第67話 相対す 【ENGAGEMENT】
誤字・脱字ご容赦下さい。
骸骨騎士の背後では轟々と音を立て、炎が夜空を照らしだしている。
油断なく落ち窪んだそのシャレコウベは孝和を見据えたまま視線を切ることなく、地面に転がる蛮刀を拾い上げる。
対する孝和は奪い取った騎士槍をしっかり両手で抱えなおすと、ゆっくりと穂先を敵騎士に向ける。
(とは、言うものの……)
孝和はちらと抱えた錆びついている騎士槍を見やる。
錆びついているとはいえ、孝和の全力の剣戟を受けた事から十分に耐久性はある物と考えられる。
だが、問題はそこではなかった。
(……うぅぅぅ、こんなもん使ったことあるわきゃないだろう!?)
双方とも得物を交換する形となったのだが、要はスカを引かされたわけである。
「アアアァァアアア!?」
両手でしっかりと握られた蛮刀の一撃は鋭く孝和に向かい、疾った。
「く、っそ!」
対する孝和は完全に力任せの横薙ぎでそれに対抗する。
先ほどの決死の踏込の結果、わき腹を負傷した孝和にとって、それだけでもかなりの痛みを伝えてきた。
打ち身程度ですんではいるが、無意識で体をかばう可能性は常に付きまとう。
その些細なブレが致命的な結果につながることもままあるのだ。
ガアァァン!!
大きく骸骨騎士が横薙ぎの勢いにのり、後方に飛翔する。
これは孝和の攻撃が騎士の攻撃をうち破った結果、というわけではない。
むしろ、両者が相手の技量を吟味するためのいわば“お試し”ともいえるものだ。
孝和の一撃に骸骨騎士が敢えて受けて見せた、というのが正解に近い。
(槍術系、とは違う!かといって棒術系統でもない!どういう取扱いだよ!?騎士槍って!!)
腰だめに構え、槍術で迎撃する瞬間に“違う”とわかってしまったのだ。
“槍”とついてはいるが、騎士槍は全く別扱いの武具だった。
日本の槍・薙刀に代表される長物でもなく、西洋槍の系統樹でもない。
ナックルガードに近い辺りが重いが、先端に近づくにつれ重さが減る。
要は孝和の知る槍の造りと逆なのだ。
それに加え、刺突に特化しすぎている為、薙ぐ・払う・叩く。
軸で可能な技術がまるで使えない。
ならば棒術の系統では、とも思うがこれもかみ合わない。
いかんせん握りを作ってあるため、それ以外の箇所を掴むということは考えられていない。
引っかかりになるくすんだ装飾や、錆びついた表面に多少期待はできるがその全体像は鋭い円錐形である。
強い一撃の際に必要なホールド力があるとは思えない。
さらに今わかったが、鈍器としても使いにくい。
骸骨騎士を叩いたわけだが、騎士槍の中は軽量化の為、空洞になっている。
閉じられたビーチパラソルを想像してほしい。
恐ろしく乱暴に言うが、それを純金属製にして横向きに抱えれば騎士槍だ。
解るだろうが、中ががらんどうの為に“鈍器として使うには”軽すぎる。
恐らく“騎士槍専用槍術”などというものがあるのだろう。
そして、孝和の知識の中にはそんなもの、ありはしなかった。
(剣は、抜けねぇし。斧までは距離がある……。悩むね、こりゃ)
腰の剣に手を持っていこうものなら、その隙めがけ即座にこの骨野郎が飛びかかってくるだろうことはわかる。
斧が落ちたところまでは若干距離がある。
かといって騎士槍のブン回しだけで凌げるほど相手の頭は軽くない。
中身が入っているようには想像できないのだが。
(素手、はキツイ。あいつあの剣遣えてるし)
騎士階級というものは本来、民の先頭に立つ誇りある戦士だ。
まあ、時代の流れと共にでっぷりとした太鼓腹の親父とかも出てくるだろうが、本来はそういうものなわけで。
今回のものもその例には漏れない。
ヒュォッ!
こちらを睥睨しながらゆっくり蛮刀を振る。
胴にいった構えに、空を切る音からすると、十分以上に遣えるようである。
「まあ、それならそれで違うやり方があるって、な?」
瞬時に脳裏に浮かぶ策、数種。
その中から最適、次点、大穴でプランを作成。
孝和はにやり、と笑う。
「うぉおおおおおっ!!」
咆哮。
胸郭全開、腹の底から声を出す。
全身から気功の光が噴き出す。
紅蓮の炎に負けぬ強さで白銀の光が夜を追い遣る。
「ブッ叩ぁあああく!」
真正面から正々堂々。
そう、“正々堂々”がこれのキモだ。
ずしゃぁぁ!
踏み荒らされ、湿気と泥にまみれた草地を踏みしめる音が大きく空に舞う。
繰り出された一撃は単純な力任せ。
所謂、脳筋の一撃だった。
しかし、その一撃に、“がっつり”載せる。
「シャァアアアッ!!」
「うおおおっ!」
双方喉がちぎれるほどの気合い。
その声を乗せ、さらには気功術を騎士槍にオール・イン。
脳筋の“剛”にさらに気功術で筋力・速度増加の“剛”を追加。生命の光という退魔の力も加算、とどめに技術から生み出される、“剛”。
正しく地面を咬む足の運びから生まれる腰の入った一撃がその正体。
剛に剛を足し、剛を掛け、さらに剛を注ぐ。
得物の技術の練度差を純粋な“破壊力”で凌駕する策。
ドンッ!
炸裂音があたりに響く。
空気が激突部から放射状に弾き飛ばされていった。
聖炎が大きく揺らぐ。
揺らいだ先の中心部。そこめがけてはじかれた空気が収束していく。
ドシャァ
一方が大きく跳ね飛ばされる。
一方はその場で地面を踏みしめ、振りぬいた武具を地面に投げ捨てた。
「どうだ。人間様の往生際の悪さ。なかなかキクだろう?」
追撃に移るには、距離が離れすぎた。
だが、その場に立つのは一人。
正々堂々の正面突破に打ち勝った男。
八木孝和。
今度は自身の腰から悠然と剣を抜く。
夜のよりも深い黒。
闇を照らす聖炎を飲み込む闇の色。
その名をジ・エボニー。
「さて、やろうぜ?」
倒れる骸骨騎士はすでに蛮刀を失っていた。
それだけでなく、左の肘から先が失われている。
ちょうど孝和と騎士の間に先ほどまではなかったオブジェが生み出されていた。
大きくへしゃげた金属の塊の傍に細かな白い破片が転がっている。
吹き飛ばされ砕けた左腕と蛮刀のなれの果てだった。
「ァァァあア!?おぉウゥォぉぉ」
声の質がどことなく嘆きに変わった気がする。
気のせいかもしれない。
だが、劣勢となろうとも死霊の本能なのか、骸骨騎士は近くに転がっていた武器を取る。
孝和を狙い投げられた片手斧である。
柄まで金属のそれは騎士槍と同じく錆びついてはいたが、逆におどろおどろしさを増幅させていた。
その様を見た孝和といえば、
(よし!マジでセーフ!!直感でまさか一番ヤバいの選ぶ自分が怖ぇ!)
ちなみに回避オンリーで隙を伺うのが最善。アウトボクサー宜しく距離を取って剣を抜くのが次点。脳筋ゴリ押しが大穴である。
(でも、やっぱ大穴だったかね。なーんか、いままでで一番“堂に入ってる”)
構えて対峙する骸骨騎士。
その構えに今までで一番の警報音が脳みその中で激しく鳴り響いていた。
恐らく、これが本職。
間違いはないようだ。
(一番遣えるのが、斧か……。まあ、変ってわけじゃないしな)
正直な話、剣にしろ槍にしろ熟達には時間がかかる。
魔術に関しては、いまだに指先にともし火すら出来たことのない、いやその気配すらない孝和にはわからないが、習練が必要なはずだ。
しかし、斧はもっと単純だ。
要は当たればいい。
力任せ、運任せで振りかぶり、相手に当たればダメージが通る。
刃筋を通す必要も、突き終わりの残心もいらないのだ。
斧やメイス、こん棒などはそういった面で他の武具に対し非常に優位に立つ。
そこから考えるに孝和の中では斧は選択肢としては“有”だと思っている。
ちなみに“無”のトップはつい最近騎士槍に変わっている。
(おっそろしいほど、熟練感がある。やべえ、マジな達人じゃん?)
斧の使いやすさが使い手の間口を広げているのだろう。
初心者から熟達までかなりのレベル差があるはずだが、この前にいる騎士はどうか。
間違いなく、かなりの使い手。
そのほかの武具にも精通している様子だが、この斧術に関しては頭一つ抜きん出ている。
「だけど腕一本なくして、戦ったことないだろ?」
地面を這うようにして孝和が接敵する。
先ほどまでと違い、一切気功術の光は体から発せられていない。
相対する骸骨騎士。
接敵する孝和に向かい、掬い上げる様にして斧を走らせた。
カァアン!
突如発生した金属音。
甲高い音が響くと同時に、双方の距離がゼロになる。
瞬間、孝和の地面を這うようにしていた体に隠された剣が、手品のようにしていきなり現れた。
骸骨騎士の斧は掬い上げられた形のまま未だ宙に漂う。
ぞんっ!
固く締まったモノが一気に断ち切られる音。
引きちぎるでも砕くでもなく、斬り抜かれる。
「借りモンの技だがね……。こういった攻め手も初めてだろ?」
地を這うようにして、相手側の視点から剣筋を隠す。技名「影蛇」。
ポート・デイでの盗賊ギルドの親子から盗み取った技だ。
本家本元とは若干細部が違うが、孝和なりのアレンジも加わり実用に耐える物に仕上っている。
「ア、ァァ……」
カナエから聞いたところによるとコツは初見、最速、思い切り、だそうだ。
一つでもこれを外れると一気に成功率が下がるが、影の者が使うためあまり表に出ない。
通り抜けるようにして骸骨騎士の裏に回りこむ。
「っ、浅いか」
瞬時にダメージを計算したのだろう。
失った左腕の残骸と錆びついた鎧の残りをぶつけてきたのだ。
生者では取らないだろう選択肢を迷わずに選んできた。
普通はあるはずの腕を失う躊躇がない。
(くそ、やっぱこういう意識差はギリギリの鉄火場で影響がデカい!だがっ!!)
決めきる、つもりで放った技。
それを凌がれた以上、千手日になる可能性が出てきた。
(と、思ってるんだろ?そんな為りでも“騎士さま”だもんなぁ?)
孝和の真の狙い。
それは正々堂々、真っ向勝負、力の限り戦おう、という“騎士道精神”の持ち主には効く。
それはそれは見事なくらいに、だ。
ど、どどどっ!
正面に孝和を捉えたまま、斜め後方から骸骨騎士は“跳ね飛ば”される。
「ガ、ァァァアア!?」
その“事故”に巻き込まれた彼の落ち窪んだ眼窩には黒の体毛に、闇を切り裂く白銀のメッシュが所々に混じった超大型の獣が映る。
その獣の牙は深々と先ほどまで自分の愛馬として地を駆け抜けた死霊馬を貫いている。
浮かぶのは疑問符。
何が起きたのか、その一点。
その答えも浮かばぬまま、跳ね飛ばされた勢いのまま地面へと激突する。
ドン!
ずざざざっ!!
咄嗟のことと、あまりに激しい勢いに押され受け身すら取れない。
かろうじて上体を起こした彼の目にそれは映ったのだろうか。
ドガシャッ!!!
直上より勢いよく叩き落された業魔と化したポポの前脚が、骸骨騎士を踏み抜く。
残された右腕が宙を泳ぐ。
ドガシャッ!!!
容赦ない追撃。
ドガシャッ!!!ドガシャッ!!!メリメリメリ……!
さらにダメ押し。
計4撃ものスタンプ攻撃。
とどめにはその姿すら残さぬよう踏み抜いた足で念入りに“磨り潰す”。
満足したような表情のポポが前脚を突き立てた地面から引き上げる。
当然のことながらすでに骸骨騎士は原型すらとどめない、泥と雨水と混じりあった“何か”になっていた。
「へへへ……。こっちは真っ当に戦う気なんてないさ。大駒には大駒を充てるのがセオリーってもんだからな」
へらへらと笑うが、全開の笑顔ができないのはわき腹の痛みで引き攣っているからだ。
骸骨騎士の目的は孝和の打破であったが、孝和の目的は骸骨騎士の打破ではない。
骸骨騎士が間違っていたのは、自分たちは最強の駒同士であり、拮抗しているのだと思ったことだ。
孝和からすれば、あくまで自分は時間稼ぎでしかなかった。
相手側の最強の駒は間違いなく骸骨騎士だが、こちらの駒はポポ(業魔モード)だと孝和は考えている。
ならば、その勘違いを最大限に生かす。
正々堂々と戦いながらも、的である骸骨騎士をくぎ付けにし、ポポで一刺しを狙う。
櫓が崩れ、周りは炎の壁、仲間は前線で奮戦中でここまではかなりの距離がある。
MAXで実力を出しても誰にも見られることもない。
「まあ、この隠し玉を予想しろって方が無茶なんだけどさ」
形態変化するにしても普通はここまでの極端な変化は稀らしい。
この間、手に入れた本にはそう書いてあったから、そうなのだろう。
「いやーポポ、ナイスタイミング!……で、その咥えてるのどうするつもりだ?」
そう問われると、ポポの体を黒い霧状の粒子が覆う。
全身を覆った瞬間、ぽんと獣人モードのいつものサイズに戻った。
ただし、その口元は死霊馬の尻部の骨に噛み付いており、支えを失った彼らは転がるようにして地面に落下する。
「わぅー!?」
衝撃で咥えていた牙が外れ、地面をころころとポポが転がっていく。
丸みを帯びたポポはなかなか止まらず、少し離れたところのくぼみまで転がって行ってしまった。
「……いや、待て待て!」
戦いにひと段落ついてそんな光景を目の当たりにしたものだから、少しぽかんとしてしまったのだが、死霊馬はいまだ健在なのである。
抜けそうになった気合いを入れなおし、死霊馬に剣を向ける。
ゆっくりと体を起こしたそれは、尻の骨に歯形を付けながらも起き上がってきた。
「起きろ、ポポ!!まだ終わってないぞ!」
その言葉にむくりとポポが立ち上がる。
愛用のこん棒が入ったカバンが地面に転がっている(変化時に外れた)のを確認し、ずるずるとこん棒を引き抜く。
そのあまりに無防備な様子に一度入れなおした気合いが抜けそうになる。
「おぉ?え?」
「わうわう……」
そこからはさらに予想を超えてきた。
肩にこん棒を担いだポポは無造作に死霊馬の前にたどり着く。
すると死霊馬が頭を垂れ、前脚をたたんで地面にその頭骨をピタリと付けた。
それを見たポポ。
ぴょんと飛び上がり首に抱き着いた。
「は?おぉ……う?」
なんとなく、これと似たよーなコトが最近あった気がする。
「ブルルルッ!」
「ワオォォォーーン!!」
死霊馬の嘶く声と、ポポの勝利の雄叫びが周囲に響き渡った。
もう、脇腹の痛みなど多少どうでもよくなってきた。
苦笑いが止まらない。
「あー、死霊馬って餌、何食うんだろー?」
ちゃりん、と今は宿に置いてある財布からお金が転がる。
そんな幻聴を聞いた気がした。