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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
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第75話 できることからコツコツと【GRAFT】

誤字・脱字ご容赦下さい。




「悪いけど、あと頼んでいいか?」


 疲労と眠気と、雲間から差し込む暖かな光が、猛烈な勢いでに孝和に襲い掛かってきていた。ぐらつく頭を振り、眉間をぐいぐいと押す。


(頭ン中ふわふわしてる……。キッツいわぁ)


 腰の袋からがさがさと目的のものを探す。目的のものがなかなか見つからない。


「とりあえずフレッド、この場は頼むよ。俺たちはとりあえず向こうに戻ることにするから」

「それはいいが、大体あちらも終わりそうな勢いだが?」


 少し小高い丘の上。周りを見渡す余裕ができれば、戦場の様子も確認することは容易だ。

 彼の視線の先にはマドックの街がある。


「あれ見るとなぁ……。俺が片付ける案件っぽいし」


 ずぅぅんとでも書き文字の浮かびそうな表情の孝和の見つめる先には、マドックの街壁に影を落とす青々と茂る立派な大木がある。

 日も昇り薄霧がその暖かさで散った先には、街の防衛ラインぎりぎりにまで近づいているそれがある。

 地面にはその動く大木が森からそこまで這った跡が一本の線になっている。

 つまりは森から“一直線に”“誰にも止められることなく”蹂躙していったわけだ。


「きっと、俺が説明するんだよなぁ。何も知らないんだけどなぁ」


 はぁ、とため息と誰にも聞こえない愚痴をつぶやく。

 がさごそやっていた袋の中からようやく目的の携帯食を見つける。

 カロリー的な問題で兎にも角にも何かを腹にいれねばガス欠気味の体が動いてくれない。気力だけで動かしてきた体はひと段落ついて既にエンスト気味の痛みやら疲れを盛大に訴えていた。

 泥水まみれの黒パンはその場に放棄、同じく泥コーティングされた固チーズを安酒で適当に洗う。

 覚悟を決めて口に放り込むと何とも言えない珍妙な味が広がる。

 正直、この場限りで最後にしてほしい味だったことは伝えておく。

 取りあえず棍棒がわりの鞘に、金属部分だけの手斧の先を布でくるみ、エメスの背におぶさる。

 後続の援護部隊から使いつぶしてもいいと言う剣を一本受け取る。

 彼らは2発目の魔術の一斉斉射で大分ばててはいたが、ありったけの聖油と普通の油をかき集め、フレッシュゴーレムの攻撃範囲外からそれを投入していた。

 じたばた、ずどんずどんとその場であがいているが、完全に機動力を奪っているので一向に動ける様子はない。

 時間が惜しいこともあり、フレッシュゴーレムの頭に食い込んだジ・エボニーの回収は今はあきらめることにした。

 あの位置まで呼吸の維持のため気功を維持しながら登る作業も億劫だし、さらに言えばボロ布マスクの効果ももう消えそうであったからだ。

 実は孝和はこの期に及んでも漆黒の刃が“いいやつ”との認識しかない。

 この場にいる一流陣の中には気が付いている者もいるのだが、あれだけの呪詛の塊の中、一切蝕まれることなく存在しているだけで驚きである。

 名のある名剣であることは明白であるが、それに一切躊躇しない孝和にも少々驚いている。


「フレッシュゴーレムを片付けたならば、我々も合流する。ただ、それまでにすべて終わってしまいそうだがね」


 てきぱきと指示を出すミコンの横でフレッドが敵から視線をずらすことなく孝和に応じる。

 孝和が残る選択肢もないわけではないが、孝和と共にエメスを戻せば防衛の諸氏の士気は持ち直すだろう。

 何せこの巨兵像は疲れ知らずだ。

 見た感じでまばらになった攻め手側のアンデッドの駆逐作業を完遂する意味でも良い策と言えた。

 それらの目的があるとはいえ、実は本来の目的は別にある。


「……やっぱりさ、死んだら死んだまんま、ってのは悲しいしさ。俺みたいな凡骨より勇者が弔ってくれる方がきっと意味があるだろうさ」

「……任されよう。神の御許へ、間違いなく」


 フレッドが視線をこちらに送る。

 芯の一本通った凛々しい顔立ち。

 やっぱ、これが勇者だよなぁと孝和は感心する。

 叩いて叩き潰して、打ち捨てられる。

 こんな強引なやり様はきっと正しくないのだ。

 死者は真っ当に、弔われるべき存在であるはずだ。

 それは、きっとこの世界でしきたりで送り出されるべきであろう。


「じゃあ、あっちのゴタゴタを片しに行くか!……エメス、彼はどーすんだ?」


 意気込んだはいいが、最後は声のトーンが落ちる。

 そう、この場には胡坐をかいたオーガがででんと鎮座していらっしゃるのだ。

 併せてびしびしとこちらにメンチを切っていらっしゃったりもする。


「無視で」

「ガアァァアッ!!」


 即答のエメスと、抗議するオーガ。

 どうやらこちらのいっていることは理解しているようだ。


「ふむ、ならば最後まで付き合え。どうせ、暇だろう」

「グググゥ……」


 ぶすぅ、とした表情で起き上がり、指を鳴らすオーガ。


「話は、つきました」

「そうなの?ホントに?」


 いかんせん言葉が少ないエメスと、発語できていないオーガである。

 言葉が分からない孝和からすると、エメスが言うなら信じるしかない。

 

(後ろ、怖ぇぇ……)


 ふんふんと強い鼻息が聞こえてくる。


「と、取り敢えず、あのデカい木の下まで頼む。一応アンデッドの連中の薄い辺りを選んでな」

「はい。移動します」


 おんぶ、というよりはエメスの首に手を掛け、腰のあたりに足を掛けている形になる。

 気分的には立ちこぎの自転車様ではあるが、実際のところは違うという事を嫌というほど理解させられることになるとはこの時、孝和は思いもしなかった。




「うぉぉっ……!気持ちわるぅ」


 揺れた。

 まあ揺れた。

 エメスが孝和を背負い、全力で地面を駆けるのであれば、こうなることは自然の流れであったわけだ。

 考えてみてほしい。アルコール臭いマスクをして動き回った後に、腹に少しばかりの食料をいれて、上下にブン回される状況を。


(ヤバい、なんかすっぱぁい、もの上がってきそう!)


 うっぷす、と口元を抑えながら酸味のある胃液を無理やりに飲み込む。

 エメスの背から転げるように下りると、大きく深呼吸する。

 ああ、朝の空気は気持ちいい。


『ますたー、だー!』

「わうわうー」

「「げぎゃげぎゃ」」


 遠くからやって来たエメスを見て、防衛に回っていた連中が道をあけてくれる。

 一部のまだ体力のある者たちはイゼルナに従い、残敵の掃討に回っている。マドックに残るのは体力の尽きた者や、それを取りまとめる者たちが主で、戦場の大勢はすでに決していた。


「おう、帰って来たぞー」

「ああ、ようやく戻ってきてくれたわ……。タカカズ、早速なんだけど“どうにかできる”?」


 あまりにもざっくりとしたアリアの声に孝和の頬がひくひくとひり付く。


「わかってる、わかってるんだ。でも、すこーしあいつらと“お話し”の時間をもらえないかなー、と」

「そうね、私も一緒に“お話し”に参加するけど」

「お願いします……。何かまだ俺、全然終わってる感じがしないのは一体なんなんだろう?」


 取りあえず、大木のそばに近づいていく。

 先程、帰還の歓迎をしてくれた一団もそこにいるわけで、それに少し離れて遠巻きに他の防衛部隊が残っている。

 恐らく敵でない、と伝えられていても“恐らく”とキャプションがついている物にどうして全面的な信頼が得られようか。


『よぉーし、みんな、けーれー!』

「「ぎゃぎゃっ!」」


 枝の上に乗っかっているキールがその下の者たちに指示を出す。

 律儀に全員が敬礼じみた何かをやって見せているが、腕が隣りと逆だったり、大あくびをしていたり、中には猪型の魔物の毛づくろいをしながらの者もいたりするありさまだ。


(ゴ、ゴブリンさんたちだよな?多分だけど)


「よ、よぉし、まずはご苦労様でした。よく頑張りました」


 掴みがどこからいけばわからず、まずは今回の奮闘並びに救援について感謝を述べる

 すると、ゴブリン・猪モドキの間からぱかぱかと死霊馬にのったポポがやってくる。

 孝和の前までやってくると、ひょいと飛び降り、こちらはきれいな敬礼をやって見せる。


「わぅっ!」

「う、うん。ご、ご苦労様でした」


 にかっと歯をむいて笑うと、後ろのゴブリン達にわうわう、がうがうと何かを話しはじめる。


(……何言ってるもんかわかってるんだろーか?)


 いや、深く考えてはいけない。

 ゴブ軍団が一様にふんふんと頷いている様子からすると、なぜかあれで意思疎通は出来ているようである。


「ギギ、イクサオワッタ。ヨカッタ、タイチョモ、ミンナモブジ。タイショー。ハラヘッタ、メシ、ナイカ?」

「「ハラヘッタ、ハラヘッタ!!」」


 ゴブ連中が一斉に空腹を訴える。


「もしかしなくても、タイショー、……大将って俺か?」

『ますたー、たいしょーだよ?ぼく、たいちょー。ポポ、ふくたいちょー。シメジがたいちょーほさです!』


 ずきり


 絶対に音がした。

 頭の中で響くくらいに音がしている。

 いつの間にか枝の上からポポの横に来ているキール。


(痛い。痛いわぁ……。もう完璧にこいつら俺の管理案件じゃないか)


「そうか、そういえばシメジはどこだ?あと、このデカい大木、なんなんだ?少なくても俺は全く知らないんだが」


 せめてもの抵抗として、アリアに“この件については俺が責任者であることは認める。だが、全くあずかり知らぬところで事態は推移しています”と遠回しに匂わせてみる。


「見たところ、トレントっぽいけれど。私の知るトレントとはちょっと違うの。本当はもっと古木のはず……」


 アリアが小首をかしげる。

 確かに目の前の大木は立派ではあるが、それでもまだ“若造”であった。


「それと、この大木。フォー、って名前らしいわよ。きっとタカカズは知らないでしょう?」

「え?名前ついてんの?このでっかいの」


 区分不明のトレント?からフォーと名付けられた個体へと孝和の認識が書き換えられる。


「よぉし、キール、た、隊長?」

『はい!なんでしょーかっ!』


 キールは朝日を浴びて元気いっぱいである。

 まったくうらやましい限りである。


「いや、この隊員?のみんなはどーゆー関係でしょーか?」

『はいっ!ぼーけんのとちゅーでおそわれたので、めっ、ってしました!ちょーどシメジとあったときですっ!』

「わう!」


 元気よく、そう言ってくる。

 ポポもそれに関係しているのかどこか自慢げである。


(いや、危険な事はしないように言ってたよな、俺。ごっこ遊びの延長のレベルじゃあないぞ、コレ?)


 ちょっと、腹痛がしている。

 先程のシェイクされた余波に、更に胃酸ががんがん追加されている。


「そういえば、シメジは?さっき遠目で居たような気がしたんだけど?」


 きょろきょろと周りを見渡してもシメジがいない。

 あのビビットなカラーリングは目立つだろうに近くにはそれが見当たらない。


『シメジは、あそこー』


 キールの声にポポが指差す。

 指のないキールではどこにいるのか明示できないからである。

 肉球のぷにっとした指先でフォーの幹を指す。

 大きな洞に繭のような形で大きな菌糸がドームを形成している。


ズズズズッ


「うおっ!?シメジ?」


 白い菌糸が勢いよく動くと、その中から紅白の斑点模様のキノコが出てくる。

 ぴょんと飛び跳ねると、幹を滑り台のようにしてコロコロと転がり落ちる。


「……なんなんだ。一体これは?」


 コロコロと転がってきたシメジはゆっくりとスピードダウンして、ちょうどいい具合にキールとポポの間に収まる。

 むくりと起き上がると、こちらもまた胸を張っている(?)ように見える。


「えーと、えーとだ。あのフォーとかいうトレントみたいなのはシメジが動かしてた?ってことか?」


 ぼふっ。


 ゆっくりとシメジが音を立てる。

 少しばかり共に生活をしてきた経験から、おそらくこのかんじは“イエス”のはずだ。


「?トレントって自分の意思があるんじゃないの?」

「私が知る限りはそのはずだけど?」


 隣のアリアが補足してくれる。


『んーと、きのフォーじーちゃんはいっつもねてるので、おねがいするときは、きのこのフォーじーちゃんにおねがいして、おきてもらってるんだー』


ぼふっ。


(……樹とキノコの両方に意思があるわけか?んで、多分キノコ側はシメジが話をしてくれている、と)


「冬虫夏草?いや、虫じゃないし……。確かどっかの神社に神木でそういう樹、日本にもあったな」


 キノコではないが、2本の樹が成長過程で繋がってしまった物が自然界にも存在している。

 もっといえば、人工的に接ぎ木を繰り返し、数種類の果実の成る樹木を育てているところすらあるのだ。

 それを考えれば、まああり得ない話でもない……かもしれない、か?


「PC本体だけじゃ無理で外付HD連結したら動くみたいなもんか?……よくわからんが、取り敢えずここから動いてくれるように言ってくれよ」

『むむむっ。それはむりです!じーちゃん、ねむいから、ねるっていってたしー』

「え?寝たの?」

『はいっ!じーちゃん、まったくおーとーなしです!』


 どうしよう。

 うしろからアリアを含め、遠巻きに見守っている人々の視線が矢のように突き刺さっているのを感じる。


「「タイショー、メシ、マダカ?」」

『ますたー、どーしたの?』

「わうわう、わう、くうぅっ?」


 眩暈がする。

 いったいどうすればいいのだろうか?

 ぐちゃぐちゃになってきているが、兎に角出来ることから、やればいいのだ。


「くそう、わからん。だが!」

「だが?」


 アリアが横に来て尋ねる。


「俺、飯炊くことにする。あいつら連れて飯の準備だ」


 そう、孝和が思う自身の本職は臨時雇いの飯炊きである。

 

「あ、あなたねぇ……」

「いや、戦場の後片付けなんて難しいこと、俺できないよ?エメスはアリア達についてってもらうけど、ここらの残り連れてお偉いさんのとこ行ける訳ないじゃんか」


 道理であった。


「う、それはそうだけど」

「あとで合流するまでは、こいつら何とか集めとくからさ。出来るやつが出来る範囲でやってこうよ。んで、多分俺の役目は昼飯の準備だろ?」


 少し昼には早いが、もろもろ準備すればいい感じの時間になるだろう。


「じゃあ、頼んでいいの?この“隊員”達」

「まあ、なんとかするしかないし。どうにかなるさ」


 空には雨が上がり虹が出てきていた。

 どこかあきらめにも似た心持でその虹を孝和は美しいと思ったのだった。


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