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価値を知るもの  作者: 勇寛
それこそが日常
38/111

第36話 舞踏【武闘】

誤字・脱字ご容赦ください



ブンッ!!!



 周囲に風切音が唸る。それは、エメスが構えた門扉を真横に振り抜いた音だった。ドア・シールドとでも形容すべき、矢をハリネズミのようにした扉は数体のスケルトンを砕き散らし、さらにその板面にくっきりと人型の血の跡を塗りつけた。

「てっ、敵だ!こいつ、裏切りやがった!!一斉にかかれ!」

 男がそう叫び、一斉に周囲にいたスケルトン、リビング・アーマー、武装した男たちが駆け出す。

 吹き飛んだ先の糸目の男はビクビクと細かに痙攣し、起き上がる素振りすら見せない。同時に飛んで行ったスケルトン達は、一部は頭部をひどく破損し、一部は胴がねじ切れているような無残な姿を晒している。双方共にすでに戦線に復帰できる状態でないのは明らかだった。

 顔を軽くその方向に向けたエメスは確認を終え、すぐに残りを視界に収める。

「ウォオォォオオおおッ!!!」

 その瞬間、エメスから見て死角の後方にいた髭面の男は、自らの両脚に力を込め気合を迸らせる。盾を振り抜いた隙を狙い、全力でエメスの後方から駆け出しながら自身の斧を振りかぶる。


ガッ!!

キィーーーーン!!


 甲高く、それでいて周囲に響き渡る音が一瞬の静寂を場に作り出す。

「なっ!?っだとぉ!!?」

エメスは悠然と正面を見据え、髭面の存在がまるで眼中に無いと言わんばかりに佇む。結論から言うと、斧は止められていた。

ただ、目の前の光景がその場の全員の度肝を抜く。エメスが“片手”で構えた剣が斧を押さえ込んでいる。しかも、全力で押し込んでいる髭面の斧とは違い、エメスが構えたバスタード・ソードは切先部分から酷く破損し、本来の長さの7割程度になった物だった。破損の度合いは傍目から見てもかなりの物で、刃部分の欠けも数箇所に及ぶ。急激な冷却と、床を打ち抜く際の楔代わりに使用した事で、質としては並程度のバスタード・ソードの刀身が耐えられなかったのだ。

そのガラクタ寸前の剣で髭面の一撃を悠々と受けきっている。

「ふっ、ふざけんなァ!」

 怒りで恐怖を覆い隠すように、腹立たしげな声を上げ髭面は自らの戦斧を引く。再度の攻撃のため、今度は先程よりも大きく斧を振りかぶる。

 斧を引き、攻撃の為の間合いを髭面が取ったことで、瞬間的ではあるが、エメスとの間に空間が生まれた。

 刹那、エメスが倒れる。

 ダメージを受けたわけでも、バランスを崩したというわけでもない。

 軽く、ベッドに向けて疲れた体を投げ出すようにトンと音を立てて地面を蹴る。両手の盾と剣はその場に放りだし、ガランガランと転がり回る。

「なぁぁああぁッ!?あぶぁ……ぉ……ッ!……」

 髭面はその体を肉のマットとして、投げ出された重量級のエメスの体を包み込む。

 地面と硬質な彫像とのサンドイッチとなった人間がどうなるかなど考えるまでも無い。当然、“そう”なる


メシィ!ゴリィッ!!


 力任せに“何か”が潰れる音がする。

エメスはその感触を背中で感じ、両手でブリッジ状態から倒立になると、そのまま後方にゆっくり着地し、起き上がる。

起き上がる直前に髭面の持つ斧を回収することは忘れない。

 その一連の光景を、リビング・アーマーやスケルトンを盾に、後ろで見ていた男たちは戦慄する。

 エメスの動きが極端に速かった、という訳ではない。

 ただ、一般的な【ゴーレム】の速度ではないだけである。本気であるかどうかは別として、少なくともエメスの体捌きは、人のそれと変わらなく見える。

 つまりは、“動く”のだ。

 【ゴーレム】とはただ動かず、叩きつけられる攻撃を耐え、それに攻撃を振り回すというのが基本的なパターンのはずだ。

 そうではなく、エメスは攻撃を捌き、瞬時に判断し、敵を潰す。さらには人がするように機敏に起き上がり、今も敵に向けて片手で戦斧を構えている。

 そのことで全員がある結論を導き出す。

 間違いなく、先頭を切った者が“あの様”になるのだ。“誰が”行くのか、いや、行けるのかということである。

 極端な話、エメスが圧し掛かってくれば、そこで終わる。だが、接近しなければエメスには攻撃は届かない。弓の鏃は鉄だが、エメスを貫けるとは思えない。

 全力を込めて、ブッ叩く。

 鉱物系の【ゴーレム】に有効な手段を、恐怖に侵された心が、体が、全力で拒否する。


「い、嫌だ……。そ、そんなの、ねェよ……」

 サンマ傷がガタガタと震える腕を押さえきれず、剣を取り落とす。自分でも気付かずに落とした剣を、慌てて地面から拾い上げる。そしてしっかりと柄を握り締め、正面にいるエメスに視線を戻す。

 ただ、その隙はあまりにも致命的だった。


ゴッ!!!ドンッ!!


 風の唸り声と地面を揺らす音が、耳元で聞こえた瞬間、目前にエメスが居る。

「は?」

 間の抜けた声と共に、両手で持った剣が力任せに引っ張られる。

僅かに2歩。

エメスが地面を踏みしめた回数である。力強く1歩を“駆け”、飛ぶが如く2歩を“翔け”る。

その2歩で数mを瞬時に移動し、サンマ傷の眼前に現れ出たエメス。

壁として居た筈のスケルトンは突進に耐えられず、宙を舞った。エメスは本来両手持ちの戦斧を右手で構え、逆の左手一本でサンマ傷の剣を掴んで離さない。

「うわっ!」

ぐいっと引っ張られたことで、体勢を大きく崩してしまったサンマ傷に、エメスのヒザが走る。

 体格差もあり、普通は腹部へ吸い込まれるはずのヒザは、胸部に一直線に向かった。


メッ!ゴキッン!!!


「ふォぉぐっ!!?」

 間違いなく、肋骨等の他に胃やら臓物関係の周辺に軽くないダメージを受け、サンマ傷は先程までスケルトンだったはずのゴミ山に滑空し、積み上げられた。

 けたたましくガラガラと転がりながらもサンマ傷は“運悪く”意識を残し、血反吐を撒き散らしながら、声にならない悲鳴をか細く呻く。

 その加害者であるところのエメスは、サンマ傷から強奪した剣を左手で軽く振り、持ち手の感触を確かめている。

 サンマ傷は激しく動いていたが、限界を迎えたのだろう。急に意識を失い気絶した。

 そこまでを一連の流れとした惨劇を、敵にしっかりと認識させてから、エメスは動き出す。

 

今度は、剣と斧を振るう腕に力を込めて。



「ヤ、ヤベェ……ヤバ過ぎんぞ、アレ。に、逃げるぞ、お前ら!」

 さすがに元は荒くれである。危険な臭いに敏感であることが、最も大事とされる彼らの稼業において“逃げ”は恥ではない。

 ただ、今回は数の優位とリビング・アーマーの頑健さ、エメスを一般的な【ゴーレム】と判断し、十分に対処できると踏んでしまったのが間違いだった。

 ならば、すぐに間違いを正せばいい。

「お、おうっ!!!」

 誰一人、異を唱えることもなく全員が賛同する。

 一応のリーダー格であった髭面が沈黙したことも理由だった。統制などすでに取れる状況ではない。

誰かが言わなければ、自分が提案すると全員が考えていた。ただ、一番先に言った男が臆病というわけだったのではない。

「全力で食い止めろ!!いいか!全力でだぞ!!!」

 怒鳴りつけながら足止めのための命令を、残った全てのリビング・アーマーとスケルトンに投げ放つ。

 それと同時に全員が全力で逃げ出す。

 わき目も振らず、ただただ自分の為だけに。

 その後ろで崩れ落ちて行くであろう、哀れな人形達を生贄としていることを、省みることは無い。


ガシャアアァァンン!!!!!


 今までにない程、大きな音がした。

 物凄い質量の“何か”が力強く叩きつけられるような、そんな音だった。あまりに大きな音だった事もあり、無意識に振り向いてしまった男がいた。

 恐怖に縛られた体は、それを聞いた瞬間に反応したのだ。

 その光景は驚愕の一言だった。

 例えるのであれば、“巨象に挑む蟻”が正しいのだろうか。

 纏わり付く敵を、煩わしそうにその両腕で払うように薙ぐ。それだけで紙の様にその部位が両断され、粘土細工の様に潰れる。

 エメスの戦斧はそれなりの質を持っていたのだろう。エメスの膂力に何とか負けず、本来の“斬る”役割を果たしている。

 一方の剣であるが、切れ味としては一般の物より少し良い程度のものであったが、リビング・アーマーを両断するまでには至らない。

しかし、西洋剣というものは、日本刀や中東のカタールのような剣とは使い方が大きく異なる。

本来の使い方の一つには、鋼鉄の鎧等で完全武装した敵を“叩き伏せる”ことがある。

つまり“斬ること”よりも、鉄塊としての“剛健さ”を求める構造を優先した物が西洋剣の特質の一つと言える。

今回エメスの奪い取った剣は、どちらかといえばその特質が発揮された一品だった。

つまり、それを剛力の戦士が持つということが、どういうことかといえば、


ドンッ!ドンッ!ドンッ!


 音がする度、地面に大穴が開く。

 その穴に埋められるのは骨であり、鎧の残骸であった。

 圧倒的な膂力の一撃は、敵を両断するのではなく、押しつぶす形でその成果を示した。一斉に集まったということも、悪い方向に向かった原因のひとつだったと言える。ただ、エメスの周りを囲み、そのまま集団としての圧力をかける形であれば、時間稼ぎを目的と考えるのであれば、結果はより良い方向に向かっていただろう。

 だが、現実は焦りと恐怖に駆られた命令が引き起こした燦燦たる結果となった。

「全滅……した……?う、そ、だろ……?」

 両断された鎧が転がり、穴に居る者は何も言わずそこに埋められている。

「はは……。マジか?俺、寝てるわけじゃねえんだぞ……。くそ……」

 足に震えが走り、全身から力が抜ける。がっくりと項垂れ、何故か走り出せる気力が抜けきった。

 両膝が唐突に笑いだす。その場に崩れ落ち、腰が抜けた。絶望がゆっくりと彼の体を包む。

「な、何なんだよぉ……。く、来るな、来るなぁああぁ!!!!」

 


ズン!ズン!ズン!



 自分に向かって歩き出すエメスの能面のような造りの顔は、何の感情も映し出さない。ただその代わりに、その体を形作る金属の光沢が、ある光景を映し出す。

 恐怖におののく男が後ずさる。恐怖にゆがむ顔は、涙と鼻水に塗れ、汚らしさと醜さしか浮かんでいない。

 自分のみっともない姿が映されたエメスを見つめる目は涙が溢れ出し、何も映し出せなくなる。

 彼が気絶する寸前に見たのは、斧を地面に付きたて、ゆっくりと手を自分に伸ばすエメスの姿だった。




「ハァッ!ハァッ!!っ、くそっ!!援軍は何処だよ!?報告に行ったはずだろう!?」

 全力でエメスの独壇場から逃げ出し、港まで這這の体で辿り着くことが出来た男は、大きく悪態をつく。

 彼は苛立たしげに地団太を踏むと、後方から追いついてきた足音を耳に捉えた。

 自分と同じ軍装の男が2名ほど駆けて来る。ただ、服はひどく血が染み付き、顔の辺りも泥で薄汚れていた。

「おう!お前らも逃げられたのか……?しかし、怪我の方は大丈夫なのか?」

「ああ、これは他の奴のだ。俺らには怪我はないさ。しかし残ったのは俺たちだけか?」

 先頭の男が、袖で軽く汚れを拭う。しかし、あまり先程と違っては見えない。ひどくこびり付いているようだ。

「まあ、他の奴らは仕方ねぇ。ザマアねぇ、運がなかったんだ。見捨ててさっさと逃げちまおう。船まで行けばストレイの “切り札”があるって話だ」

「“切り札”?なんだ、それ?」

 後からやって来た男の一人が問う。

「あぁん?俺も良くは知らねぇよ。ただ、“軍の奴らが来ても皆殺し”だってよ。あのブタ面がいい気になってたからな」

「へぇ……。“皆殺し”ねえ……」

 チラリと隣の男に視線を送る。送られた側の男はそれに軽く頷く。

「まあ、勝手にやって貰うさ。さっさと船に乗っちまえば後は天国さ。金も女も酒も選り取りみどり……。あの【ゴーレム】が来たってその“切り札”に時間稼ぎしてもらって海まで出ちまえば良いんだからな」

「なるほど、なるほど。そういうことか……。後は?」

 先程から質問ばかりしている先頭の男に不信感を覚えた。


そこで男は気付く。

 こいつらは、誰だ?

こんな奴らいた覚えは……。


無い!!!


「おい……。お前ら、誰だ!?見たことねぇ、見たこ……!!」

 言葉を最後まで続させることなく、先頭の男が最短距離を駆ける。

 逃げ出すことなど出来ないほどの加速で、喉元が腕に絡めとられ、そのままグラウンド状態に移行した。

「がっ!?ご……ッ!…………ぅぉお……」

 そこからはスピーディーであった。滑らかに頚動脈が圧迫され、あっという間に男は落ちる。

 ダランとした腕にはすでに力はなく、白目をむいた男を解放した男は、ゆっくりと立ち上がる。

「あー、と……。すんません。騒がしくなるとヤバイかと思って落としちゃいましたけど、マズかったですかね?」

 バリバリと頭を掻く。するとポロポロと血の塊が地面に落ちる。

「おお……。まだ残ってたか……」

 地面に落ちたのがかなりの量だったことに孝和は驚く。

「いや、良いだろう?多分、これ以上のことは知らんだろうし……」

 隣に居たエーイがそう答える。

「しかし、見事なものだね。そこまで簡単に落とすというのは」

「いえいえ、楽して出来るようになったものじゃないんで。……そこそこ地獄は見ましたよ?」

 さすがに“聞くより、見るより、触るべし”を実地でやられるというのは絶句する。

いくら“聞く×10,000=触る×1”と昔の人が言っても、寝起きに飯時風呂上りと数人掛りで、間断なく頚動脈狙いのサイレントアサシン紛いを繰り返されれば、いろいろとやられてしまう。

ただ、返しを熟達できる頃には、完全にやり方も身に染み付いていた。ただ、もう少し大人しい教育を希望したかったのは間違いないのではあるが。

「そうか。機会があれば、ウチの連中とも戦ってみてくれ。いい経験になるだろう」

「いやー……。そんなご大層な物でもないですし、できればご遠慮いただけると……」

「ふむ……。謙遜は美徳だが度を過ぎると嫌味になるぞ?まあ、それはそれで、だ」

 エーイの視線は道の先、港に係留される船に向かう。

「すぐに皆も追いついてくるだろうし、先行するぞ。急いだ方がいいのは間違いないのだからな」

「はい。こっから先は怪我もできないですから。イカサマだろうが奇襲だろうがカマせるならガンガン行きたいですしね」

 実はある誤算がここに来て出てきた。キールがバテたのだ。

 本来3チームに分け、移動するはずの予定だった。注目を集めるエメス中心のチームに、エメスのぶち抜いた1階からこっそり出る孝和・エーイの先行部隊、人質を含む離脱部隊の3つだ。

 回復役としてキールも先行部隊に含まれるはずだったのだが、人質の回復時にどうやら魔力切れになったらしい。

 本人としてはグルグル景色が回ると言っていたので離脱部隊のマオ・ユノに預けて離脱してもらうことにした。

 キールの魔力量の限界値が今までわからなかったことも原因だが、これは痛い。

 プレイスカードの記載内容から、日中はこれよりも限界値が上昇するだろうから一概には言えないが、孝和のミスであるのは間違いない。

 キールの力量に頼り切っていた自分を恥じる。

 戦いの本質は、自分の力を最大に引き出すことが必要だ。

 つまりこの先は、

(冷静に、冷静に、冷静に……)

 ブツブツつぶやく孝和をチラリと見てエーイは、

「いいか?私は先に行くぞ?」

 先行するといったとおり駆け出す。

 孝和もそれに習い、男をとりあえず端のほうに雑に投げ出すと駆け出す。

その先にあるのは船。船体に軍の意匠があることからも、軍船。孝和には解らなかったが、大型の外洋船である。



 最奥部の外洋船は、静けさもあり、どこか不気味なシルエットを松明の光の中に映し出していた。

 ちょっとだけ濃い目に書いてみました。


 楽しんでもらえればうれしいです。

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