表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
81/111

第76話  闇にて生くるとも、飯は買わねばならぬ【INHABITANT】

誤字・脱字ご容赦下さい。




「さて、なかなかとんでもない状況だな。これ、どう片付ければいいんだ?」


 孝和の目の前にはいつも働いている3番街の入り口がある。

 ただし、いつもと違うのは街の有志による清掃の行き届いた様相が一変し、瓦礫や家具・土嚢がうず高く積み上げられているのであった。

 マルクメットの指示による敵侵入時の通行妨害のための対策である。


「確かに必要でしゃあないとは思うんだが、後のこと考えると迷惑極まりない……」


 敵の襲撃もひと段落にいたり、少し手の込んだ食事の準備もできるかと、3番街の各所から食材などを手に入れようと来て見ればこの様相。

 メインの通りからの侵入は諦め、裏道に回る。

数名の商店関係の男たちと共に3番街の商店の集中している地点に向かい移動する。


「ああ、足許わるいなぁ。早々に片付けないと……」

「店の裏手が塞がってると、搬入ができねぇからな。それも皆で片付けるしかあるめぇ」

「しばらくは開店休業、ってかんじかもなぁ」


 なんやかんやで手の空いた店主たちと一緒に愚痴を言いながら進んでいく。

 そうこうして目的の店舗裏手にたどり着こうか、というその瞬間である。


がちゃり


「は?」

「くっ!」


 しっかりと鍵をかけていったはずの店舗裏手からボロ布で顔を覆い隠した集団が出てきたところに遭遇したのである。


(え、マジ?もしかしなくても、これって)


 双方が状況を確認した。


ダッ!!


 黒覆面の男たちが走り出す。

 その男たちに向かい、孝和が通り全体に響き渡る大音声で叫ぶ。


「火事場ドロボーだあああああっっ!!!!」


 背負っていた食材回収用の袋を隣にいる男に投げ渡すと、両足に力を込めて走り出す。


「つっぅか、ふっざけんな!?待て、このド阿呆がっ!!」


 このくそ忙しい真っ只中に、何をやらかしてくれるものか。

 街中のみんながヘロヘロになりながら、なんとかかんとか乗り切ったこの騒動の締めでこの阿呆共は盗みを働こうとしているのである。

 すいすいとコソ泥どもが封鎖されていない道を通り抜けていく。

 その様子から間違いなくあの連中はこの辺りに詳しいことが分かる。と、いうことはコソ泥どもはこの街の生活圏で暮らしている可能性が高い。

 それにたどり着いた瞬間に更にイラつき度が増す。

 軽く、殺意すら覚える程である。


(というか、あの肩に掛かってるの、俺のじゃないかっ!)


 怒髪天に近い感情が孝和をぎゅんぎゅん加速させ、コソ泥どもとの距離を詰めていく最中、気が付く。

 そいつらが背負っているものの中に、一点だけ見覚えのあるリュックサックがある。こちらに来てからはさほど使ってはいないものの、間違いなく孝和の物である。

 何せ、リュックサックの背には世界的に有名なスポーツメーカーのロゴが染め抜かれている。恐ろしいくらいの奇跡と偶然が起きない限り、化学繊維製のそれがこの異世界に2つ存在することはないだろう。


「くっそ!それ、俺んだぞ!?返せ、カバンと本!!」


 少し手狭になった部屋(ポポの私物が増えている)を少し整理しようと、読み終わった書籍類をリュックの中に突っ込んでいたのである。

 少し時間ができたらまた読み直そうかと思っていたものだから、孝和も必死である。

 そこそこ払った額もばかにならない。なにせ、少々これから物入りになりそうな雰囲気がひしひしと迫ってきているのだ。

 ただここで一つ確認しておくが、実はこのリュックサックには真龍のウロコが残っている。額としては捨て値で叩き売りしたとしても左団扇の生活ができるのだ。

 そして、孝和はそれについては頭の中からすっかり抜け落ちていたりする。


(馬鹿野郎!盗むんならもっと金持ちのところに行け!その日暮らしの冒険者の宿なんぞ狙ってんじゃねぇよ!!)


 実際のところ、金を持っている奴の家というのは、ここよりも中心部、今現在の避難区域に近い位置に居を構えているのだ。

 人も多く、避難民の警護のための人員が配置されている場所である。

 つまりはそんな場所にドロボーを行おうとする不届きものがいるとすれば脳みそが膿んでいるとしか思えない。

 必然的にそういったヤカラは人気が失せた商店関係を狙ってくるわけである。

 まあ、そんなこと被害者の立場からすれば関係ない。


「待て、コラァ!!」


 生垣の柵を飛び越え、鬼気迫る表情で追いかけてくる孝和を脅威と感じたのか、荷物が逃走に邪魔になると感じたのか、コソ泥たちは背負った荷を孝和の足許目掛け投げつける。


「っ、とぉぉおっ!?」


 突然投げられた荷を飛び越え、勢いを殺せずに孝和は転がる。

 ちょうど前転気味になったことで、起き上がる際のロスは少なかったが、それでも相手との距離は広がってしまう。


「く、そぉ!待てぃ!!」


 相手が道を曲がり、姿を見失う寸前で再度駆け出す。


ずざざざざっ!どがががっ!!


「ぐわぁ!」

「え?」


 最後にコソ泥の姿を見た曲がり角の先から、何かの大きな激突音が響く。

 自然と駆け足が緩み、角からひょこ、と首だけを注意深くのぞかせる。


「なんかすごいことになってるが?」


 そこにはコソ泥2名が網に絡まり、抜け出そうとして逆に体にこんがらがってしまっていた。近くにあるバケツなどがひどく凹んでいることからすると激突音はこれからだろう。

 そのコソ泥たちに容赦なく蹴りやら拳やらを叩き込んでいる男たち。

 そのうちの一人が孝和に視線を送る。

 覆面で目元しか確認できなくなっている。

 そこに若干の危険な色味を感じた孝和が緊張する。

 いや、それ以前にあんなに容赦なく人を殴ることができる時点で、所謂“カタギ”ではないだろう。


「いやー、上手くかかってくれてよかったわー」


 昏倒してうめき声しか上がらなくなったコソ泥どもの直上、孝和からすると通路の上にあたる家の屋上からどこかで聞いた声がする。


「おお!?ユノか?……何やってんの、ココで?」


 見上げた先の屋根から、動きやすいパンツルックのユノが壁の縁を掴みながらボルダリングよろしく、するする下りてきた。

 彼女だけでなく、他にも数名の男たちがそのあたりに集まってくる。

 ただし、ユノと違い全員が顔を隠した覆面姿である。それを見た孝和の警戒度が跳ね上がる。

 自然と体勢が前傾気味になり、コソ泥用に転がった時に握りこんだ石を掌中で収まりのいい位置にずらしていく。

 目線は広く、浅く取る。

突発的な事態になった時に向けて地面を強く踏みしめた。


「あー、皆もタカカズも構えない、構えない」


 悠々とユノが双方の間に割って入る。

 少しだけ間を置いて、まず孝和が前傾姿勢だった体を起こしていく。

 孝和は握りこんでいた小石を地面にパラパラとこぼし、男たちもそれを見てゆっくりと体勢を戻していく。


「悪い、少し気が立ってたかもしれない。一応そこのコソ泥捕まえてくれたみたいだから、ありがとうでいいかな?」


 体は戻し、石を捨ててみたが実は最後の一つを中指と薬指の間に、手品師よろしく隠し持つ。

 一方の覆面達も表面上は自然体を装っているが、孝和は今視界に入っていない者が少なくとも2名はいることに気付いている。

 何せ一息ついたとはいえ、先程までガチガチの緊張感の中で動き回っていたのである。

 こういった時の対人センサー的なものは、現在も一般時の3割増しで稼働中といったところだ。


「……だから、皆落ち着きなさいって!タカカズ、あなた顔とセリフが合ってない。もう少し穏やかな表情でないと、さっきのセリフ、胡散臭さしか出てこないわよ?」


 はっとして顔に手をやる。

 むにむにと頬をこねくり回し、強張った表情を揉み解していく。

 知らず知らず、緊張で顔の表情が固まってしまっていたのだろう。


「うむむ……。ここ数日難しい顔してたしなぁ。元に戻りきらないのかなぁ。困るぞ、それ」


 筋張った頬に少し赤みがさすくらいまで入念にこねくり回すと、ユノに向き直る。


「悪い悪い。やっぱさっきまでごちゃごちゃやってた分、ちょっと余裕が少なくなってんのかも。よし、大丈夫大丈夫!」


 ぱんぱんと頬を叩き、少し無理をしながらも笑顔を見せる。

 それを見た覆面達は数名を残してその場を離れていく。




「じゃあ、こいつらは回収してくけど、タカカズの追ってた荷物ってどれ?すっごい声で叫んでたけど?」

「あはは、いやぁ恥ずかしいな」


 殴られて気絶していたコソ泥たちは、網から出されて縛られている。

盗られた荷物のうち、自分のリュックを背負い、それ以外の荷物は合流した商店の男たちが抱えている。

覆面の男たちは「盗賊ギルド」所属の人員たちで、この騒ぎに乗じて盗みやら暴行やらを行おうとする“ド阿呆”共を抑えるために動いていたそうだ。

ポート・デイのそれと違いここの「盗賊ギルド」は“正統派”らしい。

盗賊に“外道”“正統”もあるのかは不思議なところであったが、要は“そのラインは超えちゃダメだろ”という一線を守るかどうか、だそうだ。

今回のケースは“超えちゃった”辺りの案件らしい。


「まあ、あのぎらぎらしたお偉いさんから頼まれるとね……。逆らうと、まずそうな感じだったし」

「裏にも手、まわしてんのかあの人。やっぱ真っ白なだけじゃ偉くはなれないんだろうな」

「話を持ってきたのは御付きの女だったけどね。まあ、知らないってことはないんじゃない?」


 お茶を片手に微笑むディアローゼの姿に少しばかり寒気を覚える。


「で、盗賊ギルドにアタリつけるのにユノが選ばれたわけか」

「そこがね、色々面倒なんだけどディアローゼ様からの依頼の直前にギルド側からもアタリが来てて。体の良いメッセンジャーに選ばれてしまったわけ」

「……なんていうか、闇深ぇなぁ。諜報って奥が深いよ」


 ディアローゼも「盗賊ギルド」も伝手を求め、それに合致するのがユノだったわけだ。

 それを見抜く双方の力量に感嘆の溜息しか出ない。


「まあ、私も盗賊ギルドに参加するのは今回限りの臨時採用にって条件でOK出したし。“この街では”真っ当な生き方していくつもりなんだもの」

「深入りしない方がいい感じだな」

「“元”関係者として、そっちをお勧めするわ」


 ちらと横を見ると、コソ泥たちを引きずりながら盗賊ギルドの男たちが建物の陰に消えていく。

 あのコソ泥たちは命は取られないと確約されている。

しかし、そこそこヒドイ目に遭うのだそうである。

 詳細は知らない。知ってたまるものか。


「で、仕事はいいのか?」

「うーん、一応終わりでいいのかも。皆が街に戻り始めたら私達も動けなくなるし、そういう不届き者も堂々と動かなくなるだろう」

「まあ、この段階になったらもう衛兵さんたちに任せた方がいいかもな。……つーか、そこらへんマルクメットさん、知ってるんだろうか?」

「わたし、肩たたかれたわ。“少しの間よろしく”って」


 なるほど、世界はきれいなものだけで築かれていない。

 時には泥にまみれた何かも必要なのだ。


「…白河清く、田沼さんが愛しくて、ってことか。どこでもやっぱり人の本質って変わらないもんだな」



ちょっと早いですが、メリークリスマス。

あと、皆さんよいお年を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ