第72話 故郷は遠く、いや思ったより近い 【S IS BACK】
誤字・脱字ご容赦下さい。
殴る。
この行為には実際の所、必要なものがある。
まずは腕、そして肩、更にそれに繋がる胴体。
これらが連動して初めて、殴る、という動作が完成するのであるが。
どうっ!!
駆け抜ける地面を通してエメスが殴り飛ばされ、地面にめり込んだ振動が伝わってきた。
振りぬいた腕を再度地面におろし、ゆっくりとフレッシュ・ゴーレムが前進する。
ズズズッ
ズズズッ
地面をこすりながら前進を続ける。
見るまでもない。
目的地は真っ直ぐ正面、マドックの街である。
(おいおい、ちょっとデカ過ぎるぞ!どっから当たればいいんだ!?)
兎にも角にも、勢いのまま駆け出してみてはいいものの、現地に近づくにつれて対象の大きさが目に入ってくる。
横目でエメスが見えた。
地面にたたきつけられ、一部埋没するほどの勢いでめり込んだ体を、小規模なクレーター気味の穴からゆっくりと引き抜いていた。
それは言わずもがな、当たれば即、サヨナラ現世コースの破壊力だ。
「ちぃ!気持ち悪ぃもん作りやがって!!」
フレッシュ・ゴーレムとフレッドが呼称した個体は、近づいて詳細を確認すると一層悍ましさが背筋を凍らせる。
人やマネキンのような表皮の一体化した造りでなく、純粋に肉を捏ね上げてこしらえた人形でしかない。
要するに、素材がもろに見える訳だ。
体のベースを為すのは死肉であり、その元々の形もしっかりと判る。
人の頭やら腕やら、動物の胴体やらがミチミチと音を立てながらゴーレムの全身が躍動する度に削れ、地面にどす黒い染みを滴らせる。
鮮度の差もあるが、腐り始めている部位も中にはあり、腐臭があたり一面に広がっていく。
その形としては人型の上半身のみで下半身は存在しない。
動く際にはその両手で地面を掴み、這いずる形で前進している。
歩くという構造を一切排除しているので、足を狙って足止めをするという策は使えない。
つまり、ゆっくりとした移動速度(それでも大の大人の駆け足程度ではある)で進むこれを止める術が見つからない訳だ。
「うおぇっ!」
誰かが、がくり、と膝をつき涙と鼻水がとめどなく流れ出させていた。
その中で孝和のそばにいた男が耐えきれずに、胃の中身を地面にぶちまける。
むしろ酸っぱい匂いのするその反吐のほうが、まだこの辺りに漂う匂いよりも幾分マシであった。
「く、マジか…」
ガツンとした腐臭が孝和の接近を拒む。
生理的な反応として、生き物が近づいていいタイプの敵性体ではないのだ。
「ぬぅぅんんっ!!!」
先程殴り飛ばされたエメスが、一気に距離を詰める。
ゴーレムの横まで突進した勢いのまま扉を両の腕で抱え、死肉の左側より思い切り振りぬく。
どちゃぁ!
雨でぬかるんだ地面に、振りぬかれてはじけ飛んだ肉の塊が落ちる。
えぐられるようにして吹き飛んだ腐肉がちょうど孝和の前に転がってきた。
「え?」
「……が…ぁぁ」
ずる……ずる……
ゆっくりと、だが確かに動くそれ。
胴と頭と右腕だけのそれが、孝和に向かい、這う。
ブチ…
何か、切れた。
「ふっざ、けんなぁあああっ!!」
腐肉が、動いた。
それをみた孝和を即座に全身を覆う白銀の光。
気功の光を纏う右腕がその腐肉を真上から叩き伏せる。
頭蓋を砕かれた腐肉は、本来あるべき安らぎを得る。
崩れ落ちたそれをみて、フレッシュ・ゴーレムに向き直る。
「人の生き死にをなんだと思っていやがる……!」
あの死肉の塊は、あの巨大な個体“だけ”で完結していない。
それが如実に分かった。
腐肉の塊。
死者の腐肉をその体の質量として必要としているのだと思った。
あくまでパーツとして取り込んでいるのだと思っていた。
だが、違う。
弾かれた部位にわずかながら孝和を襲うという指向性があったのだ。
つまり、“あれ”は、いや、“あれら”だ。
「ほとんどミンチだったじゃないか。それでも、まだっ!!」
つぶされ、黒ずみ、五体が揃った状態の死体等ない。
それでもなお、動いた。
「どれだけ!命を馬鹿にしてんだっ!!お前ぇ!!!」
静かに湧き上がる、怒り。
今までであれば真龍により抑え込まれるはずの想い。
それが、腹の底からふつふつ吹き上げてくる。
血が滾る。
知らず、ゆっくりとしかし、徐々に噛みしめられる歯列。
生を奪うだけでなく、更にそれを弄ぶ。
ぎり、ぎり、と歯が擦れる音が響く。
死の安息を奪い、死者の尊厳すら奪った上で、さらにこういう風に“嬲る”というのか。
「ド畜生がっ!!!」
肩から先をどこまでも鋭く、かつ繊細に砥石で研いでいくような感覚。
指先に向かい、孝和の太い腕がどんどんそぎ落とされ、最後には縫い針の先にまでまとめていくイメージで。
腰の剣を引き抜くと、やり投げの投法に近い形で、投擲。
キュ……ゴッ!
ジ・エボニーの刀身が白く染まる。
風鳴りと共に、絹糸のような軌跡を見せて、孝和とフレッシュ・ゴーレムの間が白銀で一直線で結ばれた。
すたぁぁぁあああん!!!
地面を掴み、さらに先へ進もうとしていたフレッシュゴーレム。
その頭部に白銀のオーラを纏う漆黒の剣が突き立つ。
ぐらりとバランスを失い、その巨体がゆっくりと地面に崩れる。
どしゃぁ!
その体を支えるため、腕を支えにした。
それに押しのけられて泥が高く跳ね上がる。
一瞬のときを稼ぐことは出来たのだが、すぐさまフレッシュゴーレムの腕が前方に向かって掲げられる。
全身を使い、這う。
這いずる死肉が地面を這い進んで行く。
だが、その間隙。
ほんの少し、動きが止まる一瞬。
わずか一瞬を、稼いだ。
それを無駄には、しない。
「魔ァ術師ィィィィッ!!ぶちかませぇ!!!」
馬上よりフレッドが叫ぶ。
腹の底からの大音声。
ご、ご、ご、ご、轟ッッ!!!
孝和たちが駆け抜けてきた後方。
キールたちがいる陣より飛来する、様々な色の魔術。
炎・雷・風刃・氷球・光矢、等等等。
ありとあらゆる術の乱舞。
後方より、放たれる輝き。
交じり合うそれらがただ一点を目掛け殺到する。
「全員、この場を離れろぉぉ!!」
馬首を翻すとフレッドは逃げる。
はっ、と気付いた全員がその場から逃げ出す。
「うぉぉぉぉぉおおおおおっ!?」
弓道で言う残心の状態であった孝和の耳にも声が届く。
胃液を撒き散らした男を抱え上げると、孝和も全力で逃げだす。
その孝和に向かってエメスが駆け寄る。
「我が、後ろへ!」
「助かる!」
転げ込むようにエメスの掲げた盾の裏に身を隠す。
瞬間、である。
どぉぉぉぉんん!!!
爆音と、衝撃。
それに押され、しっかりと構えを取っていたはずのエメスすら少し震えをきたすほどの威力が着弾地点で炸裂した。
「あ、っぶねえ……」
盾に身を隠さなければ軽々と気絶した男ごと吹き飛ばされていただろう。
正直、やばかった状況だったと言える。
「だけどよ、こりゃあ効いたろう!?」
土煙の立つ着弾地点。
フレッシュ・ゴーレムのいた場所をエメスの盾越しに覗き込む。
「いえ、まだ動く、ようで」
「……マジかよ」
ゲンナリする孝和と盾でそれを覆うエメス。
彼らが最も死肉に近く、その様子を確認できる。
「ぐ、ぉぉぉぉ……っ!」
ゆっくりと動き出す“それ”の腕に纏わりつく土煙が晴れていく。
悠々と大きく腕を天に突き上げると、そのまま上体を保持したのだ。
所々焼け焦げ、削れ、切れ落ちているとはいえ、そのフォルムはほぼ原型を留めている。
アンデッドという概念でいえば、アレは効果が薄かったということだろう。
「くそ、油がありゃあ多少はマシだったろうに!しかし、何する気だ?」
「判りかねる。ただ……」
「悪い予感しかしないわな」
足元に丁寧に男を横たえ、ジ・エボニーの鞘を腰から抜く。
何が起きても良い様に準備を整える。
「ぉぉぉぉおおおおおおんんんん…………!!!!」
天に突き上げた拳に禍々しいナニカが宿った。
渦を巻きながら腕にそのナニカが充填されて行く。
水彩画に指で泥水を擦りつける。
表現としてそれが近いかもしれない。
そこにある日常に、異物を“力ずくで塗りこめる”という感覚。
「ヤバイ!アレはヤバイ!!」
本能的な防衛本能。
全身に力を込めて次の瞬間に備えるしかないことがわかる。
アレは受ける以外の選択肢が、ない。
ど。
地面をその拳で叩く。
音も先ほどの爆音と比べ雲泥の差。
だというのに、だ。
ぞぞぞぞぞぞぞ…………。
拳を中心として波紋が広がっていく。
黒でも、灰でも、茶でもない。
腐った泥の色が波のように広がる。
咄嗟に足元の男に覆いかぶさり、気功を全身に本気で迸らせる。
「ぐおっ!」
波紋と自身の気功が拮抗しているのがわかる。
運悪く波紋となった地点から近いことが災いし、密度の高いそれを受けてしまう。
「む、ぐぅ!?」
呼吸が出来ない。
いや、今この空気を吸えば、肺が焼ける。
覆いかぶさった男の顔に手を翳し、息が出来ないようにさらに覆う。
エメスはこの事態に孝和と男を抱え上げ、盾を放りだして一気に後退。
波紋の密度の薄いところまで一気に駆け抜ける。
駆け抜け、フレッドたちの待機する場まで逃げ出すことに成功した。
「はぁ!はぁあああっ!!!!!!」
孝和はぜいぜいと荒い息を吐きながら、全身に纏わりつく“ソレ”を気功で弾き飛ばす。
知らず知らず荒い息を吐く口元からよだれがボトボトと地面にこぼれる。
「大丈夫か!?」
駆け寄るフレッドを片手で制しながら、腰の水筒に残る水を一気に呷る。
ぐびぐびと一気に胃袋に生ぬるい水を注ぎ込むと、ようやく言葉が出る。
「あの野郎……。とんでもない技カマしてきやがって……」
充血した目を憎憎しげにフレッシュゴーレムに向ける。
地面を叩いた拳をゆっくりと元の位置にもどすが、動こうとはしない。
(……アレはもしかすると、溜めがいるのか?連発はできない?)
孝和が悩むその瞬間、手がまた地面を這う。
だが削れた体は幾分前進の速度を落としている。
それでも駆け足が早歩きに変わった程度の落とし方だが。
「あれは呪詛、だろう。近づくだけで下手をすれば死ぬかもしれない」
「……離れたら倒せる術がない。ワンサイド・ゲームになっちまう」
「ワンサイド?」
「気にするな、要するになぶり殺しってことを言いたいだけだ」
フレッドの解説に茶々を入れてしまったことを詫びながら、これからをどうするかを考える。
自身の体を見渡す。
真龍のオーラで防御が出来たところは形状をとどめているが、それに間に合わなかった箇所は布地が崩れるようにして、腐っているように見える。
要は腐食性の呪いということだろう。
真龍の加護があるとはいえ、人の肉体に縛られる以上、呪いという概念に心で拮抗は出来ても、腐食という物質的な無効化までは出来ない。
あの場に打ち捨ててきたドア・シールドにいたっては、ここから見るにシュワシュワと煙を上げている始末だ。
「フレッド、術者はどうだ?」
「難しい、な。先ほどまでの連戦でもう気力が限界だろう。仮に出来たとして1度。2度目は不発になるつもりでいたほうがいい」
「キールの術が効いていても?」
「……気絶した術者を背負ってマドックに退却するのか?僕は下策だと思うが」
布地を千切ると、気絶した男の水筒を取る。
中は水と思っていたが、栓を抜くとツンとした強いアルコール臭がする。
なかなかに強い酒のようだ。
「ど、どうする、つもり、だ……?」
いつの間にか目を覚ましていた男がこちらを見ながら尋ねる。
かろうじて顔を気功で覆い、呼吸だけは守れたのだが、それ以外はひどいものだ。
両手は篭手に包まれているが、その中からはうっすらと煙が上がっている。
恐らく、あの呪詛で焼けている。
「何とかしてあの肉をとめないと。街の真ん中でもう一回アレをやられると、詰んじまうんで」
「ぐぅぅっ……」
ようやく痛みが後追いで男に襲い掛かってきたのだろう。
苦悶の表情を男が浮かべる。
そう、ここは街から大きく離れたポイント。
ここだからこそ、被害がこれだけですんでいる。
周りを見渡せば、数名が口元をおさえ仲間に支えられているような様子が見える。
至近距離でなくある程度はなれた場所で、屈強な男たちでさえこうなのだ。
疲労というマイナスは街の避難した人間も同じだ。
むしろ肉体的な脆弱さを考えれば、避難民のほうが脆い。
「とりあえずここら辺借ります。いいですよね」
水筒に、腰に帯びていた手斧、端が腐食している外套。
孝和は返答を待たずにてきぱきと男から剥ぎ取って行く。
咄嗟のことに鞘は放り出してしまい、今持っているのは腰の大ぶりのナイフ1本というありさまなのだ。
「持ってけっ……!……くそ、このザマ、カカァに怒鳴られちまうぜぇ……。後は、頼まぁ……」
「へへへ、俺がいいトコどりしますよ。見ててください」
「いい根性だぜ……全部終わったら、酒でもおごってやらぁ」
「覚えときます」
会話が成り立ってはいるが、目の焦点が合っていない。
やせ我慢で声を抑えているのだろうが、いかんせん傷は深そうだ。
ちらりと空を見る。
「キールの術が効いてないのか……!」
「むしろそれがあるから、この程度で済んでいる面もある。呪詛を薄める効果があるようだ」
キラキラとした光の粒はいまだ降り注いでいる。
孝和の振り払った呪詛と粒が触れ合い、粒が消えると同時に呪詛がわずかばかり小さくなる。
男にも降り注いだ光が染みていく様が見れるが、それでも息は荒いままだ。
「全員、対抗策のない者はアレには近づくな!!可能な限り接触は避け、アリアのところまで後退しろ!!」
フレッドの大音声。
それと共に苦々しげな表情を浮かべながら男たちが後退していく。
だが逆に真っ直ぐこちらのほうに駆けてくるものたちもいる。
「さてさて、私の出番ですかね?」
「負傷者の後退は進めています。油はかき集めましたが、精々1回分と言ったところでしょう」
ミコンと数名の神殿所属の部隊がこちらにやってきた。
どうやら、これが対応できるものたち全員のようである。
男を部隊に預けると、破いた布に酒をしみこませる。
強い酒精のにおいがあたり一面に広がる。
(頼むぞ。たぶん大丈夫だとは思うんだけど……)
ドキドキしながらも酒びたしの布に気功を込める。
しばらくその場に白銀が輝くと、ゆっくりとそれが収まっていく。
だが、淡く消えそうな儚さを携えながらもその白銀の光は布地にとどまった。
「うし!これでいける!」
そのまま強い酒のにおいのするそれを、ぐるりと口元と鼻を覆うようにして巻き付けていく。
簡易的なマスク代わりにしたわけだ。
あの死肉野郎の腐臭は酒のにおいでごまかせるし、腐食性の呪詛に関しては気功の残り香がそれに対応する。
何せ酒というものはは古今・正邪・貴賤・東西問わずそういった媒体となり得る。
要は概念としての“おまじない”的な親和性が高いわけだ。
キールの初期型魔力水作成時にも、味わい自体は酒精の高い酒風味だったのもそういうことかもしれない。
「俺は、これでいけるけど、そっちはどうなんだ?」
孝和は外套を羽織りながら、先程預かったばかりの手斧をぶんぶんと素振りしている。
目線はフレッシュ・ゴーレム。
少し進行方向と外れているため、直線的にこちらに向かってきているわけではないが、それでももうすぐ接敵する程度の距離にはなってきている。
「これでも勇者の看板を背負っている。まあ、こっちは皆、装備がいいのも事実なんだがね」
フレッドがぽんと胸を叩く。
鎧自体の装飾や素材に、孝和の気功術に近いものが組み込まれているのであろう。
鎧とセットの兜の面あてを下げると、白を基調とした薄手の生地を覆いきれない箇所に軽く巻きつける。
なんとなくではあるが、高そうで、且つ何か神秘的な雰囲気を漂わせている。
その一方でミコンは自慢げに装飾された盾を掲げてみせる。
おそらくそれにも何らかの“いい感じ”なものが組み込まれているはずだ。
じっ、とみるとうっすらとであるが、何かしらの魔力の流れが見える。
更には少なくともミコンに関して言えば、気功の使い手としては孝和よりも熟練である。
孝和のぼろぼろの布マスクを見て、自分も同じようなものを作ってはいるが布地は絹の光沢を放つ。
しみこませる酒の色もどぶろくのような孝和のものと違い透き通っていた。
(か、格差を感じる……。モブとメインくらいの……。くそう、上流階級めぇ……)
なんとなく敗北感を感じながら、それでも心を立て直す。
が、
「崩れたか……。仕方ねえけど、あっちの方もきついな」
「こればかりはどうにも出来ないでしょうな。私たちで何とかあのフレッシュゴーレムに引導を渡すしかないでしょう」
いままでのフレッシュゴーレムの側の戦力を、アリアのアンデッドの残党に向けたとしても、陣形が崩れている。
その上、勇者にエメスというわかりやすい柱が外れた分のダメージがデカイ。
「しかも、こっちが失敗すればもれなくあっちに流れ込む……。燃えるね。ディア様にいい土産が出来る」
「このタイミングで言えるあんたがすげえよ。俺はそれどころじゃないんだが」
ここら辺がカリスマ性というものだろう。
孝和が言えば総スカンだろうがフレッドが言うと場が和む。
「いいお言葉です!では、合図を頂いたところで油と術者の援護を放ちます。後武運を!!」
神殿部隊はこういう状況に慣れているのか、そのまま胸に拳を叩き付けるポーズをそろって行うと、怪我をした男を連れて後退する。
「こっちは4人か。あっちは数は増えてるが、大丈夫か?」
ぱっと見で、数がばらけている。
何とか戦力の柱になる部隊を作らないと連携も取れないだろう。
「心配する時間ももうない。行こう」
「ですな」
「マスター。心配は、無用かと」
三者三様の表現で孝和を急かす。
目前とまではいかないが、逃げて稼いだ距離がもう無くなりつつある。
「まあ、死んでしまえばおしまいか。まずは自分の心配でもするかね」
孝和はトン、と肩に斧を担ぐと駆け出す。
その後に残りが続く。
4対1という数の上での優位のみ。
勇者の一団は死者の人形に向け走り出した。
そのさなか、
ドン!
(なんだ!?)
駆け出した孝和には見えない。
アリアのいるアンデッドの殲滅部隊のあたりからの音だ。
後ろを振り返りかけた瞬間。
「心配は、無用、と」
「な、に?」
後ろを駆けるエメスのからだの向こう。
その向こう側に、何かが見える。
「ようやく、間に合ったようで」
街とアンデッド、それから少し離れたところに森林が生い茂る。
その森の中から、わらわらと何かが次々と飛び出してきた。
「シメジが、来ます」
バキバキと森の木々を割り、巨木がゆっくりと這い出てきている。
その根元にも何かがうごめいている。
うっすらとした朝靄が視界を遮って詳細まではわからないのだが、その先頭。
最前列に、見覚えのあるあの斑点模様。
「うぇぇぇっ!!?」
何かに抱え上げられているが、間違いなくあのカラフルなカラーリングのキノコがいた。
そう、奴は”おうちに帰って”もう一度戻ってきたのだった。