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価値を知るもの  作者: 勇寛
それこそが日常
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第42話 奮戦【STAKE ALL ONE’S……】

誤字・脱字ご容赦ください。


久しぶりの投稿です。読んでくれる人いるかな?


ドキドキ……。





 体が硬直したことで、回避の出来ないタイミングとなった槍が【業魔】に飛来する。

 エメスの豪腕から放たれた槍は、空気を切り裂きながら【業魔】の腹に直撃した。


「GYAN!!!」


 一撃目の槍は丁度、右側の前脚に当たった。その衝撃は、脚を一本失いながらも、かろうじて支えることの出来ていた巨体を沈めるには十分すぎる物だった。

 そこにきて、この追撃。大きく跳ねるように巨体が地響きを上げる。それでも、目線はエメスをしっかりと見据えている。

 なにせ回避という選択肢は失われている。うかつに避ければ、ストレイの命令でまたも体は縛り付けられてしまうだろう。その後には間違いなく、無防備な体に会心の一撃が放たれる。

 ならば、飛来する槍を見て、迎撃しなくてはならない。

 【業魔】としては、高速で飛来する槍を集中して打ち落とさねばならなかった。どれだけの本数がエメスに残されているか解らないが、自分の立ち位置より後ろにそれを反らすわけにはいかない。

 孝和の決死の策で強いられたポジショニング。

 それは【業魔】の自由と、選択肢を奪い去るという十分な成果を上げていた。


「GWoo…………。AaaaAAAAA!!!!!!!」


 飛来する3射目の槍を迎撃し、その間隙を突いて強引に【業魔】は立ちあがる。

無理をして体を起こしたのが悪かったのだろう。腹と、筋肉で締め上げていた脚から勢いよく血霧が周りを黒く染め上げる。

 何とか押さえ込んでいたそれらの傷から噴き出す血の勢いは、一向に緩む気配すら無くなっていた。





 一方のエメスは盾に身を隠し、槍を投げる。

 今はこれでいい。

【業魔】は立ち上がり、飛来する槍を打ち落とすことだけに集中している。

だが先程までと違い、相手の限界が近いことが目に見えて明らかとなった今では、より思考に余裕が出来ていた。

 そして、またエメスは槍を掴む。

 さすがに軍の横流し品。量産品の限界で、品質的に上物は無いが逆に二級品等という物も無いようだ。

 エメスが全力で掴んで振りかぶっても、ミシミシと軋むまでで済んでいる。折れ砕けるほどではない。

 ただ、貫くことを目的に造られた“槍”であっても、【業魔】の肉には刺さらなかった。現状では、激突した衝撃で怯ませるのが精々である。


 だが、それでいい。

 それで、いいのだ。


 エメスは槍を振りかぶる。

 そのままの勢いで槍は轟音と共に【業魔】に向かい、飛ぶ。


ドガン!!!


 騒々しい激突音と共に、“地面に”突き立った槍が周囲に砕けた破片を散らす。

 

 槍は、外れた。

 その瞬間、【業魔】の取った行動は、今まで苦悶の呻きをこぼしていた者とは思えぬほど、迅速且つ鋭かった。

 3本の脚全てが異様に膨れ上がり、蹴りだした地面が砕け散るほどの、エネルギーを一気に前方に向かい爆発させる。額に生えた濃緑の角を、槍の穂先に見立て、猛烈なチャージをエメスに向かい放つ。

 【業魔】の超重量級の突進は、いかにゴーレムであるエメスであったとしても、当たればそれだけで爆ぜ飛ぶほどの威力を秘めている。

 それを目にした瞬間に、エメスは右手で掴んでいた槍をすぐに離し、盾に隠されていた左手を動かす。

 

 右手は【業魔】を迎え撃つために軽く握られ胸の前に構えられた。


 だが一方で、その左手は親指を立てた所謂、“サムズアップ”の形を取っていたのである。





 全てをなぎ払うような勢いで放たれた猛チャージではあったが、地面の状態が悪いこともあり、思ったようなスピードは出ていないようだった。

 地面を踏みしめる度に、深く脚が沈みこむ。足場を粉々にしたことがここにきて【業魔】に悪影響を与えている。


「WHOOOO!!!」


 気合のこもる咆哮が体をビリビリと震わせるのを感じながら、エメスは地面にしっかりと突き立てたドアシールドの影に身を隠す。

 そしてその右足を盾にのせ、重心を預ける。丁度、閂を掛ける金具の上だ。


ダ……ゴガンッ!!


 エメスが盾を勢いよく蹴り飛ばす。それと同時に、【業魔】の角が盾を穿つ。

 激突と同時に盾は木っ端微塵に砕け散った。

 吹き飛んだ盾の裏側。だが、その場所に【業魔】のターゲットは存在していなかった。


ガシィッ!!!


「G……WUA!?」


 盾を打ち砕き、吹き飛んでいく破片の飛ぶ中【業魔】は自分の首が力ずくで引き寄せられるのを感じた。

 盾を足場にして後方へ飛び退けていたエメスは、着地と同時に地面を掴んでいた。その両腕はしっかりと、角に絡み付いている。

 この瞬間、【業魔】の動きの全てがエメスの元にあった。自身の腕にその動きを感じながら、エメスは全体重を預けて倒れこむ。

 タックル潰しを獣用に無理やりに応用していた技といえよう。

 グラリと【業魔】の頭がつられて同じように地面に向かい倒れこんで行く。

 瞬間的にふわりと重力に任せ、両者の体が宙を舞う。

 だが、それは“同時”ではない。

 ポジション的に言えば、先に地面に接地するのはエメスのほうが早い。


ドガン!


 そのままの状態で倒れこむのではなく、エメスは右足を地面に突き立てた。

 軸足を得たエメスは、しっかりと保持した角を自分に向かい引き込む。両者の超重量、 慣性の法則に従い止まる事の無い加速、それを見越した上で、凶悪に光る金属製の輝きを纏ったヒザが疾った。


メリッ……


 鈍く、重い音が強く空気を震わす。


「gaA……tT!」


 くぐもった呻き声が【業魔】から漏れ出た。抱え込んだ状態でのヒザは、【業魔】の顔面の中心を見事に捉えている。叩き込んだ場所は、丁度鼻の辺り。パッと周囲に鼻血が飛び散った。

 【業魔】は堪らないとばかりに、転げるようにしてエメスを引き剥がそうと試みる。一方のエメスは同じように転がり、その両腕を離すことは無かった。

 にちゃぁ、と粘っこい血がエメスのヒザにこびり付く。黒く異臭を放つ血液は、エメスのヒザを溶かそうとシュワシュワと音を上げた。トーガの布地からは勢いよく煙が上がる。

 だが、ゴーレムのエメスにはあまり効果は無かったのだろう。グッとヒザを引き、更なる追撃が【業魔】を襲う。


ゴッ!!


 今度は固いもの同士がぶつかる音が響く。【業魔】の顔面の骨に当たった音だろう。

 【業魔】にとっては最悪の体勢へ落とし込まれてしまっていた。何しろ、起き上がろうにも、エメスが重過ぎて持ち上がらない。

 それに加え、エメスはヒザを打ち込んでいた脚を巻きつけるようにして【業魔】にしがみついた。

 あまりの重量に、【業魔】は顔を上げることも出来ず、さらには引きずって動くにも四苦八苦する始末だ。

 出来ることといえば、エメスに向かい爪を突き立てるだけ。

 叩きつけるように振るわれる爪は、エメスが纏っていたトーガ様の巻き布をビリビリに破り、結果として下半身にごく一部が残るだけになっていた。しかし、エメスの体表には薄く削れた様な痕が残ってはいるが、所謂“深手”と言えるほどの物は有りはしなかったのである。

 

ペ……キ……パキ……ッ!


 膠着状態に見える両者の間から、軽い音が響く。音の出所は、エメスがしがみついている角の辺りからだ。

 【業魔】が動こうとするたびに、エメスがそれを引き戻すということを繰り返すうちに、蓄積されていたダメージが顕在化してきていた。

 無論、【業魔】はそのダメージを痛みとしてしっかりと認識している。それは解っていても、エメスをどうにかしなくては、要するに振りほどかない限りは逃れる術は無い。

 しかしエメスを振りほどくための賭けに出るには、最後の踏ん切りが足りなかった。うかつに動いてさらに悪い方向に動くことも考えられたのだ。

 そこに聞こえてきた自身の角の悲鳴。

 その音が【業魔】に最後のきっかけを与えた。


「GWOOOOOAAA!!!!!!!」



ゴキィッッ!!!



 角を抱えられることで今まで押さえつけられていた【業魔】は、その原因を自らの手でなくすことにした。

 つまり、“折った”のだ。

 自らの意思で、自身の角を。


 もちろん、角に神経が通っていないなどということは無い。激痛に顔が歪み、食いしばられた口元からはあまりの力に血を垂らすほどだ。

 だが、今まで邪魔だったエメスは折れた角と一緒に地面を転がって行った。

 自傷行為の大きすぎる代償に見合うだけの成果は上がったと判断できるだろう。

 エメスは不意に折れとんだ角と共に、地面を激しくバウンドして転がる。無理に急停止するのではなく、ある程度流れに任せて止まるのを待った。

 転がるうちに手から離れてしまった【業魔】の角は、半ばに近い位置で折れたようで、【業魔】本体の額付近には斜めに折れた角の残りが痛々しげに生えている状態だ。


「WOOOOOOON!!!」


【業魔】は自身を苛む痛みを抑え、再度のチャージを敢行する。

 今度は、一切の障害物は無い。

 エメスの体を隠すドアシールド(仮)も、大きな岩塊も。

 さらに言うならば、地面は船荷があった場所で今までと違い、しっかりと大地を踏みしめることが出来た。

 邪魔する物は何も無い。エメスも立ち上がったばかりで未だ体勢は整っているとは言い難い状況だ。

 ならば、選ぶべきは全力での攻撃しかないだろう。


メキッ!!


 地面をえぐる勢いの突進力で【業魔】はエメスに向かい、突進する。

 その一方のエメスは体勢はグラついていながらも、かろうじて立ち上がり、【業魔】を正面に見据えることができた。

 双方とも万全の体勢とは言い難いながらも、若干ながら【業魔】にこの状況では軍配が上がる。


「WOOOOO!!」


 気合の咆哮と共に、【業魔】がエメスを射程に捕らえた。 

 エメスはその突進の勢いを何とか殺そうと、包み込むように抱きかかえることにしたのだろう。

 激しい激突音とともに、空気を震わせながら両者が正面からぶつかり合う。

 ほんの一瞬、不利な体勢を強いられたエメスの両足が宙を舞う。同時に大きくエメスは壁際に向かって後退することとなった。


ダンッ!!!



 着地と同時に、前傾姿勢をとったエメスは【業魔】と押し合いを再開する。それでもやはり、【業魔】のほうが突進の勢いを生かすことが出来る分、ここでも有利に立つことができたのである。


キィリリィリリリィーーーー!!!


 金属が地面を削る、例えるなら電車の急ブレーキのような、ひどく耳障りな音が響き渡った。

 相撲で言う押し出しのような体勢のまま、地面を抉り取りながら【業魔】にエメスは押されて行く。

 その後ろには先程まではうず高い船荷が積まれていたが、一気に押し切られてしまった今はそれらも無く壁が一面に広がっているだけである。


「WOOOOOO!!!」


 ここがチャンスであると思った【業魔】は、息も絶え絶えになりながらも、最後の一押しに残る全力を注ぎ込む。

 ここでエメスを仕留め切れるのならば、冒険はしてみるべきだろう。

 【業魔】はエメスに抱えられている頭部を必死に振るい、その両腕の拘束を取り払おうと試みた。

 すると、思った以上に簡単にエメスの両腕は拘束を維持できなくなった。

 

 まさに好機。その一言に尽きる。

 エメスの両腕は、【業魔】から弾かれると空を切り、体もバランスを崩していた。丁度バンザイをしているような格好で、腹がガラ空きになってしまったのだ。

 

 そこに目掛け、【業魔】は疾る。残された脚を使い、エメスとの距離を一気に詰める。

 その距離がゼロになる瞬間、【業魔】は勢いよく頭をエメスの腹に突き上げる。


ゴキィ!!!


「GWOOOOO!!!」


 勝利の雄たけびが洞窟内に木霊する。圧倒的な暴君の咆哮ではなく、どこか安堵したかのような低く波を描くような叫び。

 その声の主は、自身の角に感じる重量感を十二分に堪能していた。ようやく、勝負が付いたのだ。その感慨も一入だったのだろう。

 

 だらん、とした両腕は最後の抵抗を物語るようにして、【業魔】の首輪に力なく掛かっている。その両足は地面を踏みしめているが、壁にもたれかかった上半身を支えてはいない。

 最後にその腹部には、正面からは【業魔】の体が邪魔で見えないが、視点を変えて横から覗き込むと【業魔】と壁にサンドイッチにされていた。

 その壁には突き上げられた【業魔】の角が食い込み、パラパラと破片が地面に零れ落ちている。

 叩きつけられたエメスは全く動かない。腹を貫通している角で壁に貼り付けにされているからだ。


エメスは串刺しにされた。

【業魔】の力に、真っ向から挑んで。

 そして、負けた。

 敗れ去り、舞台から降ろされた。




 船から見ているストレイには、そう見えたのである。




「ふは……ふハはははッ!!ハァぁァアハハぁ!!やっったぞっ!!殺ってやったッ!!!それでいいんだ。それでっ!!」

 

 ストレイは上機嫌だった。

 自分の過去のしみったれた全ての象徴でもあり、これから先の未来を閉ざそうとする壁でもあったエメスをついに打ち破ることが出来たのだ。

 これ以上の喜びは無い。

 後は簡単だ。計画通り全てを進める。

 想定外の事態では有ったが、優秀なこの自分に逆らうことが解らぬ者どもの足掻きなどこの程度。

 全てを“処理”し、未来に向かう栄光の船出はすぐそこまで近づいている。


「……g……woaッ!!!」


 そんな頭の沸いているストレイの耳に、低い唸り声が届いた。苦悶に満ちた、そんな唸り声が。


「……何ぃ?何だ、一体?」


 その声の出所は先程と変わらず、エメスを張付けにした【業魔】の後姿。

 何も変わらず、エメスにその角を突き立てている。


「どうした?さっさとこちらに戻ってこい。次の奴らが来るではないか」


 【業魔】に声を掛け、自身の下に戻るように命令するストレイ。

だが、【業魔】はその場から動かない。


「おい!いい加減にせんかっ!!」


 命令を聞かない【業魔】に舌打をして、腕輪を振るう。しかし、それでも【業魔】は動かない。


「お……い?」


 何かがおかしい。

 この腕輪に逆らえるように【業魔】は出来てはいないのだ。


「おいっ!!!」


 先程まで茹り切っていた頭はすでに冷え切っている。流れ出る汗は興奮から出たものではない。冷え切った気持ちの悪いものである。


ズシャアァ!


 大きな音と共に、【業魔】の後ろ足が沈んだ。バランスが崩れたわけでも、力尽きたのでもない。“何か”に引っ張られ、それに耐えられなくなって沈み込んだのだ。


「く、くそぉおおお!!!!」


 見えてしまった。見えてしまったのだ。

 さっきまでは力なくたれさがっただけだったはずの、エメスの両腕がしっかりと【業魔】の首輪を掴み、地面にひき下ろそうとしているのを。

 台座に乗った人形のような足が、今はしっかりと地面を踏みしめているのを。


 エメスは死んでいなかった。

 それをストレイは理解したのだ。


「w……a、a……」


 首を絞められていることで、小さな呻きしか出せない口元から泡の混じるよだれがダラダラと地面に零れ落ちる。

 エメスはしっかりと両腕に力を込め、さらに【業魔】を締め上げる。

 一瞬の隙が勝敗をひっくり返してしまう。

 確かに、この体勢になったことで今度はエメスが有利に立つことができた。しかし、腹に大穴が開いていることに変わりは無い。

 その穴の開いた部分から放射状にヒビが入っていることも事実だ。なんにしろ、勝負はもうそんな時間も掛からずに決まることだろう。

 【業魔】が耐え切るか、それとも……。

 エメスは覚悟を決め、そのときを待った。

 此処にいたっても、エメスは不動の精神力で戦いに挑む。

 

 そしてそれに負けないだけの覚悟をもった男もまた、この戦場にはいたのである。


「おおぉオオオオッ!!!!」

 メキッ!!!


 裂迫の気合と共に、何かが砕ける音が重なりあった。


「どこだ!どこにいる!?」


 ストレイは船べりに身を乗り出し、目当ての姿を探す。

 それはすでに脱落したはずの男。傷の具合はかなりのはずだと思い込んで、それが戻ってくるなど考えもしなかった。

 視界の端に動くものが映りこんだ。周りの船荷に掛けられたシートを被り、見えにくいように偽装している。

 ヨロヨロと今にも倒れそうになりながらも、その人影は、エメスと【業魔】の位置から少しはなれた場所に立つ。

 そこまでたどり着くと、“それ”は徐に被っていたシートを剥ぎ取り、ストレイに向かって満面の笑みを見せた。


「エ、エーイっ!!貴様、キサマァア!!!!!」


 激昂するストレイを見て、より笑みを深めたエーイは手に持った斧を振りかぶる。


「行けぇえええっ!!」


 渾身の力で横にある柱に叩きつけられる斧。一度、二度とぶつかる度に歪みを強くした柱は、三度目にゆっくりとその船荷を載せた棚を巻き込んで崩れた。

 ガラガラと音を立てて船荷はエメスと【業魔】を押しつぶすように倒れて行く。船荷は中身を撒き散らし、ぶちまけながら際限なく崩れ落ちる。


「だ、脱出しろ!そこから離れんか!!急げ!!」


 ストレイは気付く。だからこそ声を荒げるのだ。

 なぜなら、その崩れ落ちた場所に何があったのか思い出してしまったから。

 全てが罠。

 見事にその罠にはまったことに気付いた。冷静さなどすでにありはしない。【業魔】をすぐにでも脱出させなければならないのだ。

 

 一方、エーイはそのストレイの声を聞きながら、上手く【業魔】が策に嵌ってくれたことに内心安堵していた。

 綱渡り同然のお粗末な策であることは、プランニングした孝和から説明を受けていた。各個人の自己申告に過ぎない力量に頼る上、相手側が冷静に対応しきれば難なく看破されかねない。

 しかし、時間的な余裕はさほど無かった。自分の動ける時間が僅かなことは、波となって襲ってくるジクジクと疼くような痛みが、しっかりと教えてくれている。

後方に下がろうにも、どれだけ時間が掛かるかわからない後発隊と合流して、対策を練るというのは難しい。

 自分の意識がそこまで持つかわからないし、その間に出航でもされようものなら一巻の終わりである。まあ、ストレイは何故か出航の準備などあまり考えてない様子だったが。


「わ、私たちの勝ちだっ……!喰らうが、い……いっ!!」


 ガランガランと斧が音を立てて、両腕から滑り落ちた。そのまま、背を積荷の残骸に擦り付けながら、エメス達の埋められた場所から離れる。ゼイゼイと荒く息を吐き出しながら、十分に距離を取った。

 その生き埋めの場所からは、【業魔】が必死に脱出しようとしているのか、細かに積み重なった荷が上下に揺れている。

 ニヤリと口元を苦しげにゆがめ、エーイは笑みを浮かべた。

 その視線の先には何かを叫んでいる様子のストレイがいる。

 ざまぁみろ、と悪態をつきながら、腰のベルトから携帯用の松明を引き抜く。

 これは孝和の分解した松明を無理やり組みなおしたものだ。イカサマ爆弾の材料で残った分を詰めてある。

 長い間点灯させるには心もとないが、今はそんな使い方をする為に取り出したわけではない。

 エーイは大きく息を吸い込む。じめじめとした潮の香りと、舞い散るホコリに若干のカビ臭さがこびり付いている。

 それらを一切合財塗りつぶして、存在感をこれでもかと放つ香りが、鼻を強烈に刺激してきた。


「まったく……。最後まで持たないとはね。これは後でウチの奴らに言われちまうかもな……」


 引き攣りながらもニッと、ストレイに向けてよく見えるように松明を掲げる。視線の先のストレイが何かを喚いているのは解るが、その声がエーイに聞こえることは無い。

 徐々にぼやけながら暗くなる視界と、世界から音が消えていく感覚がエーイに限界を伝え始めていた。

 そんな中、不意にエーイのヒザから力が抜ける。そのまま前のめりに倒れていく。薄れ行く意識の中、大きく体をねじり松明を放る。

 放物線を描き、松明が宙を舞う先には砕け散った船荷の山。その下には未だ足掻く【業魔】と、それを食いとどめようとするエメスがいる。


「……さあ、いい感じの狼煙だ。盛大に、やってくれ……」


 気を失う寸前、松明が地面にぶつかり大きく跳ねる。無理に組み込んだ松明から、それを構成していたパーツが弾け飛ぶ。

 うっすらと灯る火種が、松明からこぼれ出た。

 ポッと強く火勢を増し、そのまま火種が消え入ろうとした瞬間。その瞬間に、地面をぬらす液体が火種に反応する。


……ボッ!


 地面を一面にぬらす“それ”を覆うように、一気に火が燃え広がっていく。その先にあるのは、船荷だったガラクタの山である。

 湿気で多少湿っていたとはいえ、船荷が詰められていたのは木箱がほとんど。中に詰められたものには、衝撃の緩衝材として木屑やボロ布がつめられている。

 それに加え、地面と船荷をぬらしている液体。

 船旅には欠かせない“酒”である。

 海原の真っ只中であろうとも、氷を作り出せる氷結アイス・クリエイトのような魔術はたしかにある。しかしそれでも、船には酒を積むという文化はこの世界でも共通であった。

 蒸留された癖の強い酒。アルコールの度合いもなかなかの物だ。喉が灼けるほどのそれは、爆発的に燃え広がる。

 その向かう先には何があるのかと言えば。


「Grru……!」


 バタバタと残された3本足を、【業魔】は必死に振り回そうともがく。

 しかし誘い込まれたこの場所で降り注いできた船荷の山が、それを許さない。

その上、意識をそちらに向ければ、瞬時に自身の首を絞めるエメスの力が増す。緩急織り交ぜ、しっかりと食い込んだ腕が【業魔】を掴んで放さないのだ。

 そして、一番に自身に振ってきたのは酒樽の山だった。

 他のものであれば此処まで慌てる必要は無い。最初にしっかりと砕けてしまった酒樽でグッショリと毛並みを濡らしてしまっている。

 目線を後ろに向けることが出来なくても、音がするのはわかる。

 轟々と燃え盛る炎の音。そして確かに感じる熱気。

 足掻かねばならぬ理由がそこには、あるのだ。


……ボワァァアアアアアッ!!!!


「GYAAAァアAァAAアアァAAAッッツ!!!!?」


 生きたまま、その身を焼かれる。

 それはどれほどの業苦であろうか。およそ生物である限り擦り、打たれ、挫き、折れ、切れようとも痛みの度合いは、想像できうる範囲内に過ぎない。

 だが、焼かれるのはそれと違う。

 本来感じるはずの無い、あってはならない痛みは肉体的なダメージ以上に心を削る。その消耗した心を立て直すことができるのは、それまでに積み上げてきた力や、揺るがない決意であるべきだ。

 【業魔】にはそれが無い。

 自身の意思を縛り付けられ、強制的に戦わされているだけだ。

 戦うためだけに生み出された生き物である。その身に帯びる力は、確かに他を圧倒するものであろう。

 しかし、それは自分自身を高めようとする意思が含まれていたことは無い。


【業魔】は剣を持つ。

 それは確かによく切れ、刺さり、なぎ払うだろう。

 だが、歴史が幾度も証明している。

 見目の良い名刀を持つ勇者が、常に勝ち残って来てはいないことを。錆が浮き今にも折れそうな剣を持つ、名も無い兵士が命を賭す時、それが覆ることは、ままある。

 幾度も、戦場で天下に名を轟かす名将が雑兵に討ち取られることは、確かに策を練り兵を集めた将兵の苦心の結果だろう。

 それでも、最後はその猛将に剣を向ける兵の心次第だ。

 心の根底にあるもの。それの差が今、如実に現れようとしていた。





 駄目だ、駄目だ、駄目だッ!!!!

 

【業魔】を圧倒的な危機感が容赦なく襲う。

 直接的な打撃や、魔術のような鮮烈な一撃ではなく、ただただ炎が自身の肌を蹂躙して行く感覚。

 先程までの戦いによる高揚感や、ジリジリとした緊張感などすでに吹き飛んでしまっていた。

 心は折られてしまっていた。

 一刻も早く、この状況から抜け出さなければならない。


ブンッ!!


「GA……ッ!?」


 そんなことを考えていた【業魔】の頭頂部目掛け、エメスの両腕が容赦なく振り下ろされた。

 先程まで締め付けるように絡み付いていた両腕は、すでに離れている。

 何しろその代わりに山のように降り注いだ材木と、船荷の成れの果てが【業魔】の体を押さえ込んでいる。

 さらにゴーレムであるエメスには、焼かれる皮膚も体毛も存在しない。ただただ硬質なボディには爆発のような衝撃でなければ炎を恐れる必要すら存在しない。


ゴッ!!


 鈍い音を立てて眼窩下あたりをエメスの右拳が殴りつける。いかに刃が通らないほどの硬い皮膚であったとしても、その皮膚が薄い場所は存在する。

 そこ目掛け、エメスは打撃を加えていく。

 何度も繰り返すうちに徐々にではあるが、音が肉を打つ生々しい音ではなく、骨に当たる硬い音に変わっていく。

 

 追い込まれている、そう感じた【業魔】はすぐさま選択肢を絞り込んだ。


ベキィッッ!!!

「AAAAッッ!!!」


 まずはエメスの腹部に突きたて“させられている”角を抜き取ることからだ。

 瞬時にそれを実行すると、再びの甲高い音が響く。

 【業魔】の額に半ば近く残っていた角が、今度は根元近くから折れていた。若干ではあるが、毛皮の間からちらちらと濃緑の残った角の根元部分が見え隠れする。


「WHOOOON!!!」


 角の折れた痛みを物ともせず、【業魔】は振り下ろされた両腕に、額を勢いよくぶつけていった。

 エメスの重心は一部【業魔】の角に支えられていたこともあり、先程までの威力は望むべくもなかったのである。

 結果、カチ上げた【業魔】の頭突きと、エメスの手打ちになってしまった打撃は、比べるまでも無く【業魔】に軍配が上がることとなった。

 【業魔】の頭突きの威力は、振り下ろされたエメスの両腕をそのままの勢いで真上に弾き飛ばす。それだけではなく、微細な“割れ”をきたしていた両腕にとっては致命的なダメージが通ってきていた。

 

メキッ……


 軽く音のした右腕は、細かなヒビを一気に亀裂にまで広がり、力が入らなくなってしまっていた。人で言うところの骨折に近い状態だろうか。

 魔力が循環することで動くゴーレムは、その循環を断たれてしまえば動かなくなる。

 今回の場合は右腕の肘から先がダランとして、動かない。

 そこに【業魔】の追撃。


ドンッ!!


 今度はヘッドバットではなく、地面を踏みしめていた前脚が振るわれた。動かなくなったエメスの右腕方向から顔面に向かい、鋭い爪を立てた攻撃が直撃し、首が後ろに捻じ曲がる。

 肩から頭部に向かって大きく爪跡を残し、エメスが壁に吹き飛ばされて行った。

 その体からは、先程の右腕の比ではないくらいの量の金属片が周囲に撒き散らされていく。

 それと同時に【業魔】は全身に力を込め、体を押さえつけるガラクタから脱出する。

 動かないエメスを一瞥すると、未だに焦げ付く皮膚の痛みに顔をしかめ、燃え広がりすでに炎の壁と化した障害物の山に向かい飛び込む。

 その先にあるのはストレイの乗る軍船。

 使役者を守護せねばならないという義務感なのか、一刻も早くこの場から離れたいという恐怖感からなのか、それは解らない。

 だが、その瞬間に【業魔】が平常であったとは言い難い。

 平時であれば気付いたであろう小さな懸念、疑問、それらを含む違和感。

 それに気付けるだけの余裕は無かったのだろう。


「……よっ!……っと!!!」


 炎壁を突き破った【業魔】は耳元で短い気勢を捉え、ギョッとすることになった。

 それと同時に、着地の衝撃に沈み込んだ右側の前脚が鋭い痛みを伝えてきている。


「GAtt!?」


 着地の瞬間、足元に転がるガラクタは確認していた。当然だ。

 そこに不自然な物は無かったはずだった。

 いや、無かったと短絡的に決め付けていたのかも知れない。

 声が聞こえた瞬間、地面に広がっていたボロ布が不自然に盛り上がった。

 一瞬の硬直。

 通常の精神状態であれば、その瞬間に戦闘体勢をとっていたであろう。

 だが、焦りを堪えきれなかった【業魔】はただただ体を硬く縮こませるだけしか出来なかった。




(上手いこと、掛かったっ!!!)


 【業魔】が予定どうりに飛び出してきた瞬間に、孝和は勢いよく起き上がる。

 何せ此処まで地面に一体化するように気配を消し、這いつくばって此処まで来たのである。

 海中に没してから、全員の視線から外れる遠い位置まで潜水して移動。音を立てないように静かに陸に上がってそこから必死に接近してきたのだ。

 ゆっくりと誰にも気付かれないスピードで、または機をみて一気に動いたりして匍匐前進するというのは正直きつかった。


(絶っ対に、外すな、俺ッ!トチんなよっ、マジで!)


 体に纏うギリースーツまがいのボロ布は、生乾きに近い状態になっていた。正直、かなり限界に近かったようである。海水で十分湿らせてきたはずだったが、予想よりも火勢が強い。布一枚先で轟々と音を立てる熱気に炙られ体力は消耗しきっていた。あと少し我慢していたならば、ここまで動けたかは疑問と言える。


「ゥオオオオオォオッ!!!!」


 タイミングを合わせ振りぬいた剣は、最初の接触時よりも簡単に刃が入っていった。骨に剣先が当たった感触があったが、孝和は“斬る”までに至らないと判断し、そのまま肉から引き抜く。


 ズズンッ!

「クッ!?なろぉっ!」


 前脚にダメージを受け、完全にバランスを崩した【業魔】は無事だった脚の側に向かい、横倒しに倒れて行った。何しろかなりの重量級だ。下敷きになろうものなら即圧死といったところだろう。

 そこに巻き込まれては堪らないが、逃げるわけにはいかない。

 孝和は及び腰になりそうな下半身に、喝を入れるように軽く腿を叩くと、逃げるのとは逆に【業魔】に向かい飛びつく。


「WOOO!」


 それに気付く【業魔】。前脚を飛びつく孝和目掛け叩き付ける。

 だがその意思とは裏腹に、振りぬいた脚に力は無い。ついさっきエメスに放った勢いが嘘の様だ。


(残念だな!逆ならどうにかなったかもしれないが……)


 両断までに至らずとも深手を受けた先の脚には、自由に動く感覚が失われてしまっていた。

 ブランと垂れるだけで力の抜けた一撃など、さほど恐れる必要は無い。

 難なくその一撃を避けることの出来た孝和は、【業魔】の首の位置から焼けた肌の見える額部分まで一気に駆け上る。


「喰らいやがれ!!」


 ジ・エボニーを右手で逆手に握り、角の砕けた額の痕に向かって一気に突き立てる。


「GAAAA!?」


 【業魔】は何とか孝和を振り払おうと必死に頭を振る。それはそうだろう。脳天に目掛け剣を打ち込まれようとしているのだ。


「これで!!どぉおおだぁああぁ!!!?」


 ガッィィィイイイン!!!


 孝和も必死である。右手は【業魔】の額に突き立てたジ・エボニーを掴み、左手は燃え残った毛並みを絡めとり、何とか振り落とされまいと体を支える。


(これじゃ、無理か……。なら、これでっ!)


 体に残す力は、右腕に僅かに支えるためだけに。

それ以外の全てを、腹の底の底から、かき集めるだけかき集める。激しく光り輝く白銀の“力”を。

 一切合財何も残らないように、全部だ。

 

(グ……っゥ!?やっぱ、こ……うな……るか、よぉっ!!)


 瞬間的に、意識がトビそうになった。

 全身からかき集めたせいで、急激に体の力の流れが変わってしまう。

 そこまでは予想していたのだが、それ以上に影響が大きかった。肉体的にも、精神的にもだ。

 一気に生命エネルギーが流れた結果、全身が凍えるような感覚に襲われてしまう。


「ちぃぃいいっ!!」


 かろうじて霞みがかった意識を留めることに成功し、大きく体を振る。

 【業魔】の頭部と逆に振った体が限界まで伸びきった瞬間、全力で引き戻す。


「行ぃっっけええええぇぇええ!!!!」


カァァアアアアン!!!

「GAAッッ!!」



 瞬時に洞穴いっぱいに光が広がる。

 同時に金床をハンマーで叩きつけたような音が大きく響き渡った。孝和は引き戻した腕を光り輝く力で纏い、それを掌打にして剣の柄に叩き付けたのだ。

 衝撃音の正体は刀身を細かに震わせながら未だ光る気功の振動と、【業魔】の角とが激しくぶつかり合った音である。

 かなりの勢いがジ・エボニーを通して【業魔】の頭蓋に叩き込まれたであろう事は確実だった。

 しかし、


(くそっ!しくったぁ!?)


 衝撃の反作用で吹き飛ばされ、掴んでいたジ・エボニーから手が離れてしまった孝和は、地面に叩きつけられる瞬間に受身を取り、ゴロゴロと転がりながらそう自戒する。


「ッチィ!ド阿呆がッ!!」


 舌打と共に起き上がり、【業魔】に相対する。


(何であのタイミングで竦んだっ!!阿呆丸出しじゃねぇかよ!!)


 孝和は自分の詰めの甘さに心底腹を立てていた。

 最後の最後のその時に、引いてしまったのだ。1回だけではあるが、エメスで実践してしまっていたのが仇になった。

 “痛み”を体が覚えてしまったのだろう。GOという意思とは無関係に体は反射的に逃げに転じてしまうこととなる。

 弾き飛ばされた勢いそのままに、地面に顔面をぶつけたせいで、鼻から勢いよく鮮血が迸る。

 鼻から喉に流れ込んだ鉄臭い血の味を感じつつも、空気を肺に取り込む。非常に不快な後味ではあるが、そんなことは気にしてられない。

 鼻に力を入れて血を吹き飛ばし、血痰をベッと地面に吐き散らかす。グラリと一瞬目の前が暗転する。


(ぅお……?やば、やばい、ぞ。これ)


 視線の先に転がる【業魔】は未だに健在である。

 ただ、脳天に直撃を食らった【業魔】もただではすまない。


「……GU……aA?」


 立ち上がろうとしているのだろうが、その度に自重を支えきれずに倒れこんで行く。いかに頑健に造られていようとも、頭蓋骨から生える角に直で接した剣に可能な限り力を注ぎこみ、しこたまにその脳ミソを揺らしてやったのだ。

 逆にこれでまだ立とうとしていることに、驚愕を覚えざるを得ない。


「いやぁ、すげぇな、俺……。まだこれで動く……のかよ。ははは、何とか……行けっかぁ……?」


 クラクラとしていた頭に、サビ鉄風味の酸素を十分に吸い込み、現状を認識する。

 右手――剣から引き剥がされた親指・人差し指を除き残り3指は骨折の様子。甲の部分に痺れを感じているようだから、恐らくそちらもイッてるのではなかろうか。

 左手――インパクトの瞬間に逃げたおかげで、骨折は無さそうである。しかし、気功の極端な流れのせいなのか、肘から先が完全におかしい。痛くは無いが、骨の底から灼けるような熱さが引かない。あと少し、動かすには時間が要るか……。

 右足――痛い。凄まじく、痛い。ただ、打ち身・打撲……その程度だろう。痛いが、問題ない。やろうと思えば、動かせる。いや、動く。

 左足――中指が多分、折れた……か?こっちも痛い。痛いが…………、残念、動く。


(うへぇ……。残機1ってトコか。しゃあない、やるか!!)


 痛みにしかめられていた顔の中、その目にキッと光が灯る。強い決意が痛みに耐える体を後押しする。

 踏み込んだ足に鋭く奔る痛みが、より意識を鋭く尖らせる。

 未だに泡を口から吹いた【業魔】が迎撃のため起き上がるよりも先に、その顔に向かい跳躍する。


「オオオオオオッ!!!!!」


 左足を捨てる。

 叩き込む寸前に引いてしまったため、体に残された“力”。そのうち1割程度を左足一本に注ぐ。

 地面に着いた足がつま先から、ヒザまで衝撃で貫かれる。

 だが別に構わない。飛び上がるまで、そこまで持てば、それでいい。

 瞬間的に人の限界を超える跳躍力を生み出した白銀の光が、包み込んでいた左足から失われた。


メキメキッ!!!


 破砕音が響く。

 左足が完全に砕けた音だ。限界を超えた力に人の肉体が耐えられなくなっていた。


ゴリッ……


 孝和は痛みを奥歯を噛み締めることで堪える。磨り潰されるほどの力で噛み締められた奥歯は、細かに砕けていた。


「ンッガァアアアアア!!!」


  迎撃に突き出された角付近に孝和は“不時着”する。右腕は何か掴もうと宙を舞う。


「WOOOOO!!」


 【業魔】が孝和を叩き落とそうと全力で首を振った。

 遠心力に従い、孝和の体が激しく揺さぶられた。


「舐めんなッ!」


 孝和は口を開き怒声を吐くと、その大口のまま、ジ・エボニーの柄に噛み付く。剥き身のジ・エボニーに右腕を巻きつける。ザックリと服の袖が切れ、その先の肉に食い込むことも気にせずにただ、耐える。

 柄に噛み付いた糸きり歯が折れる。だが、それでも孝和はジ・エボニーを離さない。


(まだかっ!?頼むっ!!)


 残された左腕。それが動かない。

 

グンッ!!

(ガァアッ!!)


 さらに大きなふり幅で【業魔】は首を振る。どうやら、徐々に脳天への一撃のダメージを回復させてきているようだ。

 いや、大きく首を振ることで【業魔】自身も霞んでいる意識を取り戻そうとしているのかもしれない。


(い……ッてぇ!!だけど、ようやく“起きやがった”ぞっ!!)


 口中に血の味が広がる。ジ・エボニーを咥えた口元は、折れた歯だけでなく唇もひどく擦れ、流れた血でズルズルと滑っていた。すでに呼気が口内を通るだけで激痛が走る。

それでも、じっと耐えた甲斐はあった。

 左腕が動く。左腕の肘から先に感覚が戻った。ピリピリとしびれているが、肘から先が“有る”事がわかる。

 ならば、だ。


(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!動かないでくれ!)


 揺さぶられることで狙いが定まらない。

 それでも、腕を振りかぶる。同時に白銀の輝きが右腕を覆い始める。

 出血や疲労、脱力感が体を蝕んで行く。すでに、タイミングを計るだけの時間すらない。


(クソ……!!イチバチなんてシャレにならないぞ!!?)


 だが、高々と掲げられた腕を維持することは出来ない。これが正真正銘、最後の一撃なのだ。

 もう二度と左足はこの高さまで飛び上がることは出来ないし、腕もほぼ死んでいるに近い。

 倒れ伏せれば、自分の意思で起き上がることすら不可能だ。


「当たれえええええええ!!!!!!」


 激しく揺れ動くジ・エボニーを目掛け、左腕を突きこむ。小細工は無い。ただ、力いっぱい拳を握り、やけっぱちの拳骨をぶつけてやる。

 左腕を包む白銀の気功は、孝和の最後の気合に鼓舞され先程の掌打に比肩する、いやそれ以上の光量で洞穴を照らし出す。

 

カァァアアアアン!!!


ベキベキッ!!


 先程と同様の音が響く。

 今度は孝和は吹き飛ぶことなく、【業魔】の額に左腕を叩き込んだまま静止しているように見えた。


(あ、あぁ……。ヤッちまったなぁ……。これで終わりだぁ……へへへ)


 静止していた孝和の体が崩れ落ちて行く。ほんの少しだけ打点がずれたが、左手に残る感触は、孝和に自身の全てを残さず注ぎ込むことができたとなぜか確信させていた。

 ちらと自然とまぶたが閉じる瞬間に確認することが出来た左手は、ぐしゃぐしゃに折れ曲がり、肘近くまで砕けている様に見える。


(あ、受身……)


 最後に脳裏に浮かんだのは、2m近くの高さから自分が落ちるということがすっかり考えから抜け落ちていたことだった。


ドサ……


「グハッ!」


 落下の衝撃で、薄れた意識が瞬間戻ってくる。吐き出された空気を求め、肺が大きく動く。

 その孝和のほんの数cm横に【業魔】の頭が倒れこんでくる。


ズズン……!!


「グ……ッ!」


 地響きと共に、砂煙が巻き上がる。

 モロにそのあおりを受け、孝和は目をつぶる。


「Gr……rr……」


 【業魔】の苦悶のうめき声が聞こえる。どうやら【業魔】も絶命は免れたようだ。

 なんともまあ、頑丈なことである。叩き込めるだけ叩き込んだというのに、それでも倒しきれないとは……。


(まあ、それでも、もう動けな……い、だ……ろ……?)


 自分がやるべきことは全てやりきった。

 後は、残りをやるべき者がやればいい。


(も、う、寝ても……いいだろう……さ……)


 そう頭に浮かんだ瞬間、孝和の最後の糸が切れた。

 先程まで戦っていた【業魔】と川の字に寝転がり、孝和は何とか留めていた意識を手放したのだった。


 久しぶりの投稿です。

 

 感想で戦闘シーン長いな、といわれて今回のより軽めのショートバージョン作りまして……。

 それベースの続きまでできてたんですけど、どーも投稿する気になれずズルズルしてたら時間が経ってました。


 いや、それはそれで出来としてはOKだったんですけど、自分としてはどーも納得がいかなくて……。


 結局、全消ししちゃいました!


 そっからゴリゴリで濃い目で書いてたらさらに時間が……。


 と、いうわけで待ってた人、もしいらっしゃったならごめんなさい!!!


 感想とかは、年末時間ができたら返信します。はい。

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