第7話 ギルド
誤字脱字すみません。発見したら直していきます。
マドックの南門に到着した。これから、ルミイ村の皆は北側の商業区へ向かうということなので、ここで孝和とキールとはお別れになる。
「じゃあ、ここでお別れですね」
自分の荷物を馬車から降ろし、キールと一緒に皆を見送ることにした。
「ああ、じゃあまた村の近くにくる用事があれば寄ってくれ。お前の飯、楽しみにしてるからな」
タンはそういって馬車の中から手を振った。
「いやいや、お前の中で俺は料理人か。どういうことだよ」
苦笑しながら別れの挨拶をする。まあ、こんな感じのお別れもいいだろう。湿っぽくなるよりずっといい。
「まあ、冗談だけど。お前はこれからどうするんだ?」
「ああ、とりあえずこのマドックでやってみようと思う。スパードさんから冒険者ギルドへの紹介状書いてもらったからな。冒険者で稼いで生活していこうと思う。キールもいるし、冒険者の肩書きのほうが何かとよさそうだから」
これからのどうするか考えていたことをそのままタンに話す。それを聞いてうなずいたタンは、
「俺たちも入荷なんかで1ヶ月に1回ほどはマドックによるから、もしかしたらあえることもあるだろ。見かけたら声でもかけてくれ」
「わかった。村の皆にもありがとうございましたって伝えといてくれ。ルミイ村まで3日だし、もしかしたらちょくちょく行くかもしれないから」
そういうと、タンから右手が差し出された。孝和はその手をしっかり握り返す。
「では、そろそろ出発だ。タカカズ、気をつけてな」
ギリズがそう御者席から話しかけてきた。孝和は2~3歩下がって馬車の通行に邪魔にならないようにした。
「では、皆さんありがとうございました。また、元気で会いましょう」
がらがら音を立てて馬車が進む。全員が手を振ったり“元気で”、と語りかけてくれた。孝和はそれに馬車が見えなくなるまで手を振って答えた。
『ますたー、これからどこにいくの?』
キールが孝和に質問した。
ここは、皆と別れた門から西側の居住区画に向かっていた。居住区画は北側の商業区画と隣接していることもあり、個人の商店が並ぶ大通りにはかなりの人込みができていた。どうやら、ここまでの人を見たことのないキールはそれに驚いているようだ。今は孝和の冒険用背負袋の中からちょこんと顔を出して周りの様子を見ている。
「ああ、これから行くのは冒険者ギルドって所だ。ルミイ村のスパードさんという人が、紹介状を書いてくれたんで、そこで冒険者登録をするんだ。一緒にプレイスカードをもらえるそうだから、いろんな場所に行ける様になるぞ」
『へぇー。そうなんだ。たのしみだね』
「おう。それとな、キール。どうやらギリズさんの話だとお前も冒険者登録できるそうだ」
『そうなんだ!!ほんとにたのしみだね!!ますたー!!!』
ギリズによると、従魔師に従うモンスターも冒険者登録ができるらしい。ただし、一緒に従魔師本人が責任を負うことが条件となるらしい。それに関しては、孝和はキールを信頼している。出会ってから半日足らずではあるが、キールの純粋さは十分わかるし、最高クラスの光術が使える精神の持ち主が邪悪なわけがないだろう。
『それで、ますたー。“ぷれいすかーど”ってなあに?』
“プレイスカード”これは、個人の情報が書き込まれた本人確認のIDのようなものである。孝和がルミイ村に始めて訪れた際に提示を求められたのもこれだった。
商業・冒険者・魔術の各ギルドと、各国の神殿、宮廷の発行する5種類があり、商業が赤、冒険者が黄、魔術が緑、神殿が黒、宮廷発行のものが金色であり、見た目でどこに所属している人物なのかがわかるようになっている。
最初にルミイ村でみたプレイスカードは赤だったので、それを持っていたあの人は商業ギルドの所属だったのだろう。
マドックに入るときにギリズは黄色、ババンは赤を提示してたので前者は冒険者、後者は商業であるとわかった。ちなみに他のみんなは何も持っていなかったが、商品の納品とその護衛と言うことでそのままマドックに入ることができた。
記載される内容は各ギルドによって変わるらしい。時間もなくてそこまで詳しく教えてもらえなかったので、これ以上はわからなかった。
『ますたー。ものしりなんだね。すごい。すごい』
キールが尊敬のまなざしで背負袋越しに孝和を見つめているのをひしひし感じる。孝和としては、又聞きの情報なのでなんとなく背中がこそばゆい。
「ありがとな。キール。ほら、あれが、冒険者ギルドみたいだな。ギリズさんの言ってた青い屋根の建物だ」
孝和の前には大通りの突き当たりにある、大きな酒場が併設された建物が見えた。ちょうど昼食時ということもあって、多くの人がそこで食事を取っていた。ただ、昼なのにすでにアルコールの入っている様子の人も見える。人種はルミイ村のようにゲルマン系の人間だけではないようだった。かなり身長の低い人種の人はドワーフだろうか。その隣のテーブルの人たちは緑の髪に尖った耳の人だ。もしかして……
「エ、エルフだぁ……。すげぇ……」
感動である。現実にエルフなんて見ることができるなど思いもしなかった。だが、ここでは本当に存在している。本やゲームにあるように耳は尖っている。細身で、真っ白で、とても美形で。
「あぁ……。本当に異世界なんだ。でも、なんか嬉しい……」
場違いであることはわかっていたが、魂まで震えるほどの感動が全身を包む。うっすらと目じりに涙まで浮かんできた。
『ますたー?たちどまってどうしたの?』
孝和はキールに話しかけられるまでのしばらくの間、この異世界を堪能することができたのである。
感動から立ち直り、孝和はギルドの中に入った。どうやらギルドの受付は酒場を越えてその先。少し奥まった場所にあるようだ。そこに向かって進むと周りで食事をしていた冒険者たちが孝和を値踏みするように観察してきた。なんとなく居心地が悪い。
「すみません。ギルドの登録場所ここでいいんですか?」
目的の受付にたどり着くまでに周囲からの注目を浴びてしまい、少々孝和は疲れ気味だ。周囲の人間が注目していたのは、ただ初めての新顔だったからだ。この商売、人との係わり合いは重要なファクターのひとつである。いざというときの縁は大事にしておくことが大切なのだ。
ただ、孝和自身はそんなことはわからないので、なぜ自分がこんな注目を浴びているのか不思議で仕方なかった。何か自分が皆の気に触ることをしてしまっただろうかと、ビクビクしながら姿勢を低くし、受付まで急いで来たのだった。
「はい!冒険者登録ですね!こちらでOKです!」
受付のおねーさんにそう答えてもらって孝和はほっと安心した。
「あの、実は紹介状があるんです。登録に行くときに受付で渡せって言われてまして。これなんですがお願いします」
そういうと、スパードからの紹介状を受付嬢に手渡した。受付嬢は受け取った紹介状を読んでいく。すると、ニコニコとまさに営業スマイルであった顔が、読み進めるにつれ、だんだんと固い表情に変わっていった。最後には紹介状と孝和の顔を行き来し始め、「どうかここでお待ちください」と一方的に言い放つと小走りで奥の事務所に駆け込んでいってしまった。
……5分ほどそのままで放置されてしまった。いい加減どうなったのかなと痺れを切らして、奥に声でもかけようかと考え始めると、
「どうもすいません。長くお待たせしてしまいまして」
と、奥から先ほどの受付嬢と一緒に40代くらいの男性が現れた。なかなかの恰幅で頭部にいたっては見事に禿げ上がっている。その一方、身につけている装身具や洋服の生地にはかなりの高級感が漂っている。どうやらこのギルドのかなりの地位にいる人物のようだ。
「いえ、そんなに待ってはいないですが。なにか私の紹介状に問題でもあったのでしょうか?知人からそれを渡すようにと言われただけですので……」
不安になり、それとなく自分は“その紹介状には一切係わり合いがないんだ”とも取れる言い方をしてみた。孝和は心の中でスパードに謝罪した。
「いやいや、そうではありません。スパード氏からの紹介でしたので、どんな方なのかと思っただけです。登録に関しては何も問題はありません。すぐにでもあなたの登録書面と試験用クエストを用意させていただきます」
このギルドの偉い人はそう孝和に説明した。どうやら、登録に問題はないようだ。ただ、
「試験用クエストって何ですか?」
今までの話からすると、試験を受けないと冒険者の登録はできないシステムになっていると思われる。内容があまり難しいと自分ではクリアできないのではないかと少し不安になった。
「では、それについては私から説明させていただきます」
それまで奥にいて邪魔にならないようにしていた受付嬢が前に出てきた。それを見て隣の偉そうな人が軽く会釈をして奥に帰っていく。
「まず、失礼なのですが、文字の読み書きはできますか?」
孝和はうなずく。
「そうですか。では登録書面の代書は必要ありませんね。内容に関しましては、必要事項を記入いただきます。もし、伏せておきたいことがありましたら、名前以外の項目に関しては空欄でかまいません。もし、本名以外で記入いただいてもこちらとしては問題とは考えていませんので、記入が終わりましたら、私にご提出ください」
これに関しても孝和はうなずく。名前以外は記入が不要と言うのは、冒険者という職業が理由であろう。仕事の中には本名やその他の情報が、危険につながる可能性があるとギルドが思っているからだろう。この点は、異世界の人間である孝和には好都合であった。登録のときに、自身の出身などを根掘り葉掘り聞かれたらどうしようと内心心配していたのだ。
「ここまでで、質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です。次の説明をお願いします」
とりあえず、今のところ質問はない。
「では、試験用クエストについて説明させていただきます。今回挑んでいただくのは、3名でモンスターのいる洞窟に挑んでいただくものです。最奥には、ギルドの用意した石碑がありますので、その内容を写して帰還する。これが試験になります」
「質問してもいいですか?」
「はい。何でしょうか?」
孝和の質問に受付嬢が答える。
「洞窟には何を持ち込んでもいいんですか?」
「はい。個人で持ち込めるサイズであればかまいません。後は常識の範囲内で行動をお願いします、ということでしょうか」
そうだろう。まあ、バカなものは持ち込むな、ということだ。洞窟が崩れるようなバカなものや攻撃はするなということだ。当然のことだろう。
「試験はいつ出発になりますか?」
「洞窟自体はギルドの管理ですので、ここから2時間ほどの距離になります。明日の朝一番で出発も可能なのですが、貴方の他には、1名の方がお待ちになっているだけでして。チームの人数があと1名足りませんので、待機していただくことになります。人数さえ足りていれば、その方に連絡して明日の挑戦も可能だったのですが……。申し訳ありません」
そういうと、受付譲は深々と頭を下げた。それを見ると孝和は、
「実は私のほかにもう1名冒険者に登録したいものがいまして。そのものと一緒であれば明日出発で試験が受けれるんですよね?」
「ああ、ご一緒の方がいらっしゃったのですか。では、その方にもこちらに来ていただいて登録書類に記入いただきたいのですが。どちらにおられますか?」
受付嬢は孝和の連れを探そうと周りを見渡した。しかし、周りには誰もいないようだ。不思議そうな顔をしている受付嬢にむけて申し訳なさそうに話しかける。きっと驚くだろうなぁ。
「驚かないでくださいね?」
「はい?」
孝和は背負っていた袋を床に下ろし、その中から取り出したものを受付の机に載せる。
「キール。悪いが起きろ。冒険者登録しないといけないからな。シャキっとしろ」
『うーん。ねむいなぁ。ますたー、おはよう』
「ああ、おはよう。この人が冒険者の登録してくれる人だ。挨拶しておけよ」
孝和はキールに話しかける。どうやら、待たされている間に眠ってしまったようだ。最初の印象が大切だ。挨拶はそのもっとも大きなものを決める。きっちりしてもらわないと。
『はい!おねーさんがとうろくのひと?はじめまして、ぼくキールっていいます!!』
元気いっぱい、とてもいい挨拶だった。
「……え?」
受付のおねーさんは目の前のことに対応できず、呆然とその場でマネキンのようになってしまった。
受付のおねーさんことカルネさんに孝和が従魔師であること(本当は違うが)、キールはその支配下にあるスライムで危険がないことを説明し、登録用の書面を記入した。プレイスカードは試験に合格した後で、受け渡しになるらしい。
カルネに、キールも一緒に宿泊できる宿と食堂、本屋を紹介してもらい、明日の朝7時に東門の前に集合することを確認してからギルドを出た。(時間は朝6時~夜8時までの間は中央の治安区画の鐘がなるのだそうだ)
孝和は荷物を置いてくるのにまず宿に向かった。キールに食事はどうすると聞くと『ぼく、おみずとおひさまがあればごはんいらないよ?』とのことだった。光合成でもしているんだろうか。あとで確認しておこう。
「ここだな。『陽だまりの草原亭』ってのは」
紹介された宿に到着した。食堂も併設されているので少し遅くはなったが、ここで昼食にしようと思い、孝和は『陽だまりの草原亭』のドアをくぐった。
「いらっしゃいませ!お食事ですか?それとも宿泊?」
ドアをくぐると、正面の受付から大きな声が響いた。この店の女将さんだろうか、こちらに気づいて声をかけたようだ。孝和はその受付に近づき、
「両方ともなんですが、まずは宿泊でお願いします。荷物を置いてから食事にしたいもので。あとこいつも一緒に泊まらせてほしいんですが」
そう答えると、孝和はキールをギルドのときと同じように取り出し、受付に置いた。ここでも同じように驚かれるだろうなと思ったが、少し目を開いたと思うと
「あんた、従魔師なのかい?珍しいねぇ。ここ2~3年の間はそんな人見なかったからねぇ」
と話した。どうやら、長年の経験で従魔師と関係のあるプロの宿屋、そしてなかなかの人物であるようだ。
「驚かないんですね。さっきのギルドの受付でものすごい驚かれたんですけど」
「それは仕方ないよ。あたしだって従魔師の人なんて何年ぶりだからね。ギルドの受付なら、カルネだろう。あの娘は2年前にあそこに雇われた娘だから、従魔師なんて見たこともないだろう。ま、何事も経験さね。気にすることはないよ」
「はあ、ならいいんですが……」
「なんだい。そんなことじゃ冒険者なんてやってらんないよ!!しっかりしな!!」
バシバシと大声で笑いながら、孝和をたたく。
「ははは。そうですね。じゃあ、部屋を1室お願いします」
「ああ、部屋は二階。登って右の一番奥の部屋だよ。夕食は別料金、朝食はあんまり早い時間でなければ簡単なものを用意できるけど、どうする?」
「夕食はお願いします。明日の7時には試験のクエストに出発するので、6時に朝食って作ってもらえますか?」
孝和がそういうと女将さんはにんまりと笑い
「わかった。そうしたら、明日の昼食用の弁当も作ってあげるよ。でもさ、あんた本当に冒険者らしくないわ。なんかおかしくなってきちゃったよ」
クスクスと女将さんが笑う。
「そ、そんなに変ですか?」
「まあ、自分じゃ気づかないのかもしれないけど、宿屋の女将なんかに敬語を使うような冒険者なんて、聞いたことないしね」
「普通はもっと砕けてるんですか?」
「まあ、力が有り余るような連中が冒険者なんて無謀な商売してるんだから、自然とそうなっちまうんだろ。でも、あんたはあんただ。そのまんま自分らしく生きていくのが一番さ」
それもそうか、と孝和が考えていると、
「じゃあ、無駄話はここまで。料金は1名につき1泊銀貨1枚。オプションの朝食・夕食付きになるから追加で銅貨30枚になるよ。何泊の予定だい?」
「とりあえず2泊でお願いします。このキールは食事は要らないので、俺だけオプションつきでお願いします。合計で銀貨4枚と銅貨60枚ですね。今から昼食取りたいので上に荷物持っていく間に用意してもらってもいいですか?」
孝和は、皮財布の中から銀貨5枚を女将に渡した。昼食代はおつりから支払うつもりだった。
「ああ、じゃあ荷物もっていきな。これが鍵だ。出かけるときには私か受付のものに渡しておくれ。あたしはタバサっていうんだ。これからよろしくね」
「あ、俺は孝和です。これからよろしくお願いします。ありがとうございます。じゃあ、いこうか。キール」
いままで孝和とタバサの会話に入れず退屈そうにしていたキールは受付からぴょんと床に飛び降り
『うん。にかいにいくよ。ますたーもはやくね』
そういうとぴょんぴょん跳ねながら、二階へ上っていった。それをみて孝和も二階へ上った。
『陽だまりの草原亭』は、はっきりいってかなり良質の宿ではないかと孝和は思う。通された部屋はベッドが2台置かれ、簡単な書き物のできる小型の机と椅子。鍵のかかる個人用の棚があった。ベッドのシーツは洗い立てのにおいがしたし、上掛けもふかふかであった。
荷物を置いて昼食をとったが、食事もしっかりとボリュームがある肉料理とスープ、黒パンであった。希望すれば、白パンも出すことができるとのことで食事面でもまったく不満はない。はっきりいって資金が許すなら、ここを常宿としたいなぁとも考えはじめていた。
キールは自分で言ったとおり水だけでよかったようだが、何も食べないというのもどうかと思ったので何か食べれないかいろいろと食べさせてみた。肉はどうやらお気に召さないらしく、すぐに吐き出してしまった。そこで、スープの野菜や、肉の付け合せのハーブを与えてみたところ、『おいしい!おいしい!』とむしゃむしゃ食べていた。
ここまで聞くと、ただのベジタリアンのようだが、どう考えても元々モンスターだったとは思えない食生活だ。やっぱり、キールは変わっているんだなと思って昼食は腹八分目どころか十二分目くらいまで食べたところで終えることにした。
食事の後に、孝和はいろいろと買出しに行くことにした。キールは『おなかいっぱいだから、ねむたいのー』とのことで部屋でお留守番してもらうことにした。
「まあ、キールには退屈な場所だろうしな」
今回の主目的は実は本屋である。やはり聞いただけではなく、いろいろな手段で情報は集めるべきだろう。この周辺の地図や、風俗、文化、宗教、歴史。もしかしたら初心者向けの魔術の入門書なんかもあるかもしれない。今の孝和にとって、もっとも大切なのは情報を身につけることだ。後継の儀式で知識力の向上ができているのだ。これを生かさない手はない。まあ、
「金がないから立ち読みになりそうだけど」
と言う状況なのだ。装備や出発の準備、宿の支払いなど出費ばかりで一気に懐がさびしくなり始めている。まだ、スッカラカンまではいかないが、このペースではそんなに長くは持たない。節約は大切だ。うん。
孝和は、自身の知識欲と明日以降のご飯のため、全力で立ち読みをすることを決めた。
その夜、孝和はベッドの上で数冊の本を横のテーブルに載せ、1冊の本をぱらぱらと読みふけっていた。結局孝和の全てをかけた立ち読みは、開始後10分ほどで書店のオヤジに阻止されてしまった。まさか本の角で後頭部に全力の攻撃が来るとは思わなかった。
あまりに驚異的なスピードであったため、孝和の頭頂部にはこぶができている。
「あのオヤジ、あこまで本気でドツいてこなくてもいいのに……」
かなり痛い。ヒリヒリどころかジンジンというレベルである。
「でも、なかなかいい本が手に入った」
本屋のオヤジとの出会いは最悪だったが、探していた本をたずねると態度が変わった。どうやら、このオヤジは趣味で本屋を開いているらしい。本人のこだわりなのか、入荷しているものにかなりの偏りがあった。その偏りは孝和の望んでいた魔術の入門書から様々な武術の技巧書、モンスターの生態研究書にまで及んでいた。
その名も『戦人の学び舎』というその店はまさに孝和の欲した情報の宝庫であり、オヤジからすれば孝和は自身の趣味の貴重な理解者であった。
それもあり、オヤジは孝和に自身のコレクションの中でわかりやすく且つ、かなりマニアックなものをセレクトしてくれた。そのコレクションは孝和のツボにバッチリはまってしまい、宿に戻ると同時に一心不乱に読みふけってしまった。
おかげでキールは退屈してしまい、自分のベッドの上でまたもやすやすや眠ってしまった。
そういったわけで、次の日の朝、タバサに起こされたときに孝和は、本を握り締めたままベッドから転げ落ちることになってしまったのである。