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価値を知るもの  作者: 勇寛
それこそが日常
41/111

第39話 弱者は足掻く

誤字・脱字ご容赦ください。


時間がないもので、前話の感想の返信・誤字修正できてません。


時間ができるまでは、そのままです。ごめんなさい。


 最初に動いたのは、【業魔】からだった。まず負傷した脚を孝和から見えないように体勢を変える。

 残された3本の脚が地面をしっかりと捉え、斜めに船と孝和の間に立ちふさがる。

一歩も引かないといわんばかりの構えに、歯を食いしばり痛みを堪えているのだろうか。しかし苦しげな唸り声を上げていながらも、未だ溢れんばかりの闘志はその体を覆うかのようだ。

 それに相対する孝和と言えば、【業魔】と逆に軽くステップを踏みながらすぐにでも飛び出せる準備を整えていく。程よい脱力に、弾む左手は鞘の紐をしっかりと握り、逆に鞘本体を握る右手はあくまで軽く握るだけに留める

「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ……。さ、あ、来い、よっ、と」

 弾むように言葉を紡ぐ。とりあえず初動のギアは決めた。意識的に少しだけ動きのアベレージを上げてみたが、多少の無理は利くだろうと思い込むことにする。

(どんなもんかねぇ……。多分いけるだろうけど。まあ、これで駄目だったらサ、ヨ、ウ、ナ、ラ、なんだけどっ……)

 トン、トン、トン、とただ孝和の靴音だけが聞こえる。距離を詰めるでもなく、逃げるわけでもなく、ただその場で軽く跳ぶ音だけが静寂の中に響き渡る。

 そんな緊迫した睨み合いの時間がただただ過ぎる。双方ともきっかけを待っているのだ。きっかけはそんな大きな物でなくても良い。ほんの些細な事で十分だ。

(さあ、良い感じに焦れてきたぜ?そろそろ動かないと、なぁ?ま、お前はそうじゃなくても、あちらさんはそこまで我慢強く無さそうだし?)

 一瞬だけチラリと上に目線をよこす。すぐに【業魔】に視線を戻したが、わたわたとウザったらしく動いている人影が甲板に見えた気がした。

 ほんの少しだけの観察時間だったが、言動の質から言えば甲板のあの男はこんなジリジリした時間には耐えられないだろう。

 確かに【業魔】は脚を切り落とされている。それでも基本ポテンシャルだけで見れば未だ【業魔】のほうが上。時間と共に消耗していくのを計算に入れても、闖入者の実力の一端を知るための時間と考えれば決して惜しい物ではない。

と、いうのは当事者間の認識で、観戦している側からすれば【業魔】はただの男に臆病な様を晒しているように見えなくもない。

「何をしているんだ!さっさと動けっ!!貴様の価値など戦うことしかないのだ!!命を惜しむなッ!!愚図がッ!!!」

 ぐいっ、と先程エーイと対していたときにも見せた、自身の意思と関係なく首が引かれる動きを【業魔】が見せる。

 ストレイが吐き捨てるように、侮蔑でしかない言葉を【業魔】にぶつけ、強制的に動かせようと腕輪を振る。

(ははっ……。確かにド阿呆だぜッ!!!おたくッ!!!!!)

 その瞬間、ドカンと弾き出される弾丸のような勢いで孝和はその距離を詰める。大きく跳び退けた【業魔】との距離は約30m。

 脚部の筋肉に力を練りこむだけ練りこみ、一気にその距離を詰める。それを見た【業魔】は、瞬間的な硬直を無理やり引きちぎるように首を振りたくる。

 その数瞬に稼いだ距離はわずかに数歩ではあるが、価値のある前進であったことには間違いない。さすがに強制力を持った拘束を引き剥がすような硬直があったのは事実であるが、精々1~2秒程度では十分に加速することは出来ない。

 それでも、距離にして4mを詰める。それには成功した。

 急ブレーキを掛けた孝和の前に、硬直の解けた【業魔】から黒刃が狙いす飛んで来る。

 最初の1刃を屈み込む事で回避。1刃目と十字になるように飛んで来る2刃は回避が出来ない。脚を杭のように踏み込み、急ブレーキを掛ける。

 「っ!!ダ、アァアッ!!」

その勢いのまま真横に鞘を振るう。


ブンッ!!


 孝和に直撃する軌道を描いていた黒い刃。その光景を船上から見ていたストレイは笑みを浮かべる。

 計画にないイレギュラー、【業魔】に傷を付ける実力者。彼は倒されるべくして倒されるべき存在である。人という器のもつ分相応な枠からはみ出る者は、それを持たざる者には不快以外の感情を生み出さない。

 だが、ストレイのニヤリと笑みの形を持ったままの口元が強張った。

「な、に?」

 孝和を捉えたはずの黒刃は何の音もせず、霧のように消えていった。

 続く3刃。袈裟切りになって襲い掛かる黒刃はこれも確実に孝和を捉えている。それに対し、右手から鞘を離す。同時に鞘に括られた紐を掴んでいた左手を思い切り引き、体の正面に鞘を持ってくる。

 それは完全に宙を浮き、とてもではないが黒刃の勢いを止められるとは思えなかった。孝和はスウェーバックして上体を反らす。

今度こそ、終わりだ!!!

………………。

「は?」

 間の抜けた声が出た。確かに黒刃が直撃したはずの孝和は、さらなる4刃を横に軽く飛ぶことで回避していた。3刃目はまた何も音を立てず消え去ったのだ。

 つまり、彼は死んでいない。未だに抵抗を続けている。

 それは凡人の踏み込んではいけない領域で、戦っているということだった。

「ふっ、ふざけるなぁああああ!!!!!!!!!!」

 ダン!ダン!と拳を叩き付けた木製の甲板の縁が大きく凹む。

 ストレイの激昂は孝和にも聞こえている。

(……っるせぇなっ!!黙っててくんないかなぁっ!!!?)

 興奮したせいで裏返ったストレイの甲高い声が癇に障ってしかたない。脚を狙ったときのような全てを一点に“没頭するように”集中するのとは違って、今は“総てを取り込むように”集中していく必要があった。

 集中力を切らすわけにはいかないこの状況下では、雑音のひとつだけでも過敏に体が反応する。

「やべっ!!」

 意識をほんの少しだけストレイの声に持っていかれた瞬間、腹に向かっていた黒刃をほんの少しだけだが避けそこなってしまう。

 幸い皮膚にまで届くことはなかったが、服に魔力の残滓がこびり付く。

(おおぅ、痛ぇ!!やっぱシクシク痛んでくるぞ!?キッついな、これ!!)

 さすがに一度経験があるとはいえ、闇系のダメージはガッツリ“くる”ものがある。なんと言おうか、一番近いのは“気が抜ける”という表現だろう。

 忙しなく動くことで蓄えられた熱気が失せていくのは不快の一言に尽きる。痛みと共に体から熱が抜けて行くのだ。徐々にではなく、一気にである。

 それに対処するために歯を食いしばり、なけなしの気合を込めなおす。

「ガァアアッ!!!!」

 気合と共に大きく右足を踏み出す。

 【業魔】の4刃はどうやら1セット仕様の魔術のようだ。エーイの時から変わらず常時4つが一度に出てくる。

 あくまで一斉に動き出すのではなく、順を追って1、2、3、4と動き出すようにプログラムされているのだろう。

 そして推測するに同時に2セットは発動することは不可なのではないか。未だ4刃よりも多い黒刃が宙を浮かぶこともない。

 それがもしかすると【業魔】の策という可能性も捨てきれないが、エーイとの戦闘中に2セット目を出さない理由がない。

 嬲ることを目的としていたとしても、接近を許す危険は排除するだろうし、相手の様子を観察することが目的ならば毎回4刃というのは効率が悪い。

 1刃から4刃までを、自在に組み合わせることが出来るほうが、使い勝手がいいはずなのは間違いない。それをしないということは、そういった仕様の魔術ということだろう。

 ……そうであってくれることを、強く願わざるを得ないのが、孝和の深いため息の原因だろう。

 そして、最も大事なのは、この術の発動後に次の術を放つまで若干のタイムラグが有るという事だ。それが問題となるようなことなど本来はないのだが、今回に限ってはそう上手くは行かなかった。

 孝和はズザッと床を擦る音をさせて、滑るように右足を前に出すと、一気に体全体を前方に放り投げるようにして移動していった。

「っっ、とぉお!!!」

 ギリギリ黒刃を打ち払えるところで移動をやめ、また同じように4刃に相対する。往なす事の出来るタイミングを誤ってはいけない。

そして今の状況の優劣を考えてはいけない。常に何があろうとも孝和は劣勢なのだ。例え、相手の攻撃を全ていなし続けている状況だとしても、相手が傷ついていようとも、だ。

 恐らく一撃でも直撃打があれば、そこでこのゲームは詰む。掛け金は自身の命だけでなくエーイやこれから来るだろう皆のだ。易々と相手に奪われるような様は見せる気はないが、見ようによっては【業魔】を追い込んでいるような今の状況は、自分が有利なのだと勘違いしてしまうこともあるだろう。

 ただ、そんな過信が生まれるような時間は当事者である孝和にはまるで無かった。

(集中!!集中ッ!!かわせ、かわせ、かわせぇえ!!!…………今ッ!!!!)

 【業魔】も先程回避されたことを考えたのだろう。今度は足元を狙っての3連撃。3撃目の回避予想位置に、真上からのラスト一刃という形である。これを孝和は冷静かつ非常に丁寧に攻撃を受け止める。

 最初の3連撃を綺麗に回避し、唐竹で飛んで来る黒刃を鞘でしっかりと受け止める。

 これだけ見れば全く先程と変わらず、表情を変えない孝和がすべてかわしきったと目に映るだろう。

 だが、孝和としては冷や汗が吹き出るほどの動揺を、ポーカーフェイスで凌いでいたに過ぎない。

(この、そんな一回だけで対処すんなよ!?ヤベエぞ!マジかっ!!)

 そう、先程と違い今回の4連撃は機動力をこれでもか、と奪う形でセッティングされていた。

 最初の3刃で脚部の力を吐き出させ、最後を両足で踏みしめる形で受けさせる唐竹割。

 今回進めたのは精々半歩というところだ。完全にベタ足ではそれが精一杯である。距離を詰めねば攻撃の届かない孝和側にすれば、ジリ貧の攻防劇であったとも言える。

 ただ、一方の【業魔】の脚からは、筋肉で絞る事で止血代わりにしているのだろうが、ボタボタと血が流れ落ちる。

 ハァハァと忙しく息が吐き出される様子から見ても、ダメージは徐々に【業魔】の体力を奪っていっているのは間違いない。

 

 そんな硬直が何度も繰り返される。

 孝和は鞘を振るい、跳び、伏せ、曲芸師のごとく宙を舞う。

 それに【業魔】の術が彩りを加える。

 あたかも、サーカスのショーのように。






「我慢比べ……か。俺、そういうの、嫌いなん、だよ!!!」

 孝和は多少の無理を覚悟して一気に【業魔】に突進を敢行することに決めた。

 さすがに体力も無限ではない。ジリジリと距離を詰めることで残りは約10m。

 距離が近くなった分、黒刃の飛んで来る間隔も徐々に短くなっている。

 これ以上は、捌ききるには限界を悠々と超してしまう。

(やってみるしかない!イチバチってのも趣味じゃないんだけど、な!!)

 決意が行動に大胆さを生んだ。孝和は黒刃を避けながらも、必死に短くなったタイミングを取りなおす。

急に気迫を込める姿勢を見せた孝和に【業魔】もプレッシャーを感じた。

“ああ、仕掛けてくるな”とでも感じることが出来る【業魔】も、生まれながらにして戦士といえるだろう。

 ダダンッと孝和の足元が地面を掴み、急加速を見せる。

薄く服を黒刃がかすめ、体力・気力を奪い取って行くのを感じつつも、致命傷を避けて一気に前進する。

 2セットを完璧とはいえないまでも避けきることで、孝和の照準内に【業魔】が捉えられた。

 ただ、一気に距離を詰めたことで逆に窮地に立たされてしまう。

 予想外の事態。それは相対している敵が生れ落ちることすら罪である【業魔】だということだった。

 原因は地面一面に広がる【業魔】の血だった。

 とめどなく流れる血は岩肌の地面の上で、血とは思えない作用を果たしていた。

 その血が滴る地面は鮮やかな赤ではなく、黒みがかった赤色に染まっている。シュウシュウと地面から煙を上げる血は異臭を放ち始めていた。

孝和の顔を顰めさせたのはそのあまりの刺激臭である。

「うっ…………」

 その異臭にポーカーフェイスを維持できず、無意識に孝和は体を引いてしまった。気力を黒刃に持っていかれたことも拍車をかけた理由かもしれない。

 意図しない後退をしてしまった孝和目掛け、黒刃が殺意と共に襲いかかる。

 今度は単純に真上からの4連撃。ただ、無意識とはいえ後退の意思を見せてしまった孝和は、自身の意思と裏腹に大きく【業魔】から距離をとってしまった。

「クソォッ!!!」

 怒鳴り声を上げ、必死に人一人が隠れられるくらいの岩陰に、体を動かす。

 

 ドドンッ!!!!


 轟音と共に、岩が徐々に削れていく。鞘を握る手に力を込めながら、孝和はあることを考えていた。再度の突撃前にどうしても決めておかねばならないことである。

(コイツ……。気付いているか?いや、微妙だな……)

 窮地に立たされたことで逆に頭が冴える。背中に感じる衝撃は岩肌を削る【業魔】の攻撃だ。

 それでいても冷静さを保ち、今までの流れから【業魔】が“それ”に気付いているか思案に入る。

 恐らく、あと2~3分の余裕はあるだろう。その間に【業魔】がどうなのか決めるのだ。

(俺は、知ってるから“気付いた”。でも、こいつは違う。本能的に、“あれ”は思いつくようなものなのか?)

 確証は無い。自身の経験に照らし合わせるのはこの場合不適格だ。なぜなら孝和は“知っていた”から。

身も蓋も無い言い方をすれば“あれ”“それ”というのは、孝和の鞘のような、遠距離の術を無効化するものを相手取る場合の打開策のことだ。

 アニメやら漫画やら小説やらでよく見かける、好きな者にはすぐに“ああ、あれか”と思いつくほどの簡単な打開策。古今東西、多くの作品で使い古されたにもかかわらず、相も変わらず使い続けられるということは、有効な策の一つである事を如実に現している。確かにこの状況なら孝和を容易に屠ることも可能な方法である。

(可能性としては、“知っててギリまで隠してる”、“知らない”、“知らないが、たどり着くまでに思いつく”だな……。……あー、やっぱマズイわな……。ドツボにはまりそうだぞ、俺)

 チラリと【業魔】を削れていく岩陰から覗き見る。

 ほんの少しの間の戦闘ではあるが孝和は、【業魔】が理知的な考えの出来る知性を持つと考えるに至った。

 その戦略眼であの程度のことを思いつかないだろうか。

 しかし、それでも最初に“それ”を思いついた人間の着想に、たったこれだけの時間で辿り着くのは難しいかもしれない。

 いや、それ以前にこういった対応策は実は古代よりありふれていたのではないか。

 そうかもしれない。だが、知らないという可能性も大いにあるはずだ。


 “いや、しかし”、“なるほど、そうかもしれないが”、“それにも一理ある、だが”などとぐるぐる考えは出てきても、結果結論は出ない。

 当然だ。【業魔】がどのような考えなのかなど、【業魔】にしか分からない。

 イライラが頂点に達しようとしたときに時間切れが唐突に訪れる。背後にある岩がそろそろ限界のようだ。

(……アアアアアアアッッ!!!!もう、わっかるかぁあああああ!!!!!)

 背中に感じる衝撃がかなり大きくなってきたのをひしひし感じる。

「ああ、ああ、もうか!!?くそぉ、慌てんなってんだよ!!」

 覚悟を決めきるには時間が、まあ、足りないこと、足りないこと。

 当然のことではあるが、考えを纏める行為を行いつつも、黒刃がどれだけ放たれたか数を数えていた。今は恐らく13セットの2刃目。

 首筋に流れるぬるつく汗を袖口でぬぐい、飛び出すためのタイミングを計る。


ドン!


 背で爆ぜる音と衝撃を感じ、身を沈ませる。あと、一回。あと、一回だ。


ドン!

ダダダッ!!!


 距離にして約13m。

 先程の緊急回避でさらに伸びた距離を必死に駆け抜ける。

 今度は先程の反省を生かして口元に布を巻いての特攻だ。念のため片目を瞑る。

 地面から立ち上る煙からすると、下手をすれば簡単に目が灼けてしまうだろう。

「ッアァアアッ!!!」

 前方に向かって突進する彼にとって幸運だったのは、【業魔】側も急な行動に対処ができなくなっていたことだ。

 ここまで接近されると大振りの術は使い勝手が悪い。

 魚を捌くのにチェーンソーを使うようなものだ。孝和の予想に反して、接近したことで実は逆に攻撃の隙が大きくなったのである。

(っしゃぁあ!!ラッキィーッ!!!)

 術の精度が接近時にはダダ下がりとなるとまでは判らなかった。思わぬ幸運というやつである。

「GAAAAAAA!!!!」

 接近に【業魔】が焦りとも取れる叫びを響き渡らせる。

 それを聞きながら孝和は、再度【業魔】の前に辿り着く。

 地面いっぱいに広がる血はブーツに染み込み、地面の比ではないくらいに盛大に煙をあげた。

 そのせいで煙が顔面に直接かかる。

 要するに、痛い。本気で、痛い。

 ひどい日焼けのようにチリチリと刺激が間断なく襲ってくる。軽く炙られるだけでこのざまだ。直接下の血溜りに触れればしゃれにならないだろう。

 しかも精度が下がったとはいえ、術を回避するのには脚を動かすしかない。そのたびに血が飛び散り、ズボンや上着にべったり張り付いてくる。

(ヤバイ、ヤバイ!!落ち着いて集中する時間も無いのか!?)

 【業魔】の方もただ突っ立っているだけではない。その前足を振り上げ、孝和に叩きつける。

「くっ……」

 避けると同時にとっさに顔を庇う。飛んできた血を腕を盾にして防御する。

 触れた右腕は完全に血を染み込ませ、煙を上げながら目に見えて穴を大きくしていく。

(無視だ!無視!)

 全力で恐怖心を押さえ込み、【業魔】の腹に向かって大きく跳躍する。

 着地の際の血しぶきもこの際無視してしまう。

(掴んだッ!!!!)

 ガッと力強くジ・エボニーを掴み、スタンスを大きく取る。

 そして、

「いっっけぇぇぇええええええええッ!!!!!!」

 技術も何も無い、ただの全力の振り下ろし。

 信じられないほどの抵抗を両手に感じながら真下に向かい振り下ろす。

「GUWOOOO!!!?」

 孝和の行動に激痛を感じ取った【業魔】はまたも大きな跳躍をしようと3脚に力を込めた。

「逃がすかッ!!なろおっ!!!」

 腹に刺さったままのジ・エボニーを何とか持っていかれないように、腹を裂く形で引き抜く。

「WOOOOOOOO!!!」

【業魔】が転げまわる隙に孝和は次の行動に移る。

跳躍の際に飛び散る血を盛大に浴びた孝和は、わき目も振らず今度は【業魔】と逆に海に向かい全力で駆ける。

 そしてそのまま海にダイブ。

 海中で引きちぎるように、剥ぎ取るように服や篭手を外す。

 激痛を感じながらも、海中から勢いよく上体を起こした。もちろん、鞘を右手に剣を左手に構えてである。

「ちいぃ……。これで仕留めきれないかよ……。さすが切り札、尋常じゃぁないか」

 距離を置いて起き上がっている【業魔】は腹からも血を出しながらもしっかりと立ち上がっていた。

 ただ、先程と違い少しだけ顔が笑みに見えるのは気のせいだろうか?

(……え、と?これはぁ……気付いた、な?)

 そう考えた瞬間、孝和は駆け出す。とにかく海から脱出しなければ。

 海から上がるのと同時に、黒刃が飛んでくる。ただし、今度の狙いは孝和ではない。

 

 地面だ。


 地面が削れ、石つぶてとなって飛んでくる。

 数個の岩が体のすぐそばを飛んでいった。何とか回避できたのはただの運でしかない。

(くっそ!さっきの血溜りが切っ掛けか!?思いつくと一瞬だな!)

 遠距離攻撃は何も術だけではない。それを無効化されるなら、無効化されないものを使えばいい。

 この場合、石つぶてであり、血であり、危ない匂いの煙である。

 こうなっては逃げるしかない。アレをされるとこちらにそれを避けきる術は無い。

「おおおおおおおおっ!!!?」

 全力で駆ける。

 それを追って石つぶてや周りに置かれた積荷のかけらが飛んでくる。

 

 はっきり言う。

 追いつかれてしまう。

 逃げ切れない。


 目前まで近づいた急場の退避先である岩陰は、もうすぐそこだが飛び込む前に追いつかれる。

(くそぉ!駄目かっ!?)

 どこか遠くで耳障りな笑い声が聞こえる。

 恐らくストレイのものと思われるその笑い声は勝者の余裕を含ませていた。

 ほんの少しだけ足りない。逃げ込むにはあと1秒。何か時間を稼ぐ必要がある。

 だが、その手段が無い。この“跳弾型攻撃法”に対応できる方法が。

 剣や鞘を投げて石つぶてを避けることができても、その後に拾うような隙など【業魔】には期待できない。

(ちくしょぉ!!!!!)

 だが、歩みは止めない。

 きっちり足掻いてこそ、人生だ。やれるだけやってやる。

 

 ヘッドスライディングで飛び込む。

 だが、それでも間に合わない。

 世界の全てから音が消える。

 しかし、物理的に間に合わない。


 ここで、詰んだ。



 孝和は全身を襲うであろう痛みに備え、体を強張らせる。




…………?



 恐れていた痛みがこない。

 数瞬、呆然として体中をまさぐる。

(痛くない!?痛く…、ない?)

 転がり込んだ岩陰で孝和は強張らせた体をゆっくりと弛緩させる。

(………?何で?)

 ゆっくりと岩陰から顔を出す。そろそろと【業魔】を見ようとすると、今までになかったものが突き立っていた。

 扉だ。木製の、鋲のついた、頑丈そうな扉。

「へ、へへへへ……。ブッ、ハハハッ……ハハッハァ!!!!」

 何が起きたのか瞬間的に理解した、孝和は場所もわきまえず大声で笑い出す。

「そっか、そっか……。いい、サイコーだ……サイッコーのタイミングだぜ!!!!」

 ゆっくりと立ち上がる。

 そして自身の後ろを振り返る【業魔】を視界に捉えながら、そのさらに先を見る。



 凛々しく、雄雄しく、力強さを体現したその佇まいで。



 エメス、推参。


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