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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
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第51話 そして、昼飯を(孝和サイド)【LUNCH】

ちと短めです。


誤字・脱字ご容赦ください。


「うん、聞いた聞いた。今日の客、皆その話題で持ちきりだったし。あ、これアリアのぶんな」


 『陽だまりの草原亭』の酒場兼食堂から離れた従業員用の休憩スペースで、テーブルに皿を乗せながら孝和はそう言った。


「ありがとう。そうなの、勇者が来るのよ。この祭りの忙しいときにね」


 まかない料理を運んできた孝和に感謝するとスプーンを掴む。自身の前に差し出された皿にそっと差し込むとそれをゆっくりと観察する。

 昼の混雑時が一通り落ち着いたこともあり、少し遅い昼飯にするところにアリアが時間通りにやってきた。

キールを連れ帰ってきた朝はタイミングが合わず、相談事もあったアリアはこの時間に改めて『陽だまりの草原亭』を尋ねてくれと頼まれたのだ。

よかったら、といわれてまかないを出すからとここで相談も含めて一席設けた次第である。

アリアと従業員に出された賄いは午前に提供された料理の使わなかった残りと、炊いた米をベースにした丼物である。

基本はハンバーグで使わなかった肉のカケラに野菜くずを使っての肉野菜炒め(野菜多目)を塩と胡椒で味付けしたあと、片栗粉であんかけした一品。米の上にこれでもかとドカンと乗せてある。同様の素材で作られたものを煮込んだ鍋モドキのスープもついている。

テーブルの真ん中にでんと乗っているのは朝方の生野菜サラダにポテトサラダの残り。夜まではさすがに持たないので、昼のこの時間で全て空にしなくてはならない。


「ふーん。やっぱり神殿ってそういうのが来ると相手することになるんだ?」

「当たり前じゃねぇか。勇者様だぜ?俺たちみたいな一般庶民と違って、そりゃあ超一流のご接待が待ってるってなもんさ」


 孝和の疑問に答えたのはダッチ。

 彼だけではなく、他に遅い昼食を取っている従業員たちもこくこくと頷く。声が出ないのは全員が口いっぱいに頬を膨らませて飯をほおばっているからだ。

 ダッチは自分のカップにぶどう酒を注ぐと、ぐびぐびと一気に飲み干す。


「アリアさんも大変な時期に帰ってきたもんですね。タカカズはともかく、あんたはもう少しゆっくりポート・デイにいたほうが楽できたんじゃないですかい?」

「そういうわけにもいかない事情がありまして。私も叔母ともう少しゆっくりと話もしたかったのですけれど……」

「まあ、人生そういうもんです。こればっかしはタイミングってやつですからね」


 ダッチは年長者としてそう諭す。テーブルに着く男たちのうち中年にさしかかろうとする数名もコクコクと頷く。

 いまだに全開で昼飯をむさぼるその姿に、貫禄といった物は感じられはしなかったが。


「でさ、来るのはどういう人なんだ?恥ずかしい話、俺詳しく知らなくって。キールたちに聞かれたんだけど答えらんなかったからさ」

「来るのは私の戦神ラウドの下位神、力の神セインに認められた勇者で、フレッド・エナイって名前よ。確か歳は22で、下級貴族の四男。行儀見習いも兼ねて出されたんだけど神官としてより教えを説くよりも、邪を払う神殿騎士に憧れてそっちの道に来たって言ってたわ。剣腕は神殿では上位、回復魔術も簡単なものなら使えて、容姿も振る舞いも貴族の出だったかしら?なかなか整ってたから上の覚えも良くなって将来性もバッチリ。若い修道女の中では人気があったはずね」


 一気に並べたてられる勇者の個人情報。ポカンとする一同を尻目に、アリアは続ける。


「実力は若手では一番!その上、神殿騎士から勇者に格上げされたものだから、ほとんど神殿内では王子様扱いよ。今じゃあ若手の有望株の先頭に立ってる男ね」

「いやいやいや!ちょっと待って!?」

「なに?」


 アリアの息継ぎのタイミングで堪らず孝和が割り込む。


「勇者だよね?今、言ってるのって?」

「そうよ?」

「えーと、確認なんだけど?」

「なに?」


 一息ついたのかアリアは、自分の皿に盛られた賄いをモグモグと食べ始める。お淑やかな振る舞いもできるのであろうが、やはり男社会の武門の出。食えるときに食う、という原則をしっかり守り、そばにいる男顔負けの勢いで皿が綺麗になっていく。


「勇者って知り合いなの?もしかして?」

「ええ、勇者の知己がフレッドだけっていうのも残念なんだけどね……」


 はぁ、と深いため息を吐き出すアリア。先ほどまでの内容からするとなかなかの高物件であろう男なのになぜアリアの様子が残念極まりないものなのか疑問がわく。

 そこに質問をかぶせようとしたところに、


「おっし、鍋の中身はおおかた無くなったな!?」

「うぃっす!!」


 ダッチの大声が響く。そしてそれに続く男たち。機先を削がれた孝和に向かい、ダッチが続ける。


「タカカズ、もう鍋はカラだぜ。シメだシメ。アレ頼むぜ」

「いや、まだ話の途中……」

「ああ、私の話なら別に今でなくて良いわよ?昼食にお邪魔してるのは私なんだし。後で時間できたときにゆっくり話しましょうよ。あなただってこの後仕事閊えてるんでしょう?」

「まぁ、ね」

「本当はキールとか皆居るものだと思って訪ねてきたんだし。“ぼーけんのたび”に出かけてるんじゃしかたないし。話するなら揃ってからのほうが面倒も少ないわよ。実は私も残念だけどこのあと仕事あるのよね」


 ニコニコしながらアリアは言う。


「なら、良いけど……」

「おう、話のコシ折っちまってわりいな。あと、アリアさん、ちょいと席詰めてくれよ」

「え!?ええ、わかったわ?」


 ベンチタイプの椅子は数名がけできるものであった。アリアは自分の席を詰め、人ひとり分のスペースを造る。


「ああ、すみませんね。悪いんですがもう少し詰めてくださいよ」

「もう少し、ですか?」


 さらに席を詰めるアリア。結果窮屈ではあるが2名分のスペースができた。

 そこに自身の体を詰めてくるダッチ。その横にも同じく従業員の男が詰めて座る。

 他にも席があるのにわざわざ詰めて座る意味がわからないアリアをよそに、逆サイドの孝和の席にも窮屈そうに数名の男が詰めて座る。

 横を見ると、食べ終わっていなかったのだろう男が、怒涛の勢いで自身の食事を空にしていく。

 各々が綺麗に無くなった椀を手に、一つのテーブルにぎゅう詰めになっていた。


「じゃあ、始めますねー」


 席を離れた孝和の手には、数人前の炊いた米と、大きめの椀いっぱいになったとき卵がある。

 それらを一気に鍋にぶち込み、底に敷かれた保温用の炭を少し足し、熱を高める。

 ふつふつと軽く煮立たせて、塩、胡椒、香味の強い野菜で最後味を調え、熱が通りきらない程度で鍋を火から離す。


「よし、できましたよー」

「おう、アリアさんも食って行ってくれよ。孝和のこの賄いがうちの従業員一番人気なんだぜ。ゾースイだかオジヤとかっていうんだけどよ」

「そうそう、最後にコレで全部片付くってのも便利だしなぁ」

「でも、俺はこないだのウドゥンのほうが好きだったけど?」

「ウドゥンじゃあない。ウドンだウドン。アレは作るのに時間がかかるって話だったろ?第一置いておくスペースをとらないといけないから、今後の課題ってトコだな」


 そんな話をしながら男たちは自身の椀に雑炊をよそい、ずぞぞっと啜りながら残りのサラダを着々と片付けている。

 いつの間にかアリアの椀の中にも孝和によって、ほかほかと湯気の上がる雑炊がよそわれていた。


「どーぞ、おあがりくださいってね」

「あ、ありがと。いただきます」


 椀に口をつけた瞬間にすぅっと香る香味。香味野菜を細かく刻み最後に軽く混ぜ合わせた香りだ。野菜から新鮮な香りが程よく発つが、細かく刻んだため余熱で野菜自身も軽く暖められ、生でも熱が入ったものでもないしゃくしゃくとした触感が心地よい。

 最終的に味を調えた塩・コショウ以外は鍋に残るスープが味を決めている。

 ことこと煮込んだスープのベース自体はそんなに高価な食材があるわけでもないが、賄いのレベルとしては及第点以上の評価を従業員からは得ていた。


「あ、おいし」

「そうなんだよなぁ。俺とか、ほかの奴がやってもこの味がでてこないんだよなぁ」

「あ、そうなんですか?」

「そうなんですよ、アリアさん。急に雇った奴の腕がいいってのも、長年やってきた側のプライドってやつがありますからね」

「あはははは……」


 ダッチの独白に苦笑いする孝和。


「俺、一応称号持ちですし、そこら辺も関係してるんじゃないですかね?」

「まあ、客が喜んでるんだからいいんだけどな」


 ニカッと笑うダッチ。料理人としてよりも経営者としての喜びの方が大きいようだ。


「ははは。これからも“お客様の満足のために”ってとこですかね」

「頼むぜぇ。こんどの祭りじゃ他の区域の奴等に負けるわけにはいかんからな」

「ここ数年負けてるんでしたっけ?」

「おうよ!だが今回は久しぶりにいっちょ3番街ここにありってのを見せ付けるチャンスだからな。期待してるぜ、タカカズ」

「頑張りますよ」


 そうこうしているうちに雑炊鍋も空になる。今回も、完食となったので良かった良かったと思いながら、カチャカチャと皿を片付け始める孝和。

 こうして『陽だまりの草原亭』の遅い昼は終わっていくのだった。




『うわぁぁぁぁぁっ!!あはははっ!!』

「ガウッ!」

 マドックより少し離れた森の中。そこを全力で掛けて行く黒の猟犬。その上に載る白い塊は全身に風を感じながら喜色満面の声を上げる。

 獣人・幼獣モード以外の2形態のうちの1つ。孝和曰く猟犬モードのポポの背に乗って緑の中を疾走するキール。

 2匹はこうして“ぼーけんのたび”を楽しんでいたのだった。


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