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価値を知るもの  作者: 勇寛
祭りが、はじまる
54/111

第50話 それぞれの、朝【MORNING】

誤字・脱字ご容赦ください。


 マドック3番街にある宿『陽だまりの草原亭』の朝は早い。

冒険者の定宿として営業していることもあり、営業時間はこの世界にしては脅威の20時間。夜間の酒場の営業が終了してから、翌日の宿のチェックアウトまでに清掃作業を終えなくてはならないという営業形態である。

さらに言うならば、朝日が昇れば普通の冒険者の活動も始まることも営業時間を延ばしている理由の一つだ。黎明の時間帯は安寧の時間ではない。冒険者はすでに全力稼働であった。

つまりはそれまでに従業員は、もろもろの準備を終えている必要が出てくるのである。




「わ、ふわぁぁ……わふっ……」


 大口を開け、あくびをしながらポポは眠気に負けそうになる眼をくしくしと擦る。遠くに見える山の稜線から、徐々に昇ってくる朝日の光を顔に感じ、朝がやってきたことを感じていた。

 この時のポポは先日までの二足歩行の人型ではなく、小型犬そのものの形態をとっていた。形態変化の出来る種族は珍しいが、皆無と言うわけではなく、ポポのその特異性もまあ問題がなかったわけではないが概ね受け入れられていた。

 さすがは異世界。現代日本とは大きく常識が異なる。

話は戻るが、いまだに残る眠気を打ち払うため、ポポは大きく伸びをした。ぎゅぅっと背筋が伸び、ぴきぴきと体がほぐれる音がした。後ろに反りかえったということだが、ポポは自分がどこにいるのかを忘れていたのである。


するっ。ベチィィイイン!!!


 後ろに反った瞬間、自分が寝床としていた木の上からそのまま落下した。

 先日マドックに到着した後、ポポにも部屋を用意しようとした。1日目はベッドで寝てくれたのだが、2日目以降はたまに外で寝るようになったのである。

 日常生活では人型をしているポポではあるが、寝るときには獣型(孝和名、幼獣モード)が好みのようで器用にも木の上を寝床としているのだ。

 まあ、そんな理由で木の上で寝ていたポポは勢いそのまま、顔面をダイレクトに地面にめり込ませる。

激突音が周囲に響き渡った。

正直な話、事故である。

 ぴくぴくと数度の痙攣がポポの体に走った。その痙攣を反動としてうつ伏せに倒れこむ。遅れて空からひらひらと飛んできた薄手の布地がポポの体を隠すように包みこんだ。


「わぅっ!!」


 ガバッと布をはねのけるようにポポが勢いよく起き上がる。

そのときには人型へ形態変化は終了し、二足歩行で立ち上がる。何もなかったかのようにそのまま首をコキコキ鳴らして再度欠伸をすると、布をクルクル巻き取り、とことこと歩きだした。

おそらく、行先は洗い場であろう。使ったタオルケット代わりの布を洗濯に出しておくためである。

 この辺りをきちんとする辺り、几帳面な孝和の性格に従僕化された際、影響されたのかもしれない。

 そんなポポであるが、ぎゅっと握られた拳はやる気を現しているのだろうか。やるぞ!とばかりに気合の一声があがる。


「わうんっ!!!」


 ポポの一日はすっきりとした目覚めとともに、こうして始まった。

 ちなみに木の全長は10メートルを超えていることをここに追記しておく。





(マ、マジか……。どうなってんだ?アイツの体……)


 ちょうど、朝の炊事場のドアを開けた瞬間に起きた一部始終を目撃した孝和は、ヒクヒクと顔をひきつらせた。


「すげぇな。なんで俺、アイツと戦ったんだろ?……頭沸いてたんだろうな、たぶん」


 何の痛痒も見せず元気いっぱいに洗い場に向かっていくポポを茫然と見送る。この後ポポは任せられたお仕事に向かうのである。邪魔をしてはならないが、あまりに常識離れしたポポの頑健さに正直ドン引きしてしまった。

 遠めでもわかるくらいポポの落下場所は凹んでいる。


「……はっ!!仕事だ、仕事っ!!!」


 そんなことを考えてはいたが、時間は待ってくれない。もうそろそろパン屋がやってくる。今日の分の配達を受け取らねばならないし、軽食で済む朝食と違い、ガッツリ系の昼時間に向けての仕込みも始める必要がある。

 ハンバーグの焼き加減を他の従業員にも教えたが、いまだ焼き加減が甘いのだ。朝の空き時間に肉焼きの教育係を仰せつかってしまった以上、無駄にできる時間はほぼないといえる。


「すいませーん。今日の配送に来たんですがー!!!」

「あ!今行きまーす!!!」


 考えるなりパン屋が来た。引き取りにサインと、運び込み。肉屋は昨日納品をしてもらったから今日は来る予定はない。

 頭から先ほどの光景を追い出し、やらねばならぬ今日の業務をそこに上書きする。

 野菜類は市場で仕入れるため、女将のタバサと住込みの従業員が行く。仕込み関係は孝和と本日の料理番3名とが行い、宿と食堂のカウンターは店主のダッチが担当である。

 昼からはウエイターにウェイトレスがついて、呼び込みにキールが追加される。

 今日は昼の繁茂時がひと段落ついたところで、中抜けさせてもらい孝和とダッチが祭りの運営部に調整に行く予定となっている。


「忙しい、忙しい!!」


 食糧庫の鍵束を引っ掴むとパン屋の青年を迎えるため、孝和はバタバタと勝手口に向かい駆けだしていった。

 孝和の一日はこうして、慌ただしく始まった。

 ちなみに、従業員の中で一番新入りの孝和が、一番最初に厨房に降りてきたのだということをここに追記しておく。




「ふむ……。お忙しい、のであろう」


 勝手口に向かって忙しなく孝和が駆けだしていくのを、ちょうど裏庭の角から出てきたエメスの眼がとらえた。

 自身の主は今日も忙しそうに、しかしそれでいて充実した表情を浮かべ働いている。


「我等も、自身のノルマを、こなさねば、な」


 そう言うと、エメスは自分の目の前にうずたかく積まれた山を見やる。

 ずんずんと足音をさせながらそれに近づくと、ひとつつかみ取る。右手に握られた鉈は、ところどころ欠け、年季を感じさせながらも、無骨な美しさがある。

 だが、全体のバランスとして巨体のエメスに持たれると、どうも玩具じみた印象を感じさせるのであるが。


「ぬん!」「わうっ!」


ぱかんっ!!


「ぬん!」「わうっ!」


ぱかんっ!


「ぬん!」「わうっ!」


ぱかんっ!


 エメスは掴んだ薪を宙に放り投げ、右手の鉈で両断する。半分に割れる薪を回収するのはポポ。

 一定のテンポで行われる作業は、ある程度の量が貯まるまで続けられた。小山とも言えるほどの量が貯まったところで、今度は縄を手に取る。


「では、ポポ。お願いする」

「わうっ!」


 シュルシュルと音を立て、エメスの掴んだ縄がある程度の長さになるまで手繰られる。それを2回、3回と輪になるようにして整えられた。

 エメスは胡坐をかき、ポポの目の前に座る。

 その前にいるポポの手には、先ほどエメスの握っていた鉈があった。先ほどまでとは違い、人でいえば幼児サイズに見えるポポが持つと、今度はその鉈が危険極まりないものに見えるのは可笑しなものと言えるだろう。


「ガウッ!!」


 それまでの気の抜けるような声ではなく、力の入った呻きをさせ、ポポは鉈をエメスの持つ縄に振るう。

 スパっと綺麗に切り払われた縄は地面に落ち、大体2メートルほどの縄が十数本ほど完成した。


「では、後をお願いする」

「わうっ!」


 任せておけと言わんばかりに胸をどんと叩き、ポポは縄を手に取る。これで小山になった薪を数本ずつまとめて縛り上げる。祭りが近く、薪の消費量もここのところ鰻登りだ。

 エメスでは手の大きさの関係もあり、どうしても縛り上げる際に多少まごつきがある。きちんと役割分担があるため、ここから先はポポの仕事。エメスには別の仕事が割り当てられる。

 その場を離れ、宿の裏庭から3番街の裏通りに抜ける。この道を抜け、目指す先は商業区であった。

 朝の仕事が終わった後も、まだ一日は始まったばかりである。空も青く、今日も良い天気になりそうだと考えながら、エメスは宿を後にしたのであった。

 エメスの一日はこうして、規則正しく始まった。

 ちなみに、ポポが起きてくるまでエメスはじっと裏庭で直立不動で待っていた。裏庭は誰でも出入りが容易であったため、祭りの観光客が何かの神像であると勘違いしたのだろう。エメスの足元に数枚の硬貨が置かれていたということをここに追記する。



『あ、エメスくんだー!いってらっしゃーい!!』


 『陽だまりの草原亭』にエメスと入れ違いに戻ってきたキールが、遠くに見えるエメスに呼び掛ける。

 道を曲がり姿が見えなくなるところだったが、気付いたエメスが片手を振り、挨拶をしてくれた。


「入れ違いになっちゃったわね。みんな揃うことって戻ってからあんまりないわよね」

『そーだねー。でも、おまつりってじゅんびしてるときが、いちばんたのしいんだって、ますたーがいってたよー?』


 キールの歩く横にいるのはアリアである。いつもの格好とは違い今日の格好は白を基調として、青がアクセントになったローブと、同じ配色の頭が隠れるような帽子である。

 アクセントの青は神殿のシンボルが染め上げられたものであり、その正体は街中で活動する際の神官服である。荒事向きではなく、デザインとシンボリックなものを全面に押し出したものだ。


「そうね、私も故郷の祝賀祭は準備の時のワクワクが好きだったな」

『ワクワクするよねっ!おいしーのいっぱいでるんだよねっ!ゆーしゃさまが、くるんだよねっ!!たのしみだなっ!!』

「勇者、か……。はあっ」


 勇者。勇者が来るのだ。このマドックに。

 そこが問題なのだ。


「なんで、そんなのが来るのよ……。急にそういうこと決めないでほしいのよね……」


 ため息をつくアリア。それはため息もつきたくなるだろう。

 何せ勇者と言えば神1柱が1名のみ任命する自身の代行者である。要するに世界にとってのVIPというわけだ。

 全ての神々が任命しているわけではないし、神自身が非公表としている場合もあり、べらぼうにいるわけでもないが、居るには居る。

 現在、存命で活動中なのは10名ほどのはずである。隠遁したり生死不明も含めると20名弱となるだろうか。

 それが、来るのだ。このマドックに。

 神殿は出迎えのため上から下までてんやわんや。

 おかげで今朝の説法は普段の人員の半分で行うはめになったのである。ド畜生全開な状況に愚痴の一つも言いたくなるのは仕方ないだろう。


『アリアさん、つかれてるねー?』

「そうよ、疲れてるの……。だからゆっくりご飯食べに逃げてきたのよ。あと、心の癒しも必要なのよ、今の私」

『んぎゅぅ』


 急に眼を爛々とさせ、キールを抱き上げるアリア。そのまま、全力でキールを抱きしめ、心の癒しを補給する。

 心を十分にキールのぷよぷよで癒すと、目の前に『陽だまりの草原亭』の入り口が見える。

 ここに来たのは孝和に件の“勇者”の相談もあってのことだ。まあ、しばらくは孝和も朝の仕事で忙しいはずなので、相談自体は後になるだろうが。

 そのまま、店内に入ると食堂に足を向ける。テーブルには数名の冒険者と思われる者たちがパラパラと座り、スープやパン、サラダを食べている。

 ある者は向かいの者と打ち合わせをしながら、ある者は欠伸を噛み殺しながら一人で、と各々の朝食をとる。

 こういった光景は冒険者の宿であれば当たり前の風景であるが、この『陽だまりの草原亭』はほかの宿と比較しても若干賑わっているほうだと言えた。

 まだ夜と言っても違いないくらいの朝に、これだけの人間がいるのは単に孝和の改良した朝のセットである。

 軽い食事に付けられるマヨネーズ・ケチャップの味は、単純な塩味に飽き飽きしていた冒険者の舌をガッチリととらえたのである。

 パンにスープ、生野菜のセットからほんの少しだがグレードアップしたのだ。

 若干割高であるが、それを気にしない程度の資金に余裕のあるクラスの冒険者は集まる結果になった。もう少し日が高くなれば、満席まではいかないがテーブルは十分に埋まるだろう。


「おはようさん。カウンターで良いかい?」

「おはようございます。構いませんよ。とりあえず私に朝のセット1つと、キールにサラダと水差しを。ハーブを浮かべてね?」

「あいよ。サラダはどっちに?」

「おなかに貯まる方がいいかな?私はポテトサラダをお願い。キールはどうするの?」

『んーとね、んーとね。きょうは、ぽてとなきぶんです!!』

「ふふふっ。じゃあ、2人ともポテトサラダで」

「最近、みんなポテトのほうなんだよな。俺は朝方は生野菜の方が好きなんだけどなぁ」


 奥にある厨房と別口に設置されたカウンター脇の簡易な調理スペースから、テキパキと店主が朝のセットメニューを取り出す。

 盆の上に輪切りのパン2切れと、木の椀に注がれた葉野菜のスープ、木製の皿に盛られるポテトサラダ。木のカップとスプーン・フォークを乗せるとそのままアリアに手渡す。

 キール用の盆には水差しと、ポテトサラダが大盛りサイズになったボウルが置かれる。

 ポテトサラダは特に特別なものではなく、ジャガイモをつぶしたものに、薄切りのキュウリ、調理の際にでた野菜の端切れを細かく刻み一緒に混ぜ込んだ一品である。

 ゆでるか生かで提供されていたサラダではなく、マヨネーズと軽い胡椒風味で味付けされたポテトサラダ。ポテサラ特有のねっとりした舌触りと、今までになかった風味を求め、朝からの来客も徐々に根付いている。


「そのうち生野菜も頼まれるようになると思うけど?」

「まあ、こっちからすれば客が入ればどっちでも構わないんだがね。生野菜も準備してるからな。仕込みの量が計算できないのは今後考えていかないと、な」


 ポリポリと困ったように頭をかく店主。しかしその口元は穏やかに微笑んでおり、店の好調にうれしい悲鳴が止まらないのを隠し切れていなかった。


「物珍しさもあるからポテトサラダが頼まれるのかもね。でも生野菜もマヨネーズ付きなんだから、そのうち生野菜の売上も伸びるんじゃないかしら」

「だと良いんだがね」


 自分のカップとキール用に用意した深皿になみなみと水を注ぐ。

 キール用のハーブ水は最近では物珍しさから頼むものも増えてきた。うっすらと香るハーブのさわやかな香りが疲れた脳髄に清涼感を呼び込む。


「ほぅ……。今日もありがとうね。キール」

『んぐんぐ……。べつにいーよー。ますたーもいそがしーし、ぼくもひまだしー』


 もそもそとサラダを食べ進めるキールに、アリアは感謝を述べる。

 こんな早朝から二人はどこに居たのかというと、神殿の説法会場で一仕事終えてきた帰りだったりする。

 祭りが近くなると、人が増える。祭りを楽しみにきた近隣の住人に、観光客。それを商機とみた商人。さらに少し行儀の悪いチンピラ連中に、各種イベントの開催の資材を運ぶ人足といったところか。

 それらの人々の中には、信心深い者や、そうでもないが記念に神殿を見ていこうとする人々がいる。彼らが神殿の説法の会場に集まるのだ。

 そうすると、おのずと体調を崩すものも、出てくるのは当然の結果と言える。


「でも、助かったわよ。うちのメンバーだけじゃあの会場全部をカバーするにはギリギリだったもの」

『ふーん?そっか!じゃあ、よかったです!!うん!!』


 日本でいえば、朝礼で倒れた学生を助ける保険医の役割をしに行ったわけだ。そんなこともあり、前日夜にキールはアリアに貸し出しされていったのである。

 本人も“アリアさんとおとまりー!”と楽しそうな様子だった。お泊り会的な意識で出かけていったのだが、寝るまでに神殿の人たちから触られ、撫でられ、こねくり回されることになったのは本人も驚いていた。

 孝和も朝から晩まで働いていたこともあり、ゆっくりと睡眠をとることが出来たので両者ウィン・ウィンといったところであろうか。


「お給料はタカカズに渡しておけばいいのよね?」

『そーだね。ぼく、おかねってどーすればいいのか、いまいちわかんないし!!』

「じゃあ、こんど一緒に買い物でもいく?」

『うんっ!でーとだね!』


 ぶっ!!


 軽く噴き出したアリア。


「キール、デートってあなた……」

『?ちがうのぉ?ダッチさんがおんなのことでかけるのは、でーとなんだぜっ、ていってたよ?』


 チラリと横目で確認するとダッチがそ知らぬ顔で皿を拭いている。先日の失言で女性陣から袋叩きの憂き目に合ったばかりだというのに、学習能力はないのだろうか。


「そうね、じゃあ、私とデートしましょっか?」

『うんっ!やくそくだよっ』


にこやかにデートの約束をした二人。キールも楽しそうだし、まあ、いいかとアリアは思う。

 さて、どこに出かけようか?


 この数分後、耳をタバサに引っつかまれ、奥に消えたダッチが再度宿の従業員一同(女性陣)から袋叩きに合ったのは追記する必要はないだろう。


久々の街中生活編です。


こういうの書きやすくて好きですね。

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