第47話 ソノヒニオキタコト【A DAY】
誤字・脱字ご容赦ください
※ぼかしてはありますが、一部に血生臭い表現が目につくかもしれません。
苦手な方は読まなくても次回更新からお読みいただける内容となっております。
読むのを避けてみるのも一考ください。
これは、孝和の目覚めた日、その日に―――――オキタコト――――――――
――――――某所/街道より外れた森林地帯―――――――
バチャッ!!
「チッ!!」
顔に跳んできた泥水に顔を顰める。
口元まで垂れてきた泥を手荒く拭いとる。その下から現れた肌はゾッとするほど白く、きめ細やかなものだった。顔立ちも整っており、どことなく人形然とした風貌の女性である。その瞳だけが意思の強さを示し、翆玉の輝きを放っていた。
騎乗し、怒涛の如く森の中のかろうじて道と呼べる程度の幅を5騎で駆け抜ける。
さらにはスコールに近いほどの雨。雨除けをかねた皮のマントはすでにずぶ濡れで、張り付いた髪は不快感しか齎さない。
日が落ち始め馬の吐く息は、周囲の気温が下がり、白くなり始めた。
「一旦停止ッ!!あの木の下で現在地を確認しろ!!」
「「「ハッ!!」」」
馬がゆっくりと速度を落とし、指示された大木の下で馬を下りる揃いのマント姿の5名。
そのうちの2名が手早く手綱を取り、5匹の馬を大木側の倒木に括りつける。残りの3名は雨を避けながら、馬に括られた荷を降ろす。
濡れないよう、荷をシート代わりの皮に乗せ、中から軽い保存食、皮の水筒、折りたたまれた地図を取り出す。
整然と統制の取れた様から、彼らが高度の訓練を受けたパーティーであることがわかる。
「全く、ひっでえ雨だぜ。嫌んなっちまうな」
文句を垂れながらマントをバサッと振り払う。その下から現れたのは、見事なほどの白髪になった老人の物である。それでいてギラギラと生気に満ち満ちた男の顔だった。
マントに隠された上半身は鍛え上げられ、もうもうと湯気が立つ。
何度か振ったマントから雫が周りに飛び散るが、誰もそれを注意しようとはしない。すでに全員がぬれねずみ同然であるからだ。保存食から干し肉を抜き取り、ブチッと噛み千切る。いかにも不味そうな顔をしながら、差し出された水筒の水をグイッと呷る。
「仕方あるまい。老害どもの秘密主義が無ければもう少し早い対応も出来たのだが……」
人形然とした女の口から涼やかな声が響く。美しく、どこか冷たさを感じさせる声だった。
「まあ、言ってもしゃあねえこった。実際のところもう少しなんだろ?」
「ハッ!現在地はこの地図でいうと、この2又にもうすぐ到着できる所です!」
「まあ、日没までに着くかどうかはギリってところかもな……」
地図を指差した、声からすると男であろう者に顰め面をしながら干し肉と水筒を渡す。受け取った男も何も言わず、残りの干し肉をかじり、水筒を呷る。
乾ききった果物の成れの果てをその後に口に放り込み、咀嚼する。
他のものもほぼ同様である。何も言わず黙々と大して美味くもない保存食を飲み込んで行く。
木の実、干し肉、果物、炒った豆、それらをひとしきり食べきるとマントを羽織り、馬をみて提案する。
「そんじゃあまあ、行くけぇ?」
「尻が痛い」
「あとで揉んでやろうか?」
「……肩から先がなくなってもいいならな」
「そいつは困った。両腕は高すぎらぁ。片腕なら妥当なトコなんだがなぁ……」
顎に生えた白髪混じりの無精ひげをさする。そんな様もなかなかに絵になっている。
奇妙に色気を感じさせる男であったが、マントの彼女には通用しなかったようだ。
冷え切った視線で一瞥すると、馬番をしていた者に話しかける。
「馬鹿は放っておくとしよう。馬の調子はどうだ?」
「……よくないですね。1頭はこのままだと潰れちまいます。他の4頭は何とかかんとかってとこでしょう」
「ああ、悪ぃな。たぶん潰れそうなのは俺の馬だろ?無駄に重いのに走らせちまったからな……」
先程までの軽薄な様子はなりを潜め、神妙な顔で本当に済まなさそうな顔を馬に向ける。確かに男の体躯は立派という形容詞がかすむほどである。190cm強の身長、体重も目算で100は確実に超えている。
「いえ、仕方ありません。私がコイツとここに残ります。あなた方は先に進んでください」
「……そりゃ、ダメだ。おい!」
白髪の男は、脚を痛めた馬から荷を下ろす男を軽く制止し、保存食を別の馬に括り始めた他の男に呼び掛ける。
「おめぇ、ここに悪いんだが残ってくれるか?」
「わかりました。残らせていただきます。では可能な限り荷を削ります。少しお待ちを……」
「すまん。後発隊はエドの部隊だ。日が暮れるまでは強行して動くはずだ。ギリギリここまで来るかもしれねえ。竈と雨除けだけでも用意してやってくれ」
「お任せを。飯は1食分だけ持ってってください。あとはここで降ろします。先の奴らの分は要りませんよね?」
「当然だ。勝手に突っ走って自爆しようとしてる奴らのことなんざ、俺らの知ったこっちゃねぇ。爺どもの子飼いが勝手に減ってくれるんなら言うこたぁねぇぜ」
「ははっ!確かに!!」
ニカッと笑う男。答える男も笑い返す。
「まったく、笑ってないでさっさと乗れ。少しだが馬も脚を休めたぞ」
「おう!行くぜ!じゃあ、お前ら、後はエドの指示に従え。もし今日中に合流できなければ、明日の朝イチに町まで引き返せ。道中で合流出来たらそのまま帰れ。飯は2食分木に吊るしていってもらえば後はいらん。他のこまごました物も捨てて行って構わねえ」
「了解しました。ご武運を!」
「ああ、サンキュ」
荷を下ろした馬に跨ると一気に駆け出す。後ろの2名に眼もくれることなく。
「……間に合うと思うか?」
「俺の勘じゃ、8割形、無理の目がでてる。先に行った奴らに対処できるとは思えねえ。足止めだけでも出来りゃ大成功ってトコだろ」
「……急ぐぞ」
「ああ。クソッタレ」
鬱蒼と茂る森に3騎が駆け込んでいく。その先の空には真っ黒な雲がかかり、どことなく不吉な未来を予感させていた。
――――――――ポート・デイ近郊/廃屋―――――――
「……はい、……はい、……はい」
ピチャ……ポタタッ……。
「……いえ、処理が完了したのは書面までです。……はい、関係者の処分は7割を切ります。根は涸らしましたので、時間は稼げるかと……はい、焼却処分といたしますが……」
眼を閉じ、どこか恍惚とした表情で女はつぶやく。
「わかりました。豚の尻尾が動いている、と……。……別働隊とは可能な限り早く合流を……。至急、現行の勢力図より2割向こうまで後退します。……ポート・デイは完全撤収となりますが?なるほど、盗賊ギルドは元の形に表返るとお考えで……。了解しました」
すっと眼を見開く。開かれた眼は蘭蘭と黄金色に輝く。光を浴びた小麦のような金ではなく、人を狂わせる金にも似た色で。
肉感的な美女、しかもとびきりの、である。濡れたような黒い髪を無造作に後ろで括り上げ、腰かけた粗末な寝台から悠然と立ち上がる。
括られた髪から一房さらさらと彼女の体を滑り落ちていく。
その体を包むのは豪奢な飾りが付けられた踊り子の衣装であった。このような場所には全く合っていないそれは、踊りの優美さや美しさを見せる商売用のものとは違い、ただただ男の煽情をあおるための、性的で所謂“ゲスい”衣装である。
コンコン
「なに?」
ドアから聞こえるノック。先ほどまでの陶然とした表情が能面と見まがうばかりの無機質なものに変わる。
「3名戻りました。以降は後追いで構いませんか?」
「そう……。ではここを処分して。後、服はある?」
「旅装は万全です。ここの処分が完了次第出立を……」
女はドアに向かう。床に散らばる服をヒールで踏みつけ何のためらいもなく悠然と歩きだした。
首に手をやり、胸を隠す衣装と一体化したチョーカーを指1本で弾き飛ばす。
床にハラハラと薄絹が落ちていく。何一つ隠すことなく裸となった女は、ブルッと体を震わせた。
バサッ!!
背から羽が生える。髪色と同じ濡れた黒。白い肌とのコントラストは美しいというよりも淫靡だった。
「頼むわ。……じゃあね、“元”ご主人様?」
ドアが開く。
女と入れ替わりに黒一色に染められたマントを羽織る者が2名室内に入る。木桶になみなみと有る黒い液体は脂臭い異臭を放っていた。
振り返った先には驚きに眼を見開いたハキムがいる。何も言わずただ一点を見つめ、首から流れ出た血で床一面が池の要となっていた。
しみ込んでどす黒くなった衣服に、本棚に粗末な寝台、そして全裸のハキム。それらに黒マント達は木桶の中身をぶちまけていく。
艶然と最後に笑みを浮かべ、正面を向き直る。
すでに彼女にハキムに対する興味はない。
服が差し出され、それを身にまとう。
「じゃあ、すぐに出るわよ。火が上がれば、街からも追手がかかるから。あの男が丸焦げにならないようにしてね。必ず“他殺”に見えるように、ね?」
――――――――ポート・デイより北/街道―――――――
「眠ぃぃ……。ふぁぁあああぁ」
大あくびをぶちかました御者にむけ、容赦ない蹴りが飛ぶ。
ドカッ!
「ふぐぉっ!!」
伸びあがった瞬間をねらわれた御者は格好の悪い声を上げ、転がり落ちる寸前のところを御者台に捕まることで何とかこらえることに成功した。
「な、何するんスかっ!隊長!!」
「馬鹿やろォ。不真面目な部下を教育すんのが上司ってェモンだ」
「同意。あなた非常に不真面目」
非難の声を即座に否定される御者。上司の叱責に同僚の追撃。
「いやいやいやっ!!!俺働き過ぎッス!!完徹ッス!!!」
「ほォ?じゃあお前ェこっちと変わっか?」
「変わる?」
ヌッと御者の前に出たナイフ。錆ついて、さらには刃先もかけた廃品。使うには非常に問題のあるだろうそれが、“なぜか”濡れている。うっすらと水で洗っただろうナイフに一筋赤い線が残っている。
なぜか幌から顔だけ出した男と女。その微妙な隙間から何か鉄くさい匂いが漂う。
「……いいッス。俺、今日の昼飯は肉って決めてるんで」
どこか投げやりな御者の返答に男と女はうなずいて幌の中に戻る。
「大変だな。お前も……」
カポカポとロバに乗った商人風の男が御者席に近づいて、話しかける。周りの男たちもニタニタと笑う。
だが、商人にしては少々鍛えが過ぎる腕がその上着から見え隠れしていた。
ほんの少しだけカチンときた御者はついつい口が滑ってしまった。
「変わってくれるッスか?」
「お前、少しは学んでおけよ?」
忠告が男から飛ぶと同時に、御者の背中に今度は男と女の2本の脚が食い込んだのは言うまでもない。
やる気出たので短いのですが投稿します。
感想の方にあった意見は見たのですけど、すでに7割書き上げてたので、ゴーレム・業魔関連は次回にご期待ください。
えー……一応言っておかないとまずいと思うので、「次回更新は未定です」