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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
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第71話 六花散るが如く【SNOW BELL】

誤字・脱字ご容赦下さい。



 混戦、という以外に形容しようがない場。

 孝和は棍棒を真上から叩きつけるようにして、ゾンビの肩口に痛撃を加える。


「が……ぁ」


 腐り落ちたとはいえ、肺には多少の空気が残っていたのだろう。

 押し出されるように絶息がこぼれ、ゾンビは膝を衝く。


「っ!らぁっ!」


 丁度いい位置に落ちた顔面に膝を叩き込みながら、次の獲物に照準を合わせる。

 ねっとりとした感触が膝に残るが、それを気にしている暇はない。

 顔をあげ、周囲に注意を払う。

 

「やべ!」


 手の中でジャグリングのように棍棒をくるりと回し、逆手に持ち替えると共に振りかぶる。

 前方の視界の端にとらえたゾンビ目掛け、投擲。

 ゾンビの前には、全く接近に気づかず他のアンデッドにめり込んだ斧を引き抜こうとしている男がいる。


「ガ、ァッ!」


 ボールのようには真っ直ぐには飛ばないものの、背中にめり込むようにして棍棒が命中する。

 呻き声にようやく自分の真後ろにゾンビが来ていることに男が気付いた。

 慌てた表情で、斧の柄から手を離し、握りしめた拳を前のめりになったゾンビに打ち込む。

 少し離れた孝和の耳にもねちゃり、という粘っこい音が聞こえた。

 フック気味に打ち抜かれた首が急角度に折れ曲がる。

 下顎が上顎とお別れしながら地面に崩れて行く。

 男はそのゾンビの背にめり込んだ棍棒を見ると同時に孝和にも気づく。

 振りぬいた握り拳を軽く掲げ、孝和もそれに応える。

 双方がそれだけの合図を交わし、お互いを見ることなくまた別の敵に挑んでいく。

 声を掛ける必要などない。

 その場の全員が、互いの背中を守り、目の前の敵に対処する。

 混戦の最中にできるのはその程度のものである。


(だが、数が多いっ!)


 内心、舌打ちをするしかない状況である。

 そんな時に、甲高く鐘の音が聞こえてきた。


「たーおーすーぞぉぉぉおぉぉっ!!!!」


 誰かが叫ぶ。

 数瞬の間。

 そして、地と空が響く。


 どぉぉぉん!!


 アンデッドの群れが地響きにわずかばかり体勢を崩す。

 足元の不確かな彼らに比べ、人間は事前の警告に足に力を込めた者が多かった。

 結果この瞬間、防衛側が大きくアンデッドに優勢になる。


「押しこめぇぇっ!!」


 誰かがまた、叫ぶ。

 いや、もしかするそれは孝和自身の声だったのかもしれない。

 轟音が響いた場所。

 その場所から朝焼けの薄闇を煌々と照らす炎が挙がった。


「焼き焦がせ!これが最後の大仕掛けだ!!」


 最後の最後、1班側に残された櫓を使った火計が発動したのだった。

 アンデッド側にもばれている物ではあるが、最大効率でなければ使う場面もないわけではない。

 自爆を恐れて巻き込める数が減ってしまうことや、雨で火勢が弱くなってしまってもそれでもなお防衛側の仕掛けとしては上物である。

 このまま、アンデッドを火計に向け、焼き払うのだ。

 ここで凌げないのであれば、全員全速後退で掘り進めた仮壕での持久戦だ。

 徹夜に近い人間側にとってはぞっとする話しであろう。


「1班の戦端が見えます!!」

「敵中を、突破し、合流する!続ける者は、続け!!!」


 最前線で錨を振り回すエメスが、広範囲に広がる炎で視界を確保した班員からの報告を受け、吶喊していく。

 それに何も言わず、全体の3割弱が後に続いて駆け出す。


「アリア!こっちはどうする!?」

「こちらはこのまま!弧を維持しつつ、火計に向かい敵を押し込む!!向こうの状況が分かるまでは突出するな!!」


 エメスに続くべきがどうするかの判断に迷うものは、アリアの指示に従い、囲いの維持に回った。

 エメスの後に続いたものはそのまま1班との合流を目指す。

 遠目ではあるが、どうやら1班はこちらほど敵を火計に追い込むことができていない。

 エメスを軸にあちら側からも敵を押し込む必要がある。


「しかし!数が増えた、分っ!キッつい、ぞっ!!」


 ごっ、ごっ、ごっ!


 ジ・エボニーの柄で3連撃。

 アリアに近づくゾンビに振り下ろす。

 多少はポイントを外してもいい。

 要は当たりさえすれば最悪速度を落とすことができる。

 頭、腹、足、肩、どこでもいい。

 動く際のバランスが崩れているのだから、更にそれを崩すのだ。

 人型にしろ4足型にしろ、歩くという行為は実際は複雑な動きなのである。

 そして、動きを崩しさえすれば、それはいい的となる。


「ふっ飛べ!コラァ!」

「オラァ!」


 即座にゾンビの周りの男たちが剣やら斧やらで止めを刺す。

 アリアを中心に防衛側の密度が高くなり、したがって敵もそこを目指す。

 誘蛾灯の如く、敵を集めながら徐々に火計の防衛ラインまで敵を動かしつつ、現状を維持するのだ。


「だが、もうすぐ朝だ!イケるイケる!!」


 カラ元気でもいい。

 現状より少しでも状況が改善する可能性があるのなら、縋るのだ。

 アンデッドは朝に弱い。

 それを声高に叫ぶ。

 長時間の疲れを吹き飛ばすとは言わない。

 ごまかしでも、誰かの体が動く“足し”にさえなれば、何かしらを繋ぐことができる。


「声出せ!声出せ!!何でもいいから!!!」

「ウオオオオオオオッ!!!!!」





「ペッ!!」


 孝和は砂混じりの唾を吐き捨て、倒れていくゾンビを荒々しく蹴り倒す。

 額には汗が浮き、跳ねた泥が髪と頬にべったりとこびりついていた。


(息を、整えろ。深く、深く、吸え)


 大きく吸い込み、酸素を体中に運ぶ。

 ここにきて、疲労がかなりネックになってきた。

 もはや、休息をとる状況ではなく、立つのもやっとの者も出始めている。

 順次後方へと動かしながら戦線を維持・継続するのも厳しいところであった。

 アリアの周辺に集るアンデッドを迎撃し、最後の一体をいまようやく片付けたところだ。


「だが、どうにか!どうにか間に合ったぞ!」


 視線の先、日が照り始め霧がうっすらと晴れる中、待望の朝日が昇る。

 耐えに耐え、ギリギリではあるが朝の光が暗闇に差し込む。

 厚い雲間にも所々穴が見える。

 このタイミングで雨も上がり始めていた。

 

ぱぁっ


 暖かな光が全員の士気を上げる。

 嘘みたいに体に力がみなぎった気がした。

 人間側は肉体的には疲れを見せてはいるが、逆のアンデッドの動きも朝日に包まれ緩慢になった。

 双方ともに万全ではないにしろ、人間の意思の力は大きく現状を後押してきているのだ。

 結果として防衛側がアンデッドの群れを今までの倍近い速度で火計の罠付近まで押し返している。


「キールとポポの救援も間に合ったみたいだ。よし!よしっ!」


 エメスが到達した合流部を穂先として、再編した部隊がこちらに向かい敵を蹴散らしてくるのが見えた。

 エメスの巨体のまわりにはその速度についていける騎乗部隊がおり、キールたちにフレッド・イゼルナの姿もちらりと見えたのである。

 エメスと逆サイドから接近してきたはずのキールたちがエメスと共にいると言う事は、うまい具合に敵集団を削ることに成功したという事だろう。

 移動砲台として考えるなら、かなりキール・ポポのコンビは有用であり、その使い道を間違える程、元軍人のイゼルナや勇者フレッドは愚かではないはずだ。


「キーーーールッ!!!!」


 向こうにこちらがどこにいるのかを分からせる為、大声で声を掛ける。

 それに気づいたのだろう。

 一団のうち、少々個性的ともいえるカラーリングの連中が、孝和やアリアの元へとやって来たのである。

 エメスとイゼルナはそのまま敵集団へと突っ込んで行く。

 彼らがスピアヘッドだ。

つまりこの地点を全体の指示の起点とする形を作ってくれたわけだ。

 周りにいるアンデッドも緩慢な動きとなり、このポイントに限れば防衛側が数の上でも上回る。

 ようやく一息つけると言う事だろう。


『ますたー、だー!』

「わうわうー!」


 真っ先に駆け込んできたキールとポポは、馬で駆け込んできたそのままの勢いで大きくジャンプ。

 孝和に抱きついてきた。


「うわっ!とぉ」


 なんとなく、いつもいつもそういうスキンシップが多い分、今回もそうなるだろうな、と構えていた孝和。

 全くもって予想通りの状況となるが、それでも衝撃は大きい。


「……頼むから、もう少しゆっくりと抱きついてはこれんのか?お前らは?」

『なんかー、えっとね、えっとぉ……いんぱくと!いんぱくとが、ひつよーなんだって!!』

「何故に、インパクト?」

『かんどーてきなさいかいには、いんぱくとと、……さぷらいず!さぷらいずがいるんだよ!』

「わおん!!」


 ちょっとだけずきりと頭が痛くなった気がする。


「なんだ、それ?」

『ごはんたべてるときに、しょくどーのおっちゃんが、いってました!そーゆーさいかいをすると、おねーさんとかは、いちころなんだ!』

「わふわふ」

「いや、いちころの意味わかってるか、お前ら?」

『?ふぉ?』

「ぉぅん?」


 賭けてもいい。絶対にこいつらは分かっていない。

 素っ頓狂なバカ話をこの鉄火場でする羽目になるとは思わなかったが、その合間にも1班と合流した部隊がこちらにまた再合流する。

 

『まー、いっか!よーし、かいふくするぞー!!』


 孝和としてはよくはないのだが朝になり、キールの回復無双が始まる。

 日光と霧雨のコンボでキールの気力と魔力はモリモリ充填されている。

 気合一発といったところであった。


癒境域ワイド・オアシス!』


 空に向かい一抱えほどの大きさの光の玉が飛んでいく。

 打ち上げ花火のような軌道でその光の玉は頂点に達すると、ぱぁん、と風船の割れるような音が響き、あたり一面に降り注いでいく。


「……冷たい?」


 輝きながらあたり一面に降り注ぐ小さな小さな粒。

 これが花火であれば、火種でありとんでもないことなのであるが、そういった熱さは感じない。

 間断なく降り注ぐ光の粒を掌に乗せると、逆にひんやりとした冷たさを感じる。

 細かな氷の結晶。

 季節外れの雪が降る。

 しんしんと、静々と、きらきらと。

 光が触れた箇所を中心にゆっくりと癒しの力が広がる。

 細かな擦り傷が時間を掛けながらではあるが治っていく。


「キール。これ、新しい術【ヤツ】か?」

『そー。つめたいの、つくれるよーにぽぽとしゅぎょーしててつくったんだっ!』

「……でも、なんで名前ついてんだ?お前らでつけた名前じゃあないだろ?」

『ユノさんとかにーみてもらったー』

「そーなの?……でも神の祝福ゴッド・ブレスじゃあ駄目なのか?」


 ゆっくりと降り注ぐ癒しの雪を掌で溶かしながらそう呟く。


『あれって、どこにいるのかわかんないと、こーかないんだー。でも、これはー、そのもんだいてんをすべてかいけつしている!』

「……と、ユノ達に言われたんだな?」

『はいっ!』

「わうっ!」


また少し頭痛がした。




「美しい……」


 そんな中、その様な声が聞こえる。

 戦場であるにもかかわらず、呆然と誰かがつぶやいたのだろう。

 雲間から差し込む天国の階段が幾筋も地面に降りてくる。

 それ自身が輝く雪の輝きが“それ”を一層荘厳なものとした。

 ちらりと呟いた男の目線は、天の光でも、光るキールの魔術でもない。

 白馬にまたがり、汗で濡れた銀の髪を掻き揚げる「銀の乙女」に注がれる。


(うわぁお……。キールは……そういう意図はもってないよなぁ)


 ポポの背中で天を仰ぐキールはコンビで“おおおっ、きれー、きれー”と喜んでいる。

 彼らの喜んでいる対象はアリアでなく、空の様子である。

 なかなか絵になる光景である。


「しかし、これで終わりにできるかね?」

「だと、良いんだけどね」


 フレッドが近くまで来ていた。

 馬を下りると孝和に近づく。

 なるほど、ポポが“孝和に似てる”“変な感じ”だといった意味がわかる。


「……重くない?それ」

「一応これでも馬に乗れるくらいに重量は減らしたんだよ」


 いつぞやの鎧一式に、剣・棍棒・手斧・小型のバックラー・ナイフ数本。

 ざっと見ただけでそれだけの装備を着込んでいる。

 恐らく、これら全てを“使える”のだ、この男。

 その証拠に、鎧に篭手、全ての武具にべっとりと“何か”がこびり付いている。

 “何か”がナニなのかは言うまでもない。


「まあ、一応こちらの優勢になるはずだよな、これなら」

「そうさ、そうなるはず、だよ?これなら」


 朝、回復のリソースの確保、士気。

 優位な状況に戦況は好転しているはずだ。


「……」

「フレッドも、気になるか?」


 どうやらアリア、孝和だけでなくフレッドもそれを感じている。


「気を抜くのは早いと思うよ?」

「同感、なんだよな」



「…………ッッ!!……っ!!!!!」


 腕組みする彼らの耳へと何かが響く

 一斉に顔をそちらへと向けると、何かが映った。


「ちくしょう!やっぱりだっ!!ポポ・キールはここに残れっ!!」

「アリアを中心に指揮を執れ!私はアレに向かう!!油があればかき集めて来いッ!!!」


 孝和はわき目も振らず全力で駆け出す。

 フレッドは指示を出すと馬に飛び乗り、随伴を引き連れ孝和を追う。


 彼らの目線の先、その地点には、できの悪い上半身の人形がいた。

 ただし、その人形の真正面にはそれより少々“小柄な”エメスがいる。

 上半身だけで、エメスよりも大きな、不恰好な、人形。


「フレッシュ・ゴーレムっ!外道がっ!!」


 反吐を吐き捨てるようにフレッドの声が響く。

 そう、ヒトの肉をこねくり回して材料にした、死肉のヒトガタ。

 その腕がエメスを盾ごと殴り飛ばしていた。

 


いつもと違うPCで投稿。

問題なく送れてるのかな…。

ちと、不安……。

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