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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
57/111

第53話 そしたらば、夜 【DARK NIGHT】

誤字・脱字ご容赦ください

 ゴッ!!


 風切り音を唸らせながら、一直線に右腕が伸びる。

 地面を咬む足元は、みちみちと音が鳴っていた。


「如何か、主?」


 エメスは一通り教わった型を披露し、今日の総評を受ける。


「ああ、んーとな」


 自身もクールダウンを兼ねた軽いストレッチを行っていた孝和は、屈伸を中断し立ち上がる。

 コキコキ首を鳴らしながら、軽く肩を回す。


「人それぞれだから一概に言えないんだけどな?」


 先ほどまでのエメスが行っていた同じフォームを形作る。

 すっとどこか気の抜けていたような孝和の眼が薄く細まり、顔が真剣さを帯びる。

 そうして孝和は軽く腕を振って見せた。


ゴッ!!


 先ほどのエメスと同じ音がする。右腕が空を切るまでの音はまるで変わらない。


「まあ、俺はこんな感じで振るかなぁ……?今のお前の感じだと少し右に避けると、逃げられるかもしれんし。それに、言ったろ?距離感を養えよ。ほとんどの奴はお前より小さいんだぜ?お前の体格じゃあ、小さい奴は天敵だろうしなぁ」

「もう少し、前傾の方が良い、と?」

「そこも、含めての距離感の修練だよ。全員が全員自分より小さいわけじゃないだろう?聞いた話じゃ亜人ならエメスとの同じくらいの奴がいることもあるって言うし、型を崩し過ぎると技を繋げるには不都合だしな」

「なるほど」


 そう言うとエメスは軽くシャドーを始める。こんどは右のジャブを中心としたもので、最後に大きく踏み込んで左のボディで締めるコンビネーションを披露していく。


(やっぱ、この形になるのか……。まあ、予想通りだけどこれがベストではあるわな)


 エメスの格闘スタイルは、手技中心のものに落ち着いた。

 足技を使うという選択肢も有ったのだろうが、孝和が指摘するまでもなくそれを外したのである。


(重いしな、アイツ。バランスを考えると足は地面掴んでた方が断然良い)


 今度は右手刀の打ち降ろしから、それを回避されたと仮定しての左追い突き。足のコンパスが長いエメスの踏み込みは、はたから見ている孝和からしても冷や汗の出る追撃だ。

 靴を履いていないため、両足の10指はそれぞれに地面を掴む。


(もったいないっちゃ、もったいないんだけど)


 バランスのとれた体格のエメス。

 人と同サイズであれば上中下と蹴り分けられる体の配分といえる。

 稼動域も金属製のボディであるというのに十二分な柔軟性。

 仕込めばすこぶる良い戦人に成るのが解っているのだが……。


「ハイキック、当たらないからなぁ」


 孝和はポツリとつぶやく。

 実際問題、ロー・ミドルについては当たるのだが、ハイになると身長差の関係でなかなか当たってくれる状況が思いつかない。

 相手がよほど特殊な挙動で動かなければ使い道がないだろう。

 しかし、技というものは使わねば錆びる。

 孝和自身自分の体のキレや技の精度は此方に呼ばれてから大分元に戻したとはいえ、法寿の存命時と比較すれば8割にようやく届くかといった具合である。


(ライバル……までは行かなくても、同じくらいの競い合う相手が居ればもっと、よく“成る”んだよなぁ……。俺じゃあ、体格的に足りないし。どっか丁度いい奴いないかなぁ)


 まさか自分がスパーリングパートナーの不足する、日本格闘会の重量級のプロモーターのような悩みを抱えるとは思わなかった。


「主」

「んあ?どうした?」


 腕組みをしてううむ、とうなる孝和にエメスが話しかけた。

 どうやら、一通り型を終えたのだろう。

 にぎにぎと両のこぶしを握ったり開いたりしながら、エメスが目の前に立っているのを見上げる。


「明日のこと、ですが」

「ああ、悪いんだけど俺たちはアリアの方にいこうかと思う。お前らは冒険者ギルドに行って登録だし、イゼルナさんも一緒に登録するつもりらしいからさ。イゼルナさんには迷惑かけないように頼むよ。あと、申し訳ないって俺が言ってたって伝えてくれ。なんか今度引っ越し祝いにパイとか焼いて持ってくつもりだし」

「そうでは、ないのです」

「ん?」


 パーティーの会議で明日は二手に分かれて動こうということになった。

 エメス・ポポ・シメジは帰ってきてからバタバタしていたせいで、行けていなかった冒険者ギルドで冒険者登録をする予定だ。ちなみにイゼルナも此方への引越しで忙しく同様である。軍から首を切られてしまった以上、何色のカードでもいいが発行されないとポート・デイへの里帰りすらままならない。

 イゼルナに彼らの引率についての依頼は宿から帰宅するアリアが帰り科に引越し先によって頼んでくれることになっている。


「我は、従者。主がアリア殿と、高貴な方と会う。その場に、我がいないのは、問題ではないか、と思う」

「そんな格式ばったものじゃないって言ってたろ?アリアが世話になってる人に顔だけでも出しとこうって話だよ。その人に勇者様が護衛で来るって言うとこで、小奇麗な服でって言われたけどさ。ちょっと楽しみなくらいだぜ?キールなんてワクワクしててもう寝ちゃったしな」


 わははと孝和は笑う。

 アリアからの相談というのが、明日の孝和・キール・アリアの向かう神殿での用事である。

 祭りにあわせ、アリアの世話になった神官長が来ることになり、その護衛を兼ね勇者も同道するという豪勢なことになったのだ。

 そこにパーティーを組んだということで顔だけでも出してくれないかといわれたのである。

 例年なら代行のものが挨拶状だけで済ませたのに今回は神官長本人が来るというので、祭りの実行委員や神殿関係の上層部はやる気もうなぎのぼりらしい。

 キールの参加した説法も力が入り長時間になったせいで、調子を崩すものが例年より多かったと聴いたときは苦笑いがとめられなかったが。

 ちなみにキールはワクワクで早めに寝たのだが、本日キールとベッドで一緒に寝ているポポは逆に不貞寝である。

 ポポは勇者を見てみたかったらしいのだ。残念なことにポポはエメス・シメジとともに冒険者登録に行くことになっていた。

 今回の登録を逃すと祭り期間の関係もあり、しばらく登録窓口を閉じるらしい。

 かわいそうだが勇者との対面はまたの機会に、となったわけである。

 ぎゅうとキールを抱きしめたポポは肩を落としトボトボと部屋に戻っていったのであった。

 明日までに少しは機嫌が直るといいのであるが。


「しかし……」

「そんな肩肘張るなよ。というか、ポポもシメジも俺たち何言ってるのかわかんないし。イゼルナさんも同じだろうから、お前だけが頼りなんだよ。恙無く登録してくるっていうのは俺たちの今後にかかわる重要案件なんだ。悪いけどあいつらの通訳はお前にしか頼めないんだから」


 弱った様子でエメスに頼み込む。

 それを見るとエメスの様子が変わった。

 真剣な表情をしてまっすぐに孝和の瞳を覗き込む。


「我、その考えに、至らず。万事恙無く、役割を果たすことを、誓う」

「いや、だからそんなマジに……。ああ、いいや。うん、頑張ってな」

「了解、です」


 そういうとズシズシと力強く足音を立ててエメスはその場を離れていく。


「あ!登録の日程で余裕あったら昼に宿で集合な!武具の調整しないといけないから!!」


 声をかけるとエメスは首だけをこちらに向けると軽くうなずく。

 そのまま、暗闇に消えていく。

 マドックに戻ってきてからたまに宿の裏手のここではなく、どこかで一人になって黙々と修練をしているらしい。

 真夜中に音を立てるのも問題なので、軽いレクチャーの後一人消えていくのだ。

 どこに行っているのかは詮索はしていないし、朝には戻ってきている。

 朝一で登録にいくらしいので、出て行くときにあえない可能性もあるのだが、あの意気込みならばまあ、任せても大丈夫であろう。


「俺も、そろそろ寝ようかね」


 脇にのけられた桶の水を頭からかぶった。

 体を少しぬるくなった水が流れ落ちる。近くにあるはずのタオルを探すと、ひょいと手渡された。

 そのままゴシゴシと頭から軽く水気をふき取ると、手渡した者に向き直る。


「サンキュ。シメジ」

「ぼふっ」


 宿の裏手で体を動かしていた孝和たちをシメジが直立不動で見ていたのだろう。

 と、言うかそこにいた。

 返事をすると、そのままぼふんぼふんと飛び跳ねながら、宿の薪が積んである一角へ引っ込んでいく。

 少しじめじめとしてキノコ的にはベストポジションなのであろう。


「明日、お前もよろしくな、シメジ」

「ぼふっ!!」


 任せておけとばかりにシメジは大きく鳴いたのである。


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