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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
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第59話 動きだす死者と生者 【WORK-WARK】

誤字・脱字ご容赦ください。

「くそっ!テッド!後どのくらい支えきれる!?」

「限界です!全体の3割方は崩れてる!とっくに一番外輪に居たやつらは逃げ始めてます!」


 全身汗びっしょりの男が馬車の幌に登る男と怒鳴りあっていた。

 真夜中でうっすらと月明かりが差し込むなかで、多くの怒号と悲鳴が周囲に響き渡っている。

 キャラバンの野営の火が周囲のテントや馬車の幌に燃え移ったのだろう。かがり火となったそれらに照らされ、ポツポツと周りの様子がわかる程度に人の逃げる様が見えていた

 チィ、と鋭く舌打をすると、そのまま馬車に繋がれた馬を荷台から外す。

 2頭立ての馬車の馬には鞍が無く、裸馬となっている。


「くそ、俺は裸馬は無理だ……。テッド、お前も無理か?」

「へへへ……。カシラぁ、知ってて聞くなんて趣味悪いですよ。残念ながら、その通りですわ。仕方ありませんが自分の脚で逃げるしかありません」

「そうか、そしたらお前らはどうだ、餓鬼供?」


 頭と呼ばれた男の側でガタガタと震えていた少年たちが、その言葉におずおずと応える。


「ほ、奉公に出る前までは、故郷で親父と一緒に馬の世話をしてました。な、何とか乗れると思います」

「お、俺も大丈夫です。乗ってたのは年寄りの農耕馬でしたけど……」


 その答えを聞いて、頭はニヤリと笑う。


「ハハハッ!お前たち、運がいいぜ!ラッキーじゃねえか」

「いやいや、襲われてる時点で運が良いわけじゃないですけどね。まあ、最悪の一歩手前ってのはまだ挽回できるとこですけど」


 テッドと頭は忙しなく外した荷台から荷物をガラガラと落としていく。

 崩れて壊れた木箱からひょいひょいと数個の果物を掴み取ると破れた布で包み、少年たちにしっかりと括りつけて行く。


「いいか、お前ら。よく聞け。忘れたら、お前らの人生そこまでだからな」

「は、はい」


 腰を落とすと少年たちに視線を合わせ、冒険者用のプレイスカードを渡す。


「よし、お前らは馬に乗ってとにかく逃げろ。お前らの親方は、周りの商隊の取り纏めで忙しい。逃げるのに割ける人材がお前らしかいねえ。今は周りの火で多少明るいが、ここを離れればすぐに夜の暗さで道が見えなくなるはずだ。決して全力で走らせるな。月明かりで見えてると思っても小さな石で馬がつまずくかもしれん。足が無くなればお前らは死ぬ」

「は、はいっ!」


 ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。

 少年たちは少年たちなりに必死に生きる努力をしている。


「よし、馬は生き物だ。走れば疲れる。必ず、休ませながら走れ。馬はこの騒ぎで昂ぶっている。抑えて走らせろ。お前たちも時間が経てば疲れる、判断が鈍る。決して夜通し走ろうとするな。奴等は疲れを知らないが、足は遅い。馬があれば十分距離は稼げるはずだ。ある程度離れたら飯を食え、水を飲め、体を休めろ。んで走れ、いいな?」

「わかりました!!」

「いい返事だね。マドックまではあと1日って行程でしたから、迷わなければ何とかなるでしょうよ」


 テントから水筒に水を満載したテッドが戻ってくる。

 返事も待たずに少年たちにそれを括りつけた。


「ただ、道中の魔物だけはどうにもならん。武器を持たせてやりたいとこだが、今回は速度優先だ。それにお前らの様子じゃ剣もろくに振ったことも無いだろう?悪いがお前らの悪運に期待するぜ」


 少年の腰のベルトを掴むと裸馬の背に引っ張り上げてやる。団長に習い、テッドももう一人の少年を馬に騎乗させた。


「俺たちも程ほどに抵抗してお前らの後を追うつもりだ。先に逃げた奴らはばらばらに逃げているから、新しい轍を追うことは絶対にするな。昔からキャラバンが何度も通って草の生えてない剥げた道を進め。正解の道は一つだけだ。間違えるなよ」

「あ、ありがとうございます」


 馬上から感謝する少年にさっさと行けとばかりに手を振る。


「構わねえさ。さっさと行くんだ。少しでも早くマドックにこのことを知らせろ。カードを門番に渡して仔細を伝えるんだ。防御を固めるように、な」

「ありがとうございました!!」

「必ず伝えるんで、もう行きます!!」


 馬が駆け出す。

 その姿を見て頭の口元に笑みが浮かぶ。

 あのように素直に感謝を伝えることが出来る若さにほんの少し感慨を覚えた。


「さて、頭。お仕事ですわ」

「まったく、いやになるぜ。テッド、全力で戦うな。ケツまくる力だけは残しておけよ。あいつらの親方の周りで気張ってるうちの団の連中を回収して俺らもトンズラだ。全員生きて、ってのは難しいだろうが……」

「引き際の妙ってのがうちの団のウリですよ。皆生きてることに期待しましょう?」

「!?来るぞ!」


 引火したテントの光源で明るく敵の姿が照らし出される。

 ズルズルと足を引きずりながら、敵が現れる。

 腐り落ちた眼窩は落ち窪み、こぼれ出た眼球がアクセサリーとなる。

 大きく口を開け、何かを唸っては空を見上げている。


「腐れアンデッド供め……。一体どこから沸きやがった?」


 そのアンデッドの一団の装束には統一性がない。

 こういったアンデッドの集団が沸くときには“冒険者”系や“村人”系、“旅商人”系とある程度の推測が出来るものだ。

 冒険者が襲われた、村が壊滅した、キャラバンが襲われた、などである。

 その推測が出来ないばらばらのアンデッドの一団。

 いや、すでに一団という規模を超えている。

 大きくはないが中程度のキャラバンに居る戦力は侮れない。

 それにまともにぶつかり、飲み込もうとするなど軍団といってもいい。


「感じからすると発生源は魔物でしょうか。人系統がそこまで多くはないですし……。主体はモンスター、鹿や野犬もアンデッド化してますよ」

「このままだと、確実にマドックに流れ込むな。一部はポート・デイ方面に向かってるみたいだが……。やはり少し削っておく必要があるな。火を使うぜ」

「今回赤字なもんで少しばかし火事場泥棒でも……って思ってたんですがね。仕方ないです。残った荷は全部、盛大に燃やして焦がして真っ白な灰にしてやりますか」


 決意した顔つきでアンデッドの群れに向かう男たち。

 兎にも角にも生き残るには、壊乱した今の戦力をかき集める必要がある。

 全体の状況を確認するために、混乱の中心部目掛け突撃を敢行するのだった。





ガヤガヤ……


「……うん?」


 休みの日の酒が程よく入り、穏やかな眠りをむさぼっていた孝和の耳にかすかな音が聞こえた。

 ベッドから起きると、窓のカーテンを開ける。

 まだ昇りきっていない日の光からすると夜明けになってすぐの時間帯である。


「どうした?なにか、あったなこりゃ……」

 

 下に見える宿の入り口に2人の男が居るのが見える。

 そのうち一人は宿の従業員で、今日は孝和の代わりに朝のシフトに入った人物だった。

 残りの人物には見覚えがないが、身に纏う武具に見覚えがある。


「確か、門の衛兵の格好じゃないか?」


 なんとなく嫌な予感を覚え、扉に向かい進む。


『おはよー、ございばぶ……』

「ふわぁぁぁ……わふぅ……」


孝和の動きに反応したのか寝ぼけ半分でキールとポポが起きだしてきた。


「おう、おはよう。俺は下に降りるけどお前らはもう少し寝ててもいいんだが……。どうする?」

『んー……。とりあえず、ぼくもいくー』

「わうー……」

「そうか、んじゃ行くか」


 どうやら2人とも下に降りるようなので、両脇にそれぞれを抱えてドアを開ける。

 嫌な予感しかしないのであるが、こういう予感がかなりの高確率で当たるのである。いざと言うときにトップギアに入れれる準備だけは必要かな、と覚悟だけはしながら階段を下りていくのであった。




「え、それまずいんじゃないっすか?」


 下に下りるとすでに衛兵は姿を消していたが、その場に居たのは周囲の商店の店主や朝勤務の連中だった。

 衛兵が忙しなく動くのを呼び止めたが、詳細を聞いた者からここに居る全員に仔細が述べられたのだ。


「マズイってもんじゃない。今ここは祭りで人が溢れんばかりになってるんだ。中規模のキャラバンを飲み込むくらいのアンデッドの群れってなると、かなりの規模だ。確実にパニックが起きる……。今からは門の辺りに近づかない方がいい。逃げ出そうってやつらに巻き込まれれば死人が出るかもしれん」

「戦力として冒険者連中が祭りを楽しみに来てるっ、てとこだけが不幸中の幸いだが……。如何せんまとめる人間が要る。今この町にそんなことの出来る奴がいるか?」

「それだけじゃない。戦えないやつを逃がすにも、砦に入れて守るにしてもとんでもない飯と水が必要だぞ。自発的に逃げる奴等は目一杯そこらを積んで逃げるだろうし」

「いや、町の防衛を考える以前に軍の連中はこれを認識してるのか?マドックが落ちるまでに増援が来なけりゃ……」


 最後の台詞に孝和は内心舌打ちをする。

 この場に居る人間の中で、軍の現状がどうなっているかを一番知っているのが、自分であるかもしれない、と思ったからだ。

 ポート・デイの一件で確実にこの周辺の軍の統制はごたつくはずだ。

 隣の貴族領であそこまでの問題が起きればしわ寄せがこの地域にも波及する。

 程度はわからないが、平時に突発的に起こる事案と同じ対応が可能と考えてはいけない。

 間違いなく増援は遅れる。

 その防衛策がどうなるかは、これからお偉いさん方の仕事だが、今思いつくだけでこれだけの不安材料が上がるのだ。


「くっ……。最悪まではいかないが、楽観も出来ない。皆、炭に薪、小麦を残しておけ。出来上がってる商品は小売に出す量も絞ってくれ。阿呆共の買占めで後々必要になってから、首が回らないってのだけは避けたい。俺は警備隊に状況を確認しに行くつもりだが、今の状況で個別に対応してもらえるか……?」


 顎鬚に手をやり悩み始めるダッチが顔をゆがめる。

 恐らく、町の核になるような人物の元には同じ情報が届いていることだろう。

 3番街の顔役の一人であるダッチではあるが、この状況下で警備隊に細やかな対応を求めるのは難しいだろうことは想像に難くない。

 厳しい顔がその場の全員に広がって行く。

 ただ、その中でポポはほけーとした顔で難しい話に飽きていたし、キールもその様子であった。

 いつの間にかエメスとシメジも、その輪の中に入ってきていたのには、孝和も苦笑してしまったが。

 そんな一同の耳に馬の駆ける音が響く。


「あん?馬ぁ?こんな時間になんだ、なんだ!?」


 皆が勢いよく駆けてくる音の方向を見ると、白馬に乗った人物が見えた。


「うわぁ……」


 思わず声に出てしまう孝和。

 馬の背に乗った人物を確認してしまったのだ。


「タカカズ!皆っ!良かった起きていたのね!?ええと、ここで集まってるってことは、それなりに今の現状判ってるわよね!!?」

「う、うん。簡単には、聞いてるけど……」

「じゃあ、御免!一緒に来てくれない!?最低でもあなたとキール、エメスを連れてくるようにって、ディア様が!」


 白馬に乗っているのがアリアだったのを見た瞬間、悟ったのだ。

 ああ又、俺は面倒なことの最前線に巻き込まれるんだろうな、ということに。



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