……」
「それがいい。多分近づきすぎると私達では気づかれる」
「じゃあ、各々出かけようか。辛気臭ェのもだりィしな。あくまで遠くからの情報収集。徹底しろよ」
「「了解」」
男はやおら立ち上がると、窓まで気だるげに歩く。
風に揺れるカーテンを勢いよく開け放つと、室内に明るい日の光が差し込んできた。
その暖かさと眩しさにふぁぁと大あくびが漏れ出るのを隠そうともしない。
「いい天気だ。こんな日は働きたかァねェんだが」
体を大きく伸ばしこきこきと体を慣らしながら"ひとりごと"を呟いた
その部屋には彼以外"誰もいない"。
テーブルの上には煎り豆の乗っている皿に、齧った跡のある干し肉がいつの間にか乗っていた。
「だが、まァ。久方ぶりにあの兄ちゃんの顔でも見に行くかァ」
そう言った彼。
その顔はポート・デイで"トレア"と呼ばれた男の物であった。
「~~♪」
鼻歌を歌いながらキール探検隊改めキール防衛部隊が宿への帰路についていた。
がらがらと荷台を引くのはボアである。
以前は街への入場を禁止されていたが、孝和の渡した緑の隊章を付けた者については許可するとの命が既に街中に通知されている。
いま歩いているこの商業区画の3番街はその現状を全員が好意的にしろしぶしぶにしろ受け入れているのだ。
まあ、マドック防衛に参加した件でそのハードルが下がっていることもあるが、平然とスライム様のキールやらマッドマッシュのシメジやらが出歩いていた区画である。
そこら辺での免疫も有るのだろう。
ただしほかの区画に行けば未だ忌避感を覚える者もいたりはするので、彼らの活動はこの3番街を中心とすることも遠回しではあるが伝えられていた。
『ついたー!』
「がるるっ!」
宿の裏手に荷車を置きに行くゴブリン達と別れ、荷台から飛び降りると宿目掛けて突進する。
盗賊の拠点改修に向けての資材運びが今日の仕事なのだが、個人で運べる量には限度がある。
室内向けのこまごまとしたものを中心に運んだわけであるが、それでも朝からもう日が陰るくらいの時間までかかってしまった。
取りあえず部屋に戻り、夕飯までゆっくりしようというのがキールたちのプランであった。
『ますたーどこかなっ?』
「わうっ!」
宿の裏手のドアを開けると、孝和が誰かと話し込んでいた。
にこやかに笑いながら話しているのは数人だったが、そのうちの一人にキールは見覚えがあった。
『あ、なんでいるのー?』
「お、キールじゃん。そっちの黒いのがポポって新しい子か?」
『そうだよー。あそびにきたの?それともおしごと?』
「遊び2割、仕事8割かな。村の特産品の運搬の護衛が主体だし。本当は祭りのときに来るはずだったんだけど、危ないことになってたらしいじゃないか。俺たちは行の途中で避難してきた奴らにそれを聞いて大急ぎで村まで逃げてきたんだけど。そっちは色々大変だったって?」
『そーだよ。タンさんいるってことはマニッシュさんもきてるの?』
「おう。今は取引中でな。後で顔出しはするみたいなこと言ってたんだけど時間かかってるみたいだな。なにせ人が多いらしくて」
マドックに初めて来るときに一緒だったルミイ村のタンがそう言ってくる。
雑貨商のマニッシュは商取引に時間がかかっているようだ。
「護衛はタンだけってことはないだろ?ウィスラーさんとかは一緒じゃないのか?」
「今回は村で留守番してる。何でかしらんがダンブレンさんとスパードさんが無理に代わってくれと頼んだみたいでさ。祭りの仕入れの時は特に何も言わなかったんだけど……」
「祭りの時に代わってくれって言うならわかるけどな?今もどっか行っちゃったんだろ?」
「知人がいるってさ。宿もそいつのトコでって言っててさ、なんかあったんだろうな」
『へー。しらないひとだし、あってみたかったかなっ!』
「そのうち顔出すこともあるんじゃないか?タカカズの様子は気にしてたしな。俺たちの定宿は教えとくから村に帰る前に1回くらい会えるだろ」
「悪いな、これからディナーになるから少し忙しいんだ。落ち着いたころにまた」
「いやこっちも急だった。また改めて、だな」
『かえるの?』
「ああ、キールもホールで手伝いしてるんだろ。頑張ってな」
『うんっ!』
がしがしとキールと行きがけの駄賃とばかりにポポを撫でまわし、タンは帰って行った。
「あいつも変わらない感じだよな」
『そーだね。かわんないね』
「わうぅ?」
宿の外まで出てタンの後姿を見送ると、今日の仕事の本番が始まる。
街全体で少しずつ客の入りも改善し始め、活気づいてきた。
ここで手を抜こうものなら一気に客を他の酒場に持って行かれてしまう。
「さて、やるぞっ!」
ぎゅっと拳を握り、気合を入れた孝和が厨房へと消えていく。
『そーいえば、マオさんきてるの、いうのわすれたね。どーしよーか?』
「がうがう、ぐるるっ」
『そうだよね、あしたでいいかぁ』
「わうわう!」
そう言うと2人は自分の部屋に戻る階段へと向かうのであった。
これにて閑話終了となります。