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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
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第60話 雨の音【CRY RAIN】

誤字・脱字ご容赦ください



「だから!まずはこの街の戦力をかき集め……!……!」

「……警備隊の内、どの程度を非戦闘民に張り付かせるかを……!!」

「簡単に言ってくれるなよ!人は飯を食う、水を飲む、寝るし糞もだす!ここまで膨れ上がった人を抱え込んでの籠城など!」

「何を言ったところでいま人間が居るのは変わらん!スペースはどうにかして確保するしかあるまい!そこらのちゃちな野党どもではないのだぞ!!何としてもまも……」

「貴様、町全体をカバーできる防衛網などどこに……!!」


 怒号と焦燥の混じる意見のぶつかり合い。

 ただ、心が折れそうになるのは現状では、プラス方向になるような情報が耳に入ってこないからだろうか。

 願わくはその嬉しげな情報はすでに議論され尽くされて、残された問題を彼らが議論しているのだと信じたい。


「まったく、なぁんにも決まってないのに声だけ張り上げてどうするのかしら?」


 一筋の希望を粉みじんに吹き飛ばす、能天気ともいえる声が孝和の斜め前から聞こえてきた。


「ディア様、呼び出した者たちは全てここに……」


 一流の執事宜しく、勇者フレッドが孝和たちを引き連れてディアの前に整列した。


「ご苦労さま。さて、と……」


 ディアが自室から姿を現したのにも気づかないほどの熱気で、男たちは弁舌に興じている。それを見やるとディアは顎に指を遣った。


「ここじゃあ、うるさいし。私に割り当てられた部屋で話しましょうか?朝食はもう摂ってしまった?」

「いや、まだなんですが……」

「そう、じゃあどうぞ」


 言い放つとそのまま扉の中に戻っていく。

 フレッドも何も言うことなくその後を追っていく。

 さすがに少し不安を覚え、後ろを振り返るとやれやれとばかりに頭を振るアリアの姿。

 だが、その所作には拒絶のしぐさが含まれていない様子であった。

 まあ、この状況は非常時だし、とばかりに孝和も扉をくぐることにした。





「で、こんな早くから皆を呼んだのは、ねぇ?」


 カップに注がれたスープを軽くすすりながらディアが切り出してくる。

 皆の前に同じくカップがあり、ゆでた卵に柔らかな白パン。みずみずしさを感じさせる葉野菜が皿に盛られている。

 さすがに本格的なものではないが、この緊急時によくぞこのクオリティーで朝食を作れるものだと感心してしまった。

 一緒に、とのことなので遠慮なくご相伴に預かりながらの説明に一気に流れ込んでいく。


「……アンデッドの調査とあと色々なんだけど、今からお願いできない?」

「はは、流石にこの場でジョークじゃあ、無いですよね」

「そう、本気なのよぉ。うふふふ」


 その笑顔がマジで怖い。

 この女傑は、全力の本気で孝和たちに今回の騒動の中心部に突っ込めとおっしゃっているわけである。


「俺たちを選んだ理由は?アリアとはチーム組んでますが、それだけで選んだ。なんて納得できないですよ?」


 口に付けたスープで口を湿らせながらそう切り返す。

 目線は合わせない。

 この類の人物はぶっちぎりのカリスマだ。

 視覚でそれを感じてしまえば、一気に相手のペースに引きずりこまれてしまうだろう。


「まず、この偵察を遂行できるだけの戦力が絶対条件。特に対不死者の能力を有していることがポイントね」


 指を1本上げるディア。

 対不死者の能力。

 言い換えれば不死者に対し優位に立てる権能がその身にあるかどうかだ。


(……有るわな)

 

 真龍の気功術、キールの光系魔術、アリアのフレイムエンチャント・ソード。

 極め付けはギルドに報告されている対騎士ナイト級の霊体との勝利記録というわけだ。

 さらに言うなら、報告されているかは微妙な線だが、孝和のポート・デイでの対スケルトン・リビングアーマーの2ケタ後半の壊滅劇。


「二つ目は、現地での残存戦力の保護・移送ができる手段。これには戦力の回復も含まれます」


 2本目の指。

 要は、こう言いたいのだろう。

 キールの力なら、死んでいなければマドックに向け後退中のキャラバンの殿を拾ってこれるのではないか、と。

 恐らく、可能だ。

 夜間では、パワーダウンするが日中であればキールに関してはかなりの無茶が効く。


「三つ目。これはエメス君にってことなんだけれど。今から大急ぎで陣地を作る必要があるの。とにかく全力で今から不眠不休で防衛用の陣地を作らないと、……最悪ここは墜ちる」


 マドックの失陥。

 恐らく最悪のケースを口にしているのだと思われるが可能性はゼロではない。

 賭け事は目の出が悪くなってきたときに、さらにファンブルを出してしまうように世界はできているのだ。

 陣地の建造に人手を集めなくてはならない。

 それも、突貫でも建造ができると錯覚できるような人材が目に見えてわかるような形でだ。


(チョイスとしては、いい。エメスをそこに充てれば、確かにいけるかもしれない)


ディアが知っていたかどうかはわからないが、ここの所エメスは祭りの設営に、市場の荷揚げなどに携わっていた。

設営に携わっていた建築関係の伝手や、人が出入りする市場での働きを見ているものも多い。

戦闘は無理でも、陣地設営だけなら、という労働力を確保できるかもしれない。

もしそれが無理であったとしても、エメス個人での作業量も生半可な量ではないはず。

不完全でも陣地モドキくらいならでっちあげることができるだろう。


「四つ目。勇者フレッドに銀の乙女アリア。この名前を最大限利用できるなら私が後ろ盾になり、旗頭として担ぐ。この場だけでもなんとか指揮系統の頭を押さえて軍権を握って見せる。そのためにも、アリアの仲間であるあなたに救出の一助を担ってもらい、アリアに箔を付ける。別にすぐにはがれるようなものでも構わない。とにかく今はこの場にいる戦力をまとめる“生贄”をみんなが求めているのよ」


 理に適う。

 マドックの失陥はこの国の商業に大きな影響を与える。

 ここより南の人類生息限界域までには大きな都市はなく、商都としてこの地区一帯と周辺の生活を支えているマドック。

 ポート・デイとのキャラバンの中継地点だけでなく、あらゆる町への中継を担えるだけの商業力を失うことはどんな影響が出てもおかしくはない。

 マドックの失陥を防ぎ、被害を抑えるには確かにこのプランが最も現実的だった。

 “旗頭”のもとで“陣地”を作り、“情報”をかき集め、“戦力”をこそぎ落とすようにかき集める。

 単純であるが、逆にそれがいい。

 小難しいことは考えず、駒は全力で動けば結果が出るのだ。


「……やります。俺の選択肢って実際のところ無いっすから」


 孝和には逃げる先がないのだ。

 匿ってくれる知り合いと言えるものが居るにしても、ポート・デイのイゼルナ一家くらいナワケで、そこはつい最近逃げ出してきた街なワケで。

 他の街に逃げ込むにしても、マドックが落ちれば流通が止まる。

 もしかすればマドックが落ちた後のアンデッドが流れ込む可能性もある。

 今よりも少なくなる士気の低いだろうそこで防衛線。

 希望すら感じられないその状況に寒気すらする。


「ありがとう。冒険者ギルドにはこちらから依頼した形にするわ。門の警備にも話を通すことにして……。後は馬車と馬ね」

「そっちはあてがあります。協力してくれるかは五分ってトコですけど。行くのは俺とキールにしときます。他のメンバーはそっちで上手いこと振り分けてもらえれば」

「今回の件についてはこちらから追加報酬を準備します。それで状況が改善するなら馬の持ち主にもそう伝えてください。さて、そこのあなたはどういったご関係?」


 一通り話の終わったところで、ディアがダッチに話を振る。

 孝和の関係者であることは分かっていたので、話にそのまま加わっていた。

 まあ、そのあたりもディアの計算のうちだろうが。


「ダッチという。こいつらの定宿の親父ってトコだが、この騒動が早いとこ片付くことを望んでる。3番街じゃ一応顔も知れてると思ってる。俺の方から他の街の顔役に話をしよう。いまの策が一番上手いこと行きそうだ……。表のやつらに比べりゃあな」

「お願いしても?」

「ああ、物資と飯、水をどうするかを指示してくれ。若ぇのを集めて陣地設営に向かわせる。炊き出しもこっちで出来る限りしてみる」

「助かります。後は動くだけ」


 ふう、とため息をつくとディアが立ち上がる。


「さあ、行きましょうか。戦争を始めますよ」





「……雲が落ちてきてる。ヤバいな、こりゃあ本格的に降ってくるぞ」


 孝和は荷台の中から首だけを出すと、外の様子を確認する。

朝までの青天が嘘のように、空一面に雲が広がっていた。

 マドックを発ってすぐは問題なかったのだが、徐々に空がどんよりと暗くなっていく。


「一応外套とか出しといてくれない?あと、フードもね」

「わかった。キールはどうする?」

『んーと、ぼくあんまりそーゆーの、きにしないー』

「そうか、でも一応、毛布は濡れないように用意しとくぞ」

『ありがとー』


 馬車の幌の上にいるキールに話しかけると、孝和は荷台の中に戻る。

 毛布を軽くクッションのように纏めて床に置くと、頼まれた外套とフードを御者台のカナエとユノに渡す。


「ありがと。さぁて、もうしばらく行けば聞いてたポイント付近のはずよ。ここからはいつ、何が出てもおかしくないからね!」

「おう、やるしかないってとこなんだしな。気合い入れるか!」

『ちょあー!』


 キールの気合いと共に、馬車を力強く引いていた2頭の馬に神の祝福ゴッド・ブレスが掛かる。

 息も荒くぜいぜいとなっていた馬がみるみる生気を漲らせていく。

 そのまま馬は何事もなかったかのように、またしても全力で馬車を走らせる。


「……なんていうか、ズルイわよね。これ」

「ズルっていうか、ですねぇ?」


 カナエとユノの2人がちらりと荷台を見ると、孝和がポリポリと頬を掻いている。


「いや、そういわれてもなぁ」


 鎖で固定された水樽の横で、それが跳ねていかないようにしていた孝和は自分のちょうど真上にいるだろうキールの方向を見る。


「キールが回復術使えるって話はしてあったはずなんだけど?」

「限度ってあると思うの、わたし」

「同じく、です」


 はははは、と乾いた笑いが孝和の口から漏れでる。

 協力を求め、馬車の荷台と馬を報酬として受け取ったアレフの元に向かうとその場にカナエとユノの2人が居た。

 最悪マドックを脱出する準備をしていたようだが、何とか説得し脱出用の準備をしていたものをそっくりそのまま借り受けてきたのである。

 アレフは詳細を聞くとすぐに陣地設営の人足として参加すると3番街へ駆け出して行った。

 ちなみに彼、ポート・デイから逃げる際に馴染みの娼婦を身請けし、同棲をしていらっしゃったのである。

 家族を持とうとする男の強さと少々のうらやましさを感じざるを得なかった。

 話を元に戻す。

食料に油・水と清潔な布地関係以外を大急ぎで降ろし、そのままマドックを出立。

 目的地までの途中途中で散らばった撤退中の商人たちに、少量の荷を渡しながら進行。

 話からすれば恐らくもうすぐ最後尾のはずだった。





「……見えた。数は30ほど……!襲撃を受けている!!こちらに向かって来てるわ!!!」


 馬車の荷台が大きく跳ねる。

 孝和は後方から体を出すと腕の力で一気に幌の上に登った。


「キール!見えてるよな!?」

『うん!すごいかず!!』

「くそ!」


 尋ねると同時に目の前に広がる光景を目の当たりにした。

 森の中から長く伸びたキャラバンから撤退中の人々が見える。

 一面がアンデッドで覆われようとしている。

 細い人々に纏わり着くようにして襲い掛かろうとするアンデッドの群れ。


「マズいぞ!!?足が止まる!!ユノ!油の用意を!!」

「わかりました!!」

「カナエ!悪いが大きく回り込むようにして突っ込んでくれ!後続との間に火で壁を作るぞ!!」

「ええ!しっかり掴まっててね!!!」


 鞭を勢いよく馬に叩き込む。

 いななきと共に馬が加速する。

 空の曇天がさらに黒くなってきた。

 

ぽつ、ぽつ……


最悪のタイミング。

 雨粒が少しずつ空から落ちてくる。

 それはまるで死を悼む悲しみの涙のようだった。








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