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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
83/111

第78話 拳でしかわからぬことも、在る 【PLAY FAIR】

誤字・脱字ご容赦下さい。

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。


「で、何でこうなってる訳?」


 ぱちぱちと薪が音を立てて辺りをぼんやりと優しい火の光で照らしている。

 孝和の作った簡易式の石の竈には鍋が掛けられており、湯気のあがるスープが着々と準備されていた。

 大きな鍋には肉や野菜、雑穀類をごった煮にしたスープ。

 いまのマドックで集めることのできる材料を中心にした孝和謹製の品である。

 スイトン用の小麦をこねた物も準備をしてあるので、なかなかボリューミーな出来上がりにはなるはずだ。

 地面に直に敷かれた大きな一枚のボロの敷き布には、数日前に焼かれて廃棄寸前だった固い黒パンを握りしめたゴブ連中が座っており、孝和のスープを今か今かと待ち構えている。

 全員分の木の椀とスプーンを準備するだけでなかなかの出費であった。

 まあ、そこまではいい。

 その段階までは昼前までに心構えをしていたのだから。

 その前に陣取る孝和の目線の先には、この場にはそぐわないテーブルがある。

 屋外に有るのが不釣り合いな装飾が全ての脚に刻み込まれ、金や銀の細工までなされている。

 その上にふわりと置かれた真っ白なレース地のテーブルクロスには、孝和が知る由もなかったが、神殿の高貴な方々向けの文様が金糸で刺繍されている。

 でんと置かれたそのテーブルからは風に吹かれて香気が漂う。

 紅茶の香りが孝和の鼻にかかる。

 実に香しい。香しいが、ココで普通は香って来るべきものでは無いだろう。


「やっぱり夜になると冷えるわねぇ、フレッド君?」

「はい、こちらを御召し下さい!もうすぐ、お食事も準備できますので!」


 てきぱきと甲斐甲斐しくディアローゼに厚手のガウンを羽織らせ、その足でこちらはレンガでできたそこそこ立派な竈に向かい勇者が歩いていく。

 ど真ん中にゆったりした椅子に着座しているのはディアローゼ。

 優雅にカップから紅茶を口にすると、かちゃと軽く音を立ててソーサーにカップを置いた。

 すかさず横に立つ給仕が紅茶をカップに注ぐ。

 給仕しているのは御付きの人々と、なぜか"勇者"フレッド。

 紅茶の香に混じってその竈から流れてくる香はコンソメ風味である。

 恐らくは孝和の具だくさんのごった煮とは違い、透き通った出汁のスープが出来上がるのだろう。

 テーブルに載せられた白い皿の上には、柔らかそうなパンが載せられ、小皿にバターとバタースプーンまで準備されている。


「……申し訳ない」

「ごめんなさいね……」


 そういうのはディアローゼの横に座るアリアと、護衛役として立っている勇者パーティーの面々であった。

 ちなみに、ディアローゼとフレッド以外の面々は若干の苦笑を貼りつかせ、と疲労の色を顔いっぱいに刻み込んでいる。

 孝和は臭み消しにキールの好きな香草やハーブ類を乾燥させた小袋を懐から取り出し、ぱらぱらと鍋に投入する。

 ふわりと鍋の中に爽やかな香りが漂う。

 軽くお玉でぐるぐると掻き混ぜ、取り皿から味のチェックを行った。


「ずず……。いや、こっちはそちらに来るなよ!って言える立場でもないし、そんな権利ももってないからさ。別にいい……、まあ、よくは無いけど」

「一応、まだ街の警備状況がディア様にも連絡されるのよ。その関係であなた達の事も耳にしたらしくてね」

「暇じゃあないだろうに。わざわざこんな外まで来ることもないと思うんだけど」

「どうしてもエメスと件のオーガが見たいって言い張ったのよ。実際、オーガの方に関してはディア様は見ていないから、検証が必要だっていう建前もあったし」


 はあ、とため息をしたアリアの前の紅茶は湯気も失せている。

 その温い茶をずず、と啜りパンをかじる。

 孝和たちの黒パンと違い、何の抵抗もなくアリアの口元からパンが噛み切られる。

 非常に柔らかそうで、上物のパンであることが分かる。

 この物資が十分に供給されていないこの状況下でである。


「それ、美味しそうだな」

「勝利の立役者、警備・治安の権利者、だってことで顔通しに色々なところから物が届いてるのよ。皆"何も問題なく"お渡しできる品です、と申し送りの上でね?」

「酷い貧富の縮図を見た。俺は間違いなく権力の横暴を見ている」

「そういうところに金も物も集まる。世界の理というやつですな」


 アリアの言葉に縮図の下側の慟哭を訴えてみたが、ミコンにバッサリと袈裟がけにされてしまった。

 崩れ落ちそうな自分の手に有る木の椀と、アリアの前に置かれる真っ白な陶器の椀を見比べて孝和が若干の白い目を向ける。

 その視線に耐えきれず、アリアは膝のうえに居るキールに自分の齧ったパンを渡す。


『アリアさんありがとー。ねー、ますたー。このパンかたくないっ!ふかふかだよっ!』

「わふっ、わふっ!」


 テーブルクロスに隠れて孝和からは見えないが、キールとポポは向こう側に御呼ばれしている。

 パンと紅茶をちゃっかりご相伴にあずかっているのだ。

 もしゃもしゃとキールがパンを食べる一方、ポポががっつくようにして皿を空にしていく。まだメインが出ていない上に、テーブルの上に木の椀が置かれていることからして、孝和のごった煮も食べる気でいるのだろう。


「くそぅ、買収されていやがる……」


 簡単に権力側に転ぶ彼らにおののくと同時に、それを覆せない自身の財政基盤の不安定さを嘆く。

 そう、孝和の主たる収入減は未だ料理人のバイトである。

しかも日決めの宿暮らし生活なのだ。

 現代で当てはめてみると住所不定のアルバイターだろうか。

 一方のディアローゼたちは行政及び治安関係のアドバイザー兼執行者である。

 なかなか覆すには厳しい位置取りである。


「……まあ、いいや。でも、こんなとこ危ないですよ?夜だし、屋外ってあんまりよくないと思うんですけど」


 この集まりを華々しくしてくれている"主賓"様に一応話を通してみる。

 あのゴタゴタ以来後処理関連で忙しくて、話もできていなかったのにこんな訳のわからないイベントに顔を突っ込んでくるとは思わなかったのだ。


「お仕事関係は今日できる分はもう粗方片付けたの。もう後は明日結果報告に目を通すだけになのよぉ。で、いつまでも神殿の中にいるのも暇だしねぇ?」

「タカカズ、君が心配する以上に僕がこの場に気を使わないと思うかい?当然万全の態勢を取っているに決まっているだろう!」

「いや、安全面を考えれば」

「フレッド君、守ってくれるのよねぇ?」

「無論です!僕がこの場にいる以上、何人たりともディア様に危害を加えることは叶いません!ご安心ください!!」


 胸をどんと叩くとディアローゼに全力の眼差しが突き刺さる。

 その視線を真正面から受け、柔和に笑みを浮かべ孝和にも微笑みかける。


「ほら、ねぇ。万全だそうよ」

「なんか色々凄いですね、いやホント」


 鼻息荒く料理に戻るフレッドは、つい5日前にも見た完全武装のまま調理を行っている。

 一方孝和はと言えば、薄汚れたシャツに上着を羽織っただけの普段着で、足元も冒険時のブーツではなく、街歩き用の靴である。

 武装と言えるほどのものはドワーフ鍛冶の家族からようやく戻ってきた真龍のウロコ製の白刃の短刀位である。

 しかも、主目的は調理用であり、剣やらなんやらは整備の真っ最中。

 いざとなれば街中に全力で逃げ込めばいいか、的な温い感じで野営している。


「でも、多分だけど?」

「はぁ……」


 小首を傾げ紅茶の茶うけの焼き菓子をポリポリしながらディアが言う。


「この場所がこの地域一帯の中で、一番安全な気がするのは気のせいなのかしら?」

「……強く否定できないのが恐ろしいですね、それ」


 周りを見渡すとフレッドたち勇者パーティーに神殿の護衛兵、少し離れているが街の門近くと言う事もあり警備兵が常駐している。

 さらにディアローゼのお出ましとあって遠巻きにではあるが警備の中にマルクメットの姿も見える。

 この夜のイベントに出ざるを得ないのが宮仕えのつらいところだ。


「あいつも、なんか気合入ってますし」

「いいわねぇ、見てるだけで色々と"疼く"わぁ」


 少し離れた場所に腕組みをして立つエメス。

 キメラトレントのフォーの側で、断つ姿が月明かりに映える。

 その姿に感心しているとふわり、とディアローゼから瞬間強く気配が漂う。

 気づいたのは孝和とスープをよそって配膳に来たフレッド位だ。

 若干、御付きの中にも一人動きを変えた女性がいたが、おそらく彼女は秘密裏に護衛をしているのだろう。

 孝和の視線がそこに一瞬動いたのを見逃さず、ディアローゼが笑う。


「気づくのねぇ……。本当にいい当たりを引いたわ、アリアちゃん。神託ってすごいものよね?」

「わざとですね?」

「さてさて、何の事かしら?ふふふっ」


 素知らぬ顔の護衛から視線を戻すとディアローゼを見る。

 いつものほんわかした笑みではなく、にたぁとした猛々しい笑みだ。

 孝和が確認するとすぐに引っ込めてしまったが、"そういう笑い方"もできるのだと認識させられた。


(怖いなぁ……。これ、皆知ってるんだろうか?)


 恐らくアリアやフレッド、供回りの連中は知っているだろう。

 やはりこういった腹に一物ある人物というのはどことなく魅力的に見え、一方で畏怖を覚えるのだ。

 そこで魅力が畏怖よりも上回ればフレッド(かなり極端ではあるが)側に落ち付くし、逆ならば今の孝和のような距離感を保とうとするのだろう。


(そこらへんも含めて、今これを見せたんだろうな、きっと)


 イエスマンだけでは世界は回らない。

 自身と近しい環境下に自身を深く観察する人物を置いておく。

 この場合は、アリアに近い孝和に当たるがその役割になぜか自分が選ばれてしまったわけだ。むしろアリアも畏怖が強くその面でいえば孝和よりの姿勢ではある。

 つまりはある程度親しくはあるが、フレッドとは正対する側に置かれてしまったのだろう。


(あんまり、こういう関係性でお付き合いしたい人じゃないんだよなぁ。純粋に怖ぇし、楽しんでるとこからすると悪感情じゃないってのが幸いだけどさ)


 えへへ、うふふと取り繕った笑みを両者ともに浮かべる。


「じゃあ、エメスの様子見てくるのでこれで失礼します」

「行ってらっしゃい」


 ディアローゼはぱたぱたと手を振りながら、フレッドからスープ皿を受け取っている。

 孝和もゴブリンの中で手伝いをしていた1匹に配膳を任せるとエメスの横に向かう。

 月明かりの中、すっくと立つエメスはそんな外野の喧騒など、どこ吹く風とばかりに腕組みしたまま微動だにしない。


「おう、なんか色々騒々しくなったんだけど、悪いね」

「特に問題ない、と。警備の観点からすれば、当然」

「まあ、なぁ」


 ここにきて即答でそう回答できる気概を見せる。

 若干、いやかなりの比率で警備面での監視ではないのだが、それをわずかでも含んでいる限り建前上断ることは難しいだろう。


「んで、そのオーガなんだが、友達でいいんだよな?」

「奴と友誼を、交わしたことはなく。襲われ、数度殴り倒した。それだけの関係性、なのです」

「……拳を交わしたゆーじょー的なものは?」

「思い当たらず。襲われ、対し、制した。それのみにて。むしろ憤怒の対象か、と」

「おおぅ」


 まさかの世紀末的関係性。

 多少、暴力的なファーストコンタクトを目撃しているので、何となく嫌な予感はしていたがそこまで殺伐とした相関図とは思わなかった。

 双方をつなぐ矢印にくっきりと敵対を示すバツ印が刻まれている状態だ。


「しかし、少々絞れたかと」

「へ?」


 エメスからは少しだけ感心した風の感想がこぼれる。


「自堕落な腹をしていた。今は、少しマシに」

「へぇ、そうなのか」


 記憶にある購入した図鑑の挿絵。

 アホ面、デブ、歯抜けのなかなか酷いオーガ像であった。

 恐らく以前はその図に近い姿形をしていたのだろう。

 孝和が初めて見た時にはそんな雰囲気等なかったものだから、絵と違うことに不思議があったのだ。


「と言う事は、なんかしたの?」

「軽く、腕の振り方を。お遊び程度ですが」

「教えたのかよ、オーガに。いいのか、それ?」


 ちょっとだけ考える。

 ……まずくないか、それ。


「短期間で腹、凹むほどやってんだよな、多分」

「恐らくは」

「すげえ練習量にならないか。あと、体壊さないのかなそんな無茶して」

「我が殴り飛ばしても、さほど効いていない感覚が。限度を超えて頑丈なのでは?」


 回復力の点もある。

 図鑑の注釈に回復力が図抜けているとの一文があったはずだ。

 そういえばあの呪詛の中、自身の持つ生命力でそれに拮抗していたことを考えれば嘘ではないだろう。

 生物である以上、限度はあるだろうが、体格の急激な変化が起こるほどの練習量に耐えられるフィジカルというものが存在しているわけだ。

 しかもそれが"対人"特化型に全力で傾倒している。


「なんかちょっと、マズイ気がしてきた。絶対にマズイ気がしてきたっ……!」

「主?」


 不思議そうに眺めるエメスに比べ、孝和の額には汗が浮かぶ。


「む、見えました。奴です」

「き、来たのかっ。穏便になっ!?」

「無理か、と。そら、向こうもそのつもりで」


 森の稜線が切れ、そこからオーガが出てきた。

 ゆっくりと肩を回し、首を鳴らす。

 遠くからでも、ごきごきと音が聞こえそうな準備を整えると、一気に走り出す。


「うおっ!マジか!?いきなりかよ!?」


 大急ぎでその場を離れる。

 ちらちら後ろを振り返りながらエメスを見ると、腕組みを解き、少し幅広のスタンスで構える。

 パンチ主体の構えではあるがボクシング系よりむしろフルコンの空手系に近いか。

 まあ、全力で突っ込んでくる車両クラスにどう対応するかなど、実際2択しかないのだ。

 要は受けるか、避けるか。

 猪武者にはアウトボクシングがはまることもあるが、エメスのボクシング流儀は止まって打ち合う形だ。

 雑なものに関しては避ける技術も教えたが、元々の頑健さを生かしたインファイト系のボクサーが印象に近いだろう。

 つまり、真正面から来るものを打ち抜く気骨で受けるつもりなのだ。


「すごい男前な!」


 剣道でいう中段の構えの精神か。

 何が来ても対応できるように構え、正々堂々打ち抜く。


「そういうの、教えたかなぁ?まあ、間違いじゃあないけど」


 ずん、と腰を落とし静かに接敵まで機を図る。


ごッ!!


 風鳴りと共に、激突した両者がその場に相対した。

 オーガは飛び込んできた勢いのままの右ストレート、エメスは腰を入れてのこちらも右の中段突き。

 その拳同士が激突した音が、跳ねる。

 軽く、大きくは無いが、重い音が僅かばかり空に消えた。

 双方ともに、打ち抜こうとした腕が反動で後方に向かい、持って行かれる。

 ただ、その後の流れはエメスに大きく傾く。

 両の脚で地面を咬むエメスと、飛び込んだ勢いで下半身を地面と咬みあわせれなかったオーガでは反応の速度が違う。

 弾かれた右腕は捨て、構えた足を前に進ませながら逆にスイッチ。

 速度を重視したジャブ様の左拳がタタンッと2発オーガの顔面付近に直撃する。


「ガッ!」


 足がつかず、大きく跳ね飛ばされた分、オーガにそのジャブは深く入ることはなかった。ただし、ぱっと宙に血が飛ぶ。

 人とは違う暗緑色のそれを鼻から迸らせながらも、左の腕をエメスの拳と顔の間に割り込ませる。

左の拳の追撃がそれで止まる。

すると、オーガが構えた。


「へぇ、ベーシックな……」


 基礎的なボクサーの構え。

 恐らく参考としたエメスを見様見真似で模写したそれは、完全とは言えないながらも、両の腕が頭部をカバーするボクサー然とした構えとなっていた

 エメスはサウスポーになっているが実際のところ、スタイルとしてはオーソドックスもできる。

 ジャブから揺さぶりを兼ねて軽く踏み込み、オーガに迫る。

 何せ、エメスの拳は金属。

 十分すぎる程固く、揺さぶりで打たれた場所も痕になる。


「ぬんっ!」


 少しだけタイミングを変えて、真正面からいきなりの左ストレート。

 痛みに耐えかねるところもあったのだろう。

 それを掻い潜ると、エメスの眼前に一気にオーガが接近する。


「ガッ!!」


 左を数発、それから続く一撃。

 エメスのストレートを掻い潜った側、つまりはオーガの右半身が、跳ねる。


ゴギッ!


「肘ッ!?」


 最短を刻むため、威力ある一撃を見舞うため。

 恐らく、イメージトレーニングやタイミングを掴むための練習はしていただろう。

 右の肩から先がぶれて見える程の速度で右の肘がエメスの顎をとらえる。


(殴りに行く、じゃあなくて当てに行ったのか……。しかも一発で今までの負け分払い戻せるデッカイの。あれはエメスが使って覚えたモンじゃあないだろうな)


 どちらかと言えば真正面から一つひとつ削るタイプのエメス。

 オーガの右肘は一か八かの要素を含んでいながらも、迷いがない。

 本人がエメスを見て、考え、練り上げた一つの"解"と言える。


(だけどな)


 ぐらりと揺らぐエメスが腰を落とす。

 その場にいた警備という名の観客たちも、決まったか、と思っただろう。

 しかし、それでもなお。


ドッ!!


 一瞬落ちた腰が深く、鋭く、地面を踏みしめた足の土台となった。

 左を放ったエメスに残された右の腕。

 右肘を顎に放った瞬間の後、硬直したオーガの脇腹に掬い上げるようにしてエメスの右腕がめり込む。


ドゥッ!


 オーガの巨体がビリヤードのように弾き飛ばされる。

 地面の上を滑るようにして、ごろごろと転がると、巨木の根に引っかかりようやく止まる。


「…ぐ、ぐぁっ……!」


 胃酸を含む液体をだらだらと口元から毀れさせながらも、未だ眼だけが強くエメスをにらんでいた。

 しかしながら、体がその意思に反応しない。

 脳からの指令に体が拒絶反応を起こしているのだろう。

 びくびくと指先や皮膚の一部が痙攣したように波打つも、まともに動いていない。

 一方のエメスは最後の打撃を放った後、ゆっくりと構えを戻す。

 未だに戦闘態勢を崩さず、倒れたオーガの様子を備に見つめている。


「まあ、こうなっちゃうか……」


 見た感じですぐに動けないのが分かる。

 あの状態になってしまえば、動くことはできないはずだ。


「あらあら、思ったよりも早かったわねぇ。もうちょっと動けると思ってたんだけど」

『すっごい、いたそうだもん。ぼくたち、ちょっと、いってくるね!』


 いつの間にかディアローゼ・アリア・フレッドに、ポポに抱えられたキールたちが近くに来ていた。

 てくてくとポポが、キールと一緒にオーガに向かって歩いていく。

 その様子を見たオーガが、ようやく動くようになった腕を振り上げ、地面に叩きつけた。


「ぉぉぉぉぉおおお……!」


 静かに、唸るような慟哭。

 動くようになってきた体は蹲ったまま動かない。

 負けを認めたのだ。


「ありゃあ、ちょっと、なぁ」


 ケンカに負けて泣く。

 それはいいのだが、今回のこれは少々勝手が違う。


(何となく、肩入れしたくなっちゃったんだよな。面倒くさいことにはなるんだろうけど……)


 後ろを振り返ると、あたたかそうな華美な外套を羽織ったディアローゼに尋ねる。


「いきなりで申し訳ないんですけど、ちょっと面白い見世物に興味ありますか?」

「あら、何する気?」

「外連味のある演出ってやつです。多分、その方があのオーガの扱いもいい感じに落ち着くと思いますけど?」

「あなた、というかアリアちゃんの管轄だもの。私じゃなくて、アリアちゃんはどうなの?」


 ちらとアリアに目を向ける。

 少し困った顔の彼女に、こちらも少し困った顔をしてみせる。

 おずおずとではあるが、アリアが頷くのを見ると軽く手を挙げて孝和はオーガの元に向かう。


(さて、取り敢えず通訳、通訳)


 蹲るオーガをぽんぽんと慰めるポポとその横にいるキールに合流すべく孝和は進む。

 構えを解かずにいたエメスに手でその場にいるように合図すると、オーガに近づいていく。


「キール、ちょっとこいつと話したいんだけど、動けるくらいには回復してるか?」

『んーと、たぶん、だいじょーぶ?でも、ずっとないてるし、まだいたい?』


 精神的なダメージの方がデカいのかもしれない。


「そうか、じゃあその木の裏で話そうか?ちょっと立てよ」

「ぐあぁあっ」


 泣いて顔がぐしゃぐしゃになっている。

 だが、まだ、イケる。

 これなら、押せば、イケる。


「エメスに一発カマしてみないか?」


 そっと、押してやる。

 軽く、そよ風の如く、耳に残る声。


「がぁ?」


 顔を上げたオーガに向かって笑いかけてやる。


「負けたまま、帰って、不貞腐れるくらいなら、ちょっと話聞いてみない?」


 指でちょいちょいとフォーの裏側、エメスやギャラリーの視線の届かない先へ向かおうと合図してみる。

 返事を待たず、ポポとキールを抱き上げるとオーガを見ることなく歩みを進める。


ずざっ。


 背後でオーガの立ち上がる音が聞こえた。

 上手くいったようだ。

 ここでもし立ち上がる気概もないのであればこの場はここまで。

 後日改めて、とも考えていたがついてきてくれたのなら、今日やろうじゃないか。


「おう、いい顔だ。やってやろうぜ?」

『やってやろーぜー!』

「わうわうわうー!」


 振り返った先のオーガの顔はしっかりと孝和の後姿を見据えていた。


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