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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
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第64話 眠れる獅子の瞼に 【CLOSE EYES】

良いお年を!


誤字・脱字ご容赦ください。




「本日斥候より報告された最新の敵位置です。各々確認を!」


 辺り一面に怒号が響く。

 怒号の発信元である辺りには臨時で掲げられた白地の布に乱暴ではあるがマドック近辺の地図が描かれている。

 その布地に踏み台を持った男たちが駆け寄り赤のバツ印を書上げる。


「2方向に分かれたか……」


 ざわつく者たちの中からそういった声が聞こえてきた。

 確かに昨日までの最新情報(孝和達の撤退時)よりマドックに接近しているピンが、2本に増えている。


「お静かに願う!状況報告を行うぞ!」


 先ほどの怒号を発した男が再度声を荒げ、場を締める。

 荒々しい男を形容するときによく使われる“熊のような”という言葉がまさにぴったりな容姿。

 ところどころが補修された皮鎧を下の筋肉が押し上げていて、むしろそれで鎧がはじけ飛ぶのではないかと心配になるような男である。

 右の口元から首にかけて引っ掻いたような傷跡が深々と残り、つんつんとしたダークブラウンの髪と髭が全体を覆っていた。

 そのような容姿であるというのに、この場を設けて決戦前の最終ミーティングの段取りをきっちりと取り仕切っているという。

 各部署の調整と時間配分を計算したうえでギリギリのデッドラインより上の権限を持つものを一堂に集めるという離れ業。

 所謂デキル男というやつである。


「状況の確認はもうできているはずだ!現在の所、敵集団は2つに分かれてマドックへ接近中である!規模としては丁度半々といったところではないかと報告があった!」


 会場となっているのは祭りのメインステージとなるはずだった各街区の中心に位置する広場である。

 一段高い位置にはディアローゼや、勇者一同、冒険者ギルドのマドック代表、各街区の責任者などが鎮座している。

 そこに集まったのは今回の防衛戦の担当者たち。

さらに外周には、現時点ではやることが無い者、避難してきた者たちの中で情報が欲しい者等であふれている。

 警備の人間も割り振られているが、いかんせん他に回さねばならない分、手一杯になっている感は否めない。


「これに対し、我々の策としては非常に簡単なものとなる!!部隊を3つに分けてこれにあたる!第一班には勇者フレッドを中心とした部隊。第二班に銀の乙女アリアの部隊を編成し、接近する敵集団にぶつけることとした!残りは第三班として私、マドック警備隊隊長マルクメットが率いる守備隊として、第一、第二の討ち漏らしを市街中心部の避難区域に近づけさせないことを最優先として防衛にあたることにする!」


 単純な策ではある。

 接近してくる敵にこちらの戦力をぶつけ、削った残りを街のギリギリで抑え込む。

 正直な話、準備期間があまりに短く複雑な策であった場合、確実に齟齬が出てくるのは間違いない。

 これ以外に有効な方法もあるのだろうが、それこそ“机上の空論”というものだ。

 実際にできないものを延々と述べられても、時間の無駄でしかない。

 献策という形でいろいろな部署からもたらされたそれらを、“無駄”の一言で切って捨て、この単純明快な正面からのド突き合いに持ち込んだ胆力は並大抵のものでではないだろう

 ちなみにその豪胆な人物は、ごてごてとした極彩色の神官衣を身に纏い、にこにこと壇上で微笑んでいらっしゃったりする。


「尤も、後で部隊ごとに細かな説明の必要はあろうかと思う!各々の健闘に期待するが、ここで各部隊の長を紹介させていただきたい!」


演出された参加者の拍手とそれ以外の様子を見に来ていた一般人の拍手が混じり合う。

サクラを紛れ込ませている、と事前にぶっちゃけられてた孝和としては冷や汗ものの展開であるが、演出を行った“デキル熊”は何一つ表情を変えることなくその光景を見ている。

その中、皆から見えないように仕切られた袖から勇者フレッドとその仲間たちがまず登場する。

瞬間、決戦に向けての感情の爆発がうねりを上げた。


ワァアアアアアアアッ!!


 予定調和の拍手から始まり、歓声と勇者への賛歌が混じり合う。

 治療フロアから一時的に引き抜いてきた、普段は讃美歌を日課としている神殿所属の者たちの美声と共に壇上にフレッドたちが登壇する。


(やっぱ一端の長っていうのは脳筋じゃあ勤まんないんだなぁ。見た目と違うわぁ、マルさん)


 その光景を端から見ているのは孝和である。

 実はデキル熊の警備隊長マルクメットこと、『陽だまりの草原亭』の常連であるマルさんはよく仕事明けの夕方に飯を食いに来ている。

 要するに知人だったりする。

見た目は熊男であるが、キールに果物で餌付けしている光景を何度か目撃していた。

 気の良いおっちゃんで、知り合い連中からの人望は厚い。

 ちなみにあの見た目で下戸。

 酒類は好まず、豪快に肉とスープとをかっ食らって帰っていく男であった。

 ここまで生活スタイルを書いたら解るだろうが、独身でもある。

 中身を外見で損している男ともいえるだろう。


(渋い役割してるなぁ。俺、あの役がいいなぁ。皆勇者見てて、マルさんの方見てないし)


 舞台袖でその様子を見ている孝和。

 顔色は若干青く、胸のあたりをさすっている。

 そのままにしていては吐気がこみあげてくるのだ。


「では、次に銀の乙女アリア嬢!」


 マルクメットの呼び込みの声がかかる。

 先ほどの勇者の歓声よりも若干男の声の比率が上がる。

 野太い声が数名喉も張り裂けんばかりに響き渡る。


「では、行きます」

「く、くそお」


 呼び込みの声に応え、軽く手を振りながらアリアが壇上に登壇する。

 いつもの神官衣を纏い、その上にミスリル製の胸甲を付けている。

 大急ぎで修復されたメイスを握り、これまた大急ぎで調整されてきたショートソード【フレイム・エンチャント】を腰に穿いている。

 剣の鞘は新たに作られたものだが、今回のお披露目用に見栄えを重視した拵えでごてごてしている。

 実際に使う時は別の実用的なものとするそうだ。


ワァアアアアアアアッ!!


 歓声が沸き起こる。

 先ほどと同等の音の圧力に押されそうになりながら、孝和はアリアの後に続く。

 一応メインはアリアとなっているのでパーティーメンバーの一員として孝和も登壇する運びとなっていた。


(ううぅ……。緊張するー。帰りたいー)


 ひきつった苦笑いを浮かべながらも登壇。

 ちなみに孝和の格好は小奇麗な服を着させられている程度で特筆することはない。

 しかしながら……。


おおおおおっ!


 驚きの声が場に響き渡る。

 孝和の後ろからエメスが出てきたからだ。

 マルクメットより“是が非でも”来てもらわなければならない、と希望されたのである。

 何せインパクトが違う。

 アリアにしろ、フレッドにしろ彼らの人気はあくまで“人伝に聞いた”実力でしかない。

 その一方、エメスは“見せればわかる”強さが溢れんばかり。

 “デキル熊”がそれを逃すはずがなかった。

 その経緯を話し、協力を頼んでみたのだが見世物扱いを本人が拒んでしまった。

で、あるのだが、“孝和も一緒で”と言われ、しぶしぶ了承を得たのである。


(だから、言ったじゃん。俺、要らない子じゃんかぁ……)


 実はエメスの了承を得た時に孝和はその場にいなかったのだ。

 孝和は事後承認の上、ギリギリのタイミングで言われてしまい逃げ出すことすらできない状況であった。

 一応の抵抗として“俺、本当に要ります?”とやってみたのだが、アリアにもエメスにも出てほしいと言いくるめられてしまった。

 ちなみに丸っこいチビ達は“ぼくたち、したでみてるー”とイゼルナと一緒に会場で声を出す側のサクラになっていた。


「ふむ、程よく熱が入った。これで、良し」


 この熱狂の中、まるで動じず会場の様子を観察する余裕のあるエメスと、会場の勢いにのまれそうになっている孝和。

 これではどちらが主人なのかと疑問を持たれてしまうことだろう。

 実際、その場にいる者のうち孝和に視線を向ける者はほぼいない。

 ちらりと目にとめてみても次の瞬間には、フレッド・アリア・エメスにくぎ付けになるのだから。


(くぅぅ……なんかミジメ……)


 孝和は少し重たくなった瞼を指でこすった。

 きっとそれは眠気が原因なのだと思いながら。

 うっすら涙が出ているのも眠気が原因なのだと言い聞かせながら。


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