第57話 忙しいったらありゃしない【Too Busy】
誤字・脱字ご容赦ください。
「……なるほど、肉はそこが一番か」
「まー、俺の知る範囲でしかないですし。もしかしたら別のところがいい可能性もありますよ」
ふむふむとうなづきながら、フレッドは手元のメモ帳に聞き出した情報を書き込んでいく。
話を聞くと、この男これから神殿に戻った後は、ディアの護衛をチームに引き継ぎ、食材の買出しに出かけるとのことである。
基本的にディアの夕食はこの勇者のお手製であるそうだ。
そこで孝和がコックをしている関係で知り合った食材商を数件教えたのである。
「いや、他にも何人かには聞くつもりだが、やはりこの土地で料理人をしている人間の声と言うものは得がたい。僕も神殿で聞き込みをしたんだが、正直価格優先で決めている分、質が担保されていない様子だからね。君の意見は正直有難いよ」
「そうですね、情報の駄賃ももらってますし。そんな気にすることもないかな、と」
そういう孝和の手には、綺麗な布に包まれた袋がある。
その袋の真下にでキール、ポポ、シメジがじーっと袋を眺めている光景があった。
時々、くんくんとポポが鼻をひくつかせている。
どうやら袋の中に入っている焼き菓子の甘い臭いにつられている様子だ。
『ねーねーねー。ますたー、ごはんー。おなかすいたー。』
「わうわうー。くぅぅ……」
ギュロロロ……!
盛大な腹の虫がポポから発せられる。確かに昼食を取り損ねたこともあり、孝和としてもいい加減空腹であった。
「隊長、我々もそろそろ……」
「ん?ああ、そうだね」
そのタイミングを逃さず、フレッドに神殿の女戦士が囁く。
ペンとメモを鎧の隠しに仕舞い、孝和に改めて向かい合う。
「では、僕たちは神殿に戻る!ディア様もご満足されている様子だ」
「ははは、そうですねぇ。いろいろいい経験でした」
フレッドが右手を差し出してくる。
それに孝和も手を差し出し握り返す。
「しかし、君の話し方だがもう少し砕けてくれないか?アリアとは普通に話しているだろう?」
「へ?まあ……初対面でしたしね。じゃあ、今後は普通に話すけどいいのか?」
「ふふふ、その方が有難い。ディア様は君らを気に入ったようだ。これから会う機会も増えるかもしれないしな」
「面倒ごとじゃなければ、是非とも、って感じだけどな」
にかっ、と白い歯を剥いてフレッドが笑う。美形の笑顔に少し怯みつつ孝和も笑い返す。
その瞬間、双方が笑みを引っ込め、少しだけ眉を寄せた。
だが、次の瞬間また笑みが双方に浮かぶ。こんどはフレッドだけでなく孝和も満面の笑みを。
「……では、また」
「ああ、じゃあな」
フレッドはそのまま護衛の者とディアの乗る馬車に向かう。馬車の窓越しにディアと話していたアリアが軽く頭を下げ、フレッドたちと入れ替えに孝和に向かってきた。
「……いい趣味してるわ」
「?どうしたの?」
「いや、何でもない。この後、仕事外してもらったんだって?」
「ディア様がいろいろ我儘言ってごめんなさい、ですって。その侘び代わりらしいけど」
「腹も減ってるし、飯でも行こうか。さすがにもらった焼き菓子だけじゃ少ないし」
「そうね、イゼルナ姉も誘うわよ?」
「ああ、頼む」
離れたところでエメスと話し込んでいる様子のイゼルナにアリアが駆け出していく。
(しっかし、手首極めに来るとは……。恐れ入ったわ、マジで)
軽くぷらぷらと右手を振る。
馬車を見ると動き出したところだったが、フレッドの方もこちらを見ていた。
おどけたように右の手首をさすりながら馬車に合わせて歩き出していた。
(無手でもある程度やれるな、アイツ。咄嗟だから少し強めに返しちまったんだけど)
フレッドは握手の瞬間、手首の関節を極めに来たのだ。身に染み付いた技が勝手に返しを放ってしまい、慌ててしまったのだが、フレッドのリストは想像以上に頑丈だった。
常人では筋を痛めるか、最悪骨に異常をきたすレベルだったのだが。
(勇者の看板に偽りなしってね。御見それしました)
「さて、帰ろうか」
なにしろこの後も予定は有るわけで、遅くなったがしっかりと飯を食わねばスタミナが足らなくなるかもしれない。
孝和は何を食べようかな、と考えながらトコトコと外に向かって歩みを進めて行くのであった。
じゅぅぅぅぅ……。
「お待たせいたしました。こちら、当店自慢のハンバーグとなっております」
「あ、ども」
孝和のテーブルに置かれた皿の上には焼きあがったばかりのハンバーグの“ようなもの”が乗っていた。
ここは1番街の大通りにある食事処。宿に来る人間に聞くところ、そこそこ繁盛している店らしい。その人物がいうにはハンバーグに似たものがこの店で提供されているという。
実はここは祭りの際には1番街の代表となったことも何回かあるという店であった。
要するに本選前に偵察でも、と考えて昼食にこの店を選んだわけだ。
さて、ウェイターが一緒に持ってきたフォークで、そのモドキを刺してみることにする。
焼きが甘かったのだろう、ポロポロと肉の塊から細かな塊が崩れていく。
(ひ、ひでぇ……。もう少し何とかならなかったか?)
店内を見ると周りにはちらほらと客の姿が見える。昼時を少し過ぎたので忙しいランチタイムは終了しているためか座席数からすると客はまばらだった。
「ねえ、本当にそれでよかったの?」
アリアの前には鳥を薄く切り分けたものに、とろみのあるソースがかかった品が置いてある。こちらも同じ皿に盛りつけられているが、ハンバーグモドキと比べると雲泥の差であった。
正直、見ただけで分かる非常に美味そうなビジュアルをしていた。
「……うん、ちょっとだけそっちの分けてくれると嬉しいかも……」
仕方なしに口に含んだそれは、過去に確かに味わったことのあるものであった。丁度法寿に引き取られ、しばらくした頃のことだ。
作ってくれるのが渋めな居酒屋のメニューという食生活から抜け出そうと、自分で食事を作り始めたあの頃。
ハンバーグのレシピを見ながら作った最初期の作品の味に酷似している。
いや、むしろ材料の質が低い分、少年孝和の作った物の方が幾分ましな出来かもしれない。
(えぐみ、ひでぇ。肉、かてぇ。舌触り、パッサパサ。臭み、消しとけ、マジで)
ソース自体は悪くない。十二分に美味といえるだろう。
つなぎや、空気抜き、配分、焼き方などで大きくマイナスをたたき出しているわけだ。
しかしながら、料理というものは加点と減点を足して評価するものではない。
最終的に食べ終わった時に満足できるか否かが大事だと、孝和は思う。
そこに至る過程も必要だという異論がある者もいるだろうが、「ふらりと入った店で気軽に食事をする」という価格帯の食事であれば、この点だけは何とか押さえてほしい。
くどくど長くなったが、はっきり言うと、だ。
(正直、もう頼むことはないかなぁ。価格的にアリアのチキンの皿の方が安いし、美味いもん)
苦み走った顔でもそもそモドキを口に運ぶ孝和に、そっと出されたアリアの皿。
鶏肉の皮に少し入った焼き目が食欲をそそる。
ゴメンと軽く頭を下げ、一切れ口に含む。
塗られた照りのあるソースはほんのりと甘みがあり、肉の脂も程よく口の中のゲンナリ感を洗い流してくれた。
「あの看板、降ろしてくんないかなぁ」
孝和の目線の先にあるのは木製の看板で、壁に掛けられてからそんなに日は経っていないようだった。
そこに何と書かれているかというと『元祖・1番街ハンバーグ発祥の店』であった。
「いや、タカカズ。私もあなたの店でハンバーグは一度食べさせてもらったけれど、これヒドいわよ?あの看板、文句言ってもいいんじゃない?」
そういうのはイゼルナで彼女の皿は川魚のムニエル風の一品である。
テーブルの逆に座る彼女の皿は半分ほどがすでに食べられている。
あまりに酷い顔を形作らせる孝和のモドキに少しだけ興味をひかれたのか、ひとかけら分をフォークで口に運んだ感想である。
これでもイゼルナ、アリアともに貴族の出。舌に関して言えばそこらの平民よりはいいものを食ってきているのだ。
「いや、俺もこれはひどいなぁと思うんだけど……。正直な話、『元祖』とか『本家』って俺が言うのは違うんだよ。実際本家筋って他にあるんだし」
ハンブルグ地方の発祥説と、モンゴル民族の馬肉説とかを聞いたことがある。他にもあるのかもしれないが、どの説が正しいにしろ『この世界』の発祥ではない。
それでも孝和が「俺が本家です」というのはおこがましいだろう。
『じゃあ、このままでいいのー?』
もしゃもしゃと果物の盛り合わせをむさぼるキール。
その横ではポポが鳥の脚にかぶりついている。イゼルナとは違う皿で、色味も違う。ポポのものはハーブ類を散らして塩で蒸し上げたもので、柔らかく仕上っていた。
シメジに関してはよくわからない。自身の体とほぼ同サイズの皿になみなみと注がれた水につかっている。最初のころと比べ微妙に水面の高さが減っていることから、飲んで(吸水?)いるのであろう。
「いいわけじゃないけど、まあそのうち味も良くなるんじゃないか?ハンバーグ以外はまともな味付けなわけだし」
『ふーん。なら、いーや』
興味を無くしたのか、また果物の盛り合わせに挑むキール。
2本目に挑むポポ。
先ほどと変わらなく見えるシメジ。
三者三様であるが、難しいことよりも食い気が優先されるのであった。
「でも、ここまで堂々とするのもすごいけど」
トーンを落としてアリアが孝和に語りかける。
それに合わせて孝和も声を潜める。
「俺も宿に来た人に聞くまでは知らなかったしな。予想以上にハンバーグってインパクトあったんだって驚いたし」
「でも、これをハンバーグって呼ぶのはちょっと……」
正直、孝和もそうは思うのだ。
しかしながら、看板は真実を伝えている。
「看板にある『1番街で』『最初に』『ハンバーグを作った』店ってなるとウソ言ってるわけじゃないから……。絶妙なとこついたよなぁ」
なんというかサマ師の在り方に近いのだが、それを厳格に縛る法がここにはない。
今後同じようなことが起きれば法が現実に即してくるのだろうが、それを待っている間に『ハンバーグの元祖』はあやふやになっていくだろう。
怒りたいには怒りたいが、その怒るだけの正当性を主張できるほど孝和は厚顔無恥というわけではない
(現代チートっていうんだっけ。話の中では面白おかしく書かれてたけど、実際直面すると罪悪感半端ないし。平気な顔で『俺が考え出して作りました』ってできるやつ、どんだけ図太いか常識ないかわかんないよなぁ)
「さて、昼も終わったし、次いくか?」
ハンバーグモドキは我慢してすべて腹に収め、そのあとのスープとパンのみを美味しくいただいた孝和は気持ちを切り替え次に向かうことにした。
ちなみにハンバーグモドキ以外の品はそれなりに美味い。
おそらく、流れに遅れないために急きょ出してきたメニューなのだろう。他のものと比べるとかなりの違いがあったのだが、少ない客数にもかかわらず、何度か注文の声を聞いたことからすれば仕方ない流れなのかもしれない。
他の料理から考えれば、ハンバーグのクオリティも今後熟達していくだろうことは間違いない。
偵察結果としては、1番街の料理のレベルはそこそこ高く、何か考える必要もあるだろう。
だが、それは後でもいいだろう。
「次っていうと、武具の整備よね?」
「そうそう。私、一応言われた通り持ってきたけど」
イゼルナとアリアが歩きながら声を上げる。
イゼルナは今日は特に整備が必要なほど武具は酷使していないので腰にショートソードを1本佩いているだけだ。
一方のアリアは布地に包まれたものを背から降ろす。
軽くそれを解くと、中からはシンプルなショートソードが出てきた。
造りとしては何か目を引くところのない、教科書通りに作られたショートソードであった。
ただし、その刀身は形としてはシンプルであるが、時折波打つように赤とオレンジの目を引く輝きが覆う。
それで、その剣が普通のものではなく、魔術的にエンチャントされたものであると判別できるのだった。
「ただの鍛冶屋じゃあ、魔術的な整備ってとこまでは難しいものもあるから……」
この剣は先日の港町での一件で竜牙兵より手に入れたショートソード【フレイム・エンチャント】だった。
正式に冒険者ギルドから報酬として手に入れたはいいが、整備する暇もなく町を離れたのだ。
結果、使ったままの使いっぱなし。整備すらできていないわけである。
「私、この町でそんな専門の整備のできる鍛冶屋ってまだ知らないし、困っていたのよ」
アリアは孝和とほぼ同時期にここに来たわけで、さらに言えば町中での生活時間よりも神殿での仕事をしている時間が長い。
神殿のお抱えの鍛冶屋や、魔術具を整備できる魔術屋もいないわけではないが、入手した経緯をそのお抱えに話すというのは少し気が重い。
いろいろと問題を含んだ案件だったのだ。
それなら、多少価格が高くとも町の鍛冶屋や魔術屋に頼むほうがいい。
プロとして冒険者と関わる彼らの方が、心意気として深くは聞かずに整備を行ってくれるだろう。
「そう考えると、俺も幸運な部類だったんだな。あのタイミングできちんとした整備のできる人に会えたってことは」
『こーうん。こーうん!!』
「わうわぉぉん!」
そう独白する孝和の袖をポポが引く。そうすると、びしりと指先を道の先に向ける。
なんだろうとその先を見やると小さな人だまりができていた。
「……すげえ、上野の映像思い出した」
背中に大きな扉を背負い、さらに壊れかけた扉をもう一枚小脇に抱え、逆の腕にはその扉と同じくらい大きな袋を抱えたエメスがいた。
仁王立ちしたエメスの周りには老若男女、多種多様な種族がその威容を少しスペースを空けて眺めている。
それは上野の西郷どんを孝和には彷彿とさせた。
「む、失礼する」
こちらに気付いたエメスがゆっくりと歩きだす。
食事を必要としないエメスには『陽だまりの草原亭』に戻ってもらい、装備品一式を持ち出しに行ってもらったのだ。
歩き出すエメスに合わせ、ゆっくりと人垣が崩れる。
ぽかんとエメスを見上げる人が離れる中、孝和たちはエメスに合流する為歩を進めるのだった。
コンコンコン
「はい、はい開いてますよ」
樫の木でできた戸がノックされる。
それにミーナはカウンターから外に声をかけた。
「こんちわー」
『おじゃましまーす』
孝和とキールはドアからゆっくりとボルドの店に入る。
店主のボルドがいないのに、少し首を傾げながら入店すると、孝和はミーナに尋ねる。
「今日って、ボルドさんいないんですか?」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
柔和なほほえみでミーナはそう返答する。
「お祭りが近くなってますでしょ?うちの旦那の親戚連中が押しかけてきてまして、ちょっと奥にいるんです。店自体は平常どうり営業してますよ」
「あ、よかったー。武具の整備、お願いしたくてですね」
「ふふふ、じゃあ今呼んできます」
トコトコとミーナは歩き出し、奥に通じるドアをあけた。
「あなたー!タカカズくんと、キールちゃんがー……」
ドタタタタッ!!ドゴン!!!ベキベキッ!
ミーナの呼びかけが終わる前に、何かが勢いよくぶつかり合う音と何かが壊れた時の音がドアの向こうから聞こえた。
しかもそれは一つではなく、複数のようだった。
「タ、タカカズかっ!!?」
「おう、ボルドっ!!こん、ガキがかいっ!!?」
「あ、兄貴っ!!あ、あれはドコよっ!!?」
「馬鹿野郎どもがっ!ボルドんとこの客人じゃぞ!人の店先で迷惑かけんじゃねぇっ!!」
一斉にドアから出てこようとして団子になったのだろう。この店の主人であるボルドとよく似たドワーフの男たちがそこで渋滞を起こしていた。
「お邪魔しまーす……。って何!?」
「ふふふ、何か面白いことになってるわ」
そこにアリア・イゼルナの2名が入店する。
そのカオスと化した空間を見て、大丈夫かしらとアリアは自分の握るフレイムソードを抱きしめるのだった。
「ゴホン……。すまねえ、後ろの奴らは俺の家族連中だ。左から親父と兄貴、弟だ」
ボルドはそういうと居住まいを正して家族を紹介した。
その中で最も老境に差し掛かろうとしているドワーフが一歩進み出て孝和に挨拶した。
「そういうわけで、ボルドの親父のガルドだ。ボルドの兄貴がドルド、弟がロルドっていう。祭りの時期には家族全員で集まることにしててな」
「おう、よろしく」
「おなじく、よろしくだ」
正直な話、ガルドはともかく、ボルド・ドルド・ロルドの違いが分からない。ほぼ同じひげ面に見えるが、きっとドワーフ同士でははっきり違いが判るのだろう。
ヨーロッッパの人間がアジア系の顔の判別ができないように、その逆もわからないように、である。
「はあ、そんでですね。店はやってるんですよね?」
「おう、やってるぜ」
「じゃあ、武具の整備ってお願……」
ずざっ!!
4名が全員全く同じタイミングで孝和に手を差し出す。
ただし、そのうち3名の手は細かく震えていた。
「も、持っている、んだよな?」
「ウソだったら、ブッ飛ばすぞ、兄貴!!」
「ワ、ワシ、倒れるかもしれん……」
「え、と。よくわかんないですけど、どうぞ?」
その3名の顔を見て首を傾げる孝和は、アリアから受け取った剣を3名に渡す。
3名は顔を見合わせると、同時にうなずく。
勢いよく布地が取り払われた。
「そりゃ!……あ?ああん?」
「なんじゃ、こりゃ?」
「わるかねえ、わるかねえが、こりゃ」
ぎろりと視線がボルドに向かう。
「「「そこそこ数のあるショートソード【フレイム・エンチャント】じゃねえかっ!!!!ふざけんな、ボルド(兄貴っ)!!!」」」
3名のドワーフがその勢いのままボルドに向かい突進していったのだった。
「わはははは、すまん。すまん。早とちりしちまった。なんだ、別の武具の整備もする予定だったのか!」
ガルドが、がはははと大声を上げて笑う。襲い掛かられたボルドは咄嗟にカウンターまで逃げ出して無事だった。
4名はジ・エボニーがてっきりその布にくるまれていると勘違いしたわけである。
同じように笑うドルド・ロルドの隣ではミーナがキールとポポと一緒にお茶を始めている。ちなみにシメジはその真ん中でお茶用の臨時テーブルになっていた。それでシメジはいいのだろうか。
「ひでえ目にあったぜ……。で?他のもあるんだろう?そいつはどうしたんだ?」
頭をかきかきボルドが出てくる。
孝和たちはどう見ても軽装でそれ以上の武具は持っている様子がなかった。
「いや、ここにきてから気づいたんですが、アイツここに入れないんですよ……。外に待たせてるんで一旦外に出てくれません?」
親指で外を指さす孝和。
同じ様な顔の親子4名は同じように首を掲げながら外に出る。
「うぉぉぉう!?ゴーレムかっ!すげえっ!」
ドワーフが余裕で入れるドアとは、人間にとって少し窮屈なくらいのドアにあたる。
それから考えると、人間よりかなり大きなエメスが、そのボルドの店のドアをくぐれる道理はなかった。
話の最中ただ待つしかなかったエメスを遠巻きに見ている輪が少し出来始めていた。
「む、これをお願いしたい」
その状況に少し困惑していたエメスは、挨拶もそこそこにずいと袋をさしだす。
エメスが抱えて大きいと判断する袋は、ドワーフからするとさらに巨大になる。
4人が全員でその袋を受け取る。
中身が何かを察知すると店の裏手に回る横道へ歩を進めた。
さすがに道の真ん中で袋を開ける気にはならなかったのだ。
小走りですすむ小さなドワーフの後にエメスが続く絵はなかなかにシュールだった。
「いいか、開けるぞ!」
「おう、親父、震えてんじゃねえか」
「馬鹿、こりゃ武者震いってやつだ」
そんな中、袋が開かれた。
ポート・デイで手に入れたもろもろ。ナイフや海軍仕様の剣。盾数種にリビングアーマーからはぎ取った防具類。
それらの中に、彼らの目的とするものがあった。
「……美しい……」
「国の神器とはちと作風が違うが、これは一つの極み……素晴らしい」
「ワシ、夢見とるんじゃろーか……」
3名の中心にあるのは抜身のジ・エボニーだった。
どこまでも深い漆黒の刀身。触れるだけで深淵に飲み込まれるのではないかと錯覚するほどの神秘。
纏う神気ともいうべき闇のオーラ。
鍛冶師という職を極めるドワーフの頂き、つまりは一流を名乗るにふさわしい彼らをして、いまだこの足元にたどり着くかどうかというレベルの神器。
「触れてもいいんだろうか」
「ええじゃろう。整備を頼まれとるんじゃし」
「そうさ。整備しないと」
「そうだ。触らないと整備できないんだし」
やいのやいの言いながら3名はジ・エボニーに夢中になっている。
「いいのかな……?」
「構わんでやってくれ。身内びいきになるが、あれでもドワーフ鍛冶としては真っ当にやってきてる連中なんだ。おかしなことになりはしねえさ。ちょいと気分が高まりすぎて酔っぱらってる感じなんだろう。俺もそうだったからな」
「そうですか……まあ、信じますけど。残りのものについてもお願いしたいんですけど」
「ああ、俺がしっかりやるから、安心しな。あのショートソード【フレイム・エンチャント】は神官さんのものでいいんだな?」
不意に話を振られたアリアは、3名の酔っ払い?から顔を外しボルドに答える。
「ええ、なにぶん手に入れたばかりで碌に整備することもできなくて……」
「そうか、まあタカカズの知り合いならそういうこともあるかもしれん」
うむうむと深く頷くボルド。
何せジ・エボニーを見せられた後に、真龍の鱗まで持ってこられた過去があるのだ。もう何でもこい、という気分にもなる。
今一つ孝和が価値を理解していないのか普通の顔でジ・エボニーを渡してくるのだ。渡された側からすれば顔が引きつる程度で済んでいる状況に慣れてしまった自分が怖い。
「んで、そのゴーレム……エメスっていったか?お前は、また不思議なモンばっか持ってきたな」
「む、しかし我には、有用かと」
「そりゃそうだが……。こりゃ時間くれるか?門扉を盾に加工するなんて初めてだからな……。しかしすげえ面白そうだ」
ニマニマとしながらエメスのドアシールドを見るボルド。時間をくれと言いながらも、ある程度の完成図が頭にはあるのかもしれない。
そのほかにも半壊している斧、中折れしたバスタード・ソードも渡す。
これらに関しては新しく鋼材を持ってきて直すか、一から作るかを考えるそうだ。
それと打鞭として使える大弓。これに関しては弦を作る職人に心当たりがあるそうなので改めて紹介をお願いした。
「さて、じゃああと残りもカタ付けとこうか」
「そうですね」
「おう、じゃあこれが言ってたモンだ」
袋に入った物を孝和に差し出す。
無造作に孝和は中のものを取り出した。
「おお、いい感じでない?なあ、キール」
『うんっ!ボルドさん、ますたー、ありがとー!』
かぽっと音がしそうな感じでキールのぷよぼでぃにそれが装備される。
見た目はまんま巻貝である。渦を巻く先の先端には小さな魔石がはめ込まれており、水色の輝きを放っていた。ところどころに棘があるように見えるが、近くで見ると全てが綺麗に面取りされていて、触ってもチクチクとした痛みは全くない。
孝和がボルドに頼んでいたキール用の防具兼魔術媒体である。
これで防御面をカバーしつつ、攻撃等の場合に魔術をより効率的に使えるはずだ。
キールもそのぴったり具合に非常に満足している様子で、孝和としてはとても喜ばしいことだった。
と、まあここまで書いてみたのだがはっきり言おう。
孝和は要するに「かいがらぼうし」が欲しかったのだ。
注意したいのは「貝殻帽子」ではない。ひらがなで「かいがらぼうし」なのだ。
レトロな感じがわかる人にはわかる。わかってくれるはずだと信じる。
何せキールが白ではなく青系統ならばっちりな感じなのだから。いや緑系統でも行けるやもしれない。
もう一度言おう。レトロな感じがわかる人にはわかる。わかってくれるはずだと信じている。
「おい、どうした?」
「……はっ!?いや、大丈夫です」
「そうか、あともう一つあるからな」
先を急かされゴソゴソと奥を探る。
出てきたのは布をぐるぐると巻かれた30センチに満たない長さの棒状のものだった。
迷うことなく布をはぎ取る
「へぇ、真っ白なんですね」
「おう、磨き上げるのに腕が折れるかと思っちまったぜ。ただ、やってると楽しくて仕方なかったのは助かったぜ」
その刀身はジ・エボニーとは真逆の色合いだった。どこまでも白く、輝く刀身はたとえ闇夜の中でもその美しさを失わないだろう。
あえて片手で扱う武器としては、このあたりで主流とは言い難い片刃に仕上げてある。
使用者が片刃を好んでいることは酒場で飲んだ時に聞いていた。
その要望に応え、ゆっくりと鱗を研いで研いで研いで作り上げた刃。
レアメタルで作った砥石がかなりの数ダメになりはしたが、その甲斐あって十二分に納得のいくものに仕上ったと自負している。
「?これ、柄がないですけど」
「そこはお前さんの手にあうもので作りたくてな。そこから先はこれからなんだ」
「!じゃあ、これつかえません?」
そういうと孝和はエメスの持ってきた袋をあさり始める。
いくつかのものを乱雑に放り出すことしばし、目的のものを見つけ出す。
「実は、使ってたナイフ折れちゃいまして。すごい使いやすかったんですけど。なかなかこれ以上のものがなくてですね」
「ほう……」
使い込まれて、孝和の手の跡がうっすらと残る柄。
その柄から本来のびるブレード部分は完全に脱落している。そのブレード部分がどこにあるのかといえば、孝和の横に立つエメスの胸部に収まっていた。
ブレードと本来の球状の核が孝和の力で融合して、今では球体が刃を飲み込んでいるような形になっていた。
あの時に破損したナイフの柄部分を再利用しようというわけだ。
「じゃあ、この柄にこの刀身をはめ込むぜ。それだけならそんなに時間はかかんないだろうよ」
「お願いします」
『おねがいしまーす』
そう頼み込んだ瞬間、どこからか鋭い視線を感じた。
その方向に顔を向けると、今までジ・エボニーを囲んでいたドワーフ3人が目をひん剥かんばかりに見開いて白く輝く刀身を凝視していた。
「お、おい、な、何なのかな?その刃は?」
「あ、あまり見ない類の材質でないかな?」
「ちょ、ちょっとワシに見せてくれんか、のう?」
3名がガシリとジ・エボニーを握りしめながらゆっくりと近づいてくる。
「ははは、どうぞ…」
奪い取るようにその刀身を手に取った3名が凝視する。
ちょうど上にジ・エボニー。下に真龍の刃となり白と黒のコントラストが美しい。
「ああ、ええのぉ。このまま時が止まれば、ええのぉ……」
「はははは……」
笑いながらまあ、大丈夫だろうかと不安になる孝和。
切れ味は非常に良さそうだ。
孝和としては最終的にきれいに仕上げてくれればそれでいいのだ。
これで、やっと使いやすい刃物が手に入る。
肉を、野菜を、魚をさばくちょうどいい刃物。
ああ、果物の皮むきにもいいかもしれない。
実は孝和のメインの目的は、ボルド達の考える方向性とは微妙にずれていたのであった。
「わう」
くいくいと孝和の袖が引かれる。
「おぉう?どしたポポ?」
がさごそと自分のカバンを探り、こん棒がずる、と出てきた。
「わうわうっ!!」
どうやら自分のこん棒も整備してほしいようである。正直な話、汚れを落とすくらいのメンテナンスくらいしかやることはないわけであるが、ボルドは歯を剥いて笑う。
「おうおう。ちっこいのに一丁前に武器出して、まあ……。ははは、俺が綺麗にしてやる。任せとけ」
「わうっ!」
ぺこりと頭を下げ、ポポがこん棒をボルドに手渡した。
「さて、そんじゃあ数も結構あるし、親父たちが落ち着いたらメンテに入る。ちょいと時間は掛かるだろうから、出来上がる頃にまた宿に顔出すことにすらぁ」
「お願いします」
「ただ、悪いんだが支払いは物じゃなくて現金で頼まぁ。換金すんのに結構手間でよ」
ボルドは鼻先をぽりぽり掻きながらそう孝和に頼む。
「あ、駄目ですか?今回も実は金は払うんですけど、一部は物でお願いしようかと……」
ずざざっ
大きくボルドが飛び退ける。
「こ、今度は!?あれ以上に変なものだったりするのか!?」
いまだ白と黒のコントラストを眺める3名のドワーフ。恐らくドルドと思われる男の持つ、真龍の鱗から作られた刃を指差す。
「いや、あそこまでではないんじゃないかと思うんですけど。ちょっと難儀してはいまして……」
エメスが背に背負っていた包みを渡す。
ズルズルと布をはがすとむわっと濃緑色のオーラが零れ出てくる。それはポキリと折れたポポの角だったものである。
結局、これも持って帰ってきたはいいものの、どう活用するか全く案がなかったので、ついでに相談もしてみようかと持参した次第であった。
「こいつは……、なんだ?」
「いや、ははははは」
ぽりぽり頭を掻いて、さてどう説明したものかと孝和は悩むのであった。