第79話 譲れぬ 【DEDICATION】
誤字・脱字ご容赦下さい。
「タカカズが何する気なのかわかるかしらぁ?フレッド君、ミコン?」
元居た席に戻ることなく、立ったままでにこにこと笑いながら近くにいる武闘派の2人に尋ねる。
その場にはアリアもいたのだが、孝和の想いに近い感覚があるのはきっとこの2人だろう。
今回のケースでいえばこれは"おとこのこ"の心情に問いかけてみるべき案件だ。
「いろいろと思うところはありますが、この場を収める何かをしようとしているのでしょうな。ただ、最悪どうにもならない可能性は考えておくべきかと。ここまで人が集まってしまっては何らかの形で締めなければ解散もしにくいでしょうし」
「そうね、結構耳聡い人も多かったんでしょう。お店も出てるみたいだしねぇ」
ちらりと門周辺を見れば、さすがにテーブルを出して最前列で堂々と茶を嗜むディアローゼたちのような剛の者はいないが、遠目からちょっと見てみたいと集まってきている野次馬はかなりの量になっている。
せっかくのお祭りに期待していた街の者たちからすれば、水を差され不貞腐れていた所にこのイベント。
屋台やらもガワは準備していたが使う当てもないところにこの降って湧いた人だかり。丸損になってしまった今回の祭りのマイナス分を取り返そうとしてもおかしくはない。
食材の流通が滞っていても多少の無茶はしようかと思うのが商売人である。
「……食糧庫に寄進されたもので私たちも屋台だせばよかったわぁ」
「神殿の若い者たちにはいい経験でしょうが、先日来、少々炊き出しや慰問などで疲弊もしております。夜間くらいは休息を与えてもいいのではないですか?」
「ミコン、それは正しいがディア様の御意見だ。今回は無理でも次回は検討する余地があるよ。それに、ディア様付の皆はこういった催し事には協力的だしね」
「協力的、であるから困るのでしょうに。余裕をもって楽しんでやる分にはいいですが、限界を超えても参加する者もいるでしょう?」
要はイベントを消費する側でなく、提供する側が好きな人種だ。
普通の人でも祭りの前の準備期間が実は本番よりも楽しかった、という経験のある人も多いだろう。
「そういう者たちがお好きですから、ディア様は……」
ふう、とため息をつくアリア。
彼女だけは自分の椅子を持ってきて、取りあえずディアローゼたちから少し離れて座っている。
椅子を彼女たちに勧めたが、要らないとにべもなく断られた。
それならば、と勇者パーティーのメイス使いの女性と一緒に座って待つことにした。
そこらへんに関してはディアローゼがうるさく言うことがないと知っている気安さがある。
椅子と共に持ってきた小机には小さな瓶が置かれている。
瓶横に置かれたコップから強い酒精の甘い香りが周囲に放たれていた。
夜も更け、寒さ対策に少しだけ強い酒の力を借りているわけだ。
「いいじゃない、明るい子たち、好きよ?」
「明るいで済ませていいものではないのでは?」
アリアは頬をひくつかせる。
件の"明るい子たち"は言うなれば"フレッド30%版"と考えてもらえればいい。
ほんわかしているようで、そんなものができていても"いいんじゃない?"で済まされてはたまったものではない。
「でも、あんまり待たせるのはどうなのかしら?エメス君も素直に待ってるから私も待つけど。夜更かしってあんまりお肌に良くないっていうしねぇ……」
「こちらに出向く前に、寝所の用意を居残りには申し付けてあります!すこし遅くなったとしてもすぐにお休み頂ける様に準備は終わっていますので!」
「いい仕事だわぁ、ありがとう。頼りになるわぁ」
じん、と何か目元が熱くなっているフレッドを横目に、アリアがメイス使いに話しかける。
「相変わらず大変なのね」
「いえ、さすがに慣れますよ?それに幾分私たちが色々調整する都合で、他部署とも親密な関係を築ける様にもなりましたから」
ほぅ、とゆっくりとろみのある琥珀色の酒を喉に流し込みながら答える。
酒の入った分、穏やかになったといえる。
名目上護衛としてきたとはいえ、ここまで人材がそろっているわけで、すでに彼女はお役御免になっているのだ。
ずずんっ……。
そんな感じで話し込んでいる最中であったが、彼女たちからは死角になるキメラトレントのフォーに隠れた逆サイドから音がした。
風は強く吹いていないのに、フォーの巨木の枝はゆっくり大きく横にふられ、樹上から幾枚もの葉がはらはらと舞い落ちてきている。
「何かしたのねぇ?楽しみな音ぉ!」
わくわくを抑え込めないのかディアローゼが外套をフレッドに手渡す。
素早くそれをうけとりながらも音のした方角に注意を向けるのは流石勇者と言えるのだが。
「ミコン、これをテーブルに。皺にならない様、丁寧にね。できればブラシを当てておきたいんだが。まあそれに関しては僕が後でするからさ」
どこかしら白けた目でフレッドを見るミコン。
はっきり言おう。
台無しである。
そんなこんながありながら、オーガが木の裏から出てくる。
その横には孝和がおり、大きく身振り手振りを加えながら熱心に何かを伝えている。
とことこと更にその横にはポポとキール。
それといつの間にかシメジが合流している。
先程まではいなかったはずだが、おそらくフォーの上(樹上)にでもいたのだろう。
ここ最近はフォーと半分リンクしたこともあり、シメジがこのフォー周辺でうろついていると孝和からアリアに話は通している。
「さて、じゃあエメス」
「何でしょう、主」
オーガを立たせると、少し離れた場にいるエメスに近づき話しかける。
「物は相談なんだが、できたらもう一試合闘らないか?」
「ふむ、理由をお聞きしても?」
ふむ、と腕を組む孝和。
視線はエメスを通り越して、更にその上。
真ん丸な月が浮かぶ夜空。
明かりと言えば精々街から漏れる光と、この場で焚かれるたき火やカンテラ等の照明程度。
激しい雨風を伴った数日前の事件以降、天気に関しては好天と言ってよい。
排ガスやら光化学スモッグやらPMうんちゃらなぞありもしない空は、どこまでも澄んでいる。
空一面に月と星の光が広がる夜色のカーテンを見上げつつ、孝和は答える。
「何というか、もったいないかなぁと」
「ほぅ」
視線をエメスに戻し、その視線に真っ直ぐに向き直る。
「多分なんだけど、エメスよ」
「はい」
「お前、このままだとすぐに伸び悩んじゃうし」
「は?」
軽い驚きに近い発言に戸惑うエメス。
「相手がいない。俺が教えても、それを実際ぶつけることができないって、すごい無駄がでちゃうんだよなぁ」
「そ、そう、なのですか?」
「うん」
即答である。
相手がいないと実際どのように体が動くのかを自覚できない部分が多くなってくる。
だれしもが"間違った"方法だとしても、間違えていると自分で認識できなければそれを続けてしまう。
「案ずるより産むがやすしって、のとはちょっと違うか……。とにかく見聞きしたこと以上に実践してみないとダメなんだよ。実際に自分と同じくらいの奴とガチでやっていかないと、どこかで躓くことになるからさ」
日本人で中軽量級の格闘技の選手が大成した例が多いのは、単純にその層に人が集まるからという面もある。
他にも元々の体格面での問題やらメンタル面の問題やら指導者、資金、設備……。
色々なものがあるにはある。
重量級の選手が多い種目もあるとはいえ、逆を言えば"そこに集中してしまう"からこそ他の格闘技に重量級の人が集まらなくなっていく。
その連鎖が続けば続くほど極端になっていくわけだ。
海外へ挑戦するという選択肢も言語や資金面での壁の問題があり、ままならないものである。
さて、すこし話がずれたが、要は対等にド突きあえる相手がいた方がレベルアップ出来るものだ、ということである。
「と、いうわけでだ。あいつ、エメスと比べてもサイズ的にちょうどいいし、ぶっちゃけると何とか人の目に触れる範囲にいてくれないと俺が困る」
「色々考えてらっしゃる。大変な事です、ね」
「そうだね」
がっくり来ている孝和を慰めるようにぽんぽんとポポが軽く叩く。
そのポポを見ると"がんばれ!"とばかりにぎゅっと握り拳を作ると、とことこ食事を作っていたゴブリンの元に駆け出していく。
キールはシメジに乗っかり、楽ちんな移動手段を確保してディアローゼたちの元に向かっていく。
「で、そういう訳もあるのでもういっちょ付き合ってくれ」
「了承、しました」
場の空気が変わる。
エメスが臨戦態勢になり、それに煽られる形でオーガの側にも再度火が燈る。
「さてと、ちょっとばかし宗教を利用してみようかね」
ぼりぼりと頭を掻きながら、双方共の間に向かう。
そこにキールがシメジに乗っかって戻ってきた。
『ますたー。これ、もらってきたー!』
シメジとキールの二段重ねの上に、ちょこんと高そうな装いの瓶と真っ白な平皿がある。
「おう、サンキュー。これでまあ大丈夫だろう」
ぽんと栓を抜くとふわりと濃厚なアルコールの香と共に樽の中で熟成された香りが漂う。
「なんつーか、本当にいい酒だなぁ。ただ、マジで強いな、これ。パカパカ飲んでたらすぐ酔っぱらうだろうに」
バーデン酒。
この世界における酒の一種である。
酒精が強く、価格もそれなりにするものであるが、一部の人々には非常に人気がある。
戦士・軍関係者等々。
それらの人々が奉納品として神殿に運び込み、その結果として溜めこまれているという酒であった。
要するに、高くて、酒精の強い、"神殿に奉納された"酒。
「これなら、イケるだろ。ちょうど月も綺麗に見えるようになったし」
澄み渡っているように見えた空も、全く雲がないという訳でもない。
話し込んでいる間に少しだけ月に薄雲がかかっていた。
それが風に流れ、月明かりが大地全てを柔らかく照らしだす。
「ふぅ……はぁ……」
大きく息を吐き、そして吸い込む。
さあ、ここから外連味100パーセントの大騒ぎを始めよう。
「いま、ここに御坐す方々!暫し、今暫しの間ッ!お時間を戴きたいッ!!」
大音量で空と大地に孝和の声が響き渡る。
澄んだ空気にその声はよく通る。
肺腑を鍛え上げられた孝和の声は、大きな遠吠えのように離れて様子を見ていたディアローゼたちだけでなく、街の門周辺でたむろしている野次馬にまで届いた。
「彼の者、我が従者たる"不破の盾 エメス"に挑まんと欲す者也!先に一度敗れたりとはいえ、双方共の名乗り無く挑むは粗野に過ぎる!さりとて、それを正さずただ一度此の結果を持って勝者たらんとするはその上を行く不心得ッ!!」
何が起きたのかとざわつく。
それはそうだ、何かが起こると思い集まった者たちからすればただの巨体同士の喧嘩がぱっと始まり、ぱっと終わってしまったのだから。
拍子抜けと言えば拍子抜けだったのだが、まあそんなものかと帰り支度を始めた者も中にはいた。
「為ればこそッ!!為ればこそッ!!双方共の同意を以て、再度優を競わんと願うッ!!」
周囲の耳目が孝和の一挙手一投足に注がれている。
(うぅぅ……、恥ずぃぃぃ……!)
内心の動揺をおくびにも出さず、朗々と口上を述べる。
「事此処に到り、力を持ちてその才を称えられし、"力の勇者"!」
ばっと大きく腕を振り、そっと全員の視線を誘導する。
全身を無骨ながらも雄々しく戦装束に身を包んだ勇者フレッドがいる。
「加え、戦神の御恩寵をうけ、戦場にて先陣を切る"銀の乙女"!」
逆の腕を振るう。
もちろんその先にはびくりと一瞬震えるも、すぐに取り繕いしっかりと立ち上がる。
その前に置いてあった小机はこっそりメイス使いの女性が横にどけて撤収していく。
「お二方の了解を頂き、この場においての決着までの全てを私、八木孝和が仕切らせていただくッ!辺境より来る無骨者ゆえ、この地の正しき決闘の仕来たりは知らず。無礼は承知!」
おおっ、と群衆から声が漏れる。
熱い視線が孝和に注がれる。
腰の真龍の短刀を抜き放ち、奉納酒であるバーデン酒を刀身に注ぐ。
「天高くッ!地に満ちてッ!海、深くよりッ!神々よッ!!!!ご照覧有れいいッ!!!!!」
天に掲げ、月明かりに照らされる刀身がその真白の輝きを周囲に照らす。
掲げた刀身をそのまま地面に突き立て、残る酒を上から注いだ。
異質な、それでいて神々の耳目をあつめ、人々の関心をこれでもかとそそる一連の流れ。
ゆっくりと地面に奉納酒がしみこんでいく。
すると空気が凛として更に澄み渡り、引き絞られる。
ぱぁっと月明かりが先程までよりも煌々と光を落とし、たき火やそのほかの照明すらいらないほど月が輝いた。
(よしっ!上手くいった!そりゃあ、見てくれてるだろうさ、きっとな!)
孝和は異世界からの異物という点でも注目を集める存在である。
それに加え、わざわざ神殿の上層部が動き、勇者を引き連れ、神託を下したアリアの元に向かうというコンボ。
ぶっちゃけると孝和の作った異世界風の食事にすら反応してくるのだ、ここの神様というのは。
であればこのイベントを見ている可能性は高いはずだ。
「互いに優ならんと欲すならば、各々構えを!」
急に静まり返る場。
ざっ、と微動だにしなかったオーガがゆっくりエメスの眼前に立つ。
先程と変わらず両腕を顔の前で構える。
それに呼応し、エメスもまた構えを取る。
先程までの真正面から受けて立つ構えではなく、スタンスを広く自在に変化を可能とするタイプの構えだ。
「互いに、汝等の心魂の全てを込めてッ!!」
ぐぐっ、と双方の体が弓の弦の如く引き絞られる。
「始めッ!!!」
今ここに人と、魔物と、神々が介在する異質で、それでいて誇り高い戦いが始まった。
ああ、ボキャブラリーがほしいぃぃ……