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価値を知るもの  作者: 勇寛
異世界
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第8話 試練

やっと若い女性キャラの登場です。何か今まで男性とおばさんしか出てこなかったので…

 彼女の名はアマリリア・クラウ・ウェルローという。愛称はアリアである。透き通った銀髪は光の加減できらきら輝いて見える。それと並ぶほど、肌の色は透き通って白さを際立たせている。だが、病的な白さではなく、それは母方の血筋がもたらしたものである。顔は少々ツリ目ではあるが、美人の部類に入るだろう。意志の強さを感じる瞳は濃い青色である。体型は、猫のようなしなやかさを持ちながら、程よく胸や腰周りに肉がついている。一方、身長自体はさほど高くはなく、せいぜい155CMくらいであった。今ではあまり聞かれないトランジスタ・グラマーと言えばわかりやすいだろうか。そんな彼女、アリアは貴族であった。


 家名であるウェルロー家はリグリア王国において伯爵位を叙される名門であった。古くは200年前のグラノイア公国からのパーン王国の独立建国時に、大きな役割を果たしたことにより貴族となった。パーンの北部地域一体を治め、国王からの信任も厚かった。北部には、魔獣が生息する広大な森林地帯と、グラノイア公国と隣接する山間部が存在し、魔獣の討伐や公国軍との小競り合いが絶えることはなかった。

 そのせいもあるのだろう、ウェルロー領の軍は精兵であり、その長であるウェルロー家も武門の鏡とまでいわれる人物を次々と排出した。70年前のリグリア侵攻時には、グラノイア公国が救援を騙りパーンに侵攻することを阻止することに努めた。

 結果、10年の内乱時には中立を保ち、領民の安全と生活を守ったその姿勢を評価されたウェルロー家は、そのままリグリアでも領地と爵位をそのまま受け継いだ。この配慮には、ウェルロー家の軍事力を、引き続きグラノイア公国と魔獣の脅威の盾とする思惑があったのは想像に難くない。さらには、この地域の領民がウェルロー家に絶大な信頼を持っていたことで、ウェルロー家の爵位の降格による彼らの反発を防ぐ狙いもあった。

 



 そのような武と仁の家に生まれたアリアは、幼少のころから武術の鍛錬に明け暮れる。現伯爵の父に母、二人の兄と、年の離れた妹がいた。

 上の兄ラディウス・クラウ・ウェルローは5年前に、第3騎士団長となった。二番目の兄オーラム・クラウ・ウェルローは、その補佐として同時に副団長に昇格し、兄を助けている。

 アリアはその二人の兄と共に自身も、ウェルロー領の騎士となることに一片の疑いも持たなかった。実際、数は少ないが女性の騎士は存在するし、第1騎士団長のアデレイアは女性だ。他の地域では知らないが、実力主義のウェルローでは強く、気高く、誠実でありさえすればどんな出自でも気にしない風潮がある。2代前の第1騎士団の副団長は剣奴の出自でもあった。

 


 しかし、

「何故なのです!!何故、私の騎士団への入団は許されないとおっしゃられるのか!!?」

 アリアは叫ぶ。ここは伯爵家の書斎である。目の前には机に座った壮年の男性が座っている。よく見るとアリアとよく似ている。

「わかってくれ、アリア。私とて、お前の剣の腕は知っている。騎士としての力量は十分だということも」

 彼女の父、グラム・クラウ・ウェルロー伯爵は苦々しくそう言った。

アリアは怒りが収まらず、自身の剣の腕はその辺の騎士では相手にすらならない。今では、隊長クラスの騎士が練習相手となっているというのに!と、続けた。

「では、何故です。私が女であるからですか?そんなことは理由になりません!!アデレイアとて女の身でありながら、騎士団長という職を全うしています!!」

「落ち着け、アリア。だが、お前が女だからという理由もまんざら間違いではない。実はな……」

 そこからの話はアリアにとって納得すると共に、自身の未来を閉ざす絶望でもあった。簡単に言うと、リグリアの第2王子がアリアを妻に娶りたいという話が持ち上がってきている。そして、現在の聡明なリグリア国王と比べ、お世辞にも第2王子は賢いとはいえない。むしろ、暗愚ともいえる。国王の聡明さを受け継いだ二人の兄と姉と比較されることが多く、幼少からの劣等感が彼を愚かな道へと走らせた。女遊び、賭け事は言うに及ばず、うわさでは禁制の死夢薬にまで手を出しているそうだ。

「しかし、私はそのような暗愚にお前を差し出すつもりはない」

「ですが、父上!私が行かねば後々この地にとって災いの種となりませんか?」

 アリアはそういって父の言葉をさえぎった。それを見るとグラム伯は右手を机の中に入れ、一通の手紙を取り出した。

「これは我が家が懇意にしている戦神の神殿への紹介状だ。このままこの地に騎士として留まるのであれば、あの愚物もいろいろとちょっかいを出してくるだろう。だが、これはお前が生まれたときに、16の誕生日に戦神に仕えることになっていた、という内容のものだ。まあ、便宜を図って書いてもらったものだが、正式な書面として通用する。来月にはお前は16だ。騎士となるために払ったお前の犠牲や努力も知っている。民への愛情もだ。だが、この父の頼みを聞いてくれ。すまん。このとおりだ」

 そう言うとグラム伯は頭を下げた。アリアの前では強い父、領主、師であった。そのいずれもアリアにこのように謝ることはなかった。

 アリアが頭を下げたこの父に、これ以上の何を言えるだろうか。ふと気づくと両目から涙が流れていた。悲しみでもなく、怒りでもなく、ただ、父のこの行為に深い愛情を感じてのものだった。




 それから4年の月日が流れた。戦神ラウドの神殿でアリアは生活を始めた。ラウドの教義は『この世の戦いに尊厳と敬意を払う』というもので、神官となるものには高い戦闘技術が必要とされた。その点でアリアは下地ができていたので、有利であった。

 日々の生活と鍛錬、戦神ラウドへの祈りを通してアリアは神官として成長し、剣だけではなく、棒術、神官方術を修め、アリアはついに神官として最後の試練に出ることになった。

 冒険者として1年の修行に出て世界を学ぶのである。その旅を終えて神殿に戻り、戦神ラウドの神託が下れば晴れて一人前となるのである。

 そして、今アリアは旧パーン王国の南部の町マドックより冒険者を始めることとなった。これは神官長がラウドの神託を受け、それに従ったからだ。神官長は、

「ラウドの神託によると、『マドックから全てを始めるべし。始まりを違えればこれからの大いなる糧を逃す』、となっています。何があなたにとっての『大いなる糧』であるかはわかりませんが、このような具体的な神託は初めてです。やはり、従うほうがよいでしょう」

 とのことで、不安で仕方ないがこのマドックにアリアは到着したのである。

 そして、ギルドに到着したその日に登録申請した。宿で、一緒に試験クエストを受けるメンバーが集まるまで待つことになった。そして、メンバーがそろったので次の日の朝に出発することになった。

「なかなかに、私はツイテいる。うまくいけば明日には私は冒険者だ。これも戦神ラウドの導きか……」

 どうやら多少、自信過剰気味ではあるが彼女はやる気だった。そして、夜は更け、朝がやってきた。




 試験クエストに出発する朝になった。アリアは約束の7時に間に合うよう、東門へと歩みを進めた。神官であることを証明する薄い緑のローブに白の胸鎧、右手に背丈ほどの長さの杖を持った姿は旅の神官そのものであるが、腰に刷いた長剣が異彩を放っていた。

顔は冒険者として旅を始めるまでは隠しておかねばならない。神殿の中では問題ないが、外に出るときは隠しておくのが教義であった。

 荷物自体は日帰りができる深さの洞窟ということで、あまり多くは持っていかないことにした。最低限の持ち物にしたのは、チームを組むほかのメンバーが何を持ってくるかわからないからでもある。あまり多くを持ち込み、いざというときに動けないのでは意味がない。

「でも、いったいどんな人が他のメンバーなのかしら?」

 アリア以外のメンバー(孝和とキール)は、昨日の午後にやってきたとのことで、午前中に申請をして宿に帰っていたアリアとは入れ違いになってしまったのだ。

「できれば、あまり私の足を引っ張らないでくれるとありがたいのだけれど……」

 自分は戦闘に関しては自信が有る。しかも、こういった洞窟は神殿の修行で何度も訪れたことがあり、それなりに経験を積んでいる。

 一方、冒険者申請をしたばかりの初心者に何ができるのだろうか。せいぜい、村で一番力があるとか、現実味のない夢見がちな若者であろう。頼むから自分の試験の邪魔だけはしないで欲しい。

「まあ、いざとなれば怪我をしないうちに、途中で帰るように説得するしかないわよね?」

 そういうと、アリアはふふっと軽く悪戯っぽい笑みを浮かべた。




 アリアが待ち合わせの7時少し前に東門に到着すると、もうすでに他のメンバーの一人は到着している様子だった。竜車の横にいるその男性は剣士のようである。腰にある剣をみると、使いやすいように柄に布が巻かれ、何度も握りを確認したような跡が見て取れた。しかしその布が新しく、手の油や汗で黒ずんでいないのを確認すると、やはり初心者が気立ての良い武器屋で教わったのだろうと判断した。

 その傍らにいるのは昨日ギルドで受付をしていた、確かカルネという名前の女性だ。今回の試験クエストは彼女が馬車で連れて行ってくれるのだろうか?

「ああ、アリアさん。こちらでーす」

 カルネは背伸びをして両手をブンブン交差させて自分をアピールしている。場所はわかったし恥ずかしいので止めて欲しい。ちなみにギルドの登録は『アリア』で登録した。ウェルローの名前を使うことなく、自分の実力で冒険者になるという決意の現れである。

「ああ、すまない。時間通りだが、まだもう一人の受験者はきていないのか?」

 他のものがもう到着しているのに遅刻とは、まったく初心者はこれだから。と、自身も初心者のアリアは思った。

「いえ、その、実はアリアさんが最後なんです。もう一人(?)はすでに馬車の中にいらっしゃいまして……」

「?」

 カルネが変な場所で疑問系のイントネーションを使ったのを不思議に思いつつも、もう一人がどんな人物なのかを確認するのに馬車に向かう。何故かカルネともう一人の剣士が苦笑いしている。何故だろう?まあ、挨拶すればいいだけだ。

『はじめまして。カルネさんからきいてます。おねーさんがアリアさんですか?』

 そこには真っ白なスライムがいた。そしてアリアに向かってその丸い体を起用に少し折り曲げ、挨拶してきた。

「な、なんなのよ。これ……」

 アリアはおそらくこれまでの人生でもっとも長い呆然とした時間を過ごすことになった。




 簡単な挨拶のあと、アリアは今回チームを組む2名と一緒に竜車の中にいた。目的の洞窟までは、カルネが案内してくれることになっている。現地に到着後は、そのまま、チームが帰還するまで外でカルネが待機するということなので、彼女の安全確保の為にも馬ではなく、下位の竜種であるランド・ドラゴンに車を引かせているのだ。

 アリア自身は今回のこのチームの構成には不安を禁じえない。現に目の前のタカカズと名乗った黒髪の剣士は、こちらをちらちら見ながら初級の魔術入門書を読みふけっている。そして、もう1名(?)は、なんと言ってもモンスターだ。キールと名乗ったこのスライムには邪気は感じられない。確かに従魔師という職業があるということは知っている。だが、しかし!しかしだ!!仮にも神官候補ともあろう者がモンスターと一緒に活動するのはいかがなものか。

「はぁ~」

 これが戦神ラウドの神託が指し示した始まりなのだろうか。アリアは竜車から外を覗き込み、天高くさらにその向こうにいるという戦神ラウドに自身の今の状況を深く嘆いた。




 一方、孝和は目の前のアリアというこの人物の機嫌を損ねたのではないか、と困り果てていた。キールが彼女に挨拶したあと、カルネが双方を簡単に紹介した。そして孝和とキールと共に竜車に乗り込んだあとは、孝和たちと対角線上に座り込まれてしまったのだ。

 はっきり言ってこういった状況下に置かれてしまうと、孝和には現状を打破する能力がない。ただただ「忍耐」のみである。そして現在、孝和は昨日購入した『魔術師への第一歩』へと意識を向け、試験の洞窟へ到着するまでのこのいたたまれない空気に耐えることを決意したのである。

 ちなみに、キールは『アリアさんとおはなししたいんだ~』とアリアの隣へ向かおうとしたのを孝和によって阻止されている。『アリアさんはおなかが痛いんだ。話しかけないであげたほうがいいぞ』と諭すと、『じゃあ、ぼくがなおしてあげるんだ!』と逆に意気込ませてしまった。その意気込みを説得するのに、孝和はかなりの労力を必要とした。

『はやく、着かないかな……。なんか腹も減ってきたし。……弁当食べちゃおうかな。でもな、昼飯なくなっちゃったらキツイなぁ。……まあいいか。食べちゃおう。うん』

 そう思うと孝和の行動は早かった。持込用のカバンからタバサの弁当を取り出し、ふたを開ける。中からはレタスと、濃い目の味付けの魚をパンでサンドしたものが出てきた。 このような携帯するタイプの食事は、どんな世界でもそんなに変わらないものなんだなぁと、孝和はしみじみと感じた。

『ますたー。ごはんたべるの?』

 キールがその様子を見て話しかけてきた。アリアがこちらをあまり見ないようにしているせいで、キールは暇だった。孝和も何やら本を読んでいたので、話しかけづらかったのだ。

『ああ、キールもどうだ?タバサさんからキールに、ってもらったものもあるからさ』

『ほんとう?やっぱりタバサさんはいいひとだね。かえったらおれいをいわないと』

 アリアに聞こえないように念話で話をしている。昨日キールと宿で話しているときにわかったのだが、声に出して言わなくても、当人同士が話したいことであればこのようにこっそり話すことができるようだった。

 まあ、何も言わないスライムに話しかけている大人がいる光景というのはよく考えるとかなり怪しい。それを考えると、これは本当によかった。

『ほら、これだ。井戸の水にハーブを漬け込んだものだ。帰りの分も考えないといけないから、あんまりたくさん飲むんじゃないぞ』

 キールにハーブ水を上からちょろちょろ掛けてやる。その一方でサンドイッチを口に運び、モグモグ食べた。アリアからの視線が痛い。いや、でもやることもないので。

『ますたー。おいしかった~。ありがとう。もうじゅうぶんでーす』

『ああ、わかった。多分もう少し時間があるはずだから、どうする?寝ておくか?』

 そういうと、キールはぴょんと孝和の膝の上に乗っかった。

『じゃあ。ますたー、ついたらおこしてね。おやすみなさーい』

 どうやら、キールは到着まで孝和の膝で寝ていくようだ。それを見て苦笑すると、空になった弁当を竜車に残しておくことにして、空いたところに置いた。代わりの干し肉を取り出しやすいように、カバンの中で調整する。

 その出発準備を終えると、孝和はまたも『魔術師への第一歩』を開いてページの上の文字を目で追い始めた。決して顔を隠しているアリアからの、冷たい視線から逃げるためではない。逃げるためではないと孝和は自分に強く言い聞かせた。




 竜車がゆっくりとスピードを落とすのに気づいた。どうやらそろそろ目的地付近のようだ。つい先ほどまでの草原地帯から、少し草木の少ない荒地に周りの光景が変化していた。

「皆さん。試練の洞窟に着きましたよ。今から試験クエストの説明をしますので、外に出てきてください」

 カルネの声が聞こえたのか、キールが孝和の膝からゆっくりと起きた。

『ますたー。これからどうくつにはいるんだね。がんばろうね!!』

『ああ、頼りにしてるからな。がんばろうぜ、キール』

『うん!!』

 孝和と一緒にキールが出てきたのを確認し、カルネは説明を始めた。すでに外に出ていたアリアはもう準備を始めながらその説明を聞いていた。孝和はそれを見て準備をどうしようかと考えた。ここまで読んできた本は置いていこう。ああ、毛布はどうしようか。中で寒かったら嫌だしなぁ。

「……ズさん。タカカズさん。聞いていますか?」

「ああ、すいません。何でしょうか」

 どうやら考え事をして聞き逃したかもしれない。

「まったく。自信も過ぎれば命を落としますよ。もう一度説明します。今度は聞き逃さないでください」

「はい……。ごめんなさい」

 シュンとしてしまった孝和を見てカルネは気を取り直す。

「おほん。では、こちらの洞窟の最奥にギルドの用意した石碑があります。簡単に言うとその石碑に刻まれた一文を確認後、帰還していただくのが試験になります。ただ、この洞窟内は最奥まで2時間ほどの長さがあり、モンスターの生息も確認されています。例年、試験に挑んで大怪我をされる方、たまに亡くなる方もいらっしゃいます。危険や自分の実力不足を感じたら、すぐに引き返してください。内部の地図はこちらになります。チームで1枚なのでどなたが持たれますか?」

「私が持とう」

 アリアが機先を制してそう答える。孝和としては、初めての洞窟である。経験のありそうなこの神官候補に任せるのに不満はない。

 軽くアリア、カルネに頷く。

「では、皆様ご無事の帰還をお待ちしております」

 カルネは深々と頭を下げた。そうして孝和にとっての初めてのクエストは開始された。

次回は洞窟内部での戦闘の予定です。楽しんでいただけるよう、がんばります。


※投稿後5分で間違いに気づきました。修正しました。ごめんなさい。

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