第70話 汝、自らを想え 【 THEREFORE I EXIST】
誤字・脱字ご容赦下さい。
「やっぱ、朝になる前に襲う気か?」
孝和は口をつけたばかりのスイトンを一気に啜る。
熱さに喉を焼くが、咄嗟に掴んだカップに注がれた水を同時に流し込む。
味については語ることすらはばかられる有様だが、兎にも角にも腹は満ちた。
行きがけの駄賃にカチカチの黒パンをナイフで切り取り、口に入れる。
口中の水分を一気に吸い取っていったが、しばらくすればそのうちふやけて食えるようにはなるはずだ。
「2手に別れ、片方はそのまま1班へ向かった様子。もう片方がこちらに……」
机に立てかけてあるジ・エボニーと骸骨騎士の手斧を取る。
奪い取ったポポが今ここに居ないのは、キールの元へと向かっているからだ。
エメスは特に変わった様子はない。
装備や、士気、損傷も別段無さそうだ。
しいて言うならば、その後ろに強面の男たちがそろっているところだろう。
(……なんか知らんうちに、建前だけじゃないまとめ役になってる感じがする)
ずらりと並ぶ男たちはすでに準備万端であり、今にも飛び出していかんとしている。
要は競走馬が出走ゲートに入っていく如くだ。
それを抑えながら、エメスは淡々と炊事場で飯を食っている男のもとへ報告に訪れている。
まあ、それを傍からみていると、だ。
(こうなるわなぁ……。そりゃあ)
同じく飯をかっ込んでいる男たちは自分の準備をしながらも、ちらちらと視線をエメスと孝和の元に向けてくる。
興味をもたれないわけはないのである。
エメスがこの町に来た経緯を知っているものはそうでもないのだが、まったく知らずに今回の騒動からエメスを知った者たちからすれば、どういう関係性なのかを考えることは直結するといってもいい。
口の中に残る塩気と共に、ようやく飲み込める程度にほぐれたパンの成れの果てを胃に流し込む。
「んで、こっから先どーしろと?」
「我らは耐えるのみ。1班は正面からぶつかる様子」
「……火計、読まれてるなぁ」
「で、あると」
わざわざ相手が陣容を編成しなおしてまで2手に分けたのはそのためだろう。
雨が降り止まないのであれば火のまわりは遅く、火を放つ際にマドックの守り手がいては自爆と同じだ。
コラテラルダメージという便利な言葉も有るには有るが、それをマドック側は享受しない。
と、いうかそれを強いるのであれば、大慌てで作ったこの陣容は瞬時に瓦解してしまうだろう。
突貫作業での防衛はこういった点でもひどく脆い。
「先陣だろ?行かなくてもいいのか?」
「……言葉を戴きたく」
じっ、とこちらをエメスが見つめる。
その視線に混じるのは確固たる決意。
それと共に、暴威を振るうことへの懇願。
「あのさ、エメスがやりたいようにすればいいんじゃないの?」
「はい、それでも、で、あるので」
「そっか、じゃあやるかぁ」
今までの少しふわっとした孝和の雰囲気が変わる。
ぴっ、と周囲の空気が変わる。
二人の間の視線が、変わる。
「守れ、振るえ、駆けろ、突き抜け、不倒の壁として、万人の盾となることを、命ず」
「は!」
「だが、それ以上に」
「……」
「汝がどこまでも汝で在らん事を思い、振る舞い、立ち続けることを、我が意として、汝に請い願う」
「……有難く」
と、いうことが目の前で行われるわけで、その場に居た者たちはポカンとしてしまう。
いきなり巨体の戦装束の一団が訪れ、今の今まで飯をはふはふ言いながら食っていた男に傅いているわけである。
「……なんて、いうかんじで、どーよ?」
居た堪れない空気にさすがに耐えられず、孝和がふへへと照れ笑いを浮かべながらエメスの真正面から逃げ出す。
(うはは、はっずかしぃぃ)
ちょっと、頬に照れの赤みが差す。
「大変、有難く、お言葉を戴いた、と」
「まあ、やることやって、無理すんな、ってだけの話なんだけど。守れそうならみんなのこと頼むよ。俺、お前と違って回復関係の術使えるわけでないし。体投げ出して盾に出来る体でもないし。適材適所ってとこだ」
水筒に水を注ぎ、腰に括る。
長丁場になることも考え、黒パンを数欠け掴んでポケットに突っ込む。
「では、これで」
ざ、と振り返ることもせずエメスはもと来た道を帰って行く。
恐らくそのまま自分の持ち場に戻るのだろう。
その後姿を見ながら孝和は、湯煎してあったぶどう酒を杯に注ぐ。
ホットワインといえば聞こえはいいが、そこまで上品であるものでもない。
常温であれば無視できるような苦味やえぐみが、一気に呷った口中に広がっていく。
「マッズぅ……」
その周りでは同じように暖かいぶどう酒をぐびぐびと飲み干している男たちが見て取れる。
だが、体を温めるためにわざわざ本陣の物資担当に掛け合って持ってきたのだ。
アルコールが思考を鈍らせるリスクはあるが、それ以上に体が冷えるのを防ぐ必要がある。
「行きたくないんだけど仕方ない……。やるかぁ」
ぶどうの渋い皮の味を噛み締めながら、エメスが切り開いた道に向かい孝和は歩き出すのだった。
ゴッ……!
遠くで何か硬いものがぶつかる音が聞こえる。
暗闇と、しとしと降る雨のカーテンが視界を遮るなか、うっすらと炎がはるかかなたをぼんやりと照らし出す。
この2・3班合同の防御陣地から見える範囲では、どうやら1班と敵集団がぶつかったのだろうということしかわからない。
現状、敵の行動範囲を確認するにはは炎に照らされてぼうと浮かぶ影を頼りにするしかないのである。
「出るぞっ!!」
アリアの掛け声と共に、応ッと返る唸りが空気を震わせる。
さて、駆け出していこうというこの一団。
主体は2班の駆け出せるだけの体力の残るものに、3班の警備部隊をメインにしている。
つまりそれ以外の人員は全てマルクメットと共に街の防衛を担うことになっているのだ。
「キールを頼むからな、ポポ」
「わうっ!」
『だいじょーぶ!いこー、ポポッ!』
死霊馬の鞍に乗っかったポポの背中には背負子があり、その上にキールが括りつけられている。
その周りには同じく騎乗した兵士に冒険者がいる。
音に敏感な馬などの動物はそのままでは敵集団に向かっては突進できない。
軍馬のように調教されていない場合は音や衝撃に怯んでしまう。
つまりここにいるのは軍馬だけでなく、鳥馬というような生き物や、ギルドのラウドドラゴンのような騎乗できるものは一斉払い出しの様相であるわけだ。
少しでも使えるものは1班の部隊にまわされている。
先ほどポポにテイムされた形の死霊馬までもがここにいるのはそういうわけだったりする。
「さっきも言ったけど、出来るだけ大回りで遠くから攻撃しろ。一番外側を削るだけでいいんだ。無理すんな!?そのまんま1班に合流して後はイゼルナさんとか勇者に指示を受けろ。いいな?」
『わかったー。でも、ぼくゆーしゃ、きょー、どーゆーかっこか、みてないんだけど?』
「わうわふ、わう、わぉぉうん?」
『ふーん、そーいう、ちょっと、へんなかんじなんだー?ますたーみたいなかんじー?』
「おい、おい……」
一体ナニを言ってるのかはわからないが、ポポの中では孝和もフレッドも同類項らしい。
「後方はディアさんのほうで支えるって言ってくれたし。回復系統は勇者は苦手ではないが得意でもないらしい。お前がサポートして戦うってのがベストだろう」
『まかせてっ!もーすぐ、あさだしっ!』
そう、雨雲に覆われてはいるがもう夜の時間は終わる。
朝、光降り注ぐ、反撃のとき。
その前の敵の動き。
これが最後の激突になることは間違いなく、犠牲を減らすためにも1班にキールを動かす判断は“あり”である。
ちなみにしとしと降り注ぐ雨はキールにとっては憂鬱ではないらしい。
本人いわく“ちょーげんきっ!”だそうだ。
「俺もエメスと一緒に、もう一つの群れを押し込んで合流する予定だ。またあとでな?」
「わうっ!!」
『うん!じゃー、いってきまーす!』
ポポがポンと死霊馬の腹を蹴る。
先行するようにしてポポ・キールの騎乗部隊が陣地から出て行く。
駆け出すそれらをみながら、孝和も武具を取る。
歩くよりは少し早く動き出したエメスやアリアたちを追いかけていく。
歩兵部隊は1班に向かわなかった敵集団にぶつかる予定だ。
マルクメットは防衛に専念し、歩兵部隊はエメスとアリアが率いる。
駆け足でアリアに近づき、その周りに合流する。
馬上のアリアからささやくようにして声かけられる。
「……タカカズ、あなたどう思う?」
「さぁて、ね。なんか杜撰な感じするんだよな。さっきの骸骨の使い方から比べるとすると」
「やっぱりね、こっちの上手い様に状況が動きすぎてるのよ。何か、気持ち悪いわ」
「何かあったら動ける部隊を用意しておいたほうがいい。俺も、どっか気持ちわりぃのがこびりついてる」
「……任せて、いい?」
「……まあ、そうなるか」
ちょっとゲンナリするが、最悪その判断も必要になるだろう。
アリアにしろエメスにしろこの部隊の柱だ。
どちらかが慌てて動く形になれば部隊が一気に瓦解しかねない。
「わかった。ヤバイって思ったら動くことにする。あんまり不安な顔をするなよ。みんなの士気も下る。何人か連れて行けるかい?」
「そうね。ミコン、頼める?」
「妥当なトコですね。その場合は私と部下数名がご一緒しましょう」
そう応えたのはギルド試験のときの斧戦士だった。あの時と違い持っている斧は使い込まれたがっしりとしたもので、予備であろう手斧も数丁腰のホルダーにつけられている。
あの時は華美に見えた大盾も今はしっくりと戦場に相応しい重厚感を放つ。
「あの時はご挨拶も出来ず。勇者フレッドの従士をやっております、ミコンといいます。お見知りおきを」
「はは、まあ今も挨拶してる状況じゃあないんですが。アリアがお世話になってるようで、タカカズ・ヤギと申します。こちらこそよろしく」
そんな話をしながらも、徐々に前線に近づいていく。
視線はあまり正面からは外さず、お互い横目で確認する程度であるという奇妙な自己紹介であった。
『ねー。ポポ?』
「くぅ?」
『ますたーに、みんなのこというの、わすれてたー』
「わぅっ!?」
『どーしよー?』
馬上で腕組みして考えるポポ。
同じく背負子の上で悩むキール。
『まー、いっかー。きっとわかるよねー』
「……わうわう!」
どうやら悩む、考える、などはこのコンビには難しいのである。