第86話 ドツボにはまる 【BUSY WORK】
誤字・脱字ご容赦下さい。
「せっかくの話ですが、お断りしたいな、と思います」
苦み走った表情のまま、ゆっくりと頭を下げる。
それに対し何もリアクションが返ってこないため、しぶしぶ頭をあげると、そこにはずらりとそろったお歴々がそれぞれの立場の表情で孝和を見つめていた。
『なんで!ひみつきちなんだよ!?みんなでいっしょにせーびして、おっきくできるんだよ!?』
「わう、わうわう!がうぅぅぅっ!!」
まずはふかふかのソファに座らされた孝和の両足に縋りつく黒・白のセット。
こいつらは、まあ予想通りこういう反応であろう。
「あのな、お前ら。いきなりあの"ひみつきち"あげるって言われて、ありがとうございますってわけにはいかないの。そういう事は慎重に考えて返事しないといけないんだって」
『でも、ますたーいらないってすぐにいったじゃん!おかしーじゃん!』
「ぐるるるるっ……」
納得がいかず、反論してくるキールとポポ。
流石に冒険者ギルドに呼ばれた際に、大勢で押しかけるわけにもいかず孝和と黒・白コンビのみで参上しているのだ。
(くそぅ、こういう話なら連れてこない方が良かったかもしれん。失敗したなぁ)
盗賊の拠点、いやキールたちの"ひみつきち"から帰還し、盗賊の引き渡しから諸々の報告、宿の翌日以降の食材発注や割り振りなどを片付け、そのまま疲れはてて宿のベッドにダイブした。
そして本日早朝のこと。
要件も伝えることなく、朝の仕込みをしていた孝和が冒険者ギルドに連行、いや拉致に近い扱いで連れ去られた。
当初はエメスも一緒に来ると言い張ったのだが、そこまで大事でもあるまい、むしろエメスやスクネ関連の話だろうとあたりを付け、当事者がいない方が話すもスムーズであろうと考えたのが間違いだった。
要点だけを簡単に纏めると盗賊の拠点、あげるから使わない?だったのだ。
先程のはそれに対する返答である。
(……よく考えると、こないだも衛兵に拉致られてるな俺。こういう真っ当な機関から連日のように連行ってご近所さんに評判悪くなるんだけど)
宿の皆は、またかよコイツ的な生暖かい視線で送り出してくれた。
あれで今後の勤務に影響がないことを祈りたい、切に。
「タカカズ、キールとポポも言っているが君が断る理由をまだ聞いていない。どうしてそういう結論に至ったのか教えてもらいたいが?」
冒険者ギルドまで連行され、そのまま一気にギルド長の部屋へと移送。
ドアが開いた先に居た知己としてはディアローゼ・アリア・フレッド、マルクメット。姿を見たことのある者としては冒険者ギルドのギルド長(名前は知らない)、商業ギルドの偉い人(名前も役職も知らない)、あとはこちらをじろじろと値踏みするような視線をぶつける異様に筋肉の発達した老戦士に、深くフードを被った恐らくは女性。
老戦士にフードの女はどうもディアローゼの知り合いらしく、こそこそこちらに聞こえないように何かを話しているのが気に係る。
「その質問の前に逆に聞いておかないといけないと思うんですが。なんであの砦を俺たちにってなったんです?」
「まずはそこか。あの砦の所有権はすでに街にはないのでね。昔に廃れた街道の整備のための建物の最後の所有者記録は数代前の商業ギルドと冒険者ギルドの長の連名でね。ただその後は更新されていない。すでに失効扱いだ。つまり、過去あの地に有ったものについては誰にも所有権を主張できない。ここまではいいかね?」
頷く孝和。
特にここまでの所で問題は無い。
この場に商業ギルドの多分偉い人が来ているのもその関係なのだろう。
「そして、この砦。報告内容からすると記録に残っている状態から改装が行われていると思われる。場所は街の外であり、街道があった当時は公共物扱いだったが今はその道も消え失せ、街が所有権を申し出ることはできない。何せ、廃屋を利用した建物を新たに街の外に作ったのだから」
「取り扱いとしては、猟師の猟師小屋や、樵の休息小屋、炭焼き小屋と同じだな。街の外にある個人や団体の所有している建物。これらは街道やそういった大勢が利用する土地に勝手に作られない限り、許容される」
ものすごい豪快な理論だが、理には適う。
街中の土地に関しては街に指導等の権限があるが、その指示の通らない所までは知ったことではないのだ。
昨今の日本で好かれる"自己責任"の範囲と言う事だろう。
「そして、今回その所有者は君らが殲滅した盗賊団の所有物であり、その活用等も含め全権を君らが取得していると冒険者・商業ギルドは判断した。まあ、盗賊団に砦の所有権を主張する権利などないがね。ちなみに君やパーティーメンバーの人格的な資質等に関しては、こちらのディアローゼ様が太鼓判を押してくださった。というよりも"銀の乙女"が所属するパーティーだ。そのような問題もないだろう」
(エグい。外堀埋めきってから話始まってんじゃん。嵌められたか?)
目線の先にいるアリアが申し訳なさそうにそっとディアローゼを指さす。
ああ、そうだろうとも。
その麗しきかな女傑の微笑にたぶらかされている、光り輝く道を歩む美貌の勇者様がやってくださったのだろうと言う事は。
「まあ、そういう訳であの砦。所有権の観点で論じるなら間違いなく、君らの物であるわけだ」
「……でも、正直いらないんですよ、あの場所にあるんじゃあ、そもそもダメでしょ」
「ほぅ?」
がっくりうなだれたまま言葉を紡ぐ。
孝和の中ではもう全部ぶちまけてやれという気持であった。
「単純に考えてまあ、屋根のある?竈も有り?井戸も、洗い場も問題なく使える建物がタダで手に入るなら、そりゃあうれしいですよ?俺としても。なんていうかそんなすごい家持ってたら普通は成功者ですしね」
「では?」
「それが、街に有るんならです!」
がばっと顔を上げて現状を訴えるのだ、出来るだけ感情をこめて。
「あのですね、マドックみたいな大きな街に繋がる街道ってそうそう変わったり、ましてや廃れて草木が茂り、公な記録からも抜けるような事って普通ないんじゃないかと思うんです。で、もしそういう事があるっていうならその道、確実に使われてない道ですよね?しかも再開もされてないってことは再考の余地なしだったって事じゃないですか?」
「そうだな」
「と、いう事はそこには流通のルートがまるで無いわけですよね?食料・日用品・その他諸々を運ぶ商人のルート自体」
「確かに」
「……そんな死んでる道沿いでどうやって生活を営めと?」
よく異世界生活を描く作品の中で、拠点を得てそこからさらに羽ばたく、みたいなものがある。
そういう作品自体も好き嫌いがあるとはいえ、多くの作品が生まれている以上需要は有るのだろう。
その例にもれず孝和が、外で大きな砦がある。それを貰った。万歳、これで生活の基盤ができたぜ!と言ったとしよう。
正直言うがアホ丸出しの姿であろう。
取りあえず日本の現実で置き換えて考えてほしい。
大都市圏の一般人が、過疎の進む限界集落に明日から住めと言われてすぐに住めるものかと。
いや、そういった問題をカバーする技術革新は進んでいる。
携帯通信網は全国をカバーしようとしているし、ネット通販、映像配信やらも生活の彩りをサポートできる。
それの恩恵を受ければ10年20年前と比較すれば都市部との差は縮まっている。
しかし、医療・生活必需品・情報・嗜好品の入手にそれなりの労力と時間を必要とするのは間違いない。
さてここは異世界でそんな技術は全く存在していないのは当然だ。
新しく手に入れた拠点で朝飯のパンを焼く。
衣食住の基礎である飯の問題だ。
まず聞くがその小麦はどこから手に入れる?薪はどうやって手に入れる?
小麦は収穫し、粉に挽き、それを保管しておかねばならない。
自前で畑を作り、粉ひきのための水車でも作り、保管のための小屋を建てるのか?
当然毎食その小麦を必要とするのだからそれはかなりの量となるだろう。
薪は木を切ればいいじゃないという人もいるだろう。だが、違うのだ。
薪になる木は乾いている必要がある。
木を伐採し、切り分け、1年程乾かしてようやく炊飯に使えるくらいに木材から水分が飛ぶ。
そうでなければもくもくと白い煙が上がり、炊飯どころではない。
ではその薪を保管する場所は?
これもまたものすごい量を保管しなくてはならない。
毎食飯を食うのであれば当然だ。
炊飯が薪からガスに変わったことは実際の所、人類史にとって記録されるべきビッグイベントなのだ。
話しを戻すが自分で木を伐り、切り分けて乾かし、それを入れる小屋を建てる?
訳の分からない不思議パワーを持つチートの方々は、不思議パワーのチートでどうにかしてしまうので簡単であろうが、普通の人が他者から距離を取って生きるにはどんな世界であれ多大な問題が横たわるわけだ。
買えばいいと短絡的に考えるのもダメだろう。
普通に考えて運送費が通常の仕入れに加算される。
今回は飯の問題だけに焦点を当てているが、他の全てに等しく被さるわけである。
流通が完全に断絶している状態でそんな生活を始めれば間違いなく詰むことは必至。
自分で馬車を使って買出しに行けば運送費が追加されないと思われるかもしれないが、なぜそんなことをしなくてはいけないのか。
街の中で生活すれば割増しなしの通常価格、無駄な労力なしで手に入れることができるのに。
薪売りもパン屋も肉屋も服屋も薬屋も街には専門の業者がいるというのに。
無から有を生むことができない以上、これは絶対の真理のはずだ。
ハッキリ言うが生存競争をなめるなという話である。
「申し訳ないですけど俺じゃなくて、金持ちの道楽で別荘がほしいな、みたいな人にお願いしてほしいですね。そんな金ないですよ。1か月経たないうちに財布が尽きちゃうじゃないですか」
「でもねぇ……。できればお願いしたいのよぉ」
恐らくこの会合の黒幕であろう装飾華美の美女が囁く。
「ディア様、そういう話をされても俺に利点が全くないです。それでも無理強いするのはひどすぎませんか?」
そう反論する孝和にディアローゼがニコニコしながらフレッドに手を差し出す。
するとフレッドが書類をまとめた束がディアに手渡され、そのまま孝和の座るテーブルにスライド移動した。
「見てもらえればわかるけれどぉ、私から説明してみようかな、と思うの」
いつの間にか正面に座る冒険者ギルドの長が席を譲り、ディアローゼと対面で座らされることになる。
体をよじろうにも両足にキールとポポが縋りついて離さない。
(く、マジで一人で来れば良かった!)
「拝見します」
「どうぞ、どうぞ」
ぺらぺらと書類をめくる。
ざっと目を通す限り内容としては例の闘技用の舞台の設営に係る一連の流れと、建設スケジュールに、今の時点でのトラブル、座席の設置に露店への対応についてなどがつらつらと書き連ねられていた。
「ふーん?」
更にページをめくる。
神殿の対応、冒険者・商業ギルドの対応、街の商店代表からの陳情に、行商人の旅程の際の危険性等。
ここ最近のマドックにかかわる問題点の羅列である。
少し考え込みながら内容を自分の中で分かり易く整理していく。
その途中で気付く。
「…いや、これ俺が見ていい資料じゃないでしょう?」
「あらまあ、そんなことは無いわよぉ。今回色々助けてもらったもの。今どういう状況なのかって知りたいだろうなぁって思ったから」
(2回目だな。この人、わかってやってるよな確実に)
間違いなく巻き込む気満々でこの資料を見せているのだ。
後戻りできないように機密に近いものまで混ぜ込む一方で、正式なものではないと言い張れるように走り書きを持ってくるところにドス黒さを感じる。
「何となく、わかりました。多分ですけどスクネをどうにかしたいんですね?」
「わかってくれてうれしいわぁ。アリアちゃん、タカカズ君は協力してくれそうよぉ」
「タカカズ、目を付けられたのならもう遅いの……」
人を真に憐れんだ時の目というものを始めて見た。
どこまでも優しく、そして悲しみにあふれていると言う事に。
「スクネ君があの砦にいるっていう事が皆に解ればいいの。それでみんなが安心するからね?それはこのあたりの地域の治安にはとても大きな比率を占めるのだから」
「抑止力兼首輪の鈴替わりってとこですか。正直気分はよくないですけど」
あの森にオーガがいる。
この一文で盗賊団は森での活動を避けるだろう。
あの森にオーガがいる。
この一文で街の人間にとっては"そこにいるのね"と安心するだろう。
街道周辺でうごめく小物までは排除しかねるが、集団で活動する盗賊団をけん制するには十分すぎるくらいだ。
なにせ昨日、盗賊団が"全剥き"されて捕まったことは情報として一斉に街中に拡がっている。
そこそこの規模を持つ彼らがこてんぱんにやられたのだ。
しかも容赦なく一方的にということも付け加えられてである。
「すこしばかりお前らが派手にやりすぎたってのもある。恨まれている可能性だってあるんだ。少しばかり警戒してほしいというのはおかしな話ではないだろう?」
「なんか掴んでるんですかその言い方?」
「お前のお友達からな。マドックの盗賊ギルドの連中は闘技場の賭場で胴元するのと、露店で稼ぐつもりなので手一杯。暴力沙汰には一切関係しておりませんので、とわざわざ伝言されたそうだ。そういう言い方するってことはだ」
「そこに関係してない奴らが何かやらかしても、知ったことじゃないって事ですね」
「規模も時期もまるでわからんがな。それを街の中でやられるってのは困るわけでな」
街の治安維持の責任者マルクメットよりダイレクトに言われた。
取りあえず問題が片付くまで巻き添えで迷惑がかかるかもしれないから、しばらく外にいてくれないか?と。
「大丈夫よぉ、砦までの旧道近くまでは道があるから。そこから道を広げていけばいいわぁ。そういう経緯であれば砦を有効に活用する利点もできるし。キールちゃんの冒険隊はマドックの外縁部特別班扱いにして、しばらくの間についてはお金も神殿から出せるようにしてみたから。問題が解決して、道が完全に開通すれば砦をマドックの防衛隊へ引き継ぐこともできるでしょうし」
「……道の開通に係る経費については?」
「商業ギルドが行う事業として支払う予定だ。アンデッドの氾濫で行商ルートも考え直す時期に来たという意見も多い。この際君らの砦付近を通るルートを確立し整備をすることで雇用を増やすこともできる。何せいくつか村落も潰れて仕事にあぶれた者が街に増え始めているようだからな」
「……まさかの公共事業かよ。段取り良すぎないか、くそぅ……」
実際問題として壊滅した小規模の村落がある。
その中で元通りとまではいかないが再建できるところはまだマシで、多くが生き残りだけでは復興すらできないほどのダメージを受けているのである。
運良くか悪くかはわからないが、アンデッドの氾濫から難を逃れ、元の土地で生活再建ができない者たちが集まるなら必然的にこのマドックになってしまう。
将来的に避難者達が職にあぶれて治安の不安定要素となることを表側の神殿、冒険者・商業ギルド、衛兵は当然望まないし、裏側の盗賊ギルドも闘技場関係で潤うことに注力したい。
表裏ともにこの点では意見は一致している。
どの方面からも仕事を作り、それを割り振ることでこの混乱を平穏無事に片付けてしまいたいのだ。
その割を食わされそうになっているのが孝和である。
見事にその全てにガッチリ食い込んで、いや"食い込まされて"いる。
「……頑張ります。取りあえずそう言うしかないじゃないですか……」
そっと手を添えた胃がきりきり痛む。
どうもこの世界に来てから責任が覆い被さってくるような気がするのは、気のせいなのだろうか?