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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
59/111

第55話 勇者来たりて【BRAVE】

誤字・脱字ご容赦ください



「わふぅ……」


 目をしょぼしょぼさせながらポポは大きくため息をついた。

 腰掛けた長いすで足を投げ出し、ぷらぷら振り子のようにばたつかせる。

 顎はテーブルの上に乗せられ、瞳は焦点を失ったかのように濁っている。


「わふぅ……」


 孝和とキールと同じく、ポポも同じように暇を持て余していた。

 テーブルの木目に沿って爪を立て、コリコリとホコリを掻き出すのにも飽き、膝の上のシメジを抱きしめるのにも飽き、窓の外の木々の葉の数を数えるのにも飽ききったところである。


「暇、であるか?ポポ」


 隣に立つエメスがそう尋ねる。

 エメスを座らせることの出来る椅子が用意できなかったため、彼だけは着座ではなく立ったままである。


「わぅぅ……」


 団体向けの冒険者審査のため、とにかく人数が多い。待ち時間もそれに比例して増えていく訳である。

例年は孝和たちの受けた洞窟数箇所を利用した審査で捌くのであるが、いまだに騎士ナイトクラスの霊体が発生した調査が完了していないこともあり、ギルド保有の全試験用洞窟は現在も全箇所絶賛閉鎖中であった。

結果、大量の推薦状持参の冒険者希望者が、冒険者ギルドの借りた警備隊の錬兵場で実技試験を行うことになったわけだ。

 貴族の推薦状があるため、部屋を用意してもらえたポポたちはすこし優遇されているくらいなのだが、それでも小部屋であることは違いなく、暇を潰せるものはそうはない。

 


「もう少しなんだけどね」


 窓の外を覗き込むイゼルナは、順に呼ばれていく希望者の列の減り具合から判断してそう言った。

 大方の希望者は試験を受けたあと、イゼルナの目線の先にある大門から町へと出て行くのだ。

 中には肩をいからせ意気揚々とした者もいれば、ガックリと肩をおろしてとぼとぼ歩いている者もいる。

 推薦状をもらったとして、容易に突破できるほど甘いものでもない。一括の試験であることもあり、審査基準は普通に座学・実技共に修める通常コースよりも厳しいのであった。


コン、コン、コン


 軽くノックがした。


「失礼、イゼルナ・ポポ・エメス・シメジだな。待たせたが君等の番だ。錬兵場へ向かってくれ」

「わかりました」

「荷物は持ってきてくれ。この後ここの部屋に戻ることはないからな」


 顔だけを部屋の中へ入れてそう告げると、その案内役はドアを閉めてどこかへ行ってしまった。

 足音が遠くなっていくのが聞こえる。


「良かったじゃない。ポポ、これが終われば帰れるわよ」

「わふっ!!」







「……よぉ、皆、調子はどうだい?」

「わぅ?」


 錬兵場に降りてくるとそこには何故かアリアと孝和がいた。

 孝和はどこか困ったような表情で、ぽりぽり頬を掻いている。その隣にいるアリアにしても、同じく眉を八の字にしていた。


「アリア?タカカズ?どうしたの?今日は神官長と面会のはずでしょう?」

「ははははは……。そのはずだったんだけど」


 疲れた表情の孝和とアリアは、目線を逆のサイドの錬兵場の出入り口に向けた。

 そこには身に着けた装束からすると、どうやらエメスたちの相手をする予定だった試験官たちと、それとは別口の組織の者たちが少し剣呑な雰囲気で話し合っている。


「うわぁ……。本気で押し通す気かよ?そういう人に迷惑掛けるようなことしないほうがいいんじゃないのかね?」

「そうね、ホント。でも実際迷惑かかるのはこっちだけかもね。現場の人たちは腹立たしいことこの上ないでしょうけど、神殿の上層部に“借り”を作れるって言うならギルド側とすれば内心は大喜びかもしれないわよ?」


 孝和の言葉から判断するに、試験官と話し合っているのは神殿の関係者らしい。


「如何したことか?我等の試験はどうなる、か?」


 こめかみをぐいぐいと押し込みながら孝和は申し訳無さそうに言ったのである。


「すっっげえ申し訳ないんだけど、ちょっと試験がめんどくさいことになっちゃったんだよ」






 さて、ここで時間は遡る。

丁度待たされた孝和たちが、ようやく神官長と会うことができるところまで、である。



「ええと、はじめまして。八木孝和です。アリアと冒険者になってから色々と世話になってます」

「ご丁寧にどうも。ああ、神官長を務めさせていただいてますディアローゼと申します。さあさあ、立ったままでは何ですし、お座りください。いま、給仕に用意してもらった軽く摘まめる物を持ってきてもらいますから」


 そう言って孝和に席を勧めるのは、どことなくふわふわとした雰囲気を漂わせる女性である。年のころは30代の前半。ゆるくウェーブのかかった艶々とした金髪を、無造作に片側に束ねている。

 ただし、その装束はアリアの着ているものをグレードアップした上に、ごてごてとアクセサリーを貼り付けているため、原色が眼に痛い。

 キラキラではなくギラギラという形容詞がふさわしい。

まあ、孝和の美的感覚からすると納得できないが、ここでは“格調高い”神官服といえるのだろう。

 

「アリアさんもお元気そうで、何より。色々立て込んでいて、こうやって落ち着いて話せるのはいつ以来かしらねぇ?」

「出立間際の茶会以来ではないかと思いますが……。あの時は急ぎの出立で私の旅の準備がありましたし、引き継ぎも完全ではありませんでしたから。本当にディアローゼ様とこうしてゆっくりできるのは本当に久しぶりです」

「そうね、そうね。私もこんなに一斉に皆さんとお話したものだから、肩が凝ってしまってねぇ……。私も若くないんだし、旅の疲れも残ってるんだから!少しぐらいゆっくりできる時間を作ってくれたって良いと思うでしょう?」


 口を尖らせ、自身の前にあるカップにとぷとぷと茶を注ぐ。すでに湯気は立っていないその茶をぐいっと一気に呷る。

 ぷはぁと品の無い息を吐き出すと、苦笑いを必死に抑え込む孝和に微笑んで語りかけてきた。


「あ、気にしないでねぇ。アリアさんのお仲間さんってお話だから、猫を被るのもねぇ。正直外向きの顔を出してばかりだと疲れてしまうし、後で説明するのも面倒ですし、別にいいかなぁ、と」

「え、と?」


眼だけをアリアに見やると、目頭を押さえている。めまい、だろうか?


「ディアローゼ様っ……!」

「だって、アリアさん。私、もう疲れたの。今日はあなたたちで最後なのよぉ。もう、これでいいじゃない。ねえ、フレッド君?」

「あなたが仰られるなら、何も問題ありません!ディア様っ!!」


 ディアローゼの後ろに立つ美丈夫が問いに対し、即座に部屋中に響く声で返答を行う。

 頬を赤く染め、強く言い切る顔はスポーツ系の角ばった男らしい顔立ちではあるが、顔面を構成する各パーツがベストな配置とクオリティで、正直美形である。

 この部屋にいる者、いやこの街の中で誰が主人公のポジションかとアンケートを取れば、2位以下に大差をつけてこの男が選ばれるであろう。


「ほらぁ、フレッド君もこう言ってるし」

「フレッドがディアローゼ様の言うことに逆らったことなんて、今まで1回もなかったじゃないですか。聞く人間が悪いですよ」

「なんだ、アリア。ディア様が間違うことなど有るわけがないじゃないかっ!君もゆっくりくつろぎたまえっ!僕がディア様のガードに命じられた以上、この部屋の静謐な時間は揺ぎ無いっ!!!」

「……しばらく会わないうちに、さらに酷くなってない?あなた?」


 直立不動でディアローゼの後ろに立つ男こと、フレッドは白をベースした鎧に身を包んでいた。縁どりにあしらわれた金の紋様には魔術的な意味が込められ、その鎧自体の守護を司る。

 高価で貴重な鎧であるのは一目瞭然であるのだが、この男は鎧に着られている風情がまるでない。ごく自然に鎧を着こなし、それを使うことができる技量がわずかな挙動から感じられる。

 へえ、と孝和は思う。

 イけないわけではないが、イくには二の足を踏む。

 孝和の師匠連中に刻みこまれてしまった習性というか悪癖。この場にいる人間の戦力分析。

部屋に入ってから観察したフレッドに対する孝和の感想である。

 フレッドに対し、拳・蹴り・絞め・投げ・投擲。確実に初撃を打ち込めると断言できない。

 孝和のフレッドの鑑定結果は、そういうものであった。

 鎧を通すには打撃力・貫通力が足らず。組打ちの技量は実際触れてみねば判らないところも多い。

 2~3パターンほどフレッドに“カマす”情景を思い描いたが、最後まで描くことのできない結果となった。

 戦いに絶対という概念はないのは当然であるが、5手まで位の見通しまでしか立たないのは件の骸骨騎士以来である。

 この短期間で新たにそんな者に2名も出会うとは、世界は広いのだなぁと孝和は思うのであった。



「タカカズ君と言ったか、君は。君もアリアとディア様と存分にくつろいでくれよ!ここでの会話は僕の胸のうちにしまっておく!あと軽食だが、僕が選んだ品だ。気にいってくれると嬉しいっ!」

「お、おおぅ……。あ、ありがとうございます」

「ディア様に召し上がっていただくものだからね!吟味に吟味を重ねた。女性向けの菓子だが、甘みは控えめだ。この茶に良く合うと僕は思っている。もし、意見があれば教えて欲しい。次回以降のディア様の茶うけの選択に活かせるかもしれないしな」

「あらあら、フレッド君。そう言うのは私のいないところで話してくれないと。毎回楽しみにしてるのに、驚きが薄れちゃうじゃない」

「はっ!申し訳ありません!そこに考えが至りませんでした!!僕の不注意でディア様の楽しみが減ってしまうだなんて……。次回から、気をつけます!!」


 言葉とは裏腹に、嬉しそうにフレッドが反省の弁を述べる。

 一方のディアローズもにこにこ笑っていて本当に気分を害したわけではなさそうだった。


『ますたー?このひとが、ゆーしゃさま?』

「ち、違うんじゃないか?いや、でも強い、気がする?」


 こっそりと膝の上に移動してきていたキールに尋ねられ、孝和は自分の観察眼に若干の不信感を抱いてしまう。

 そこそこ自分の目には自信があった。目の前の男が勇者と同名で、実力者であると思われるのに、その言動がどうも勇者と呼ばれるにふさわしいものとどこかずれている。

 助けを求めるようにアリアを見ると、先ほどと同じくめまいに襲われているのかぐいぐいと目頭を押さえていた。


「……タカカズ、聞きたいことは判るから、先に言っておくわね。この二人は、“こういう”人たちなの。でも、間違いなく“本物”なのよ」

「ひどいわ、アリアさん。私はともかく、フレッド君はホントのホントで『力』の勇者なのよぉ?神託を受けて、しっかり任命式も私がしたんだから!」


 いや、自分が微妙な感じだと言った後に、その当人が執り行った式で任命したのよ、と言われると信憑性は担保されるのだろうか?


「とはいえ、僕もそこまで勇者としての徳を積んでいるとは言い難いからな。だからこそディア様のお側で修行に励んでいるわけだ」

「は、はぁ……」


 勇者も、言う。

 自分は修練の一環でこの護衛をしているのだと。

 確かに高位聖職者の護衛はその一環だろうが。

 ……上司のお茶菓子を吟味するのは、勇者の修行の一環なのだろうか?

何か自分の中の勇者像が崩れる音が聞こえた気がする。


「ぬぅぅ……」


 苦悶の声を上げ、現実と向き合おうと努力する。

 いつも現実は理想と程遠いものであるのだから。






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