第84話 古き友と 【OLD FRIEND】
誤字脱字ご容赦下さい。
本日1本目です。
「よう、先に始めさせてもらってるぜ」
ディアローゼの元に旧知の客が来ているとの連絡が入ったのは、机に積まれた書類の山を片付けるという苦行の最中であった。
もう夕刻になろうかという時間であったこともあり、本日の仕事を切り上げてとしたかったのである。
ただ、ある程度のカタをつけてからと考え報告を受けた者に、先に自室に案内するように伝えていた。
仕事の采配が終わり次第、すぐに駆けつけてみたが思った通りの光景が広がる。
仄かに薄暗い燭台の光がテーブルを照らしだしていた。
軽くつまめるものを中心に、酒のつまみが載せられ、酒瓶とグラスが鎮座している。
男は自分のグラスに手酌で擦り切れ一杯に酒を注ぐと、ぐいと一気に杯を空にした。
「はぁぁぁっ……!美味いねぇ、流石に良い酒揃えてんなぁ、ディア」
「部屋に入るなり酒を物色するやつがあるか、全く。勝手に人の酒を飲み始める貴様の神経を疑うよ。まずは部屋の主のディアに挨拶するのが先決だろうに。すまんな、こいつは相変わらず"こう"なのだよ」
テーブル前で杯を重ねる真っ白な頭髪に髭面の男と、部屋の中であるというのにフードをかぶったまま壁際で佇んでいる女がいた。
双方ともによく知る人物で、おそらくこうなるであろうことは予想していた。
だからこそ、自室に案内したのだ。
間違いなく酒盛りを始めるだろうことは長年の経験でわかっていた事である。
「変わらなすぎて逆に驚くくらいよぉ。飲まずに飾る趣味は特にないし、別に構わないわぁ。それにしても久しぶりねぇ」
「おう、お前は女っぷりが上がってる。いい熟れ方してきてるぜディア。肩書きのある女ってのもまた魅力的だ」
「女の評価がその方面にしかないのか。まあ、確かにいい女になったよ、ディア。人は責任が増えれば輝くものだ。いい顔をしているよ」
「フロンも相変わらずきれいですよ。まあ、フード取ってくださるともっと褒め言葉が出てくること確実ですけど」
「む、そうだな。ここには私達しかいないしな」
「そうだぜ、俺の無礼の前に、顔を隠してるのは無礼じゃ無ぇのかって話じゃないかよ」
フロンと呼ばれたフードの女性がそれを取り払う。
シニョンに纏められた髪型から一房頬に髪が落ちる。
白磁のようなどこか人形めいた肌にそれが流れると余計にその印象が強くなる。
壁際から白髪の男の前にある椅子まで移動すると、ディアローゼが着席するのを待つ。
微笑んだディアローゼに促され席に着くと、2人の前のグラスにだくだくと酒を注ぎだす。
「ま、取り敢えずだ。再開を祝して乾杯ってことで」
「仕事終わりの一杯っておいしいのよねぇ。じゃあいただくわぁ、かんぱいっ!」
ちん、とグラスを鳴らすとディアローゼと男が一気にその杯を空にする。
「ホブロ、ディア。君らは少し酒を減らすべきだと私は思うが」
その2人には付き合わずに、フロンは少しなめる程度に唇を湿らせる。
白髪の大男、ホブロは自分とディアローゼの杯に次を注いでいる。
「この程度の酒で人事不省になる様じゃ、冒険者なぞやってられんだろ。なぁ、ディア?」
「まあまあ、久しぶりに会ったんだし、最初の一杯はいいじゃない。……で、何の御用ぉ?」
2杯目を半ばまで空けるとテーブルにそれを置く。
自室に2人を案内する時に、旧交を温めるということで人払いをお願いしているが、近くに寄ったから尋ねてみた、そんな単純なわけはないだろう。
立場が立場である。
神殿の実力者であるディアローゼに、この2人。
「勇者に賢者が連れ立ってディア様を訪ねに来られる。あまりいいお話ではなさそうですよね」
がちゃりとドアが開き、台車に湯気の立つ料理を乗せたフレッドが入室してくる。
その後ろにはミコンとメイス使いの女神官。
軽くフレッドが頷くと、ミコン達は外に出ていく。
後ろ手にドアのカギをかけると、テーブルまで配膳台をガラガラと運んでくる。
「おお、待ってたぜ。やっぱ酒には肉が無ぇとな」
ホブロは配膳の手伝いに自分も参加しながら、メインの鳥を一羽焼き上げた料理が乗った大皿を自分の前にでんと置いた。
添えられた大振りのナイフで各人の取り皿にてきぱきと取り分ける。
「ま、当然だわな。用事がなけりゃわざわざ来たりなんざしねぇし。ただ、ココにお前らがいるってのは直前まで知らなかったからな。もしそうでなけりゃどっかで宿を取ってたさ」
自分の取り皿にとった鳥の足を手づかみでムシャリとかじりつきながらそう言い放つ。
隣に座るフロンはちまちまと骨と肉を取り分け、大皿にある野菜類も皿にのせていく。
「そういうことだ。実際最初は王都に向かっていたからな。マドックに来ることにしたのは、早馬が走っているところに遭遇したからだ。あのタイミングで情報が得られ無ければまだ王都からこちらまでの道中のはずだ」
小さく刻んだ鶏肉が上品にフロンの口元に運ばれる。
もしゃもしゃと細かく咀嚼しながら食事をしている姿が、隣りにいるガチ食いのホブロと対照的である。
「来た理由は、私達?アンデッド関係?それともそれ以外の、私たちの知らない何か?」
こちらは食事ではなく、アルコールを嗜むディアローゼが尋ねる。
横で立つフレッドの給仕を受けながら、少しだけ鋭くなった視線が2人を突き刺す。
「あーと、だな。真ん中とケツの二つ。どっちかといえばケツよりだな」
「今回のゴタゴタ、あなたたちの追っている件と何か関係あるという訳ね」
「そういうことだ。私たちもどうにもならなくなってから、対処依頼を受けた形になる。情報元は魔術ギルド、但しカルが知り得たタイミングで、対策中の長老会議をすっ飛ばして私たちにという流れだが」
「あの人、相変わらず気苦労が多いわねぇ。研究がしたくてギルド付に戻ったのに、机仕事しかしてないんじゃないの?」
「いい感じに腹も出てきてた。酒もタバコも飲まねえんだからそっちに行くんだろうよ。生まれたばっかのガキにも最近忙しくて寝顔しか見てないってぼやいてたぜ」
双方の知り合いである魔術ギルドのカル氏について少しだけ笑いが漏れる。
それもすぐに収まると、手にしたグラスをフレッドに戻し、真剣な表情でフロンに向き直る。
「魔術ギルドのホープ。最年少の長老様が依頼してくるなると、かなりの案件ね。知り得る範囲でお願い。秘匿の程度はそちらに任せるわ」
「ああ、内密にとは言われているが周辺国にある程度の情報が渡る予定だ。すでに漏れ始めているだろうからそこまで線引きする必要もないだろう。と、いうかこの地域がその本命だろうと私たちは考えている。他の者もマドックの状況を聞けば集まってくるだろうから、動くなら走るべきだろう」
フードを外しながらも纏っていた外套の内から、革で装幀のされた封書が出てきた。
それを近づいてきたフレッドに渡す。
革紐で巻かれたそれを丁寧に解き、中の書面を取り出しディアローゼに渡す。
「カルってこういうところ律儀よね。誰かさんと違ってこういうところが所帯を持てるか持てないかの境目なのよぉ」
「うるせえな。俺のこの迸る愛は一人だけじゃあ溢れちまうぜ。この溢れる想い、一人でも多くの女に注いでやるってのが俺の使命なんだよ」
「都合のいいこと言ってることを理解できないんだ、この阿呆は。聞き流せ」
「フロンも大変ねぇ」
軽口を叩きながら目線は忙しなく文字を追っている。
それが2枚、3枚目に移るころには軽口で柔らかい形を作っていた唇がぎゅっと閉じられる。
「……正気?いえ、狂ってるから出来るのか。悍ましいことを……」
「同感。死霊術師【ネクロマンサー】の"生産"なんて、思っていてもやる奴なんざ普通はいねぇ」
「確認だけど、"育成"ではなく、"生産"で間違いないのね?」
骨だけになった鳥の脚を皿に転がし、ホブロが顎を撫でる。
じゃりじゃりと無精ひげが鳴り、沈黙が下りる。
「……マジだよ。素質のある奴に技術を教えるんじゃなく、どこにでもいる誰かを"仕入れて""ナニカ"を埋め込んで"創る"。やらかしたバカはカルのところで捕えているが、"素材"をどっかから仕入れてたみたいでな。現地で行方不明の奴以外にも犠牲が出てるみたいだ」
やりきれなさを強い酒で喉に落とし込む。
先程までの旧交を温めていた時の旨い酒と同じものなのに、酷く味気なく不味い酒と感じてしまう。
せっかくの上物をつまらない酒にするのは作り手にも失礼である。
そっとグラスをテーブルに置き、横にずらすとフレッドがそれを片付けていく。
「意思疎通のできない死霊術師【ネクロマンサー】等、ただの魔物と変わらん。こっちの使いやすいように調整したかったのだろう。ベースの素体は全部年若い子供か、女の腹を使って産ませた赤子が使われている。あのカルが壁に大穴開けてやがった。俺たちが着いた時にようやく気持ちが落ち着いたみたいだが」
「だが、あれは大火が収まっただけだ。根っこの方で未だに青白く燃えている。元凶は現在徹底的な尋問中。その後は速やかに裁判・処刑となるだろうな」
「そうね、最後の辺り、文字が震えてるもの。怖いわぁ、ここまで怒髪天なカルを感じるの」
「ただそのバカの屋敷で見つかったのは失敗作の成れの果てか、調整前の段階で救い出せた奴らに研究資料だけでな。しかも失敗作は埋め込んだモノの方に引っ張られて人の意思は無いに等しいらしい。そこで長老会議は安心しちまったらしいんだ。片付いたってな」
ホブロは酒に走るのを止めたが、喉を潤すために水を口に含む。
「んで、だ。尋問の最中に解っちまったんだと。成功した"かもしれない"奴を捕まる直前に森に離したってことがよ」
「捕縛・尋問から2日経ってから。長老会議の私兵でできた討伐隊がすぐに出て、私たちが知るのはその翌日だ」
「間に合わない、タイミングだったわけね」
ソファにどさりと背を付けるとふぅと息を吐き出すのだった。
「おう、見事に間に合わなかったよ。討伐隊は到着時にすでに壊滅。接敵できたのは一瞬だった。討伐隊でかなり削られて俺らの姿見た瞬間に逃げの一手だ。虚を突く隙すらなかった」
「失敗から学んだらしくてな、どうも獣を主の素体に人を副材と変えたと資料が残っていた。見たのは一瞬だったが巨大な獣様のキメラのように感じた」
「それでも人を組み込んでいるのね。その阿呆は」
簡単ではあるが、詳細と魔術師ギルドのホープである人物の所見が書かれている書面。
最悪を想定して動くべき案件ではある。
「それでマドックに?」
「森の河を使って逃げたらしいというところまでしか解らなくてな。下流域の捜索はカルの奴に任せた。俺たちは万が一、途中で河から抜け出て陸地を移動した場合に備えて情報を収集するのに回ったわけよ」
「マドックのアンデッド氾濫。可能性は高いと?」
「聞いたさ。騎士級のアンデッド2体が居たって?で、街の全員で協力し合いそれを倒して街は救われた。めでたしめでたしってな。だが、おかしいだろ?そいつら"軍略"を用いてたって話じゃないか」
「そうなのよぉ。だから、私が残っているのだから」
街の上層部は勿論わかっているし、言われていない一般人でも察しの良い者は気付いている。
そういう事実が一つ。
最大の問題が残っていた。
「どう考えても、話に有った2体。最初に討たれた奴は可能性があるが、2体目のフレッシュゴーレムは違う。どう考えても立案・指示・実行、どれもできないだろう。1体目が討たれた後にも攻め方に意図があるなら、もう一つファクターが足りない」
人形然とした表情に苦み走った感情が浮かぶ。
「そういう事、まず間違いなく"3体目"が居たはずなのよ。1体目、2体目だけでは群れの統制ができない」
「その恐れがあり、我々がこの場に留まっているのです。騎士級のアンデッドを使役できる3体目の可能性が排除しきれない」
「現状認識が同じということは有難いことだ。俺たちの意見も同じだ。ここで共有できる情報が、どうも魔術的に作られた人工死霊術師の可能性がでてきているということだ。それに対して協力を仰ぎたい」
「仮にカルの側で対象が見つかって、このアンデッドの氾濫が無関係だったとしてもだ。どうもここ最近きな臭い気がしてな。このマドックの件に、ポート・デイの反乱劇、ウチの件、国境線の盗賊団の活発化。重なり方が少し頻回に過ぎる」
全員の視線がテーブルに落ちる。
「わかったわぁ。取りあえず今回の件で手に入る情報はそちらに渡してみましょう。そっちからも頂けるものは頂けるのよね?」
「ああ、外の馬車に用意したものがある。運び込んで精査してくれ。こっちもお前らの情報の読み込みに時間を貰うからな」
「では、さっそくかかりましょう」
フレッドが扉に向かう。
ぎぃと音を立てて扉が開く。
フレッドに伴いホブロが立ち上がる。
「ああ、ホブロ?」
「なんだ?」
部屋を辞す寸前にディアローゼが彼を呼び止める。
「件の失敗作、数はいたのでしょう?」
「ああ、かなりの数がな」
「彼らの共通点みたいなものは何かないのかしら?身体的・内面的、どんな類のものでもいいのだけど」
顎に手をあてて少し悩む。
「外見的には"ヒトガタ"だった。ただ、獣型の逃亡対象とは外見的特徴はないだろうな。ただ、失敗作の原因調査に腑分けしてある実物や、記録が残っている。馬車にもその記録の写しは有るがな」
「では、外見からの捜索は難しそうね」
「ただし、死体の腑分けから見つかった物がある。このくらいの……」
手のひら大の大きさを両手で形作る。
「色はまちまちだが、サイズ的には両手で持つくらいの水晶、それが埋め込まれている。おそらく命令を順守させるための使役媒体でないか、とカルが言っていたよ」