第43話 暴力と意思と 【POWER OF ARMYS】
お久しぶりですが、上手く投稿できてるでしょうか?
初めての予約投稿!
「こ、こんな馬鹿げたことが、あるか……。な、何だというのだ?」
ストレイは呆然とただ、考えていたことが口から漏れでていく状況となっていた。その表情には生気は無く、先程までの激情に駆られていた姿とは全く似つかない。
ガックリとヒザから力が抜ける。甲板にそのまま崩れ落ちようにして天井を見つめた。
体をしっかりと両腕で抱える。そうでもしないと間断なく襲う寒気に負けてしまうのではないかと錯覚させられていた。
「……だ、だが、まだだ!まだ私にはっ!!」
青ざめた顔をハッとあげ、声を荒げる。
ストレイはまだ、この場を切り抜けることは出来るはずだということに気付く。この船の積荷はまだ自分を救う鍵と成り得る。
だが、
「人質がいるのだ!……とでも言いたいのか、貴様?」
背後から唐突に掛けられた声に、ストレイはビクッと痙攣したかのように背筋を伸ばす。その声に聞き覚えは、有る。
どこか、自分をからかうかのような調子の内容だったにも関わらず、それには感情というものが乗っていないかのようだ。
いや、実際には凄まじいまでの感情が込められていた。
凍てつかんばかりの冷え切った台詞を吐いた相手を確認するため、ゆっくりとストレイは後ろを振り返る。
「……なかなか珍しい場所でお会いするものだな、ストレイ殿?ここで何をしておられるので?」
「ク……ッ、イゼルナ!ど、どうして此処にっ!?」
振り返ったストレイの眼前には抜き身の剣を自身に突きつけるイゼルナの姿だった。
「どうして?それは先ほど私が聞いた質問だ。軍属の貴方が、この無法者どもの首魁の船に乗船されているとは……。どういった経緯かな?」
そう静かに尋ねる彼女はこの場に似つかわしくない扇情的な姿である。ポタポタと濡れた髪から雫が滴っていた。
体から滴り落ちる雫が、磨かれた甲板に零れ落ち細かな水玉を形作る。
「私をどこぞのおしとやかなレディーとでも思ったか?私は海兵の端くれだぞ。海兵が何をするために軍から金をもらっているかぐらいは覚えているだろう?」
「グッ……!」
息を詰まらせストレイはイゼルナを睨みつける。うかつに声を発すれば、すぐにでも切りかかっていきそうな位置に剣先が揺れている。
「敵船ならともかく、海兵が自分の所の船くらい登れなくてどうする」
つまり、そういうことだ。
3局面で孝和たちは動いていたわけだ。孝和はエメスと真正面から、エーイは罠を張り、イゼルナは後方からひっそりと。
最悪、孝和やエーイが失敗したとしてもイゼルナさえ成功すれば全く問題ない。何せ馬鹿みたいに“頭”が顔を出しているのだから。そこさえ抑えてしまえば万事解決する。
実際は罠に嵌った【業魔】の脱出が早すぎてプランニングは大きく狂ってしまったのだけれども。
「まあ、とりあえずやって欲しい事もあるけれど……。いまとりあえず“動くな”、と言っておこうか。特にその水晶。ゆっくりと体から離せ。それから、ゆっくりと地面に置くんだ、ゆっくりとな?おかしな動きをすればその首、斬る」
イゼルナは指示を出し、ストレイは素直にそれに従った。
何一つ抗うことなく、罵声を上げることなくストレイは従う。
(……何?この違和感……。嫌な気分ね……)
ストレイが真っ青な顔なのは先にも述べているが、そこに浮かぶ表情は絶望や諦観とは程遠い。
どちらかといえば憤怒。それに近い。
歯を食いしばり、そのでっぷりと脂肪が満載された腹から声がぶちまけれらないように耐えている。
(気持ち悪い……。何故素直に従うの?こいつは“こう”だった?)
断じて否。そう声を大にして言える。まさに自己愛と保身のために仕事を行う下の下の下。
イゼルナはこの男から何一つ見習うべきことはないと判断していた。
最も、権謀術策や表裏問わない幅広いコネクション、欲望のためには躊躇い無く他者を切り捨てられる非情さ、等等。どちらかというと武人気質のイゼルナには不快でしかない分野においては光る物はあるのだが。
そういう人物であるストレイが大人しくイゼルナに従う理由。
(援護の可能性……。いや、無いわね。リビング・アーマーにしろ、スケルトンに竜牙兵にしろ、あの水晶で動かしていたのでしょうし。周りにそいつらはいないし……)
甲板の各所には、力を失った状態で倒れるスケルトン達がそこかしこで見られた。だが、それらからは十分に距離がある。
仮にそれらが動けば、ストレイは切り捨てる。
今回の全貌を調査できなくなるかもしれないが、自身の身の安全を犠牲にするほどではない。
何しろ今回、イゼルナの立場は“家族を攫われたことに憤慨した”善意の協力者である。ただそこに“軍属”ということが乗っかっているに過ぎない。
命令されてここにいるわけでもなく、逆に海軍の不始末に東奔西走した結果この状況となったのだ。
後は正直な話、軍と領主の政治的駆け引きやら、責任の所在の確認等の細々した問題だ。責任を問われるストレイが、大人しく従った所でその先にあるのはあまり嬉しくない結末であろう。
「……ふはは……ふへっふへへへぁ……」
ゆっくりと黒水晶を掴んだ腕を体からはなし、地面に水晶が置かれた瞬間、ストレイが笑い出す。その笑い声は、蓄えられた怒気が充満していたとは思えないほど間の抜けた音だった。
同時に地面に置かれた黒水晶がカシャンと軽い音を立てて崩れ落ちる。
そのまま、急激に色あせながら、砂のようになって水晶は小さな山を形作った。
「おかしな真似はするな、と言った!何のつもりだっ!!!」
「いや、いや、いや……。ようやく、私はね。わかったのです……。わかったのですよ!」
「貴様、何を言っ!!!!」
ストレイが急に饒舌になり、イゼルナはそれに対し声を上げる。
疑問を口にしたことで、ほんの少しだけ意識が剣を握る力に影響を与えた。
ストレイの巨体、いや膨れに膨れた肥満体が、その体に似つかわしくない速度を持ってイゼルナに跳ねる。
ストレイは両膝を地面に付いていた。その体勢からは決して不可能といわざるを得ないスピードで起き上がり、イゼルナに突進したのだ。
だが、虚をつかれたとはいえ剣先はストレイに向いている。
(クソッ!!)
内心悪態を付きながらも、体が反応してしまう。片手で持っていた柄に両手が掛かり、力強く前に押し出された。丁度ストレイのみぞおちに向かい剣閃が疾る。
これで、今回の事件を洗うのが難しくなった。
(最後にこうして、事件を闇に葬るつもりだったのか!!)
両手にストレイの胸を貫いた感触がしっかりと伝わる。次に生ぬるい血の暖かさを感じ、倒れこんでくるストレイの体の重さに、イゼルナは船の縁まで押し進められた。
「最後の最後に自分の矜持を見せるか……。遅すぎたのよ、本当に……」
つぶやいたイゼルナは倒れこんだストレイの体を押し戻そうと力を込めた。
「く……重っいっ!!」
死体の重さに顔を歪め、さらに力を入れる。だが、びくともしない。
(え!?どういうこと!!?)
「重いとは……いささか、シツレイなんジャないでスかねぇ!!!!」
ガバッ!!
「あぐあっ!!!?」
いきなりストレイの顔が上がる。目や鼻、口からは夥しいほどの血が流れ出ている。それでも、彼はイゼルナに笑顔でそう話しかけた。眼球は黄色く濁っているというのに、ぎらぎらした怒りの色が現れている。
両腕は勢いよく振り上げられ、イゼルナの首に向かってきた。
一方のイゼルナの両手は突き立てた剣をしっかりと握り締めており、ストレイの飛来する腕の妨害には間に合わなかった。
ギギギッ!
イゼルナの首が、ストレイに抵抗する音だった。イゼルナも遅れてストレイの腕を払いのけようとその両手を掴む。
だが、
(つ、強い?)
女とはいえ、海軍の第一線で剣を振るうイゼルナと、男とはいえ、デスクワーク中心のストレイの筋力は圧倒的にイゼルナのほうが高い。
さらに言えばウェルローの家系に繋がるものは総じて筋力は高い。アリアですらその細腕で並みの男が持ち上げられないような大剣を振るうことすら可能なのだ。
それが北方での絶え間ない戦を生き延びた血の強さである。
その血を受け継ぐ自分が、こうも押される。
「クル、しイデショウ?シニソうデショウ?ムダニあガクガ、イイ、デスヨ。フフフふフ……」
ストレイがニッと笑う。
その瞬間、前歯が抜ける。ポトリとおちた歯は地面に落ちる前に砕けて散らばった。
「ぁぁあ゛……!?」
恐怖だ。恐怖がイゼルナを襲う。
笑うストレイの顔から、張りが失われ、代わりに老いがそれを覆いだしていく。髪が抜け、しわが刻まれ、イゼルナを締め付ける両手が冷たくなる。
「アン、デ……ッド!?」
生ける亡者。いや、掴んだ腕に脈がある。つまり、ストレイは死んでいない。
(こ、これはっ?……振りほどけ、無い!?)
だが、イゼルナにそれを判断しているだけの余裕は無い。ニタニタと笑うストレイは、イゼルナの必死の抵抗をあざ笑うようにして緩急をつけ首を絞め続ける。
「オオオおオ……。チカラダ、コれが、チカラダ!!アア、コレこソガ、ワタシノもとメタ“チカラッッ”!!!!」
腐臭を放つドロドロになった肉を、イゼルナにこぼれ落としながら歓喜の表情を浮かべるストレイ。
グイっと首を掴んだまま高々とイゼルナを持ち上げる。
「クッ……、カ、ハッ!」
チアノーゼになったイゼルナの顔が徐々に赤黒く染まっていく。
バタバタと抵抗を続ける脚が、ストレイの顔を打つ。ネチュリと肉を打つ音ではなく、どちらかというと泥濘にはまり込んだときのように粘着質な音を立てる。
だが、それを全く痛痒に感じていないのか、ストレイの力が緩む様子は無い。
「フハハ!モウ、ギブアッぷ、ナノカネェ?マア、イイ。モウ、キミニモ、あキタ。……シヌガイイよ?」
歯の7割以上が抜け落ちた顔で、ストレイは笑みを浮かべたのだと思う。すでにその顔は、出来の悪いマスクをガイコツに被せただけにしか見えない。
(う、そ……。死ぬ……?)
恐怖が瞬きの光を輝かせる。振り絞った力が食い込んだ指を1本だけはずすことに成功していた。
「WOOOO!!」
それと時を同じくして、全く二人が気付いていない物影から黒い影が疾った。
「な、ァ!ク、オオオオォッ!!!?」
イゼルナを掴んでいたストレイの腕に獰猛な狼の牙が噛み付く。それも2対だ。
ブチブチッ!
飛び掛った勢いのまま、腕を噛み千切る。
ドタン!
「……ゲホッ!ゲッ!!カハッ!……バ、バグ……ズ?」
千切れた腕ごと甲板の縁に、上半身を寄りかからせる体勢で倒れこんだイゼルナは、咳き込みながら闖入者を確認した。
「GRRRR……」
唸りながら、全ての警戒をストレイに向け二首の頭を持つヘルハウンドの彼、バグズはストレイを睨んでいる。
それに呼応し、ストレイがバグズに向き直る。
腕を食いちぎられたというのに、それに悲鳴を上げるわけでもなく、である。
「キサマ……。コノわタシのウデをォォォオオオッ!!」
怒りの矛先がバグズに移る。ストレイは残された腕を大きく振りかぶり、バグズに向け突進した。
「Wooo……!」
それに立ち向かい、バグズはストレイにこちらも突進する。
「しヌガイイ!コノ、ケガレたイヌメ!!!」
バキバキバキッ!!
バグズを狙った腕は彼を捉えることなく、肘まで甲板に埋まる。
それを掻い潜り、バグズはそのままイゼルナに突進する。
「え?」
自分に大口を開けて、飛び掛ってくるバグズに、間の抜けた声をあげ、イゼルナは硬直する。
こんなときになんの冗談か、とイゼルナは完全に棒立ちとなった。
ガリッ!
肩に食い込んだバグズの牙が、イゼルナに鮮明な痛みと更なる混乱を巻き起こす。
「きゃああああぁぁ!!!」
甲板を踏みしめ、バグズはイゼルナを咥え、船体の外に体を投げ出した。
そのまま、重力に従いゆっくりと海中に向かいイゼルナは落下して行く。
バッシャアアアン!!
派手な水しぶきを上げ、イゼルナとバグズは海中に没する。酸欠状態のイゼルナは激しく暴れ回ったが、それを無視してバグズはイゼルナを咥えグイグイと犬掻きで船から離れていく。
海中から船上を見るとストレイがこちらを見つけ、縁に手を掛けている。
どうやらさらに自分を追ってくるつもりのようだ、と気付いてイゼルナに恐怖がさらにわきあがる。
「……ャ…!………ぇえええええ!!!」
何処からか声が聞こえる。
ストレイではない。イゼルナでもない。孝和は倒れており、エーイに此処までの大声を出せる気力は無いはずだ。
それにストレイも気付いたのだろう手を縁に掛けたまま、後ろを振り返る。
ストレイの目に入ってきたのは自分に向かってくる矢の雨だった。
「第2射ァ!!放てぇええ!!!!」
ククチが船上を確認する限り、いまだストレイはふらふらと動いている。
不恰好なハリネズミのような状態のまま、こちらを振り返ったようだ。
カ、カ、カ、カ、カ、カ、カァン!!!!
弓弦を矢が叩く音が立て続けに鳴り響く。
フル装備の傭兵団と、怒りに震える海軍の弓手による一斉射撃。
ギリギリでバグズは間に合ったようだが、少しタイミングが早かったかもしれない。
十分な距離が無ければ、流れ矢に当たる可能性も無いとは言い切れないだろう。
「よし!行けっ!!」
「応ッ!!」
弓を後方に投げ捨てながら、一気に船に向かい傭兵団が駆け出す。海軍の中で弓を持っていないものは投げられた弓を拾い、矢をつがえる。
第3射があるかないかは駆け出した奴らの成功次第だ。
(ヤロウ……。俺のお嬢を……、俺のお嬢に何してくれてんだ!!コラ!!)
(殺す。ヤロウは俺が、ぜってぇ殺す)
(てめぇの●●が●して●●●を●●どころの騒ぎじゃねぇくれぇの●●●なことにしてやっからな!クソがぁあ!!!)
(ふふふふ……ふふふふふ……ふははははははは!!!)
(大将、大将、大将!!待っててください!!今、俺が!!)
傭兵団の中でもスピアヘッドの位置、所謂向こう見ずな連中だ。重装の鎧に身を包み、フルフェイスの兜の下の血走った目を爛々と輝かせる男たち。そいつらが船に掛けられた桟橋を、踏み抜くのではないかという勢いで駆け上がる。
彼らに詳しい説明など不要だ。
無意味なことをしなければいけないなど、それこそ“無意味”。
頭に血が上った連中にどんな言葉を掛ければいいものだろうか。
答えは出ている。はっきり、言ってしまえば。
(まあ、無いだろうねぇ……。こんな状況だ。ご愁傷様ということで、仕方ないでしょうよ)
とにかく、ガツンと打撃力重視の脳筋だけを集めたチーム編成だったのは否めない。
軍の連中とぶつかる可能性も有ったのだから、後先を考えてしまう連中は駄目だ。
兎にも角にも、アデナウやイゼルナへの想いが強く、家族などの守るものを持たない人物を選別したら、……まあ、こうなった。
(おお、行った、行った)
どこか呆れの入ったような目線で船上を眺める。後始末にどれだけ掛かるだろうか、と思いを巡らせるククチにそっと人影が寄り添う。
「ククチさん。隊長、見つけました」
「ああ、見つかったか……。……生きてるのかい?」
「正直なとこ、厳しいっすね。他にも、ククチさんの言ってた黒髪の奴とか、一切合財、軍の衛生部隊まで担がせていったんですが……。黒髪はともかく、隊長の方は息してんの不思議なレベルっすよ、ありゃぁ……」
厳つい上に渋面をした部下からの報告を受ける。暗闇に浮かぶとなかなかに圧迫感を与える男だ。
荒事になれた男たちだ。頭が脳筋の部類であっても、体の具合や怪我の程度というようなことについては知識でなく、経験で理解している。
「たしか……、もうすぐ夜明け、か?」
「は?まあ、もうそろそろそんな時間ですけど。なんか有るんで?」
唐突にそう切り出すククチに、部下の男は尋ね返す。
「ふむ……。まあ、実績ってのは大切だよね。軍のお抱えどもより、当然凄腕だろうしなぁ」
「ククチさん?」
ニッと笑顔を浮かべ、ククチは手に持った弓を部下に押し付けるようにして渡す。その脳裏に浮かぶのはプニプニした真っ白な“彼”の姿であった。
「え?」
「悪いね。ちょっとエーイさんのトコに行ってくるよ。やっぱり最善は尽くせるときに尽くしておかないとね」
そう言うと、軍の弓隊を掻き分け、転移陣のある出入り口へ駆け出す。
「ちょ、ちょっとククチさん!?こっちはどうするんすか!?」
慌てたのは弓を押し付けられた部下の男だ。
「大丈夫!カタは付いたみたいだ!後詰は送る!!お前が連中の頭、すこしでも冷やしておいてくれ!!」
「ええええ!!?」
後ろを振り返り、速度を落としてククチは甲板の上を指差す。
その先にいる突貫した男たちの槍は、ピクリとも動かないストレイをメインマストに縫い付けていた。
とりあえず予約の1番目ということで……