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価値を知るもの  作者: 勇寛
いんたーみっしょん
88/111

第83話 ぼくたちのひみつきち!【HOUSECLEANING】

誤字・脱字ご容赦下さい

 遠くにばたばたと旗が翻っていた。

 いや有り合わせを縫い付けた一枚布を、旗と呼称していいものかどうかという問題はあるのだが。


「おおぉ。何か翻ってる。見つからないようにした隠し砦のはずなのに。ここからでもはっきり解るぞ、あそこに在るって」


 盗賊たちの拠点となっている隠し砦に向かい、死霊馬に乗った孝和が最初にそれを見つけた。

 どうも森に飲み込まれてしまってはいるが、過去に街道整備を目的とした簡単な建物が道から少し離れた場所に建造された記録があるらしい。

 街道は整備されたが予想していたほどの交通量は無く徐々に廃れ、新しいルートが整備されるに伴い廃屋化した様子である。

 年代としても古く、浄化作戦のルートには上がって来てはいなかったのだ。

 盗賊からの聞き取りでこの旧道沿いの廃屋が拠点化されているのだろうと目星を付け、いまは移動しているところである。

 街道浄化の任を負った部隊に間借りした孝和は、全体の最前列で移動していた。

 理由として、仮にスクネ達に遭った場合にすぐに話をするためだ。

 恐らくいきなり襲われる心配はない、とは思われるが、それでもオーガは怖い。

 顔見知り程度であるが孝和がまず話すことになっている。


「ふむ、あまり上手くない。しかし糸を持っていたことに、驚く」


 その横を歩くのはエメス。

 出かける時に孝和を見かけ、同道することになった。

 仕事自体はまあバイト扱いなのでそこそこ自由は利くらしい。

 ただし、若干責任者が渋っていたのも事実ではある。


「あ、この間私ポポのカバンに針とかハサミ入れてあげた。それ使ったんじゃない?腰巻のほつれ、気にしてたし」


 同じく歩いているのはカナエだ。

 こちらも舞台のまわりで怪しげな連中と、オッズ屋モドキをやろうとしていたのだが、ユノに全部任せてこちらに来てしまった。

 盗賊的な技能者は確かに有用か、と思い有難くそれを受けたが、ユノがいろんな人にはなしかけられていっぱいいっぱいになっている。

 そういう状況ならば、一応姉としてフォローせねばならないのではないだろうか。


「まあ、いい。おい、嘘ではなかった。それが分かったのだ。そう怯えるな」

「は、はぃぃぃ……」


 じゃらり、と太い鎖が音を立てる。

 エメスの腰の錨に繋がれたそれは、ぐるりと先導する盗賊の体を縛っている。

 しっかりとエメスの手に握られた鎖は、重厚かつ剣呑な雰囲気をこれでもかと放つ。

 びくびくしている盗賊は、音がする度に背筋を伸ばし、上着は汗に濡れてぐしょぐしょになっていた。


(心、折れてるなぁ。無理もないかぁ)


 この男、最初の内はあまり協力的ではなくどこか不貞腐れた態度を取っていたのだ。

 その時の様子を思い出す。

 捕まえた盗賊たちの一人で、拠点までの道案内をさせられるのだから仕方ないところではあっただろう。

 縄をうたれ連れてこられ、門で孝和が来るまで待たされる間、地面に唾を吐き捨てるだけ吐き捨てていたのだ。

 それが孝和が着いた瞬間に変わる。

 盗賊が先導するすぐ後ろで孝和がその縄先を持つことになった。

 そう、"死霊馬"に乗った孝和に縄を持たれるのだ。

 それはもう分かり易くブルった。

 一目瞭然である。

 脂汗が滴り、饒舌になった。

 彼はひとしきり文句をぶちまけた後、誰も自分の意見を聞いてくれない事に愕然とした。

 ぶつぶつ文句を垂れ流し、そして出発。


(あそこまでだったんだなぁ、きっと)


 もしかしたら森まで行けば地の利を生かし、隙あらば逃げ出せると思っていたのかもしれない。

そんな彼に絶望が訪れる。

 エメスが合流した。

 デカく威圧感のあるエメスに更に削られる心の耐久。

 それでもまだ目線は正面に向いていたと思う。


(いやぁ、なけなしのプライドってやつだな。きっと)


 ただ、孝和が盗賊の縄を掴んでいた。

 それが彼にとっての悲劇に繋がる。

 簡単に流れを伝えようと思う。

 孝和の代わりにエメスが縄を持つと言い出す⇒エメス縄を預かる⇒少し考えるエメス⇒仕事前に愛用の鎖付の錨が整備明け⇒偶然錨が手元に⇒よし、これで縛ろう⇒え、マジで(盗賊)。

 まさに悲劇いや、喜劇かもしれない。


(俺なら、泣く。あれは)


 ご丁寧に鎖で縛りつける前に、逃げ出そうとした場合どうなるかを、不要となった木材でデモンストレーションが行われたのだ。

 人の胴と同じくらいの廃材に巻かれた鎖はエメスの片手がぐっと力を込めた瞬間、めきょっと音を立てて真っ二つに千切れ飛んだ。

 呆然とする盗賊の腰に二重に手早く鎖が巻かれ、助けを求める潤んだ瞳が孝和を真っ直ぐに見つめていた。

 そっと視線を逸らしたのは人の情けの表れだったように思う。

 考えるまでもなく人の胴はどんなに鍛えてみても、同じ太さの材木よりは脆い。

 つまりはそういうことだ。


「では、安全な入口はどこだ?」

「正面に罠がいくつか。裏手に回るには馬は無理なので…」


 カナエを見る。

 罠があっても馬で行ける正面を選びたい。


「解除できないことは無いけど、モノによるわ。そいつが外したりできないの?」

「すんません。俺、そういうのはからっきしで……」


 そう謝る盗賊の鎖が鳴る。

 飛び跳ねるようにして盗賊が叫びだす。


「マジマジマジマジで!!!!嘘ついてない、嘘ついてないからっ!!!信じて、信じてくださいッ!!」


 盗賊が涙と鼻水ででろでろになりながら告白する。

 哀れ。

 その一言に尽きる。

 さすがにこの状態で虚偽をできる演技力があるなら、盗賊などではなく街中で詐欺師でもしていただろう。

 

「だが、キールたちはすでに中に。ならば、罠はどうした?」

「そんなのわかんないですっ!俺たちがシノギに行くときには、人数が減るから罠を準備します。それを掻い潜ったとしか……」


 疑問をぶつけると盗賊はそう答えた。

 ふむ、と悩みこむ皆をよそに孝和は思う。


(なんかそういうの避けて進んだんじゃないかなぁ。あいつら罠とかめちゃくちゃ除けて行きそう)


 嗅覚に優れたポポと、周囲をレーダー化して認識するキール。

 怪しげなものに近づかずに砦まで行った可能性すらある。

 もっと言えば罠の主体は道を歩くのが主体の人間用で、悪路をものともしないボアやゴブリンにはあまり意味がないとも考えられた。


「一応裏手に回ろう。いらないケガするのもバカみたいだし」


 そう孝和が言うと、衛兵も同意してくれた。

 マルクメットの指示で来た街道浄化の班はエメスには敬意を払っており、その主である孝和にも同様の接し方をしてくれている。

 有難いことだ、と孝和は思っているが実際のところ、死霊馬に平然と跨り、エメスに指示を出す彼に対する若干の脅威を感じていたのである。

 そのあたりの"正常"な感性が若干侵されてきることに気付かないというのはもう手遅れなのだろう。


「馬はここに置いて、こいつに見張ってもらおう。いいか?」


 ぶるるっと死霊馬が答える。

 なんとなくだが了承してくれたようで何よりである。


「では、案内を」

「は、はいっ!」


 ピンと背筋を伸ばす盗賊。

 素直なのは大変いいことだ。





「なんじゃこりゃ?」

「すごい生活臭する光景ね」


 裏手の細い獣道を通り(エメスが通れず、こじ開ける結果となったが)、隠し砦の裏手に出た。

 そこに拡がる光景がなかなかにカオスである。

 恐らくこの拠点に残っていただろう盗賊が4名。

 全員がマドックにいた盗賊と同じく"全剥き"にされて木の幹にぐるぐる巻きにされている。

 不幸中の幸いとでもいえばいいか気を失っている様子であった。

 まあ、それはいい。

 戦闘行為の後に行われる一連の流れではまま起こり得る光景かもしれない。

 ただ、しかしながらその空間全体を縦横無尽に張られたロープ。

 そしてはためく服やら下着やらシーツやらの群れ。

 ここはどこの寄宿舎だと思わせる光景であった。


「わあ、洗い立ての匂いがする」

「そうだなぁ。何してんだよあいつらは」


ばんっ!


 そう呆然とする彼らの目の前には当然砦の姿も写っている。

 すると、その砦の扉が勢いよく開かれる。

 音のした扉からえっちらおっちらと大きな盥に満載された布の山と、それを2人がかりで運ぶゴブ達が出てきた。


「ぎゃあ?」

「はぁ?」


 ぽかんと瞬間見つめ合う両者。

 暫しの何とも言えない時間が流れた後、ゴブリンが動き出す。

 盥を抱え、まだ空いているロープに向かうと孝和たちを無視してそれを干しだす。


「いやいやいや、待って!」

 

 流石にそれに突っ込まざるを得ない。

 ただし、洗濯物を干し始めたゴブの内1匹が砦に戻っていく。

 どうやら誰かを呼びにいった様子である。


「すごい自由に生きているなこいつら」

「でもタカカズの、というかキールの手下連中なんでしょ?このゴブリン達」

「腕章してるし、たぶん間違いない」


 ひょいひょいとロープに洗濯した服を干していくゴブリン。

 その腕のグリーンの布は確かに購入したばかりの目印である。

 ちょっとばかり痛手の出費のため、しっかりと覚えていた。


『あ、ますたーとエメスくんだー』


 またも山盛りの布入り盥が砦から出てくる。

 その山の上にキールが乗っかっていた。

 ぴょんと飛び降りると、ぴょこぴょこ跳ねながら孝和の元へ参上する。


『カナちゃんもいるし、どーしたの?なんか、あった?』

「危ないことするなって言っただろ?盗賊連中が運ばれてきて、お前らもその場に居たって言うのに誰もそこに残ってないって話で。こっちはどうなってるのかわからないじゃないか」

『えー、でもぼーけんのとちゅうだったし!あんなのどうってことないよ?スクネくんもいっしょだったもん』


 どうも心配されている当人に危機感が無いのが恐ろしい。

 ただ、言っている内容としては、準備不足どころか戦力過多であることも実際事実ではある。


『それにー、わるいことはだめだよっていわないと。とーぞくのひと、わるいことして、ぐへへへっ、てかおしてたもん』

「ぐへへへっ、てしててもだよ。一応そういうことしたら、俺とかアリアとかに教えてくれない?心配じゃんか」

『うむむっ。そうだけどぉ……』

「な?危ないことはしないようにって約束したんだし、それは守らないと。んで、もし何か危険なことがあったら報告、な?」

『わかったー。そーするー……』

「うん、そうしてくれ」


 よしよしとキールを撫でる。

 多少ぶーたれていたが、どうやら説得には成功したようだ。


「んで、それはそれとしてだ。何してんのお前ら?」


 ぱたぱたとはためく洗濯物の中、視界の端に全裸の盗賊たちが縛られているというとんでもなくシュールな光景である。

 流石に哀れに思ったのか、浄化部隊の男がそっと持ってきていた毛布を彼らの下半身に添えていた。


『おーそーじをしています。なんかなかが、すっごいにおうのー。くさいのー』

「ほほう」

『おせんたくは、こまめに!そうじはてーきてきに!』

「ほ、ほう」

『でもね、けっこうひろいから、きれいにしてから、ぼくらのひみつきちにするんだ!』


ばたん!


 キールの"ここぼくたちのだもんね!"宣言の中、砦にある数少ない窓が開け放たれた。

 2階にあるその窓からどさどさとゴミが放り出された。

 食べ物の残りやら、汚い布やら、洗われていない食器(木製)やらである。


『あ、いまポポたちがなかをそーさくちゅーです!あらいばみつけたから、ほかのたいいんはおせんたくをしていますです。ますたー!』

「ああ、うん。頑張れ、キール隊長」

『はいっ!にんむにもどります!』


 ぴょこぴょこ戻っていくキール。

 変わらず窓からは様々なゴミが投げ捨てられている。

 今は半ば崩れたソファかベッドだろうサイズの粗大ごみが、窓枠ぎりぎりであるにもかかわらず強引に押し出されている。

 べきべきと音を立てて2階から階下へ落下し、土煙を上げた。


「豪快」


 ふと思い出す。

 そういえばキール以外の他の奴らはどこにいるのだろうか。


「わぅぅぅ……」


 ぐてっとした様子のポポが、粗大ごみが捨てられた窓から上半身を乗り出してきた。

 覆面のように緑の腕章を巻き付け、ホコリが入らない様にした様子だが、それ以上に部屋が汚かったのだろう。

 開け放たれた窓から細かなホコリが出ていくのが光の加減でわかる。

 至極当然の話ではあるが、隠し砦を作る以上目立ってはいけない訳で。

 そうすると大々的な大掃除やらなんやらができるはずもなく。

 汚れに汚れきっていたわけである。


「がう」


 気を取り直したのか、そのほっかむりをしたポポがサンタ的な袋を担いで2階から飛び降りる。


「うええっ!?」


 驚きの声を上げる孝和一行をよそに、ポポは問題なく着地した。

 その声に気付いたのか、ほっかむりのドロボースタイルのポポが孝和の前にやってくる。


「くぅっ!」


 ずいと袋をさしだすポポ。

 どうやら孝和に渡したいようである。


「何だ?戦利品でも見つかったのか?」

「わうわう!」


 ぶんぶんと頷く。

 軽くポンポンと頭を撫でてやりながら、細かな毛に絡まった綿ボコリを取ってやる。

 だが、簡単に取れる物以上に絡まりこんでいる物もあった。


「うーん、これじゃあ取りきれないしなぁ。後でブラシ入れてやるよ。これ開けてもいいか?」


 こくりと頷く。

 若干わくわくしながらポポの持ってきた戦利品を確認することにする。

 そうして袋の口に孝和は手を掛けた。

 その袋から出てくるものは、銅貨や飾り布、そして簡素な装飾品であった。


「特に、金目のものはないか。ま、そんなうまい話あるわけないしなぁ」


 多大な期待をしているというわけではないが、それでもお宝が何かあるのではないかというドキドキは持っていた。


「他にいい感じのものは、……あれ?」


 底のほうになにかキラキラする物が見えた。

 手を突っ込みがさがさとそれを掴み出す。


「何だこれ?」

「くぅ?」

「綺麗だけど、割れてるわね?」

「ふむ、どこかで見たような?」


 全員が疑問符をもつそれ。

 孝和の手に乗せられたビー玉大の水晶。

 砕けて破断面を見せたそれが、鈍く日の光を反射していた。


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