第41話 奮戦【STRIKE WITH ME】
誤字・脱字ご容赦ください。
ドガン!!
力技のゴリ押しという、一見無茶としか言いようの無い方法で、術を破ったエメスは直後に盾を思い切り地面に向かって突き立てた。
それがしっかりと地面にめり込んでいることを確認すると、ゆっくと手をドアシールド(仮)から引き剥がす。
メインで盾を握りこんでいた側の右手は、衝撃に耐えるには耐えた。だが、表面から薄皮のような金属片がパラパラと地面に零れ落ちて行く。
折れ曲がったり、深刻なヒビが刻まれていたわけではない。
しかしながら、真正面から直撃を受けきったことで伝わった衝撃は、ほんの少しだけエメスの予想を超えていた。
吹き飛ばされずにその場に留まることには成功したが、決して正解ではなかったというわけだ。
「GWOOOO!!!」
吼え猛る【業魔】の怒りが、盾越しにもビンビンとエメスを打ちつける。
さて、とエメスは考える。
これからどう、【業魔】を討つべきか、と。
術を凌ぎ、あの場までたどり着けるかどうか。
術に関しては可能かどうかであれば、最悪2発までは耐えられる。いや、耐えてみせる。
今度は逆の手を使い、右手は添えるだけに留める。
恐らく、深手は負うだろうが精々、両腕に亀裂が入る程度のものだ。そうすれば3発目はガタのきた両腕で支え、体を押し付けて耐える。これならば腕はともかく胴まで砕けることは無いだろう。
まさに捨て身の特攻策ではあるが、痛みが自身の動きに影響を与えないエメスだからこその戦法だった。
だが、それから先に繋がる有効なプランが皆無に近い。
幾らなんでも、蹴りつけるだけで【業魔】を降すことは不可能だ。
そして最大の問題点は、【業魔】がさらに距離を取る可能性があることだった。脚を失いながらも、戦意を衰えさせることなく立つ【業魔】。この戦意の塊がエメスの様子を見れば、追撃をしてくることは想像に難くない。術の暴発を受けきった後、砕けた両腕のエメスを確認すれば、いままで見せた跳躍で距離をとるだろう。そうすれば、もう策は無い。
ただただ嬲り尽くされるだけだろう。
ならば、とエメスは盾に身を隠す。
自身の損傷状態を確認させないために。
それ以上に、【業魔】から時間を稼ぐために。
そして彼の到着を待つ。決して慌てることなく、それが当然であると確信しているエメスの心は、どこまでも揺るがぬ鋼の固さを持っていた。
「くぉぉぉぉ……。行きたくねぇぇぇ……」
いや、覚悟はとっくに決まっている。出て行く、出て行くけれども。
あの場で色々やらかして、そのあとやっとこさ脱出して。
ホッと命のありがたみを感じ入ったあとで、だ。
そこら辺を加味した上で、判断していただきたいのだが、その心持でまたその戦場に戻るのはやっぱり、かなりクるものがあろう。
「……うっし。行くぞ、こんちくしょぉ……」
それでもやっぱり、ここでエメスや会ったことも無いイゼルナの義父さんとかを見捨てる、それはちょっとできない。
なんと言えば良いかわからないが、すごくヤだ。どう表現すればいいかわからない、非常に感情的なものだが、本当にイヤなのだ。
「さて、しくじったら本っ当に駄目だかんな」
そうつぶやく孝和は、障害物に身を隠し、今は匍匐前進でジリジリとエメスの真後ろに移動して来ていた。
とりあえずは合流しなくてはならない。
先程、2回目の爆発音の後からは、【業魔】は戦法を変えてきていた。砲台としての場所は変わらず、しかし今度は4刃を撃った後、時間を掛けて次が飛んで来る。すぐには術を重ねてこない。
どうやら盾の頑健さ、エメスの膂力を鑑みて、術で削り、その後の残り香で蝕んでいく方針に変更したのだろう。
なかなかの英断、いや愚策とわかっていてもそれを選んだのかもしれない。
一度最前線から離れたため、客観的にこれまでを判断できた。だからこそどうもわからない、腑に落ちないことがある。
確かに【業魔】としてはこれを続ければ、ドアシールド(仮)は壊せる。表面を削り、蝕ませる方法は徐々にではあるが盾を崩し始めている。
ある程度の蓄積されたダメージがあれば、一気に粉みじんにできるだろう。
しかし、時間が掛かりすぎる。
本来【業魔】は追跡部隊の殲滅が主目的で、ストレイの手元にあったのであろう。
と、いうことはイレギュラーである孝和やエメスの登場は台本に無かったことになる。
その攻撃でダメージをおった【業魔】をこのまま続投させるのだろうか。
幾ら強いとは言え、【業魔】のダメージは見たままである。かなりの深手で、正直戦いに挑むコンディションとは程遠い。
この後、援軍が来るだろう事は当然の知っているはずだ。
ストレイに至っては計画にそれを含まないはずが無い。
ならば、どうして未だに戦いを続けさせている?
【業魔】を殿にしてここを離脱すれば良いではないか。
船が動かないのか?
船員がここまでの騒ぎで誰も出てこない。それは気付いている。だが、スケルトンだのリビング・アーマーだのが居るならばそれもおかしくは無い。
船荷が積まれていないから?
いや、幾らなんでも安全を優先しないだろうか。
人質は確実に船の中だ。なら、その戦果を台無しにするような選択を選び取るだろうか?
自分ならばこの後の展開を考えれば危険は避ける。頭がおかしくなっていたといえ、ここまで傭兵団や軍の真っ当な者に気付かれないように動いていた彼が、そこを間違えるだろうか?
【業魔】が戦えると信じている?
いや、これも無い。イレギュラーの戦力に援軍。相手のカードの強さがある程度あるのだという事は理解しているはず。
ならば、何であの男は戦いを続けている?
(……あー、こりゃ駄目だ、サッパリわからんって)
わからないことは、どうやったところでわからないものだ。
結果が出てから気付くというのが世の常である。そう考えた孝和はムカムカするような焦燥感が湧き上がるのを必死に押さえ込む。何かがあるのは、間違いない。それでもゴールに向かわなければ答えは出ない。
孝和は無理に自分を納得させると、ジ・エボニーを掴んで一気にエメスの後ろまで駆け出す。
船荷に掛けられていた麻のボロ布を、頭から引っかぶったその姿は浮浪者にしか見えない。なかなかに情けない風体だが、【業魔】の術が盾にぶつかる度に、盾を飛び越えて後ろにも勢いよく石が降り注いできていた。
効果的とは言いがたいが、それでも細かな石がぶつかってくるのを避けるには少しは役立った。後はほんの少しだけ、ほんの少しだけの悪あがき。
地面をえぐったおかげでより多くの石つぶてが降ってきていた。ただ、逆に一撃で致命傷となるような大きさの石は少なくなっている。
「着っっっいぃぃぃぃたぁぁぁああああ!!!」
滑り込んだ孝和を、接近に気付いていたエメスが抱きとめるようにして、自身の影に隠す。
ドゴン!!
寸でのところで、飛んできていた致命傷になり得るサイズの石が、エメスに当たって大きく跳ねる。
あのままであれば、孝和の頭に一直線のコースだった。
「おぉおお!!あ、ありがとう!!」
孝和はそのままの流れで、何でかは知らないがエメスを抱きしめて精一杯の感謝を捧げる。あと、完璧に肝を冷やして何かにすがりつきたくなったのも事実だ。
ずっしりとした重量感。樹齢を重ねた大木に体を預けるような安心感を、全身で噛み締めたあと、ぽんぽんと軽く背を叩いてエメスから離れる。
「じゃあ、悪ぃんだけど急いで説明する!何とか上手い具合に俺に合わせてくれ!」
前置きやらエメスの意思確認やらはすっ飛ばす。
出来る、出来ないなど聞いている余裕などこの状況下であるわけが無い。
ガツンガツンと盾にぶつかる術の音がかなり怖い。さっきまでこの状況以上の爆音が近くでしていたはずのエメスの神経の太さに驚愕しつつも、この場から一刻も早く離れるため、孝和は早口で説明を始めたのだった。
「クソッ!何でその程度の奴等に苦戦しているんだ!!愚図がァァアアア!!!?」
ストレイの口調はすでに平時の冷静さを欠き、自身の怒りを【業魔】に向けて怒鳴り散らすだけとなっていた。
だが実際のところ、【業魔】自身の戦いぶりはかなりの善戦をしていると言える。それでも圧勝していてしかるべき相手だとの思い込みがあるストレイとしては、“なんだこのザマは”という感情の方が大半を占めていた。
その理由の一因を占めているあのゴーレム。孝和の窮地を救った行動が非常に気に食わない。
確かあのゴーレムはこの隠し洞穴の神殿に安置されていた物で間違いないはずだ。
地面に埋もれる様に取り残された“それ”が動き出した際には興奮した。起動しているゴーレム、しかも名工の作であろう物などなかなか見る機会は無い。
ゴーレムは現在のところ、高度な自己判断ができるような型の製造に関しては、技術が著しく衰退、いや失われてしまっているといっても良い。
単純作業を行うようなパーツ組み立て型の類であれば現在も製造は可能だが、エメスのような完全なワンオフ型のゴーレムに関しては再現できる技術は消え去っている。
理由としては量産品であったとしても戦力としては十分過ぎるほどであるし、粗製濫造された物とオーダー品の製造に掛かるコストと有用性を天秤に掛けても費用対効果は薄い。
この大陸が先の内乱から始まるパーン統一戦争まで、小競り合いは茶飯事とはいいながら大きな戦争が長く起こらなかった平和な時代が続き、軍備の縮小が続いてしまったことも拍車を掛けた。
要するに「悪貨は良貨を駆逐する」では無いがオーダーメイドの一点ものよりも、粗製濫造された量産品の方が圧倒的に魅力と思えてしまったのだろう。
だがこれもまた世の常と言える。
ゴーレムに関しては、そういった理由から製造の技術が廃れ、さらには再現できない技術も数え切れなくなったのである。
運良く残された技術も、時代と共に削れ、時に燃え、残された物に新たに接がれて変質する。
腕の良い職人は秘匿された奥義を託すことなく病の床に着き、先代を超えることなく次代はその次に繋いでいかざるを得ない。
歴史の必然はいつも時間や場所を選ぶことなく起きて行く。必要ないと思われた技術は失われれば其れまでだ。
だからこそ、ストレイは狂喜乱舞した。
すでに建造すら不可能に近いであろう型のゴーレム。恐らくは名品であろう、と。
しかし、ゴーレムは動かなかった。
恐らく頭部が原因だろうことは容易に推測できた。他の精密な作りに比べ、あまりに雑で完成しているとは言いがたいほどの粗雑な彫り。
製作者が何らかの理由で完成まで漕ぎ付くことが出来なかったのだろう。
つまり肝心要の頭が未完成では、他がどんなに精密でもどうにもならない。
歯噛みしながらも動かないゴーレムを捨てるに捨てられず、倉庫の隅に眠らせていたのだ。誰かに売り払うにしても、怒りに任せて壊すにしても、あまりに惜しい。
それが“彼”からの賜り物、“黒耀の腕輪”で動かすことが出来るようになったのである。
意思を持たない魔道兵や、腕輪の従属下にある魔法生物を自在に操ることのできるこの“黒耀の腕輪”。
“彼”からの自身への期待の現れとも言えるこの術具をキーとして、ゴーレムは動き出した。
凄まじいほどの精度の弓術と、その両腕から繰り出される打撃はいたくストレイの心を満たし、より深く“彼”への感謝を深めたのだ。
その一方で動かすたびに自分が主だと教え込む必要があり、他のリビング・アーマーやスケルトンよりも強く念を込め命じなければ動かない有様で、普段はただ立たせたままで起動していなかった。
だからこそ、ほとんどの者がエメスを程度の低い出来損ないのゴーレムに過ぎないと思い込んだ原因ともなっていたのだが。
そんなこともあり、ストレイはゴーレムごときが自分を拒絶するかのように感じられつつ、その精密な造りに魅了されてもいた。
結果、ストレイの歪なプライドは満たされ続けながらも、澱のように言い様のない不満は積もり続ける。
自分の地位を脅かす物には容赦なく悪意を向け、それが適わない時には表面には現れない裏の顔の暴力へと繋がっていた。
だが、全てを手に入れるための、いや“当然手に入れていて然るべきものを取り戻す”ための、栄光の道が自分の前に広がったのだ。
それを最後に邪魔するのが、今までは自分が“特別”だという証だったゴーレムだというのは皮肉である。
だが、
「もう、もう、もう!!!貴様など要らぬ!!!!」
そう、自分には【業魔】がいる。
これを扱うことの出来るのは自分だけだ。
“彼”もだからこそ自分にこの“腕輪”と“水晶”を自分に預けてくれた。
「行けェェェエエッッッッッ!!!!!?」
もうどうでもいい。今までの全てなどこれからの未来に比べれば、塵芥に等しい。
選ばれるべき者が歩む道を自分も歩む。栄光に満ちたその道を!!!
「行けェェェエエッッッッッ!!!!?」
笑い声に狂気が滲むストレイの声をBGMにしながら、孝和は手をパーにしてエメスに向ける。
声に出さず「ごぉ」と口をその形にして一旦エメスを見る。
するとエメスは頷いて、体を【業魔】に対して左側に向けてさらにもう一度頷く。
どうやらOKと判断した孝和はゆっくり指を折り、「よん」とまた声を出さずに口を動かす。
後は腕を少しだけ上げて、自分は右側を向く。
ザッザッと音を立てて走り出す準備を始める。意気込みすぎて足を滑らせたりしたら洒落にもならない。はっきり言って地面の状態は最悪なのだから。
よくもまあ、ここまで見事に耕してくれたものだ。
相も変わらず散発的に、ズガンズガンと盾を削る術の音が響く。
指は3を示す。
エメスが体を沈める。盾を引き抜くと同時に駆け出すためだ。
そして指は2を示し、唾を呑む音がしたと同時にさらに折られる。
残りカウントは1。
孝和は息を吸い込み残された指を折るのと同時に、腕ごと振りぬく。
「行ッッけえええ!!!」
孝和は右、エメスは左に向け駆け出す。
孝和側には船が、そしてエメスの側には船荷の山があった。
「GWO!?」
【業魔】の最後の術が空振りに終わり、地面に深々と跡を刻む。盾を掴んだままのエメスと、身一つで飛び出した孝和を瞬時に確認した【業魔】は判断を迫られる。
大きく膨らんで両サイドから狙われる体勢となった上に、狙いが2箇所に分かれたのだ。
これが普通の敵に過ぎないのならば、どちらか一方を集中して屠ればいい。その後、残った方に全力で当たり、勝負を決する。
しかし、今回の2人は瞬間とはいえ目を放すには、あまりにも危険だった。脚と腹から伝わる痛みの記憶と、先程眼前で繰り広げた力技の守勢は鮮やかに思い出される。
だからこそ、【業魔】は選び取る。
おそらく、より倒しやすい敵を。
(そうさ!この状況なら、俺の方を選ぶだろ!?)
ゆっくりとスローモーションのように、【業魔】がこちらを見るのを視界が捉える。
【業魔】がどういった生き物、いや生き物ではないのかもしれないが、その戦いぶりからすると野生的な直感を主体にした判断をしているように見える。
と、いうことは、だ。
(自分のブッ放した術で、“どうなんのか“なんざ、考えながら動いてねぇだろう!!!)
突然の急ブレーキ。勢いよく砂を飛び散らせながら【業魔】を正面にして相対する。
鞘が体の正面に構えられた瞬間に、術が【業魔】から放たれる。
数は4つ。エメス側に飛んでいくものは一切なく、黒刃の全ては孝和目掛けて飛んできた。
「いっちいち、邪魔くさいんだよォ!!!」
そう言い放つと同時に、背に括り付けていた盾を左手に構える。右手は鞘に納まったままのジ・エボニーだ。
盾はブーツを漁ってる間に転がりだした物だが、なんと言うか装飾過多でキラッキラしている。盾正面部の宝石の装飾に、縁取りの金や銀。持ち手には薔薇の装飾が細かに刻まれている。
…… “ゆーしゃさま”とか“えーゆーさん”の専用装備とかもこういうかんじなんだろうか?
……しかし、正気……か?これ作った奴……。
いや、デザイン的には見ていてすごいなーとは思う。だが、こういうのはデザインの前に使えてナンボではなかろうか?
(多分装飾用とかなんだろうけど……盾なんだろ?当たった瞬間木っ端微塵とか止めてくれよ!?)
なんと言うかエメスのドアシールドがすごく羨ましい。
こういうときには、ビジュアル的にも重量感的にも“頑丈です!!”というものが欲しい。
それに、孝和は実のところ盾というものを使ったことがない。師匠連中の中にも盾を使う物はいなかったし、触れる機会など皆無に等しいのが日本という生活圏であろう。
(構えって、これでいいのか!?上下逆じゃねぇ!?)
盾を構えたはいいが、何か位置がおかしい気がする。どう見ても上下逆に構えている。
今日初めて盾というものを手に取ったのだ。仕方ないとはいえ、真っ当に使わないとまずいのではないか?
その不安にさらに拍車を掛けるのが盾自体の軽いこと軽いこと。
しかもそれに加え、無意味にキラキラしてるいるというこの盾は、信用度という点からぶっちぎりの最低評価だった。
ゴガッガガガッン!!!
連続して盾にぶち当たってくる石つぶてを、両足で踏ん張って耐える。
ただ、思った以上の衝撃はなかった。【業魔】自身が一生懸命に地面を掘り返してくれたおかげで、どうにも対処できないほどの大きさの破片は極僅かになっていたことが原因だ。
(痛っってぇえ!!?くそ、もう知るか!!!あと少しだけっ!!頼むっ!!)
それでもズッタズタになった状態を、何とか縛り上げて誤魔化しながら動かしている足が悲鳴を上げる。
最後に飛んで来た破片を弾き飛ばした後に、足元からガクガクと震えが走った。痛みに対して体を押さえつけることがすでに困難な段階に来ている。
正直な話、もう持たない。
「なろぉおおっ!!」
ここまで来るともう残っているのは、根性だけである。
大声を上げ、身も蓋も無い精神論を基に空元気で体を奮い立たせる。
(まだか!?クソッたれぇ!!)
ゴガッガガガッン!!!
またも盾に向かい放たれた石つぶてが、響き渡る。捌ききれなくなった一部は避け、ジ・エボニーで払いのける。
徐々に脚に踏ん張りが効かなくなるのと同時に、押されて後退して行くのを感じた。
(ヤバイ!ヤバイ!!ヤバイって!!)
……ギラッ
限界に近くなった瞬間、待ちに待った“準備”が完了したのが目線の先に入る。
「ぬぉおおおっ!!」
(これで最後だっ!!動けぇぇえええ!!)
それを目にした瞬間、孝和は今まで必死の形相で耐え忍んでいたその場から退避を始める。盾には相変わらずガツガツと石つぶてが飛んできているが、その勢いも利用して跳ぶ、いや一気に吹き飛ばされる。
ダンッ!
メキッ!!
「ゴハッ!!」
あまりの勢いで衝撃が腕を通り越して胸を打つ。肺から一気に空気が飛び出していく。
その勢いのまま、孝和は後退して岸壁ギリギリの位置まで移動する。
(くそ!もぅ、一発!来いッ!!!)
この時点で声が掛からないということはどうやら、未だ気付いていないようだ。
と、いうことはもう少しこの位置で粘らねばならない。
(頼む!気付けぇえええ!!)
三度目の防御。
今度は飛んで来る術、石つぶてを可能な限り避ける事に専念する。迎撃は回避できないものだけの最小限に抑え、“後ろ”にそのままの勢いでぶつかって行くのに任せる。
「ク……ォォオオオオオオ!!」
ドガガガガガガガン!!!!!!
孝和の咆哮をかき消すばかりの轟音が響く。孝和は今度こそ、幾らなんでも気付いてくれることを願う。
それだけを祈りつつ、その身を海中に勢いよく投げ出す。
(悪りぃ!とりあえずここまでだ!!)
体を投げ出す瞬間、自らの望んでいた光景をしっかりと目にする。
口元に薄く笑みを浮かべると、大きく息を吸い込み、孝和は海中に没していくのだった。
「駄目だ!!止めんかっ!!!」
孝和が徐々に押される様を見て、ニヤツキを抑えられなくなっていたストレイであったが、【業魔】が海中に没した孝和目掛け更なる追撃を放った瞬間、語気を荒げた。
船を背にして戦いを行った孝和のせいで、避けられた術や石つぶては、全弾船の横っ腹に命中している。
しかも、集中して一箇所に当たり続けたために大きく損傷し、今にも大穴が開きそうな状態になっていた。
元々は軍船であることもあり、頑丈な船体ではある。補修すれば何とか航海に出ることも可能だ。
しかし、これ以上の攻撃で大きく船体に傷が入れば万が一の事もある。
【業魔】としてはより確実な止めを目的としたのだろうが、ストレイにはそれは余分に感じたのだ。
だから、ストレイは“腕輪”を振るう。
「GYAAWOO…………!!」
無理やりに体が抑えられる。
その間僅かに、数瞬。
拘束された体は、何も動かすことも出来ず、ただただその場に貼り付けにされる。
その一瞬を稼ぎ出すために、全ての知恵と力を孝和は振り絞った。
完全に頭に血が上ったストレイと、その思惑から若干ズレた戦いを繰り広げる【業魔】。ストレイに【業魔】を御しきる実力がないのか、【業魔】がストレイの指揮に従える柔軟さがないのかはわからない。
ただ、両者の呼吸が合っていないのは今までの流れからわかる。
そこを利用する。
まず、孝和とエメスが別れる。
この場合、対応しやすい孝和に狙いは絞られるだろう。エメスを狙う可能性も有るには有るが、同様の戦法を続けると孝和のマークが完全に外れる。
けん制をすることも考えられるが、術は視界に入らないものを狙うことは出来ないようだった。
もしそんなことが出来るのならば、岩陰に隠れた孝和やエメスを狙い撃つことも出来たはず。それをしていない以上、そういった操作性はあの闇の術にはない。
ここから8割方、狙われるのは孝和に確定する。
そして、位置取りはそのことを考え、【業魔】を挟み込むように動き、孝和は船を背にする。
放たれる攻撃は先程の弾幕が選択される。狙いは荒く、その被弾範囲は“孝和周辺”となるだろう。
違った攻撃であったとしても、その攻撃は同様に“孝和周辺”に変わりはないはず。接近戦の警戒心はこの短時間で拭えるとは思えない。
弾幕は、孝和を打ち据えながらも、船体を深く傷つける。
一番恐れていたのは、ストレイがそれに全く気付かず攻撃を打たせ続ける可能性だけだ。
【業魔】を止めることなく、ただただ攻撃を続けること。
だが、賭けには勝った。
孝和が最後に見たのは、慌てて“腕輪”を振るうストレイ。
無い知恵を搾り出した博打は何とか上手くいった。
ならば、後は任せる。
ヒュゴッ!!!!
風を切り裂き、鈍く光る塊が飛んできたのを【業魔】は視界に捉える。
だが、体は動かない。
ドゴッ!
“それ”が傷ついた【業魔】の体を叩いた瞬間、ようやく拘束が解ける。
「GYAAAAA!!!!!」
絶叫と共に、激痛の走る体をエメスに向ける。崩れ落ちた体は未だ立ち上がれない。
視界に入るエメスは地面に突き立てた盾で全体を覆い隠されていた。
だが、大切なのはそこではない。
大切なのは、振りかぶったエメスの腕。それが掴み、今まさに放たれようとしている“それ”。
ヒュゴッ!!!!
エメスの豪腕から2射目の「金属槍」が放たれたのを、真正面から【業魔】は避けることの出来ない体で見つめるしかなかった。
……終わんなかった。
今回で何とか終わらせようと考えて書いてたんですけど、どうも上手くいきません。
お茶濁す感じですけど、書き終えてるところまで出してみます。
あ、あと前話題名変えました。