第69話 中間報告 【INTERIM REPORT】
誤字・脱字ご容赦下さい。
本日2本目です。
孝和が炊き出しで汗を流していたころ、エメスとアリアは状況の確認に忙殺されていた。
集められた情報を一気に本陣に集め、それが整理できていないという状況。
突発的に発生した混乱の中、不確かであろうとも情報が集まったことは喜ばしいが、それをまとめ上げる才覚のある者は残念ながらこの場にはいなかった。
「……ここにある建物を崩す。通りに煉瓦を。足元を不確かにせよ。周りにある家々からも家財を放り投げ、道を塞げ」
「はい!」
デキル熊マルさんこと、マルクメットが指示をとばす。
声を掛けられ、男は走り去っていく。
「次にここ。通りは狭いがここを抜けられると一気に避難箇所まで直進される。完全にふさぐ。壕を掘った者で協力できるものを探し、道を掘れ」
「掘る?ですか?」
「そうだ、深く深く、掘れ。あとは道を塞ぐための努力を。そこは現場判断に任せる」
「わかりました!」
説明を受け男が駆ける。
「次、炊き出しについて」
「物資配給の責任者、タカカズにより煮炊きを行っています。伝言としては“今からは使いようのない小麦粉をもらっていく”“保存食は残せるようにしておく”“食い終わりで動けるように指示をくれ”とのことです」
「ふむ……。酒は?」
「酒精の弱いぶどう酒だけはもらっていきました。強い酒はけが人に使うだろうから、とのことで」
「ふふ、気が回ることだ」
「しかし、夜に飯をとは……」
「死んで飯が食える者などおらん!食える奴は食え!雨も強い、冷えた体で戦いなど、下の下だ!!」
視線の先には炊き出しの煙がもくもくとあがっている。
「そこを考えると第1班の連中は、スカをひいたものだ」
「にらみ合いさせられてますしねぇ」
少し気の抜けたディアローゼが合いの手を入れる。
昼とは違いごてごてした極彩色の神官衣はすでに身に着けてはいない。
その体を覆うのは白地に黒で染色された虎のモチーフがデザインされた皮鎧。
ところどころの染みが目立つのだが、それが粗末に扱われた結果のものではなく、“実戦”に際してつかわれ、落ちなくなった物であることは事前に本人の口から語られている。
場を和ます話題として提供してくれたのだろうが、どんな染みなのかは教えてはくれなかった。
しかし、ちょうど茶と黒とうっすらと赤みを帯びた何かの染みであることはここで語っても良いだろう。
腰にはおそらくはメイスと思われるもの。カバーで覆われ、その全容は判然とはしないがこちらも持ち手の皮の摩耗具合から間違っても祭事用などの目的で使われている品ではないだろう。
そして最後に木製の小さな盾。
物としてはバックラーのようなパリングを主目的とするタイプの盾であろう。表面に鋲や皮を貼り補強されている。
そしてこちらも言うまでもないが、深々と真一文字に筋が入っている。
割れたものを補修しているわけでなく、表面に入った位置から推察するに何かを間違いなく“正面から”パリングした結果の傷跡だろう。
「押し込まれた、と考えるべきかしら?」
机に乗った地図を見てディアローゼはため息をつく。
「ここはよく凌いだ、でしょうな。一当たりして、2班の被害はほぼゼロ。疲労はいかんともしがたいですが、暖かい物を食わせることもできました。このまま防衛戦力として使えます。かえって相手は、疑似騎馬戦力を潰され、指揮官として事前に考えられていた騎士級《ナイト級》を失っています」
「一度抜かれたけど、その結果としては最高ね。アリアちゃん、やっぱりあの子達スゴイわぁ。あ、エメス君もアリアちゃんもよ?ここまで数も士気も減らさずに後退できたんだから」
「ありがとうございます。ですがディア様、いまは“ちゃん”付けは……」
「あらあら、ごめんなさい」
ころころと笑うディア。それにつられ本陣に有った重い空気がぱっと散った。
恐らくこれを狙って、わざと“ちゃん”付をしたのだろうとアリアは感づく。
それを察したのだろう。
目だけで笑い、アイコンタクトを取るとディアは難しい顔で机に向き直る。
「さて、じゃあここで残りの問題を整理したいわ」
「ですな」
マルクメットはその言葉を受け、地図を指さす。
「先ほど第2班の収容、敵第一波の撃退には成功しましたが、火計を使わされその目的を見られました。恐らく、先ほどの第一波は捨て駒」
「同意。主を討たれてから、錯乱。その後の撤退。頭が無くなってから、挿げ替えられるまで、あまりに迅速」
実際に敵と対したエメスが補足する。
頭が打たれた集団を再編する必要はどのような場合でも最優先のポイントだが、あまりに引きが早い。
「おそらくこちらの陣容確認と罠の有無が主目的だった、と考えられます。仮に本陣まで行けるのならそれでもいい、という突破力はありましたが。しかも、騎士級《ナイト級》を捨て駒にする感性。気持ち悪いとしか言えませんな」
騎士級《ナイト級》は強い。
本来は集団戦でようやく討てるようなレベルであるそれを牽制役として使うのである。
相手の指揮官は騎士級《ナイト級》と同格以上であることは確定した。
発生した時間から推測するに上位腫ではないだろうが、騎士級《ナイト級》でも中位から上位クラス。
「街中で火計、できないしねぇ。第2班の割り当てに突っ込まれれば後手を踏むわね」
「しかし、第1班を無視してとなれば防衛側の壁と第1班で挟み込めます。それでもその策を選ぶでしょうか?」
「拠点攻めで夜間を選ぶのは本当は下策なんだけど、アンデッドですしねぇ……。人とは違う思考で動いてる可能性もあるわぁ。第1班の前にはまだ火計の罠、残ってるしねぇ。わざわざそっちに来るかしら?」
頬に手を当て考え込む。
一同に沈黙がおりる。
「……全部隊をここまで下げて籠城戦というのは?」
悩む彼らのうち一人が意見を述べる。
「確実にパニックが起こるわ。それをするなら最後の最後にしたいかしらぁ。あ、ちなみに脱出経路のプランも現在作成中。非戦闘員には荷を捨てたうえで先に逃げてもらう形でね」
「籠城戦では飯が持たん。こちらとしては短期決戦の体力しかないのだ。指揮系統も継ぎ接ぎだからな。遠からずぼろが出る」
「第2班でどの程度削れたと考えている、エメス、アリア嬢」
話を振られた2人は個人の見解と前置きをしたうえで述べる。
「こちらに来たうちの3割。それは確実に潰した。だが4割には達せず」
「そんなところでしょうね、引き際は早かったし。半分を削ったとは到底思えません」
「……第1・第2が同数だったと仮定しても全総数の2割はいかない計算か。指揮官を討ったと考えれば上出来だな」
「第2班の火計は鎮火しましたし、そちらから来られれば後は正面からぶつかるしかないかと」
「壕での足止めもできる。多少はこちらの地の利を生かせるはずだ」
カンカン!
カンカンカン!!
木槌で打たれた鐘が鳴り響く。
この合図は、“敵動きあり”だ。
「報告!報告!!!」
ずぶ濡れの男が本陣の中に駆け込んできた。
「敵集団!第1班に向け動き始めました!!ただし、2つに別れ、左右より接近中!!」