第52話 おひるごはんのじかんです! 【LUNCH TIME-2】
誤字・脱字ご容赦ください。
『ポポ!ストップ!!このあたりで、おひるごはんをたべよーと、おもいます!』
「ガウッ!!」
了承の声を上げるポポ。森の木々の間を縫うように駆け抜けていた体がとととっ、と地面を軽く削り急停止する。
『やあっ!』
くるくると回転しながらポポから飛び出すキール。びたん!と地面に着陸する。
もし仮にキールに両手があったのならばテレマークでもしていただろう。
「わふぅっ……!」
その傍らでポポは大型の猟犬サイズの成獣形態(命名:孝和)から、しゅるしゅるとうっすらと黒い煙を上げながら徐々に縮んでいく。
数瞬ののち、普段街中で活動している時の子獣人へと変わっていった。
サイズがぶかぶかになった皮の腰巻を、ちょうどよい所でベルトで縛りあげ、先ほどまで腰のあたりに付けていたカバンを本来の肩掛け状に背負いなおす。
パンパンと軽くホコリを落とすと、身だしなみは完成であった。
『いいてんきだし、ここ、かぜもきもちいーよね!』
「わうっ!!」
今日はすこし雲は出ているが、日差しは温かく草木を照らし、柔らかな風が流れていく。
昼食の場所として選んだ場所も、森の中ではあるが木々もまばらで少し地面も見える場所であった。
耳を澄ませば小さく水の流れる音がする。
周囲を見渡せば小さな川が流れ、その周りに決して鮮やかではないが、草花がその息吹を各々咲き誇らせていた。
『じゃあ、たべよーよ。ポポ、じゅんびおねがいー』
「くぅっ!」
こくこくと頷くと、ポポは肩掛けのカバンから折りたたまれた大きな布と、皮の水筒、布に包まれたパンに、リンゴを2つ取り出す。
器用に自分より大きな布を空中で広げる。ふわりと宙を舞った布が綺麗に地面に広がり、レジャーシートよろしく座る場所を造りだした。
そのあとは地面に転がる適当な石を四隅にポイポイと放った。
「わふぅ……」
腕組みをして満足げにうなずくポポ。どうやら思った通りにいったことでご満悦のようである。
『よーし、ぼくもやるぞー!水生!!』
キールの詠唱と共に、水の玉が空中にふよふよと浮かぶ。この術は本来はただ水を造りだすだけの初級術であり、普通はそのまま落下する。
使うときには術の落下位置にバケツやら樽やらを準備して水をためるというのが本来の使い方だ。
しかも、水自体に不純物が少ないため、非常に味気ない。
よほどひどい水質の水しか手に入らない場合以外は、井戸やら川の水を煮沸して使うのであまり普段の生活では使わない術式の一つである。
『てをだしてくださーい』
「わうっ!」
ポポが水球の真下に両手を差し出すと、そこ目掛けて水が滴る。
その水流に差し出した手をゴシゴシと洗う。
水が流れ落ちると同時に水球も徐々に小さくなっていった。
『きれーになりましたかー?』
「わふっ」
確かに4足歩行していた前脚にあたる両手は汚れていたはずなので、食事前の手洗いは大事なわけではあるが、少しばかり魔術の使い方に常識と外れたところがある気がする。
そこら辺の常識云々を教えるべき者がいないわけで、そのまま2匹の昼食時間はすすんでいくのである。
『もぐもぐ……』
「はぐっ、はぐっ……」
顔の大きさほどの丸パンを二つにナイフで切り分け、リンゴは各々1個ずつ。
仲良く2匹は食事を続けていた。
がささっ……
『ほえ?』
「わぅ……っ?」
丁度リンゴにかぶりついていたキールと、口いっぱいに溜め込んだパンを飲み込んでいないポポは後ろの茂みから聞こえる音に振り返った。
がささっ!
『なんだろー?』
「くぅ……?」
徐々に近づいてくる音に口内にパンが残ってはいるが、とりあえず腰を上げるポポ。
キールは変わらずにリンゴをむしゃむしゃ齧っている。
念のため、鞄から自分の武器を取り出す。ずるりと引き抜かれたのは棍棒であった。
ポート・デイでスケルトンたちから鹵獲した武器類の1つである。
「ぐるるる……」
軽く棍棒を振るい、グリップを手になじませる。
握りの感覚を確認すると同時にポポの喉が鳴る。
キールの方もリンゴを芯だけにするとぺっと吐き出し、臨戦態勢を整える。そうこうしているうちに茂みの向こうはさらに騒々しさを増す。
どうやらこちらを窺っているのは音からすると複数のようである
『よぉっし!』
「ガアァッ!!」
茂みから一斉に飛び出してきた影達。それ目掛け、ポポは咆哮と共に迎撃の一撃を振るう。
キールは同時に後ろに飛び跳ねながら、光輪を発射したのだった。
『ただいまー』
「わうわうっ!!」
『陽だまりの草原亭』の裏口からキールとポポが帰ってきた。
本来は正面から戻ってくるところであるが、キールにしろポポにしろ、臨時雇いの準従業員である。
入り口から2階の客室に続く階段が遠いこともあり、出かけた彼らはここ数日は裏口から戻ってくることが多かった。
「お帰りー」
丁度祭りの実行委員の打ち合わせから戻ってきた孝和は、裏の従業員用の部屋から声を掛ける。
手には湯気の上がる茶に、食べかけの焼き菓子を持っていた。
菓子は孝和の作ったものではなく、帰りの道すがら露天で売られていた観光客向けの品である。多少甘味が薄くはあるが、刻んで混ぜ込んである木の実がアーモンドのような食感を感じさせ、食い応えはある。
首だけを伸ばし、キールとポポに声を掛ける。すでに階段近くまで移動してしまったのだろう。彼らの姿は見えなかった。
「おやつでも食べるかー?」
声を上げて合流するかと尋ねる。
『あとでいくー』
「わうわうー」
「ぼふっ」
とたとたと階段を駆け上がる音が聞こえてくた。
ふむ、と頷き椅子を後ろに引く。
恐らく部屋に戻るのだろうが、おやつは食べに来るのだろう。焼き菓子をいくつか別の皿にとりわけ、彼ら用のカップを準備しようと席を立つ。
「……ぅ、ん?」
少し、待て。
「何か、おかしなの、入ってなかったか?」
返答が、たしか3つあった。
よくよく思い返す。
最初はキール。2番目の声はポポのはずだ。では、3つ目は?
「ぼふっ、てなんだ!?ぼふって!!?」
大急ぎで孝和は椅子を蹴りとばし、階段めがけて走りだしたのである。
「で、私は確か色々打ち合わせをしようとしてたはずなんだけど?」
テーブルに座るのは孝和、アリア、キール、ポポ。座るための椅子が無く胡坐で地面に腰をおろしているのがエメスである。
約束通りアリアは今後の相談と打ち合わせのため
一応、これが現時点での孝和一行のパーティーメンバーというわけだ。
本当であれば。
「その、なんていうか、俺もそのつもりでいたから、今頭痛いんだけどさ?でも、コイツどうにかしないと先に進まないし……」
ツンツンとテーブル上にのったソイツを指でつつく。
「ぼふっ!!」
それはその扱いに憤慨したのか、勢いよく体を縮め、抗議の声ならぬ抗議の音を響かせる。
『だめだよー。おとなしくしなきゃー。めっ!』
「わうっ!」
それに対し、キールとポポの2人はたしなめるように注意する。
途端にそれはしおしおと干からびたように頭を、いや傘部分を垂れる。
「マッドマッシュよね……。こんなに人の言うこと聞く奴なんて私、聞いたことないわよ?危険じゃないとは思うけど……」
「俺もそう信じたい。でも、他の人はそうじゃない人もいるだろうし……。どうしようか?」
件の問題物件ことマッドマッシュがテーブルに載っている。直にテーブルに置くわけにもいかず、とりあえずの処置として店でも大きめの皿を用意してもらいその上に鎮座している状態であった。
見ようによっては、変わった趣向の料理の一種にも見えないこともない。
傘の部分は青みがかった緑色で、斑点がポツポツと白く自己主張している。大きく育ったキノコ類に見られる傘部分の割れやゆがみもなく、美しい丸みが描かれていた。
茎部分は所謂マッシュルーム系統のずんぐりしたタイプで茶色である。シイタケ系のほっそりしたボディラインとは一線を画し、なかなかに愛くるしいと言えるかもしれない。
バランスの比率でいえば傘1に対し、ボディ1。
日本人に最もわかりやすい例でいえば、揃いのツナギの双子が好む“あのキノコ”を思い出してもらえればいいかもしれない。
あまり人の手が入っていない森の周縁部から深奥部まで広く分布し、何もないと思ったところで急に動くので驚いたという困った報告も出ている。 特にこちらから動かなければ物理的に危害を為す訳ではないので、放置されることも多々ある。危害を加えるといっても精々大人であれば幼児の体当たり程度のダメージに過ぎない。
そんなマッドマッシュであるが、ぶっちゃけた話魔物なのだ。
森の生態系が崩れるので増えすぎれば駆除の対象となるし、群生地近くでワイルドドック等が食糧としているため魔物の巣が出来やすいという面も持っている。
ちなみに人が食すこともできるがアクが強く、渋みもあるためお勧めはできないことが最近読んだ本に記されていた。
「まあ、キールたちが連れてきちゃったし、森にかえすのは……」
『やだっ!シメジは、ともだちなんだよっ!』
「がうぅぅぅ……」
どうやらマッドマッシュはキールとポポの友達というポジションを勝ち取ったようであった。盛大に2人は反対の意思を示している。
「えーと、シメジって名前つけたの?」
『ますたーにつけてもらいましたー』
「……タカカズ?」
「圧に負けたんだよぉ……。名無しって訳にいかないし、仮で呼んだら気に入られちゃったんだ。もう少し違うのも考えたんだけど……」
「と、いうことはシメジはあなたの管轄ってことで良いのかしら?」
アリアに三白眼気味に睨まれた孝和は、がっくりと頭を垂れる。
「まあ、キールもいるし?俺が従魔士だってのはここら辺なら伝わってるはずだからさ。徐々に周囲にお披露目してくしかないかなぁ……」
『わーい。シメジよかったねー!』
「ぼふっ」
軽い返事が聞こえ……いや、鳴る。
「ああ、今後の生活費がっ……!」
本音が漏れる。結局のところ金がない。
「く、くそぉ……。貯蓄計画が……」
「そんなに、苦しいの?」
かくん、とさらに首が沈み込む。
「今回の報酬は?そこそこあったじゃない?」
「色々増えた装備品のメンテ代金に消えてく予定です。明日には財布空っぽになりますねぇ……」
「申し訳ない、と思う。しかし、我の弓、なんとか直せないものか、と思う」
エメスは胡坐のまますまなそうに話し出す。
一部はエメスの稼ぎから補填されるが、孝和の剣なども整備してもらわなくてはならない。
さすがに柄頭をブン殴ったジ・エボニーやら、新しくもらった一連の装備も一通り見てもらわなくてはならないだろう。
「あとさ、冒険者のしおり、読んでる?」
「冒険者ギルドに備え付けの奴だったわよね。カード交付のときに簡単に目は通したけど……」
「そこに、初心者向けのページあるんだけどさ。最初の一年で冒険者希望の奴って5割近くやめてくんだって」
「冒険者の離職率が高いのは昔から有名だけど?」
何せ危険極まりない仕事であるのは間違いない。それに合わないと考えて別の職業につく人間も多い。もっとも、自分の意思で止めれるのは幸運な方で、“残念な”結果を迎えて消えて行く数もそれ以上に上る。
「読んでいくとさ、この辺りって冬になると、すげぇ寒いんだって」
『さむいのー』
「わうわうー」
元気のいい2人と対照的に顔を上げた孝和の目は濁って見えた。
「んで、冬が近づくと少しずつ、仕事が無くなってくものなんだそうでさぁ?」
「はぁ」
寒くなると野営も大変だ。基本屋外で活動する冒険者の仕事は、大きく活動に制限が出てくる。
「読んでみると、冬越せなくて止めてく人、結構いるんだって」
「な、なるほどね」
「冬になると宿代も上がるんだ。何せ暖炉に薪くべて暖めるからその分上乗せされるんだと。料理人の臨時雇いだけじゃ宿代のカバーできないんだ、計算してくと……」
こんどは机に顔を突っ伏す。
「俺に、キール。さすがに冬に外で寝るわけにいかないからポポの分の宿賃も要るだろ?エメスは別に外でもいいって言うから甘えさせてもらうとしても、3人分でギリギリなんだよ……。アリアは神殿で寝泊りできるから大丈夫だろうけど、俺たちみたいな家のないルーキーは冬に野宿だけはなんとしても避けたいんだ。」
実際のところ、冒険者のルーキーたちは「明日も知れぬ宿無し」である。
現代で当てはまるところでいうと、“ネットカフェで寝泊りする日雇い”が一番近いかもしれない。
「雪、積もるらしいしね、この辺り」
「ははは……。止めをありがと……。シメジってどうみてもさ、冬に外にいたら凍るだろ?さすがに、外にいろって訳にいかないし」
「大変ね……」
「泣くかも、俺」
『ますたー、ふぁいとー!!』
「ぼふっ!」
「わうっ!」
しばしの間、孝和の顔はテーブルから持ち上がることはなかったのである。
『…………ポポ、シメジ?』
「わうっ!」
「ぼふっ」
丁度なくなった茶を淹れに厨房に向かった孝和を確認すると、こっそり3匹による内緒話が始まった。
ちなみにアリアはポリポリとお茶請けの焼き菓子を食べている。
『なんか、たいへんそーだから、みんなのことは、ないしょにしよーね』
「くぅっ!」
「ぼふっ」
こくこくと頷きあう彼ら。
そこに戻ってきた孝和は手に湯気の出るポットを掴んでいる。3匹の向き合う様をみて何かを感じたのか孝和は尋ねた。
「どうかしたのか?」
『なんでもないよー』
「わぅわぅ」
「ぼふっ!!」
人生知らないでいいことはある。
きっと、あるに違いない。
多分……。