第56話 鐘は鳴る。選別の鐘の音が
「いいじゃなぁい。私もそのエメス君達を見てみたいわ。いいじゃない。この街に着いてからここに詰め込まれたままで、もうつまらないったらないんだからぁ」
「駄目です!ご自分の立場が本当にお分かりなんですか!!?」
ぶぅ、と頬を膨らませたディアはどさりとソファに背を投げ出す。高そうなソファはその体をゆっくりと沈み込ませていく。
ちなみにその両腕にキールが抱え込まれていたりもする。
新しい“お友達”となったディアの腕にしっかり抱きしめられたキールは、ディアの見方である。
『ぼくも、エメスくんとこにいきたーい。なんで、だめなのー?』
立ち上がり、大きな声を上げてアリアが抗弁を続ける。
「ごめんなさいね。この人はね、あんまり外にふらふら出てちゃいけない人なのよ。マドックにはお仕事に来てるからね?」
『むむむっ。おしごとは、たいせつだもんね……。わかった!ディアおねーさん、おしごとがおわったら、あそぼーねっ!!』
「あらあら……」
むにむにっとディアの腕から脱出したキールがアリアの横まで飛び跳ねていく。
今まで自分の味方だったキールの変心に、困ったように頬に手を持っていく。
(おお、何か様になってる。美形はやっぱそういうとこ、得だよなー)
ずずずっ、とカップに残る茶を啜る孝和。自分で脇に置かれたポットを手に取り、とぷとぷと注いでいく。
少し時間が経って冷めたためか、香りは少し弱い。
しかしながら茶菓子をパクパクとつまむには、一気に流し込めるくらいのぬるい茶もまた乙なものである。
ディアの“私、エメス君を見に行くわ”発言から神殿関係者一同の“止めてください”が5ループ目に入ったわけで、特等席の観客となっている。
(はよ、終わんないかなー。何か、気抜けるし)
もう、はっきり言ってしまうとそこに存在しないくらいに空気に成っているのである。
行くなら、行く。行かないなら、行かない。
はっきりして欲しいわけだ、正直。
「タカカズ君はどう思うの?」
「……ええ、とですね。俺はどっちでもいいんですけど、やっぱ受け入れ側が拒否したら駄目なわけですし、冒険者ギルドに聞いて戻ってくるのにも時間掛かるでしょう?今回は、止めておいた方がいいんじゃないか、と」
ディアの質問に対し、孝和が大人の回答をして見せる。神殿関係者の目線が“よく言った!”といわんばかりの熱量をもって、孝和を見つめていた。
まあ、普通の感覚であれば、そういう軟着陸を目指すべきだろう。
「そうね、そうね」
何故か拒否されたはずのディアがニコニコとした笑顔で頷いている。
やおら腰を上げたディアが、ソファに掛けられた上着を取る。
極彩色の煌びやかなそれが目に痛い。
「じゃあ、聞いてきましょう」
「「は?」」
全員の声がそろった。
「だからぁ、私が聞きに行くわぁ。時間ももったいないし、皆も一緒に来ればいいのよ」
「いや、ですからっ……!」
聞き分けのない上司にアリアがさらに言葉を続けようとしているとき、ドアがコンコンとノックされた。
「失礼します、ディア様」
「あらあら、フレッド君」
すすっと中に入ってきたフレッドは、満面の笑みでこう、のたまったのだ。
「馬車の用意が出来ました」
「「はぁっ!!!?」」
全員の声がまたしてもそろう。
(そういや、揉め始めた最初のあたりで出て行ったよなぁ……)
その段階で誰かが止めておけば何とかできたのだろうが、この状況ならもう、行くほかないだろう。
もう、どーにでもなれ。そんな気分で茶を啜る。
さらにぬるくなった茶はゆっくりと体に染み渡っていったのだ。
「……と、いうわけだ。あの貴賓席っぽくなってるとこに座ってる人がだ。皆を見たい、と言い出してこの状況になってしまったんだな」
「本当に、うちの上役が迷惑を掛けてしまって……」
もう投げやりな感じの孝和と、恐縮しきりのアリアが説明を終える。
「肝心要の試験は、変更無し。ならば、問題とすること、共に無し」
「わうわうっ!」
とはいえ、受験者側の意気込みはさほど変わらない。エメス、ポポはやる気を見せているし、イゼルナは自分の使う木剣の素振りに余念がない。
「仕方ないんじゃない?試験官が変わるだけで、合否は変わらないでしょうし」
にこにこと嬉しそうに笑うイゼルナの顔を見る。
孝和ははっきりとわかったのだ。
この人も間違いなく、アリアの血縁者だということを。血しぶきの中で悠然と立つアリアの姿を幻視し、それがピタリとイゼルナの姿と重なり合う。
その中で唯一感情が今一つわからないのがシメジである。
ただそこにぽてっとおかれたキノコのオブジェにしか見えないシメジは、その4名の中の最前線に陣取っている。
よく見ると少し動いてはいるのであるが、下がろうとする感じがないということは、やる気なのだろう、多分。
「まあ、ゆっくりと見てればいいんじゃない?こういうことにも柔軟に対応できるっていうのが冒険者としての資質にも繋がるって言ってしまえばそれまでなんだし」
イゼルナのくいっと顎を向けた先には、神殿の鎧を付けた4名がいた。各々の武具を選んで、場に出てきてしまったのだ。
時間いっぱい。待ったなしなわけである。
「まぁ、申し訳ないがこれが終わればあの人も帰るだろうさ。頑張ってくれよ」
「応援はするからね。怪我はキールがいるとはいえしない事に越したことはないわ。イゼルナ姉、気をつけてね」
そう声をかけるアリアに従妹のイゼルナは心配するなとばかりに軽く手を振る。ただ、視線はそこに向けず、これからの試験相手をなめるように見つめていた。
「しかしのぉ……、ワシぁあんまりこういうのは好まんのじゃが……」
たっぷりとした白いあごひげを蓄え、それを扱きながら中心に向かう老戦士が隣の若い同僚にそうこぼす。木剣に使い込まれたカイトシールドを携えてはいるが、踏ん切りのつかない様子である。
「そうですが、これもまたディア様のご依頼とあればうちの隊長が断るわけもなく」
「…それに付き合わされると、覚悟して今回同行してますからね。まあ、予想の範囲内ですよ」
「まあ、仕方ないじゃろう」
ひょろりとした背格好の男は木製の槍を、苦笑を浮かべた縦も横も広い男は木製の手斧と華美な装飾の大盾を手にしてその横に並び立つ。
槍使いは若草色のくせ毛で、とろんとした目がどことなく愛嬌を感じさせる。もう一人の斧戦士は褐色の肌に光る白い歯がまぶしい。にっと笑うその顔は美男子ではないが、男くささがその魅力を発揮していた。
彼らの目線の先にはディアローゼが居た。横にちょこんと座るキールと、終了をつけるハンドベルが置かれている。
どうやら合否判定の権限までも冒険者ギルドから分捕った様子であった。
「私、転属願いだそうかしら……」
はあ、とため息をはきだすのは、唯一の女性である。
これもまた、イゼルナに並ぶほどの長身で、その手にはメイスが握られている。ただ、これに関しては、試験場にあるものではなく、自身の持ち物に、幾重にも布を巻いて衝撃を抑えるようにしてあった。
「それは、結論を急ぎ過ぎじゃあないかい?ここの職場もそれなりに楽しいし、給金も結構いいんだよ?」
「その給金で、ゴーレムタイプと殴り合い?割に合わないわよ。しかもあれ、自律意思覚醒済みの戦闘型よ。そのうえ、ゴーレム建造全盛期のオーダーメイドタイプじゃない?こんなところにいていいものじゃないわよ?」
赤毛、短髪、顔にはうっすらとそばかすの残る女がそう分析する。
顔にはひくついた笑みが張り付いていた。
「マジか……。見た感じヤバそうだなと思ったけど、そこまでかよ。見た目だけ肉付けで成型した量産型ってことは?」
「ないでしょうね、関節部まで再現してるでしょ、アレ」
彼らは軽く地面を踏み、足場を作る作業をしているエメスを見やる。その手には特に何も握られていない。
彼に会うサイズの武器が少なかったこともあるが、それ以上に無手で挑むことを本人が選択したようである。
確かに軽いステップを踏みながら短く拳を振る様は、鈍重な量産型では実現不可であった。
「ええのぉ。あの様、かなりやるじゃろうのぉ……」
「まあ、たまにいいとこ見せるのも必要でしょうしね。皆さん、がんばりましょう」
開始の合図は特に決められていない。いきなりの奇襲や、奇をてらった行動も禁じられていない。
これに関しては、冒険者が成すべき荒事への対応力を問うているわけだ。
それでいて、相手側の動きがそれに向かわないということは、つまり、
「正面から、来いと」
「舐められてる、わけではないわよ。しっかり援護してあげるから、落ちないようにね」
言わずもがな。
要は、真正面からの戦力のぶつけ合いを希望しているのである。
「では、行きますか!」
斧戦士がそういうと、ゆっくりとエメスとイゼルナが構えた状態で前に出てくる。
とりあえず、前衛の2名がまず圧をかけてきた。
(オーソドックスに戦士を前面に、あの獣人の子とキノコはサポート主体って感じかな?)
神殿側の戦力はゲーム的に表現するなら、継戦能力に長ける物理攻撃のパーティーといえば解りやすいかもしれない。
その戦い方はいたってシンプルなものである。
斧戦士がエメス、槍使いがイゼルナに向かう。それから数歩下がったところに老戦士が全体を視野に入れ、いつでも飛びかかれるよう準備した。メイスの女戦士はそのさらに後方。
重量級であるエメスを大盾で凌ぎ、リーチのある槍で剣士であろうイゼルナを抑える。狙いは膠着した状態を作り上げることだ。張りつめた状況が切れる瞬間を狙い、老戦士が参戦。数で一気に利を得る。片方を処理できれば残りにも数の利を使う。
逆に、不利になればそちらに老戦士が参戦し、状況の改善を狙うわけだ。その両方の場合でも、女戦士の役割は変わらない。
メイスを持っているが、彼女の本分は戦士よりも援護系の術師寄りである。
光系統の光輪や、再生、土系統の攻撃術、石礫、行く先を遮る石壁を使う。
メイスに関しては、武器としても利用できるが、術の増幅器としての役割も担っている。
相手が術での遠距離攻撃がメインであれば、苦戦するかもしれないが、本来であれば彼らにはさらに勇者が加わるのである。
勝てないまでも四分、四分半まで持たせればいいわけだ。
その彼女の役割は、後方のポポ・シメジの牽制である。見た目愛くるしいポポに戦意を向けるのは心苦しいが、これもまた仕事である。
「行く、ぞっ!!」
斧戦士が叫ぶのとほぼ同時にエメスが飛び出し、ぶつかり合う。
エメスはショルダータックル。斧戦士は全身で盾を構え、両足を踏ん張る。
ゴンッ!
鈍い金属音があたりに響く。重量級のエメスの突進ではあるが、斧戦士によって止められている。
斧戦士の全身から群青色の気炎が上がる。気功術使いである彼のオーラは、大盾とそれを支える腕、地面を咬む両足に注がれていた。
ゴリゴリと金物同士の擦れる音が響きわたった。
(おお、すげえなあの人。エメスと五分で押し合いできるって、どんな体幹してんだ?)
観覧席から、エメスと斧戦士の押し比べを見る孝和は素直に感心していた。
実際のところ、純粋な肉体的性能でいえばエメスが圧倒的に優位である。しかしながら、斧戦士がそれに拮抗している事実があった。
(気功術、か。なるほど、あの技の到達点の一つの形があれってわけか)
口元に手をやり、その体を流れるオーラの動きをつぶさに観察する。
ねっとり粘りつく様な視線を斧戦士の全身に向ける。
なにせ、この世界にはビデオというものが存在しない。表舞台で華々しく活躍するスポーツ選手の映像は今日のネット社会であれば、手に入れることは難しくない。
要は映像を探し出す根気さえあれば、表の選手たちの技術を見る機会はどれだけでも作れるわけだ。
しかしながら、表に決して出てこない武芸者や、メジャーとは言えない武術を収めるもの。老いて競い合い様な大会には出ないが、突出した技術を持つ者は実際に存在する。
それらが持つ業を盗み取るにはどうすればよいか。
言葉にするには簡単だが、実行するには難しい解決策がある。
「一度」で「覚える」ことだ。
(足から流して……腰?いや腹か。腕を流れるのは、別ルート……。元は、腹から?……いや、すこし違う。この角度からじゃ見えない……。だが、ここから動くと足先が、な……)
ブツブツと自己の中で体捌きや、立ち位置、それらから推察される体全体のバランス。それらを維持するのに必要な力の配分、スタミナ、負荷による痛みをさらに読み解く。
継戦できる限界はどのくらいか、それができなくなった際につなげるべき選択肢の構築とシミュレート。
(あんまし、俺の流儀には合わないかな……)
そういう風に結論付ける孝和。
受け、耐え、反撃という戦闘スタイルをとる盾戦士と、孝和の逃げ、避け、隙を狙う戦闘スタイルはあまり重なる部分は少ない。
だが、それでも、
(得るものは、ある。近いのは機動隊かな?ニュースとかで一対一の映像見た記憶ないんだよなぁ……。爺さんの警察OBの知り合いも盾は持ってきてくんなかったし)
記憶をたどると警備会社を立ち上げたその人物が、逮捕術のさわりを教えてくれたこともあるのだが、どちらかというと法寿のところで独自の警護術の開発を目的としていたような気がする。
対人の制圧を目的とした逮捕術に、古流を組み合わせ、警護術を作り出すのは楽しかったが、要人警護を主としていたため、盾の使用を考えていたものではなかった。
(うーん、大盾はああいう動きなんだろうけど、選択肢減るよなぁ。どっちかといえば小さめの、あの髭の人の盾くらいがいいかな)
ちらと拮抗し始めた両者を視界中央からはずし、イゼルナの対応する方にポイントを移す。
そこにはイゼルナが槍使いを捌きながら、さらに突っ込んできた白髭の老戦士を迎え撃つところだった。
突進してきた老戦士は剣ではなく、横にカイトシールドをたたきつけてきた。
盾に視界を防がれる瞬間、イゼルナは胸元に悪寒を感じる。
「くっ!!」
その直感のまま、大きく後ろに飛び跳ねる。その空間に、突きこまれる木槍。
胸元ぎりぎりを掠める槍の後に、老戦士の剣戟が迫る。剣でそれを弾き、体勢を整えようとしたところに、先ほど突きこまれた槍の2段目が迫る。
完璧に構築されたコンビネーションの攻撃である。各々が自分の役割を果たすための戦術がしっかりと組みたてられていた。
結果、個人の技量でそれを打破するか他者の介入の必要が出てくるのだが、それをさせないため、チームが動いているのである。
「ガウッ!!」
逆に言えば、エメスたちの側も連携ができる人(?)材がいる。
(え?その形なの?お前ら?)
意気込みを感じさせる声が聞こえたかと思うと、ポポ“が”シメジ“に”乗る。
普段、キールを乗せてトコトコ出かけていくポポの様子を見ている孝和としては、下がポポになると思っていたのである。
まさかのポポがシメジにライドオンする形である。
機動力としてはそこまで無いのではないのだろうか?
ブンブンと棍棒を振り回しながら奇妙なコンビが、イゼルナの横を駆け抜けていく。
その先にいるのは女戦士である。動いていなかったポポ達をけん制するのと、いざとなれば盾戦士や槍使いに加勢できる状況をとっていたが、事此処に到り真正面から迎撃に向かう。
「石壁!!」
ポポ達の向かう先に、1.5mの高さほどの土壁がそそり立つ。術の名前とは異なり、その壁の材質はその土台となる土地質に左右されることになる。砂地ならば砂を固めたもの、粘土質なら粘土壁、石の多い場所ならば石の含まれるものとなるわけだ。
今回はそこそこの頑健さがある壁となった。
戦闘開始から集中し、即座に術の発動ができるように準備していたかいがあった、と女戦士は思っていたのだ。
その壁はまっすぐに突っ込んできたポポ達の進路を防ぎ、一拍の余裕を女戦士に与える。
……はずであった。
「オオオンッ!!」
なんとポポたちはそのまままっすぐに女戦士に突っ込んできたのである。
「な!?」
キラリ、とポポの棍棒を持たない方の手の甲がピジョンブラッドの輝きを放つ。
瞬間、轟ッと空気がうなる。
闇系統の魔術だと瞬時に判断するだけの頭はあった。空気を押しのけ、闇色の刃が4本ポポの掲げた腕の先に出現していた。
死神の鎌、と女戦士は感じた。
振り下ろされる瞬間に思ったのは、避けなければ、との一念である。
自分と彼らとの間に壁があるのだ、ということはわかっているが、本能が全力で“逃げ”に向かっていた。
だから、全力で後ろに跳ぶ。
ど、ど、どッ!!!
壁が刃に穿たれる度にひびが入る。
実際には1秒にも満たない、後ろに飛びのける一動作の中での出来事である。
その中で女戦士は壁が砕ける瞬間を目の当たりにした。
ほんの少しだけの抵抗を感じさせるものではあったが、ポポの術に対しては圧倒的に力が足りなかったようであった。
「!?っく!」
壁が崩れるのに気を取られていたこともあり、そこからポポたちが飛び出てくるだろう、と予想していた。
だが、実際はその予想ははずれることになる。
(上っ!!)
崩れる壁を越えてポポが飛び上がってきた。
その手に掲げられた棍棒には、4本の闇の刃のうち、壁に当たらなかった最後の1本が残っている。
魔術の行使と言うものは実際のところかなりの集中を要する。術式の構築にはかなりの精密さが必須なわけであるが、それは動きながら出来るものではない(キールは、初級のアレンジしたものであればできていたりするが)。
今回はそこの点をシメジがカバーした形である。騎乗した側でなく、される側が自発的に移動するのであれば、魔術砲台としての運用が可能となるわけだ。
(冗談言わないで!そんな無茶な相手なワケ!?)
女戦士の驚愕をよそに上段に構えられた棍棒は今にも振り下ろされる寸前だった。ブンと唸りを上げ、闇の刃がそのまま女戦士を襲う。
「ちぃっ!」
迎撃にメイスを振りかぶる。タイミングはぎりぎりに近いが、何とか間に合った。
パァァン!!
竹が爆ぜるような乾いた音が試験場に響き渡る。魔術媒体であったメイスは、ポポの魔術とぶつかり合い、その勢いを相殺することに成功する。
ただ、迎撃に精一杯で女戦士はバランスを崩してしまう。
大きくメイスを持つ腕が後ろに引っ張られる形となった。
ぼふっ。
「キャッ!!」
女らしい悲鳴が喉元から吐き出された。大きく上体が持っていかれた瞬間、崩れた壁を抜けて、一気にシメジが接近してきていたのである。
ポポを上にトスの要領で打ち上げたあと、迎撃に意識を向けさせ、隙を突く。
バランスを崩したまま、メイスを無理に振りぬくしか手はなかった。
しかしながら、
ボフン!
メイスがシメジにヒットするが、その音はくぐもったものになった。ベランダで布団を叩いた経験があるものはわかるだろうが、あの感触である。キノコの形状というものは横からの力には強く抵抗がある。
しかも刃物ではなく、鈍器であったのが女戦士には不幸といえた。
手打ちに近いメイスの攻撃は全くシメジに痛痒を与えることはなかったのである。
(シメジ自体に痛覚があるのかは微妙な線だが……)
「ガァッ!」
その瞬間にも、着地したポポがさらに女戦士に接近する。シメジにめり込んだメイスを再度振りかぶるにはあまりにその距離は短すぎたのである。
ポポの持つ棍棒が女戦士に迫ろうか、という瞬間である。
カランッ!カランッ!
手持ちの鈴が鳴り響く。
音のするほうを会場の全員が見るとディアローゼが満面の笑みを浮かべながら、頭上たかく掲げたベルを鳴らしていたのである。