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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
65/111

第61話 撤退戦 【A DOWNPOUR】

誤字・脱字ご容赦ください


「突っ込むわよぉおおおおおおっ!!!!!!!」


 全速力で馬車がアンデッドの群れ目掛け駆け抜けていく。

 途中でピックアップするはずのキャラバンの殿の横を行き過ぎる形となる。

 ちらと横目で様子を見ると、かなりの疲労感が見て取れた。

 突然の闖入者に驚きの表情を浮かべるもの、それに気付くだけの余裕が無いもの。

馬を失い人が引くことになった荷台に、ぐったりと乗せられている数人の男たち。


「振り落とされるな!そこじゃまずい!こっちに来い、キール!!」

『うんっ!』


 幌の布地に腕を括りつけ、キールを抱きとめる。

 

ドカン!


 大きく車体が跳ねる。

 腹にまで響く衝撃が体に伝わってきた。


「キール、とにかく動けない人から治していけ。俺の援護は最低限でいい!最悪、逃げれるだけの準備が出来たらそのまま逃げ出すからな!!」

『わかった!ますたー、がんばって!!』

「おう!じゃあ、後でな!!」


 後続とすれ違い、大きく膨らんで馬車が回り込む。

 横に振られる瞬間、キールを軽く抱きしめ、孝和はそのまま馬車から飛び降りた。

 五接地転回法を活用し、勢いを殺す。

 パルクール等で近年広く知られるようになった技法ではあるが、その時代よりも前に爺様婆様連中に“実地で”叩き込まれたそれが今役に立った。


「すげえ、マジで、俺、生きてる!」


 傷一つなく無事に降りれたことに少しばかりの感動を覚えながら、人類の知識の集約と自身の幸運に感謝する。

 目の前に迫りつつあるアンデッドの群れを視界に捉えながら、腰に括り付けた皮の水筒の紐を解く。

 頭の上にそれを掲げるとそのまま中の水でザブリと体を濡らした。


「さて、神官に聖別された聖水・聖油ってモンがどの程度なのか……。頼むぞ、ほんとに」


 そうつぶやくと、水筒とは別の袋に入っていたこん棒を手に取る。

 こちらは水で濡れた色合いではなく、ヌラヌラとした油のぬめりがちょうど殴打部に見える。

 水では到着までに乾いてしまう可能性があったので、ギリギリまで聖油の壺の中に漬込んだ即席の対アンデッド用の武器である。

 先ほどかぶった水も同様に聖水である。

 先日の整備に出した物のうち、完了していたものはなく、整備に出さずに残ったものと出立の寸前までに準備できた道具類。

その中でこの二つが実際ツートップである。

 孝和がそれを構えると同時に後ろでパリンという音が聞こえた。


(頼むぞ、もう少しだけでいい。もってくれよ!)


 いよいよ本降りの様相をし始めた空を睨み、体に落ちてくる雨粒を苦々しく思った。

 音がした付近からはパチパチと草地の燃える音と、白い煙がもくもくと揚がりはじめていた。

 アンデッドの群れとキャラバンとの間に油壺を投げ込み、火を放つことで壁とする案であった。

 火に弱いアンデッドに対しては気休め程度ではあるが、有効な策といえる。

 ただし、その勢いは湿った地面と降り注ぐ雨のせいでそう長くは持ちそうにない。

 さらに言えば、せっかく聖水で濡らした孝和の体も、雨で流れ落ちてしまうだろう。

 このままでは水を弾く聖油のこん棒だけが頼りとなってしまう。


「行くぞ!」


 ならば、吶喊である。

 気合いと共に、聖油の上げた煙を避けるアンデッドに向かい孝和は駆け出した。






「すまん、助かる!!」


 カナエが荷車を引く男の隣に横付けすると、男がそう話しかけてきた。

 キールは馬車の幌の上から周囲を見渡す。

 全部で30名程の男たちが、かなりの疲労感を漂わせながらも、生きた状態で後退してきていたのである。


「悪いが馬を1頭こちらに譲ってくれ。この荷車を引かせる!」

「いいわ!急いで!!」


 御者台から飛び降りると馬車を引いていた馬に駆け寄る。

 2頭立てから1頭立てに変えるのにもまずは両方を馬車から外さねばならなかった。

 荷車を引いた男たちも必死の形相で馬の馬具を外しにかかる。


「急げ、急げ、急げ!!」

「手隙の方はこちらに!武器を渡します!!聖油が塗ってあるので火に近づくのはさけてください!」


 幌の中からユノがこん棒を持って降りてくる。

 数はそう多くはないが、これもまた聖油漬けのこん棒である。

 その声に反応し、比較的軽症であったり、ガタイの良い男たちが今までそれを手に取った。

 一部の欠けた剣や斧を一切の未練なく投げ捨てる。


「炎の向こうで数を減らしています!討ちもらしを皆さんで叩いてください!弓を使える方はいませんか!」

「テッド!幌の上に登れ!!向こうの兄ちゃんを援護しろ!」

「あいあいっ!嬢ちゃん、弓ぃ貸してくんな!」


 テッドは差し出された弓と矢筒を担ぐとひょいひょいと幌の上に登っていく。

 こちらの矢じりにも同じく聖油を浸してあった。


『けがしてるひと!なおします!』


 キールは気合いと共に周りの男たちに神の祝福ゴッド・ブレスを使っていく。

 意識のしっかりしたものは回復すると同時に動き出すことができたが、荷台に乗せられている男たちは深手を負い、意識を失っていたのである。

 その男たちも、キールの術を受けると共に起き上がれるようになった者もいた。


「すげえな、このスライム!回復術が使えるなんて珍しい!」

「まあ、こんなとこに救援に来るくらいだ!これくらいできて当然なレベルなんだよ!」


 実際の所、キールのランクは最下級である。

 正味これが2回目の依頼だったりもする。

 まあ、ここにいる皆がそんなことは知らないのであるが。


「く、苦しい……ガハッ!」


 荷台に乗っていた男の一人がそう言うと血を吐いた。


「まずい!アンデッド化しちまうぞ!」

「爺さん!起きたばっかでわりい!頼めるか!?」

「まかせよ!」


 今しがたキールの神の祝福ゴッド・ブレスで回復したばかりの老人が、薄汚れた自分の外套に手を突っ込む。

 しっかりと握られた右手に木製の古いアミュレットが見える。

 造りはしっかりとしており、ただ古いだけではなく使い込まれ、持ち主が大切に扱ってきたことがわかる物であった。


「…悪しき者、邪なる者、まつろわざる者、甘き毒の芳香。我は彼を否定する!人は正しく生き、育ち、死を迎えよ!人の世に汝らが手を伸ばさんと欲せども、我ら人は彼を否定する!!」


 アミュレットが薄く光り輝く。

 それに押されるようにして、血を吐いた男の体から荷台の床板に薄墨色の汚れがしみだしてきた。


「いまじゃ!もう一度回復術を!!」

『…う、うん!!』



キールの神の祝福ゴッド・ブレスが再度男の体を包む。

ゆっくりと男の顔が穏やかになり、血色も戻っていく。

だが、意識を戻すことはなく、男はこの騒ぎの中穏やかな寝息を立てはじめた。


「ふう……。何とか間におうたか。危うく死の領域に魂がとらわれるところじゃった」

『しのりょーいき?』

「ちっこいのは知らんようじゃが、アンデッドが一所に集まると結界のようなものができるんじゃよ。その中で死にかけると、魂が死に惹かれてしまうんじゃ。体が治っても心が死に向かっているわけじゃから、そのままでは怪我もしてないのに死んでしまう」

『ほへー』

「アンデッドのいるところで人を癒すには、心を癒す術も学ばねばならんのじゃ。さっきのは人の生きる力を後押しするおまじないみたいなモンじゃい。魔術まではいかんが、多少体力も使うでな。さすがに使いすぎたでな、お前さんに助けてもらうまでは、このジジイもさすがに疲れてしもうたわい」

『おおー、じーちゃん、ものしりー!』

「わはは、そうじゃろ。そうじゃろ」


 荷車に馬を付けることができた男が、キールたちの近くに寄ってきた。


「爺さん、あんま無理はしないでくれよ。あんたにはここまで“それ”を何回もしてもらったんだ。もしかしたらこのあとも必要になるかもしれん。とりあえず荷台に乗っててくれ」

「おお、すまんな。さすがに急ぎ足でと言われたらどうしようかと思うておってなぁ」


 よっこいしょと荷台に乗る老人は思い出したようにキールに尋ねた。


「そういえば、ちっこいの」

『なーに?』

「お主、何という名前ぞ?」

『んと、キールっていーます。ますたーはヤギ・タカカズです!』

「そーか。ワシャ、旅の神官をしとるオロという。よろしゅうにな」

『オロのじーちゃんかー。よろしくー』

「うむ」





ブンッ!


 唸りを上げてこん棒が振りぬかれる。

 孝和を襲おうとしていたゾンビの頭部にこん棒が直撃した。

 パンと音を立てて、足元からゾンビが崩れ落ちる。


「っ!ちぃいっ!!」


 聖なる力で動かなくなったゾンビから距離をとるためにその場から跳び退く。

 ただ跳ぶだけでは芸がない。

 その勢いのまま、着地点付近のゾンビの足元に蹴りを放つ。


めきっ!


 関節部に横からの力が加わり、片足だけになったゾンビはバランスを崩し、横のゾンビと絡み合いながら倒れた。

 こうなると双方の意思疎通ができないゾンビは我が我がと動こうとするのでなかなか立ち上がれなくなってしまう。


「へへ、なるほど、な。なんとなくわかってきたぞ」


 激しく動き回っていたことと、消えかけている火の壁近くに陣取っていたこと。さらには熱せられた煙を少なからず浴びていたことで、汗が体中から噴き出してきていた。

 少し前から、キャラバン側からの弓での援護も受けれていることにより、若干ではあるが連続での戦闘に息を軽く整えるだけの余裕は出てきた。

 さらにはゾンビの特性というものも戦う中で分かってきたこともある。


(こいつら隣を気にしていない。周りのやつらを仲間なんだって感覚がないんだ)


 いうなれば隣にいるものは動き回る障害物とでも感じているのだろう。

 触れ合いそうになれば軽く避けるが、密集していたり倒れ込んでいるものがいれば、


(ああいうふうになるわけか)


 視線の先には絡み合って倒れ込んだゾンビが後続のゾンビに踏みつけられる光景だった。

 さらに言えば、ゾンビを踏みつけたゾンビがまた転倒し、さらに後続に踏まれている。

 倒したゾンビの遺骸が後続を防ぐ壁となるわけだ。

 まあ、中にはその壁を越えてくるものもいるわけだが。


「なら、これでどうだ!!」


 一気に最前列のゾンビに近づくと、ゾンビの踏み出した足の膝を思い切り前方から踏み抜く。

 逆関節を極めてやると、崩れるゾンビを巻き込んで後続のスピードが落ちる。


「成功だが、本格的にだめだぞ、こりゃあ!」


 聖油の煙にまぎれ、聖水まみれの孝和には積極的に近づこうというゾンビはいなかったのだが、空から打ち付ける雨は加速度的に降り始めていた。

 50メートル先の景色が雨の白糸にかすむ。

自分の声が聞き取りにくくなるくらいの豪雨があたりを襲う。

 遠くでは稲光が走り、ゴロゴロと遠雷がなっている。

 この雨の勢いで、最後に残った聖水の残りも洗い流されてしまった。

 先ほどまでと比べ、孝和に向かってくるゾンビの数も増えてきている。

 弓の援護も、雨と風で命中率も下がってきているようだった。


「潮時ってやつなんだが、まだ準備が整わないのか!?急いでくれよみんな!!」


 火の壁もすでに鎮火し始めており、モクモクと上がっていた煙もすでにたなびく程度。

 もういつ消し止められてもおかしくはなかった。

 とどめとばかりに聖油のこん棒も、洗い流された油膜が孝和の足元に広がり始めているのが見えるほどになってきた。

 こちらももう、聖別された武具としての力は失い、ただの鈍器としてしか役には立たなくなってきている。

 雨で水分を含んだ服も重さを増し、動きを制限するのだった。

 まさにジリ貧。

 その時である。


カンカンカン!カンカンカン!


 金属同士が同じテンポで打ち付けられる音が響き渡った。

 こん棒を持っていない手で、気功の一撃をゾンビの顔面にぶち込んだ孝和はその方向に瞬間、目線を切った。

 そこに飛び込んできたのは、馬車の幌の上にのった男がこちらに大きく○を描いている様子であった。


「うおおおおおっ!?」


 準備完了。

そう判断した孝和は手に持ったこん棒を、近づいてきたゾンビに投擲すると、脱兎のごとく馬車に向かい逃げ出す。

三十六計逃げるに若かず。

 重くなった上着を脱ぎ捨て、ブーツの中に浸み込んだ水がばちゃばちゃと音をさせているのを感じながら全速力で走る。

 先ほどまではそこにあった荷車は、数人の男を乗せ走りはじめていた。

 馬車と荷車に乗れていない男たちは各々が自分の荷をそれらに乗せ、すでに身一つで先行しはじめている。

 馬車が少しだけ動き出していた。

 その動きはほかのアンデッドも感づいたようで、火の壁がなくなったそこへ一気に流れ込もうとしていたのである。


(間に、あええええええっ!!)


 馬車は徐々に速度を上げ始めている。

 後の荷物と人の重さで動き出すには行き足がいるのだ。

 孝和の乗車を待ってから動いたのではアンデッドに飲み込まれてしまう。

 走るまではいかずとも、ゾンビでもジョギング程度の速度は出せる。

 とたとたと駆けるゾンビの横を全力で走り抜ける孝和。

 孝和の討ち漏らしたゾンビを、キャラバンの迎撃部隊が叩き潰した跡がそこかしこに見える。

 それがどういうことかというと。


(邪魔だ!邪魔だ!)


 地面にころがるゾンビがアンデッドの群れだけでなく、孝和の移動の邪魔にもつながるのである。

 100メートルのハドラーのように駆け抜けながら、叩き潰されたゾンビを飛び越えていく。

 

「くっそぉ!!!」


 孝和が馬車に接近したときにはすでに馬は軽く駆け出していた。

 最後の力を振り絞り、飛びついて馬車の後部にしがみ付く。


「引っ張れ!」

「はい!!」


 テッドとユノが二人掛かりで孝和を馬車の荷台に引きずり上げた。


「鞭だ!嬢ちゃん!!叩け、叩け!!」

「わかってるわよ!!」


 転がり込むようにして孝和を引っ張り込むとテッドが大声を張り上げた。


ぱぁあん!


 豪雨に負けないくらいの大きな打擲音が響く。

 馬のヒヒンとなく声が聞こえ、馬車が一気に後方のアンデッドの群れを引き離していく。

 それを見ながら孝和は床板にあおむけに倒れ込んだ。


「た、たすかったぁ……」


 荒く息を吐きながら準備していた毛布を手繰りよせ、完全に脱力する。

 そう、この場は助かった。

 それは確かに間違いないのであった。



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