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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
82/111

第77話 半休 【DAY OFF】

誤字・脱字ご容赦下さい。


 

 アンデッドによりマドックが襲撃され、辛くも街の全力を投入した抵抗がそれをはねのけることに成功した。

 そしてそれから5日が過ぎた。

 文面にすればこれだけのであるが、実際にその生活圏で暮らしていた者たちにとっては“そうですか、5日過ぎたんですか”で済ませる訳にはいかないのである。


「いやぁ、少し落ち着いてきた感じしますよね。色々あって店にもあんまり人来なかったし」


 冒険者の宿屋兼食堂の窓から、外の道を歩く人々の群れを眺めながら孝和がつぶやく。

 一時期の泥まみれの石畳と閑散とした通りではなく、通常よりは人の出は少ないものの買出しにでた女性や、何かしらの商品を抱えて歩く冒険者などがちらほらと見えている。


「そりゃあ、あれから5日も経ってるしな。片付けもひと段落したって奴らも多いだろうさ」

「でも、ここはがらがらですけど」


 宿の親父ダッチに振り返りながら声を掛ける。

 振り返った先にはダッチがカウンターに肘をつき暇そうに生あくびをかみ殺している姿だけだ。

 いつもの時間であれば、昼にはまだ早いとはいえ冒険者や飯を食いに来る常連らが数人はいるのであるが。


「仕方ないだろうさ。マドックの祭り目当てで来てた連中からすれば、祭りは襲撃で中止。ここまで来た目的がなくなっちまったんだ。しかも怖い思いもした。取りあえず家に帰りたいって奴らは多いだろう」

「ですよね。ゆっくり自分の家で寝たい気持ちはわからないでもないですし」

「帰り道に襲われたらたまったもんじゃない。自分たちだけで街の外に出るのは怖い。でも家には早く帰りたい。そしたら誰に護衛を頼もうか。そうだ冒険者に頼もう。少し割高でもいいさ。しっかり守って家まで届けてくれるならってな」

「怪我してた冒険者も神殿関係やキールの回復術で治った先からギルドの斡旋受けて護衛の仕事に回されていますもんね。ギルド側も中間の手数料でウハウハらしいですよ?」

「うらやましいもんだ。だが、そいつらが帰ってきて祝杯上げるまではウチに金は落ちてこねえってことだからな。残ってるやつの内、街の治安維持の衛兵連中はともかく、神殿の連中はこんな店で飲み食いしてくれないんでなぁ」

「ぐでんぐでんの衛兵とか神殿兵ってのも困りますけどね」

「ちがいねぇ。こないだのコソ泥の件もあるしな」


 手元のコップに葡萄酒を注いで、ずずっと啜りながら帳面をにらむダッチ。

 一度見せてもらったがあれは収支表のはずだ。

 祭りで儲けるはずだった分が吹っ飛んだ上に、今の閑散としたテーブルの状況が彼の眉間に深いしわを刻んでいた。


「しかし、お前らにも護衛の依頼は来てたんじゃないのか?」

「来てはいたんですけど、ちょっとねぇ……」


 依頼は来ていたが色々と面倒な注文がついていたのだ。

 やれ、エメスだけでいい。キールを数日貸してくれ。死霊馬は怖いので連れてくるな。銀の乙女は一緒に来てくれるのか。

 中には護衛ではなく、アンデッドの“はぐれ”を殲滅する内容の神殿経由で直接依頼もあったりする。

 マドックの防衛は成されたのだが、村未満の少数の集落が本流から外れたアンデッドに飲み込まれてしまい、その浄化・奪還を計画しているらしいのだ。

 街道などにもそういった群からはぐれた集団がいくつか確認され始めている。

 それらから街道及び居住地域の安全を守るため、有志達が“若干の”割増しで参加しているらしい。

 それ以外では孝和には道中の飯炊きの依頼が2件ほど。

危険もあり、真っ当な武具関連を預けて整備に回しているため、神殿の依頼を断りに出向いたところ、戦力としての依頼でないことをディアローゼにコロコロ笑われたのは余談である。


「そこらへんは有名になった奴の宿命ってことさ」

「料金はいいんですけど、なんせ長期間の依頼がメインなもので。一度緊張が切れちゃいましたから、もう一度戻すってなかなか難しいですし。申し訳ないけどゆっくり心身共に休めないときついなってのが正直なトコなんです」


 それに、現状問題が残っている。具体的には“隊員達”“巨木”“デカい鬼”だ。

 マドックを離れるとなると、それを放り出すことになる。

 さすがにそれは選べない。

 苦笑する孝和を見てダッチがコップの葡萄酒をあおる。


「まあ、今日は上がっていいぜタカカズ」

「いいんですか?昼に客が来るかもしれないですけど」


 次の杯を重ねるため、どくどくとコップにワインが注がれていく。帳面から顔をあげてダッチが苦虫をかみつぶした表情で首を横に振る。


「無理だろうさ。飯の旨さで人を呼び込もうにも、食材の仕入れもまだ完璧に元に戻ってる訳でもない。いつものメニューができないってのは張り紙してる。何人かそれ見て帰ってった客もいただろう?」


 厨房で簡単な下ごしらえをしてはいたのでそのあたりは見ていないが、そういった声が幾度か聞こえてきたことは事実だった。


「……じゃあ、早いですけど上がります」

「おう、ここントコ忙しなかったからな、お前もゆっくり休め。冒険者の馬鹿どもが戻ってどんちゃん騒ぎの時には働いてもらうからな」

「それまでは、暇ですかね……。じゃあ、お先です」


 手に持ったテーブル拭きをダッチのカウンターに載せる。

 帳面に直ったダッチが無言でそれを受け取るのを見ると、孝和は自室に向かい歩を進めるのであった。




「で、何しようか?」


 部屋でぼー、とするのも何かと思い取りあえず街に出てみたが目的がない。

 武具の修理は依頼済み。どこかの食堂に入って飯でも、と思っても自分のところがあの惨状であれば他の飯屋の物流関係も似たり寄ったりで期待できない。

 アリアやディアローゼは前出の街道・集落関連の詰めがあるとのことで忙しく、エメスは建物の補修に駆り出されていった。

 キール・ポポ・シメジの丸っこいチームは孝和が仕事と聞いて遊びに行ってしまい、ユノ達はこのタイミングならいい仕事があるかもと“真っ当な”仕事を探しているそうだ。


「……本当になにしようかなぁ?」


 少し離れた先の行きつけの書店は今日は開いていない。

 人通りが戻ってきているとはいえ、未だ店を開けていないところもちらほら見える。


「仕方ない……。“片付けるか”」




 マドックから外に出るには門を通るのが一般的だ。

 崩れたりしているところもないわけではないが、補修も行われている関係で部外者がいれば怪しまれる。

 トラブルに巻き込まれるリスクを考えれば門から出ていく方が賢い選択である。

 その門外、先日までここで防衛陣地を張っていたポイントになるのだが、壕をつくるのに地面を掘り返し、聖油をぶちまけ、火を放ち、腐った肉がそこかしこにばらまかれている。

 雨と日光という「腐敗促進」の条件が見事に揃ったその場所は少し嫌なにおいが漂ってきていたりするのだ。

 さすがにこれを放置するわけにいかず、冒険者以外にも募集を掛け、遺体の回収と処理を神殿の管理の下で浄化作業として行われている。


「うん、変わらずいるのな。お前らってば」


 程よく日も昇り、ぽかぽかとした陽気の中、キメラトレントのフォーの木陰でゴブリンやワイルドボア(猪型の騎獣)達が日向ぼっこをしている。

 よくよく見てみると、樹の枝の上でシメジがポポの枕となって転がっており、ポポの腹の上にはキールが抱きかかえられ、すやすやと全員がお昼寝をしている状況であった。


「いいのか、門番の人、警備とかしなくても?」


 あまりに堂々とした風情で街の入口の側で爆睡している、魔物連中の姿に多少顔が引きつるのはしょうがないのではないか。



「いい天気だしなぁ。やることもないし、取り敢えず来てみたら皆寝てるし?どうすっかなぁ……」


 ぼけー、と巨木にまとわりつく連中の様子を見ていると、全員で昼寝をしている中、1匹だけが屹立しながら鼻ちょうちんを作っているゴブリンを見つける。

 粗末な槍を上手くつっかえ棒にして、舟を扱ぎながらも倒れこんでこないようにしているようだ。

 恐らくだが、このゴブリンの役目は近くに誰かが来た時に皆を起こすことであろう。


「ダメじゃん。もうちょい、真剣にやろうぜ」


 ざくざくとワザと草を強く踏んで足音を立てながら哨戒役と思われるゴブリンに近づく。

 少しばかり大きな音がして、ゆっくりと哨戒ゴブが目を覚ます。


「…ぎゃぁ?」

「おはよう、って時間でもないけど」


 目の前に男が立っている。

 その状況を確認して、ゆっくりと伸びをする哨戒ゴブ。

 こきこき首を鳴らし、あくびをすると、思い出す。

 そうだ、俺、見張り役だった、と。


「ぎゃぎゃぎゃっ!?」


 そのままの勢いで振られた槍先はさすがに半分寝ぼけた状態のため、まるで鋭さは無い。

 しかも孝和自身が、“ああ、危ないかも”と一応身構えていたこともあり悠々と回避する。


「いや、いきなり襲うなよ。危ないから!」


 振られた槍の柄を握り、追撃が無い様にしてから軽く哨戒ゴブを平手で叩く。

 ぱぁん、となかなかに良い音がして、ゴブリンの頭に孝和の手形が紅葉様に浮かび上がる。

 

「ぎゃうっ!!」


 痛かったのだろう。

 槍を離すと頭を押さえながら哨戒ゴブが転げまわる。

 その騒ぎに気付いた他のゴブリンやワイルドボア、更には樹上のキールたちも目を覚ます。


『あ、ますたーだー』

「わうー」


 孝和に気付いた彼らが身を乗り出す。

 だが、その場はベッドや地面ではなく、バランスの悪い木の枝の上。


ひゅーん、べちん!


 片手をあげたポポがキールを巻き込み、地面に落下する。

 ちなみに乗っかっていた枝の高さは優に5メートルを超す。


「おいおい!大丈夫か!?」


 眼をしぱしぱさせたゴブリン達は、孝和をみて“ああ、親分だ”と思い出す。

 いきなりパニックに襲われた哨戒ゴブと違い、その判断にたどり着いた者の中には二度寝に入ろうとする強者さえ居たりするのだ。

 ゴブリンの寝床をかき分けながらポポが落ちていった先に向かう。


「くわぁぁぁぁ……」


 大きく口を開きあくびをしながら、右手でくしくしと顔を洗うポポ。生えそろった犬歯を剥くと、どこか恥ずかしげに顔を洗っていた手で頭を掻きながら笑いながら立ち上がった。

 まさかのノーダメージである。


『だめだよー、きをつけてって、いったよねっ!もーこれで、2かいめなんだよ?』

「いや、初めてじゃないのか。そういや、ポポ頑丈なんだっけ」


 ぽかんとしているとポポとキールの横にシメジが落ちてくる。

 ぼすん、と音をたててそのままの形で着地する。

 端から見ると木の根元付近にいる様子がそのままキノコが生えてきたような錯覚すら覚える構図であった。


「シメジもそういう系統のダメージには強そうだなぁ」


 ははは、と乾いた笑いを浮かべる孝和。


『ますたー、おしごとどーしたの?さぼり?』

「さぼりって……。違う違う。ちょっとお客が少ないから、今日は仕事なしって言われてさ。時間もできたし、キール隊長さんに会いに来たんだよ」

『おおおっ!』


 自分たちの様子を見に来てくれたのだと少しばかり喜びの感情をあらわにする一同。


「でもさ、全員で昼寝するのはまずくないか?」

「わうわうっ、くぅ?」

『みはりばんのこがいたはずだー、っていってます』

「通訳ありがとう。でも、そいつ多分あそこにいる奴じゃないか?」


 指差した先にキールたちだけでなくゴブリンも含めた全員の視線が集中する。

 額をすりすりと撫でていた哨戒ゴブはその視線に気づき、どこか不思議そうな顔をしている。


「普通に寝てたぞ、あいつ。あと、起きた瞬間に襲われたんだが」

『えー!だめだよぉ!ちゃんとおきてて、だれかきたらおしえてくれないとー!』

「「げぎゃげぎゃ」」


 仲間内のゴブリンからも非難されているが、哨戒ゴブは照れたように頬を掻く。

 それを見たゴブリン達もなんとなく“仕方ない奴だなぁ、まったく”というような雰囲気で流しているようだ。


「いや、それでいいのか。おい」

『いーんじゃないかなー?わかんないけどっ!』


 皆が哨戒ゴブの頭の紅葉跡を見て笑っている。

 それに哨戒ゴブがおどけて更に笑いを取る。

 これはあれだ。

 絶対に同じことを繰り返すパターンのやつだ。


「キール君?」

『なーに?』

「皆の隊長として君には任務を与えようと思う。どーだろうか?」

『おおっ!りょーかいです!』


 仕方なく、キールを通して簡単に注意を行うこととする。

 今回はたまたま孝和だったが、もしただの一般人だったらと思うと背中に寒気を覚えるのだからして。




「で、あのデカいオーガはどこ行ってるんだ?」


 キールに行った注意事項をポポや少し言葉の分かる“若干”賢いゴブリンが皆に向け、説明しているのを眺めながら、キールに尋ねる。

 あのゴタゴタの後、少しエメスと何かしら揉めている姿を最後にまったくその姿を見かけていない。

 忙しいこともあり、事態が落ち着くまでアリアの責任(実際のところは孝和)において、壁の外に従魔の面々(実際のところ従魔の契約パスは孝和との間には無いのだが)を残して街中にいれない事を約束している。

 街中に居れば大騒ぎになるはずなので、街の外にいるのだろうとは思うのだが。


『エメスくんがー、いそがしいからかえれって。よーじがあるなら、しばらくたってからにしろって。んでー、もりにかえってったんだよー』

「ほ、ほほう」


 追い返したようである。

 一応、今回の騒動の解決に一役買っている者をそんな扱いでいいのだろうか。


『そんで、そんでー。えーと、きょう?かな?よるにあいにくるはずー』

「え、来るの?ここに?この街の正面にだぞ?」


 よろしくない。

 非常によろしくない。

 いくら夜とはいえ、この場所なら人の目は間違いなく有る。

 そんなところで、目立つ2体が立ち並べば翌日の街のトップニュースだ。


「もう少し違う場所で、会えたりはしないものだろうか……」


 無理なことは解っている。

 道理を説くのにここ数日で孝和の精神の残りポイントはごりごりと削れている。

 抗おうという気力すら湧き上がらない。


『もーそのつもりであのデッカイのもエメスくんも、じゅんびしてるしー。むりっ!』

「そうか、そうなのだな……」


 しばらく朝の仕込みもないし、今日はいつもより少し寝れるかもしれないと思っていたのだが、当てが外れた。

 街にいるというのにおそらく今日は野宿だろう。

 名目上とはいえアリアが責任者として名前を貸してくれているが、この件については孝和が専任している。

 そんなチョット問題ありそうなことを小耳にはさんだ以上、孝和が対応しなくてはならないだろう。


「畜生…っ。テント準備してくるっ……」

『え!ここでおとまりっ!?』


 なぜかちょっと嬉しそうなキールの様子。

 結構この丸っこい連中は本質的に外で野営やらなんやらすることが苦でない。

 それを聞いたゴブリン連中もげぎゃげぎゃと喜んでいる。


「買出しは俺がしてくるから、薪とか任せる」

『わかりましたっ!たいいんのみんなっ、しゅーごー!!』


 隊員を集めて、薪を回収するキールたちを横目に、とぼとぼと門番の人に会いに行く。夜に野営をする許可をもらいに行く孝和の足取りは軽くなる財布と反比例してどこか重たげであった。


時間ができたのでー。


本年ラストー。

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