第66話 鋼、打つ音 【HEAT BEAT】
誤字・脱字ご容赦下さい
カァァン!
「ちぃいっ!!」
顔面を守る蛮刀の厚みのある刀身が甲高い音を立てる。
前方を先行している死霊騎士の集団から石が踏み飛んできているのだ。
全力で駆け抜けるポポにも飛んできている様子ではあるが、成獣状態のポポの外皮と毛は硬度を増している。
この程度ではダメージにもならないのだが、人間である孝和にとってはそうではない。
「邪魔くさい!」
飛んできているもののうち、顔面に関しては守れるのだがそれ以外にはバンバン当たってきている。
鎧を突き抜けるようなものはないが、如何せん体勢が崩れる。
一刻も早く先行する敵集団に追いつく必要があるのだが、体が崩れるたびに速度が緩む。
(いまさらとはいえ、俺近づくの危険かも?)
第2班は単純に敵集団と潰し合う事をメインとした攻撃に全振りした部隊である。
簡単に言えば防御に割いた人員は櫓の弓兵にその下にいる僅かな大盾持ちのみ。
突破力に優れるアンデッドの高速移動部隊が接敵した場合には不利となるだろう。
つまり、それまでに敵を“削る”必要がある。
「やっぱ来た来た来た!!」
うっすらと浮かぶ櫓の灯りからそれが見えている。
ついでキュンキュンと鳴る音。
「矢の雨だ!避けろぉ!?」
大きく進路を変更し矢の雨を避ける。
幸いにもすべて聖油の火矢の為、落下地点の判断は容易い。
1、2本外れて飛んで来た物を蛮刀で切り払う。
地面に突き立った矢を踏み抜きながら、進路を戻し追撃を再開する。
一斉に放たれた矢の雨に打たれたのだろう
アンデッドの数体が地面に倒れている。
「うおっ!ととっ!?」
馬術競技の障害を想像してもらえればいいのだが、人馬一体となっていなければひどいことになる。
転がるそれらを跳んだ後の孝和の体は腰から空に浮き、ポポの首に添えていた左手が全身を支えていた。
「くそっ!裸だからな、鞍がないってのはキツイな……」
尻の痛みがかなり酷い。
一気に駆け抜けるポポは、先行する群れに何とか追いつくことのできるだけの速度を最優先にしている。
その分、乗り手の孝和への配慮は二の次にならざるを得ない。
「!マジかよ!?」
尻の痛みに耐える孝和にとっては、悪い目が出た。
前方の群れの中で大外に配置されたゾンビ鹿達が外に膨らみながらUターンしてきたのだ。
ちょうど孝和達の駆ける最短距離の道を塞ぐようにして真正面から迫ってきた。
(避けるか!?受けて、いなす!?)
止まれない。
ここで速度を落とせば、確実に前方の骸骨騎士の群れは聖炎の結界を抜けて街の防衛隊に到達する。
防衛隊の主力はマルクメット達警備であるが、それを補強しているのは1班2班に漏れた比較的“戦力として弱い”者たちである。
老年に差し掛かるものや、少年から抜け出すかどうかという年齢。健康ではあるが、荒事の経験のない女性や住民。
それらをカバーしてして最低限の防衛を目的としているところに、この“敵主戦力”が流れ込めばおそらく蹂躙される。
「……っ!行け!行け!行け!!!」
ヤケッぱちの全力で声を張り上げる。
どうしても、あの骸骨騎士を結界内で抑える必要がある。
例えほかの突破力のある敵集団を通しても、だ。
(アレさえどうにか抑え込めば“最悪”は避けられる。あいつらの指揮力を奪って、マルさんの采配に任せるしかない!)
大きく息を吸い込み、全力を蛮刀を握る右手に込める。
白銀の気功が闇夜の中に煌々と光り輝く。
今、覚悟を、決めた。
「死んだなら、そんまま死んでろ!!!
ゴッ!!
闇を切り裂き、光の筋が一本の線になる。
その射線に貫かれたゾンビ鹿の一体が崩れ落ちる。
投射された蛮刀はそのまま後ろを走るゾンビ馬の首を落とした。
数メートルを駆け抜け、その馬も地面に倒れ込んだ。
「よっしゃ!」
左手でポポにしがみ付きながら空いた右腕で頭部を抱え込む。
ポポの体にコバンザメのようにぴったり張り付く。
ポポも足を止めることなく、正面から突っ込んでくるアンデッドの群れに向かい全力で向かう。
孝和の開けた穴を塞ぐようにして残りの群れが集まる。
「突っ込め、ポポォォォ!!!!」
群れが穴を埋めようと集まるということは、進路を変更する個体がいるということだ。
言い方を変えれば“前進する奴と進路変更する奴が混じっている”ともいえる。
つまりその境目は“脆い”。
ドチャァ
湿った音とともに、頭を守る右の肘と肩に大きな衝撃を感じる。
遅れて、痛み。
「……ぐっ!」
こらえきれない声が、顔を抑えつけている硬いポポの毛並みでさらにくぐもって漏れる。
(折れては、……ないっ!)
すさまじく痛いが、拳は握れる。
肩も周る。
顔を上げて前を見る。
「……くそ、くそ、くそ!!痛ぇんだっっつーんだよぉぉぉ!!」
視界に一瞬だけ見えた鹿や馬がポポと正面からぶつかって吹っ飛んでいくのが見える。
痛みを感じた腕には鹿の折れた角が刺さっていた。
幸いなことに具足の上からであり、それを貫通してはいるが厚手の長そでも緩衝材となり肉自体にはさほど深く差し込まれてはいなかった。
苛立たしげにそれを引き抜くと、先ほどブン投げた蛮刀が右正面に見える位置だった。
「ナイス!ポポ!」
「ガウッ!」
短くポポが答える。
ポポは蛮刀の回収の為にうまく進路をとってくれていた。
「追いつく、か?」
ポポに尋ねたのではなく、自問するように声が自然と出た。
恐らくこれ以上同じことはしないつもりなのだろう。
前方の群れはもうすぐ逆三角形の頂点部にあたる結界のつなぎ目にたどり着こうとしていた。
その両サイドには櫓が備え付けられているが、火矢を放とうとも骸骨騎士のふるう騎士槍に迎撃され、有効打にはならなくなってきていた。
数を減らして、守れる範囲のみを突撃させるようにしたのだと気づく。
(本能的なものなのかもしれないが、切れる!)
狂った哄笑をばらまきながらも、騎兵戦術としては優秀賞だろう。
冴えているのだ、あの“敵主戦力”は。
「でも、なぁ!!!」
にかっ、と孝和は笑う。
この窮地で、嗤えるのだ。
「昔っから、守る側のほうが策を弄せるってのがお約束なんだよ!」
櫓の上で陶器の割れる音が鳴り響く。
次の瞬間、櫓から上に載った人間がロープで壁面を一気に下りてきた。
通常の入り口からも転がるようにして人が出てくる。
「食らいやがれ!ウチのはとにかく“アツゾコ”だからなぁ!」
不審ではあるが、骸骨騎士は突破を選んだ。
速度を落として孝和やその後を追ってくるだろう第2班を迎え撃つのではなく、一点を突破する。
どちらを選んだとしても間違いではないだろう。
だが、この場に限って言えば。
この場限りではあるのだが。
彼らは、選択を誤った。
「ウォォォォオオオオオオオオオッ!!!!」
雄々しい雄叫びと共に、櫓を支えていた柱が男たちにより割られた。
斧で、木槌で、大剣で。
同時に櫓から抜け出た弓手たちが全力でそこにくくられたロープを引く。
バランスを崩した櫓がゆっくりと地面に倒れていく。
「ヒャヒャヒャヒャヒャァ!!!」
あの耳障りな笑い声が聞こえるまでに接近した孝和達ではあるが、いまだに距離はある。
そのアドバンテージが覆らないまま、アンデッドの群れの最前列が倒れ込んだ櫓の間を縫うようにして進んでいった。
「火計ってのが人類史上どんだけ練られてきてるか、とくと味わえ!“厚底”で“熱底”だ!」
孝和が叫ぶとともに、櫓が一気に燃え上がる。
櫓が倒れる前に割られた“大量の聖油”と、天辺から入口までの階段にびっしりと敷き詰められた“わら玉の残り”がその火勢を一気に増して燃え上がる。
わざわざ群れが通れるほどの間をあけて空気の通り道を作ったこともあり、半ばまで到達していたアンデッドの群れを一気に飲み込んでいった。
きっちりと計算しきられた配置で火計を仕掛けることに成功したわけだ。
突破でなく停滞を選択すれば被害は少なかったかもしれないが、留まれば今度は加速が失われ突破力が失われる。
どちらにしても相手の戦力を削ぐことを目的としてはいるが、ここでの目は孝和側に良い数字が出た形だ。
「だが、使っちまった……。こんな早いタイミングと思ってなかったんだよな……」
本来は敵の本隊を巻き込む形で使いたかった。
こちら側に被害が出始めて、撤退したタイミングでつかうことで、一気に場を有利に持ってくるつもりだったのだが。
「仕方ないんだが、痛いな……。他が踏ん張ってくれればいいんだけど」
櫓が盛大に燃えている向こうで戦いの声が聞こえる。
恐らく火に巻かれながらも櫓の間を抜けた敵と、櫓に配置されたメンバーが戦っているのだろう。
聖炎の結界は実際問題火の壁の為、それを超える術を持たない孝和は援護に行くことができない。
火を突っ切れるエメスならば話は別だろうが、そのまま突っ込めば丸焦げは必至だ。
盛大に燃え盛る壁の向こうの奮闘を思いながら、踵を返そうとポポが動く。
瞬間、であった。
悪寒が、走る。
ゴッ!
咄嗟に地面に体を投げ出したのが正解だった。
たった1秒前に孝和の首のあった場所を斧が旋回しながら通り過ぎていく。
「?な!なにぃ!?」
ドガガガガッ!
炎の結界の一部と化した櫓をぶち抜いて骸骨騎士が抜け出てきたのだ。
体は焼かれ、先ほどの哄笑はないが、その目玉のない視線は確かに孝和を捉えている。
そして投げ出された孝和めがけ、聖炎に身を焼かれながらもランスチャージを仕掛けてきている。
(体勢が、悪いっ!)
串刺しにされる直前、横っ飛びに騎士槍を避けることに成功。
仮にあの武具が騎士槍ではなく、薙刀や十字槍のような長物であったならば。
それを感じて孝和はぞっとした。
薙がれて、胴と腰できれいに半分にされていただろう。
「ポポ!」
孝和が呼びかけるまでもなく、ポポは孝和めがけ駆けつけようとしていた。
その背に何も言わず飛び乗ると、一気に加速。
孝和を狙った一撃の後、同じく加速、旋回に入った骸骨騎士と逆回りに結界の底部分でぶつかることになった。
何せ加速した騎馬は恐ろしく強い。
はっきり言って一対一で歩兵が敵う道理がない。
ならば、たとえ不利であろうとも同じく、騎乗し加速を乗せた一撃での勝負に持ち込むべきである。
「頼む!」
「ガァッ!!」
ポポの背を左手で撫ぜると、さらにポポが加速する。
鋭く息を吸い込み、敵騎士と交錯。
ギャィィィィィイイン!
金属同士が激しくこすれ合った音が響き渡る。
「ちくしょ、チクショォオオッ!!」
ビンビンに神経を研ぎ澄ましてはなった一撃であったのだが、孝和の“それ”は骸骨騎士の“それ”に届かなかった。
一瞬の交錯ののち、再度加速の体勢に入る両者。
その体勢が結果を如実に表わしていた。
すでに骸骨騎士がランスチャージを仕掛ける構えに入っているのに対し、孝和は浮いた右手の蛮刀を体の傍に引き寄せようとしているのだ。
なにせ高低差がある。
打ち下ろす形になる骸骨騎士と、仰ぎ見る体勢の孝和では有利・不利が如実に出る。
さらにいうならば、
(どうにもならんが、鞍の差が一番デカい!もって数合、下手すりゃ次でやられる!どうする!?)
腰から下に力を籠められない孝和と、鞍と鐙がそろう骸骨騎士では一撃の重さに雲泥の差が出る。
一撃でそれを理解した孝和だが、次を考える間もなく、再度の交錯。
ギャィィィィィイイン!
先ほどと同様の音。
そして同じく再度の加速が始まる。
(駄目だ!間違いなく負ける!…くそ、これしかないか!?)
孝和は腕に走る衝撃から、確実に数合以内に腕が振れなくなることを確信した。
「上手くいってくれよ!」
加速から旋回、そして加速。
全く同じ流れの3度目。
しかしながら、双方ともが前2回と戦法を変えた。
骸骨騎士はより前傾姿勢を強めた。
死霊馬の突進力をさらに騎士槍に注ぎ込む形だった。
前2回までで孝和と同じく理解したのだろう。
自身の突破力に抗するだけの一撃が孝和にはないことを。
「ヒャハハハハ!!!ヒャハッ!」
事此処に到り、気色悪い嗤いが発せられる。
より強く、より重い一撃で完全に勝負を決める。
そういわんばかりの笑い声であった。
(そういうのカチンとくんだよ!舐めんな!骨の分際で!!)
一方の孝和は“一撃”を捨てることにした。
すでにその土俵では勝てないことを確信しているのだ。
ならば、別のジャンルを選ぶ。
こだわるべきはスタイルではない。
この骨野郎に一発カマせるなにか、だ。
ドッ!
今までとは違う3度目の交錯音。
駆け抜けたポポの背に孝和の姿はなかった。
ならば、と死霊馬の骸骨騎士の騎士槍の先にその遺骸があるのかといえばそうでもない。
その先にあるのは黒い布地と、何かで強くこすりつけられ錆が一部削れた穂先であった。
「掴まえたぞ、コラァ!」
孝和の左側の首筋から肩、脇にかけて大きく皮鎧がねじ切れるようにして欠落していた。
代わりにその左わきに有るのは骸骨騎士の持つ錆びついた騎士槍である。
ちょうど骸骨の右腕に構えられたそれに孝和がつかまっているのである。
空から孝和の持っていた蛮刀がゆっくりと振ってきていた。
骸骨騎士は孝和を振り落とそうと騎士槍を振る。
しかしながら、
「遅ぇっ!」
先ほども言ったが強い一撃とは“腰の入った状態から”生み出されるものである。
ゴキィッ!!
チャッカリと骸骨騎士の右足が有った鐙を踏みしめて、全力で空いた左拳を前かがみになっている顔面に叩き込んだ。
ドゥッ!
双方が同じタイミングで地面に投げ出される。
ただし、骸骨騎士と違い孝和は自分の意志で体を投げ出している。
十分に受け身を取る意識的な余裕と、骸骨騎士から騎士槍を奪い取るだけの作業ができた。
一方の骸骨騎士は何とか受け身を取ることはできたものの大きく転がり、孝和と死霊馬双方から距離を取ることとなってしまった。
「ココイチ、それも土壇場の賭けには強い自信があるんだよ、俺はさ」
ゆっくりと立ち上がる孝和。
完璧に馬上での攻防を捨て、骸骨騎士を地面に蹴落とすことにだけに集中したわけだ。
最悪、致命傷だけを避ければいいわけだ。
ただし、騎士槍の頂点部のダメージの回避と激突の衝撃に耐える根性と勇気が必要ではあるが。
主を失った死霊馬ではあるが、旋回し孝和を狙ってきた。
だが、それは孝和を失ったポポも同様であることを意味する。
「ガアアアアアァァァツ!」
「ヒヒヒィィィンン!」
今度は真正面からぶつかりあう4足獣。
大型とはいえ、馬のサイズと比べると貧弱に見える成獣形態のポポであるが、そのパワーは全く死霊馬に劣らない。
双方とも絡まり合うようにして、相対することになる。
ならば、孝和のすることは一つである。
「さて、泥くせえ肉弾戦だ。たっぷり披露してやる!かかって来い!」
「ウァ?ァアアアアアア!!?」
骸骨騎士からはもう、あの狂った笑いは聞こえては来なかった。