第54話 夢 【DREAM】
誤字脱字ご容赦ください。
「……なぁ、キール」
『……なぁにー、ますたー?』
孝和はぽりぽりと額をかきながら、部屋の隅をぼーっと焦点の合わない目で見つめている。
その横に居るのはキールなのだが、こちらもぼーっと部屋の隅を見つめていた。
「いつまで待つのかなぁ……」
『ますたー、それさっきもいってたよー。……ひまー……つまんないー』
テーブルの上のティーカップには、うっすらと線が浮かび、空になってからそれなりの時間が経過していることが分かる。
「はぁ……、やっぱ偉い人と面会するってなると、こういうことになるんだろうなぁ」
『そーなの?きてくださいっ、ておねがいされてるのに、ぼくたち、またなきゃいけないの?』
「そういうことも、あるってことなんだろ?まあ、これっばっかは待つしかないんだよなぁ」
『アリアさんも、いないしー。もうすぐおひるごはんのじかんなのにー……。……つまんないー』
少しだれてきているのだろう。キールの体積が気持ち膨らんだように見えた。
かとおもうと、すぐにしおしおと椅子に平たくなっていく。
暇を持て余すとはまさにこのことだ。
「神官長に会いたいって人が町にたくさんいるってことなんだ。なにせ久しぶりにこの街に来るって話だからな。いっぱいお話したいひとがいるんだよ、我慢してくれよ、キール」
『でもー、エメスくんたちとのやくそくもあるんだよー?いそがないと、わるいよー』
キールの中では良く知らない“神官長”よりもお友達のエメス達との約束のほうが重要度が高かったりする。
その一方、社会人としての実績もある孝和としては、苦笑いするしかない。
「ああ、でもあっちはイゼルナさんもいるし、武器の整備は明日ってこともできるしな」
『むむむっ……。ますたー!おとこがやくそくをまもらないのは、だめだめです!おねーさんたちとおばちゃんたちがいってました!!』
……おそるべき女性陣のせんの、いや教育は順調にキールを良い子に育てているようである。
「ははは……、そーだわなぁ。俺がわるかったな。約束は守るためにあるんだもんな。…しかし、それにしても時間かかるよなぁ」
『ますたー……ぼく、かえりたいぃぃぃ』
キールの忍耐は限界のようだ。
約束の時間に来て、お待ちくださいと神殿の係員に案内された部屋に入ってもうだいぶ経つ。
いい加減、茶の一杯で耐える時間でもないだろう。せめて2杯目を出しに来るか茶菓子でも出せよと言いたくなる。まあ、図々しい意見では、ある。
「仕方ない……。暇つぶしになんかお話でもしてやろうか?」
『え!なーに、なーに?』
「こないだは途中まで話したし……。その続きにするかな……。でも、エメスも楽しみにしてるし……。別のにするか?んーと……」
ある国の勇者の物語、という形でこちらの世界に合わせるようにリメイクした冒険ものをポート・デイからの帰り道に、話してみたのである。
なかなかに好評であったのだが、途中からいろいろ混じり始めて整頓しないと破綻してしまう物語に成り始めていた。
ちなみに、その話の勇者は主君の赤子を抱え敵陣を突っ切り、橋の上で大軍を一喝し怯ませ、手勢数名で悪に操られた主君の城を奪い取る、という豪傑になっている。
長坂に稲葉山がミックスされているわけである。
「そうだなぁ……」
「悪いことしちゃったわ……。だいぶ待たせちゃったもの」
カツカツと床を速足で駆け抜ける音が響く。
アリアは仕立てのいい神官服を身にまとい、孝和たちと最初あった時の薄いベールをした格好で廊下を進む。
朝に来てもらってからかなりの時間がたっている。
約束した時間はとうに過ぎ、昼を告げる鐘が街中に鳴り響いている。
街の有力者たちはこの機会にと、こぞって神殿に押し寄せ面会を申し出たのだ。神殿側としても無下に扱うわけにはいかず、場を設けたのだが、有力者の知人、とか縁戚関係の、とかが付き添いで現れ、それにも応対せねばならずアリア自身目の回る忙しさだったということもある。
孝和とキールの応対を年若い者に頼んだことも裏目にでた。
ちょうど面会に一区切りついたところで、尋ねたところ“部屋でまたせていますが”といわれる始末。
親しき仲にも礼儀ありという言葉はこちらの世界にもある。
呼び出した側としてここはきっちり謝っておかねばなるまい。
待たせていた客間の一室にたどり着くと、ノックをするのも忘れ、そのまま部屋の中に入っていく。
「ごめんなさい、おそくな……」
「……所詮人どもで言う所の種火にすぎない”ってな。すると魔術師は茫然と魔王を見るだろ?」
『おおおおっ!!』
「で、こう続けるんだ。“然らば、汝が末期に見よ!これが、魔を冠する王が魔術!!業火につつ、あ、アリアじゃないか」
『ふぉぉぉおおおお!あ、アリアさんだー!!』
どこぞの大魔王との遭遇戦を、こちらに解るようにアレンジしたお話をキールに暇つぶしを兼ねて披露している真っ最中だったのだが、アリアの出迎えで中断の運びとなった。
「待たせて悪かったんだけれど、何してるの?」
「いや、ちょっと暇だったからキールに勇者のお話でも、って」
アリアを見つけるとピョコピョコはねていったキールは、定位置のようになっている腕の中にひょいと収まる。
『ますたー!!アリアさんっ!!』
「ん?どうしたキール?」
もしあるのであれば、盛大に鼻息を吹き出さんばかりにキールは意気込んでいる。
『ぼく、がんばるっ!!』
「お、おおぅ?」
『ぼく、がんばるからっ!!』
「え、ええ?良く分からないけど、何か頑張るの?」
『うんっ!!』
脈絡もなく、唐突な“ぼく、がんばる”宣言が飛び出た。
良くは判らないが、キールは非常にやる気になっているようである。
「?……ま、いいか。タカカズ、キール待たせて御免なさいね?給仕も頼んでいたんだけど、来客が多すぎてあなたたちのところまで気が回らなかったみたいなのよ……」
「あー、なんかそんな感じはしてた。外、結構走りまわる音、聞こえてたしね」
「それで、一応今時間はできたの。すぐに顔合わせになるんだけどいい?」
ベール越しの顔は見えないが、おそらく非常に申し訳ない顔をしているのだろう。
アリアも忙しいのだろうことを考え、薄く笑うと孝和は立ち上がる。
「別に良いよ。でも、アリアはこの後抜けれないんじゃないか?俺達はこれが終わればそのまま神殿でるつもりだけど?」
「そうね、実はまだ準備ができてないところもあるのよ。そちらへの応援が居るはずだから、どうしても今日は無理そうね……」
『そーなの?』
「そうなの、ごめんね。キール、みんなにもゴメンナサイって伝えておいて?」
『わかった!まかせてよ!』
コキコキと体をのばし、テーブルに置いた護身用のナイフだけを腰に帯びると、孝和はドアノブに手をかける。
「じゃあ、とりあえずごあいさつに伺わせてもらうよ。案内たのめるかい?」
「ええ、こっちよ。ついてきて」
さすがにキールを抱えて歩くわけにもいかない。アリアは床にそっとキールを降ろし、先頭に立って案内を始めた。
だから、誰もキールの独り言を聞いてはいない。
と、言うか念話のため、ポートがつながっていなければ外に漏れることはないのだが。
『よーし。がんばるぞー!!ぜったいに、ぼく、だいまおーになるっ!!!それで、さいじょーきゅーではないぞって、ゆーしゃにいうんだっ!!』
頑張る方向性が、勇者ではなく大魔王という所がなんとも、という感じであった。