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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
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第80話 心に技と力を添えて 【TRINITY】

誤字脱字ご容赦下さい。


「はっ!」


 オーガが突進する。

 真正面から一直線に突っ込んでくるそれに向かい、ボディを狙う一撃を放つ。

 様子見として1、2発ジャブで攻めてみたりとか体を躱してみたりという選択肢も考えられたが、あえて初撃から大振りの一発で攻めてみることにした。


「ガッ!」


 ぎりぎりのタイミングでその一撃を避けるオーガ。

 ただし避けたとはいえ、肌の上をなぞるようにして通り抜けていく腕の衝撃までは消しきれなかった。

 だが、腹に響く程度であれば、体は動く。

 真芯をとらえて打たれたのならば、一発でチアノーゼコースであるが、そうでないのならばギリギリ体は残る。

 頭部をガードをして、エメスの狙いどころを絞ったのだ。

 骨を砕かれない限り、突進は止まらない。

 意識を飛ばされなければ、痛みに耐えればいい。

 要するにこれは、


「ド根性一択。賭けるんなら、これかな」


 オーガの賭けに応えるエメスを見た孝和がぼそりとつぶやく。

 いつの間にかこの宴の参加者にされてしまったフレッドとアリアが近づいてくる。

 ただしその間にも少し動きがあった。


「セイッ!!」


 付きこんだ腕を外されたエメスはその逆の掌を放つ。

 低く突っ込んできたオーガのガード目掛け、張り手が炸裂する。


ぱぁぁぁん!!!


 ぐらりとオーガがよろめく。

 ダメージを与えることを目的としたのではなく、距離を取るための合わせでしかない。

 押し込まれることを嫌ったエメスの手ではある。

 しかし、それもまた予想の範囲だ。


「ぐぅおおおっ!」


 隙間をこじ開け距離を取ろうとしたエメスをオーガが追う。

 双方ともに、移動したこともあり中途半端な次撃を放つのは危険を感じ、うかつには動けない。


「……体ごとぶつかるのが上、反撃せずに逃げて中、地面噛みしめてる相手に張り手は中の下って感じか。甘いよ、エメス」


 つぶやく孝和の隣にフレッドが立つ。

 つぶやきを耳にしたフレッドは笑う。


「厳しいな、君は」

「見立てが甘い。最初の一発食らうまではもっとごり押しでもいい。自分の頑健さを信じてぶつかってもいい」


 見つめる孝和は口元は笑っていても目線は鋭さを保っている。


(もう一つ。相手と同じ戦法で行けば何も考える必要は無い。何せそのオーガは"今のところ"格下だ)


 孝和はエメスが"挑戦者"として挑んでいないことに気付いている。

 なぜ、勝率を上げる策を取らないか。

 プライドだ。

 野性と蛮性を溢れんばかりに漂わせるオーガに負ける要素を感じていないからだ。


(油断とか、驕りじゃないのは分かってる。純粋に戦力分析してみてそう感じているんだろ?だからお前はそいつを下に見てる。経緯が違っていても、結果としては同じということには気づいていないみたいだな……)


 ぴったりと肉薄してきたオーガの体をかわそうとしているエメス。

体を躱すというのは要するに円を描く行為なのだ。

 真上から見ればエメスは外周を大回りで動くが、オーガの動きは軸足を中心に動く。

 つまり、もし距離を開けたいのであれば、エメスはオーガの動きの上をいかねばならない。

 コーナーで競り合うボクサーや、組み合ったまま動かなくなる力士がこれに近いだろうか。

 得てしてこういった時に頼りになるのは経験もあるが、実際直感であることも多い。

 読み合いを"知識・経験"に委ねるか、"直感・野生"に賭けてみるか。

 最初に動いたのはオーガだった。

 大きく踏み込み、エメスとの距離を詰める。

 一方のエメスは見てから動くと決めていたのかもしれない。

 その一瞬が分かれ目となり、エメスの選択肢が削れる。


「ぬぅっ!?」


 踏み込んで打撃を加えるのではなく、より密着する。

 がっしりと右腕をエメスの脇から背に回すと、一寸の躊躇すらなく、踏み込んだ下半身の後についてきた上半身をそのまま叩きつけた。


ぐわぁんっ!!


(デカいの、ナイスチョイス。エメス、それは悪手。残念)


 大きく揺らぐエメスの頭部。

 勢いを十分に加えた頭突きがモロにエメスを直撃する。

 そして、更なる追撃。


ぐわぁんっ!!


 最初の物とは加速が違い、若干弱くはなっていたものの、それでもエメスを吹き飛ばすレベルの頭突き2連撃。

 抱え込んでいた右腕は離れてしまった。

 2発目の頭突きの衝撃を利用して、強引にオーガを振り払い距離を取る。


(見る・考える・動く、がエメス。見る・動くでオーガ……。選択肢がないのが逆に幸いしたか)


「グァァァァアアアアアッッ!!!!」


 澄んだ闇夜にオーガの咆哮が木霊する。

 金属製のエメスの頭部に叩きつけたオーガの額は割れ、だらだらと緑の血液があふれ出していた。

 しかし、その流れも徐々に止まっていく。


(アドレナリンか?若しくは元々の"スペック"の可能性もあるけど)


「押されているね、エメスは」

「ここまで五分に持ち込まれるとは思わなかったけど。何を教えたの?」


 フレッドとアリアが孝和の両脇に立って感想を述べる。

 孝和がフォーの真裏で何をしていたのかを聞きたいのだろう。


「……特に何をってわけじゃあ無い。ただ、エメスにとって躊躇しそうなモノをアドバイスしてね。実際、出来るかできないかはオーガのセンス次第なんだけど」

「才がある、と?」

「俺はセンスと才覚【タレント】は別物だと思ってる。才は無くても磨けばどれだけでも後追いができるけど、センスはどうあがいても"天井"がある。頑張ろうが、元々恵まれていようが限界値まで突き詰めればそれ以上には育たない。んで、だ」


 ちらりとフレッドを見る。


「センスと肉体的な才能、どっちに重点を置く?」

「鍛えれば強くなる、が実感としては分かり易いかな。でもそれでも最後にものを言うのはセンスだと?」

「俺は、そう思う。ってだけの話だけど。でもどちらかと言えば、フレッドは俺と同じ考え方じゃないか?」

「そうだな、そうかもしれないな」


 とはいえ、センスだけで勝負できるものでもない。

 ハードが優秀でソフトウェアがガラクタでも、生き残るものは生き残る。むしろその方が多い様にすら見受けられる。

 ただ、こと戦闘行為に関して言えば"柔よく剛を制す"は万に一つは起きる。

 フィジカルの差を覆す例は極々僅かだが存在するわけだ。

 その万に一つを二つ、三つにするのが技術やセンス面になる。

 異論もあろうが、古代中国の指南書に小手先の技術なんぞは、実際のところ比較対象がやる気満々の奴だったりガタイがデカい奴だったりすると、何の役にもたたねぇぞと言っているものがある。

 3つをバランスよくと考えるのは重要であるが、それを全て鍛え上げることなどできはしないわけで。

 その最後の最後、拮抗した時にようやく技術的な差が勝負の分水嶺となるというわけだ。

 ただし、この全く逆の意見を記した書物もある。

 結局のところ、実際戦うまではどれが正しいのかなど分かりはしないのであるが。


「まあ、個人的に思うだけで別に押しつける気はないし」

「一つの意見として心にとどめておこう」


 揺らいだ体を整え、今度はエメスから動く。

 力を込めた右ストレートから左のショートフック。

 オーガがストレートを回避することを見越しての見せ技から、本命の顔を狙った一打。


「ガッ!」


 右を掻い潜り歯を食いしばって、左をあえて受ける。

 死角からの一撃ではなく、十分に見て反応できる分、意識を刈り取るまでのダメージはオーガには無い。

 それでも痛い。

 ハンマーで顔面をぶっ叩かれているのと同じ状況で、痛みを感じずにいられるわけはない。


「ハァァァツ!!!!!」


 回避された右のストレート。

 その腕を折りたたみながらショートフックを受けたオーガの頭部、ぼさぼさの髪をがっしりと掴む。

 瞬転。

 頬を弾け飛ばした左拳が髪を掴んだ右腕に呼応した。

 グーからパーに開くと指を耳にひっかけ、頭部をホールドする。


めぐしゃっ!



 先程やられたことをやり返す。

 エメスからオーガに頭突きが送り返される。

 鈍く、湿り気のある音がしんとしたその場に響きだけを刻み込む。


「ぐ……ぁ……」


 ぐらりと揺らぐ巨体。

 膝が抜け、腰から下は脱力がしみこんでいくようである。

 頭を掴んでいた両腕を離すと、エメスが後ろに重心をずらす。

 崩れ落ちるオーガの顔面を目掛け、風を切る音を立てながら左のハイキックが襲い掛かる。


「今だっ……!」

「えっ?」


 戦いに没頭する両者には聞こえないほどの小声で、しかしながら鋭く孝和が言い放つ。

 ぐらりと崩れ落ちるばかりとなり、頭突きで額を割ったオーガの眼がギラリと光る。


ざっ!


 自然落下するスピード以上の速度で沈み込むオーガの体。

 すると自然ハイキックを放つエメスは空振りとなる。

 片足のみ、重心が一点に集中し、更にはエメス自身の心の虚を突く。

 肩がエメスの脚にぶつかる。

 もつれ込むようにして、地面にエメスがあおむけに倒れていく。


「まあ、30点てとこか。初めてだししかたないだろ」


 淡々と客観的に今の動きを評価する。

 ぐだぐだのできの悪い赤点確実の“タックル”。

 総合格闘技の選手であれば、真っ先に習うであろう技術。

 その初歩の初歩の技術は、この場において初見のエメスには効いた。

 まあ、とんでもないくらいにだ。

 縺れるようにして転がり込んだが、仮にエメスの体重が軽ければ、転がる体を留める術が必要だった。

 今回エメスが虚を突かれて一瞬フリーズしたが、そうでなければ何らかの反撃が行われていただろう。

 つまり、今回オーガがこの状況に持ち込めたのは偶然の産物が介在している。


「でも、この状況に持ち込んだ。なら、後はわかるだろ?」


 勝負の判定自体には一切の私情を挟むつもりはない。

 だが、勝負が始まる前までの諸々でオーガ側に贔屓をしているのは間違いないのだ。


「ここまで追い込んで、それでスカすって言うんなら救いようが無いさ」


 視線の先のオーガは大急ぎで不格好なまま仰向けのエメスに這い寄る。

 立ち上がろうとしたエメスと少しもみあいになるが、上手く体をエメスの上に乗っける形で決着した。


(はは、やっぱ聞いただけじゃ上手く出来るわけもないもんなぁ。実際にどういうものか実践してみて初めて分かる類のものだし)


 無様ではあったが、オーガは当初よりの最終目標を達成する。

 マウントポジション。

 ものすごく豪快に言ってしまえば馬乗りになって、ただただぶん殴るための体勢だ。

 5歳のガキ同士の喧嘩でも多々見られるこれは、実際のところすさまじいアドバンテージを上側に与える。

 TVでも決着の際にはよく見ることのある体勢であるが、この場においてある一つの事実が確定する。


「エメス、詰んだぜ。お前」


 ずどん、と真上からオーガが殴る。

 それを耐えようと両腕でガード。

 構わず殴るオーガ。

 ずどんずどんと何度か音がする度に、エメスのガードが崩れる。


「そら、耐えられないさ。"当たるんなら"威力だけは超ド級だぜ、そのパンチ」


 孝和の言葉が聞こえたわけでもないだろうが、エメスがガードをあきらめ、腕をつかみに来る。

 真上から顔面を狙って撃ち込まれるそれにタイミングを合わせ、果敢に掴みかかろうとする。

 しかしながら、だ。


「無理さ。そんな付け焼刃でどうにかできるもんじゃあない。そんな上体で力込めてみた事なんてないだろう?」


 孝和のつぶやく言葉通り。

 若干の汗もありオーガの腕を掴みに行った両手が滑る。

 孝和が端から見る限り、ホールドすべき箇所が違う。掴みかかるタイミングが違う。更に言えばそんな打たれ続けている状態ははっきり言って落第点だ。

 何せ、エメスはそういった技術を持たない。熟達していない。"そうなる状況"が今まで存在していないのだから。

 一方でオーガ側に関して言えばこちらも及第点とは言えない。

 だが、マウントポジションの上側にいると言う事は、下側が逃げる術を持たない限りは一方的に打ち付け続けることができる。

 ただし、スタミナが続けば、であるが。


「うぉぉおおっ!!」


 無呼吸での連撃。

 一気呵成に攻め込んだオーガであるが、それでも生き物。

 少なくないダメージを受けてからの連撃は一気に体中の酸素を奪っていた。

 息の尽きる瞬間、エメスが腕をようやくつかむことに成功する。

 ぐいとつかんだ腕を支点にオーガを地面に転がし、逆に馬乗りになろうと覆い被さるが、一瞬早くオーガが転倒した勢いのまま逃げる。


ごがん!!


 苛立たしげに地面を叩き、エメスが立ち上がる。

 オーガは同じく立ち上がるも、今度は腰を落とし片手を地面についたまま、前傾姿勢を取る。

 誰に教えられたわけでもなく、そう構えたのであるがそれを見て孝和は思う。


「いいね、いいね。力の入ったいい立ち合いだ」


 まるで力士が立ち合いに挑むようなその姿に少しだけぞくりとする。

 ただただ真っ直ぐに、エメスを見て突っ込んでいこうとするその精神に感じ入る。

 美しい、と。


「まあ、これでラストだ。どう出るさね、お二方」


 肩で息をするオーガに対し、エメスは見た目のダメージはさほどないと思われた。

 ただそれでも、内面はどうか?

 彼自身の在り様になにも変化はないか?

 そんなことはない。

 格下と思っていた、注意を払っていた、それでも尚ここまで追いすがってくる。

 自身の師である孝和の何らかの薫陶を受け、この状況が作られている。

 孝和はこの状況下で何も策を授けていないか?

 エメスには分からない。

 その動揺が体にどう影響するか。



 空に浮かぶ月がうっすらと雲に遮られる。

 澄んでいた空に浮かぶ一筋の浮雲が、夜の闇を再び連れてくる。


さぁぁっ……


 風が雲を連れていく

 闇が沈んでいく。

 空から月が2人の戦人を照らしだす。


どっ……!


 雲が月を通り過ぎ、一面の光を放つ戦場【いくさば】で双方が同時に地面を蹴った。


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