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価値を知るもの  作者: 勇寛
それこそが日常
37/111

第35話 DREADNOUGHT

誤字・脱字ご容赦ください。


 階段の下から聞こえてくる音が段々と小さくなる。それが意味するのは、階下が制圧されたか、敵味方双方が共倒れとなったかのどちらかであろう。

 孝和にとって最も嬉しい結果としては、味方側がさほど傷つかずに制圧してくれていることであった。

「なあ、キール……。それ被ってて邪魔じゃないか?」

 ボソボソ小声でいまだ傍らのエメスの肩に乗っかっているキールに訊ねる。ちなみにエメスは先程までの徒手ではなく、氷漬けだったバスタードソードを構えていた。

『んーん!いいでしょー♪がおー』

 そんなエメスに乗っかったキールは、非常に楽しそうである。

 ちょうどスッポリとキールに竜牙兵の頭蓋骨がはまったのだ。まあ、“ぷよぷよぼでー”のすかんぴん状態よりは良いだろうが、見た目的にちょっと……、というのが正直なところである。

 下はどうやらひと段落がついたのだろう。小さいながらも音がしていたはずだ。ただし言うまでも無く、先程の轟音はどんなブ厚い石壁でも完璧に聞こえただろうことは難くない。ということは、だ。

「まあ、それより……。下の様子とか判んないかな?誰か居るのは俺もわかるんだけど」

『ん、と……。よくわかんなーい?みんなして、ばーっ、って、はしっていくのはだめなのー?』

どうやら近いとはいえ、遮蔽物の多いこの場では頼みのキールの認識力を頼る訳にはいかない様だ。

「そりゃあ、出来るんならな。ただな、ちょいっと厳しそうだし」

 あれだけの爆音が響けば、完璧に警戒されていることはすでに確定事項だ。と、すると一気に逃げ出すという策はどうだろう。もし下で制圧しているのがエーイたちならば何も問題ないのだが、最悪の場合は考えておく必要がある。

 あまりに大きなエメスは3階の天井には触れないが、階段に入るには少しばかりしゃがんでもらう必要があった。要するに、その間は鮨詰め状態で動きも鈍る。

 つまり一気に進むというのはなかなか難しい。はっきり言うが、戦力としてエメスを頭数に入れないのはどうかしている。

 ならば、エメスは“階段を行かない”方法で2階まで行くしかない。

「ああ……やっぱ先陣は俺が行くしかないか?いや、正直もう、確定……、だよな……」

 メンバーを見る。病み上がりのアリア・多分一般人のミリアム・任せるには不安なキール・デカ過ぎなエメス。

 その状況では、もう選択肢のチョイスなどありはしない。

 つまり出来る人間が行くのが筋だろう。

「3回目かぁ……。俺、絶っ対、厄日だぜ。厄払いとかしてくれる神様とか、こっちっているのかなぁ……?」

 ガックリうなだれながらも、近くの柱にしっかりと3重にしてロープを縛り付ける。

 そして縛り付けたロープの状態を確かめる。グイグイと引っ張ってもびくともしないことを確認し、エメスに向かい頷く。

「じゃあ順番はこっちから、そっちで。上手い具合にしてくれよ。タイミング命だからな?」

 気は全く乗らないが、最終確認を行う。ロープを縛る間に移動していたエメスは、ちょうど床の隙間にゆっくりとバスタード・ソードの剣先を差し込むところだった。

 孝和の言葉に頷くと、両足を少し開いたスタンスを取る。その後は、ズズズッと上から無理やりに刀身を床に沈めていく。

「えーと、ミリアムさんもいいですね?」

「は、はいっ!時間になっても皆さんが戻ってこなければ、あの穴から逃げる。顔を出した人が知らない人だったらその場合も逃げる、ですね」

「そうそう。ただ、キールとアリアは残ってくれるんで、完璧にどうにもならなくなってからですよ?そうそう大変なことにはならないとは思うんでうすけど……」

「ただ、3階なんですよね。落ちたら大怪我は間違いないでしょうし、一つ間違えると死にますよね?」

 少し青ざめた顔でミリアムがこちらを見ている。孝和はそれに何とか顔を笑みの形にして答える。

「申し訳ないですけど戦力としてはやっぱり、ミリアムさんはキツイでしょう?一応、大怪我なら何とかキールがしてくれますから。俺が飛んだ後はこのロープ使ってください。気をつければ即死ってことは無いはずですし」

 コクンとミリアムが頷くのを見て、孝和はその場から移動する。

 移動中に、「そーは言っても、そこらへん気をつけたとしても、落ちたらどうにかする方法有るんかな?」と思ったが口には出さない。さすがにこれ以上ミリアムのフォローに回す時間は無い。

 どう見てもいっぱいいっぱいのようだし、あくまで“最終手段”である。

 要するに、自分が何とかすればいいだけの話だ。

 それをモチベーションになんとか気分を奮い立たせる。こういうときにこそ、もう少しポジティブな考え方ができればいいのに、とフワッと浮かんできたがそれも何とか頭から追い出した。

 もうそこら辺はどうしようもないなぁ俺って、と薄く苦笑いを浮かべる。

「よしっ!やってみるか!」

 鋭く息を吐き出して決意を固める。グッ、グッと深めに屈伸を行い階段から少し離れた位置に移動する。

 左手にロープ、右手には鞘に入った状態のジ・エボニーがしっかりと握られていた。

 軽くジャンプして体が十分に解れているかを確認する。どうやら大丈夫だと判断した孝和は、その場でクラウチングスタートの体勢をとる。


タンッ!


 最初の一歩を踏み出し、そのままに階段に向かって走り出す。孝和は段に足をつける寸前に飛び上がり、その壁に向かって飛び出した。





「来たっ!!!?」

 イゼルナは警戒していた階上に忙しい動きがあったのを確認し、すぐさま剣を構える。先程の爆音からすると、なにかしらの小競り合いが有っただろうとは予測していた。


ダンッ!!


 強く何かを叩くような音が階段に響き、2階のイゼルナとエーイの2人に緊張を生む。


シュザッ!!


 本来であれば、次に来るだろう2回目の階段を踏むだろう音が聞こえず、何かが擦れあう音が続いた。

「っっあっ!!?」

 グンッといきなり、階段の踊り場ではなく自身の眼前に人影が現れる。どうやら階段を駆け下りるのではなく、三角飛びで壁を蹴り滑空しながら一気に接近してきている。その人影はそのままの勢いでこちらに向かって飛び込んでくる。

 イゼルナは一歩だけ踏み込んで、剣を袈裟切りに振る。

 ただ、振りぬいた剣はその人影を捉えることは出来なかった。

 振りぬく寸前に、人影が慣性の法則に反した動きをした為だ。うっすらと感触が残ることから、刃先の数ミリは当たっただろうが、避けられたことに間違いはない。

 イゼルナの目前で、飛び込んできた人影は左手に握り締めたロープを使い、急制動を掛けたのだ。それもあり、丁度振り子の要領で大きく天井方向に跳ね上がった勢いを利用し、そのままイゼルナたちとは大きく離れた場所まで一気に転がりながら移動する。

「くっ!!」

 人影が敵味方と判らないイゼルナは振り向くと同時に、転がって行く人影と逆に距離を取る。それとは対照的に、エーイはそれに向かい猛然と距離をつめる。

「何だとっ!!!?」

 起き上がりざまにこちらに向かってくると思っていた不審者は、そのままエーイに背を向けて全力で走り出した。

 まるで後方の警戒を考えていないその姿に、エーイの突進が若干鈍る。

 その瞬間、


メッキャャァアアアアアンンン!!!!!


 凄まじい轟音と共に天井が抜けた。

 石材と共に、梁ごとぶち抜きながら粉塵が上がる。その中にまたも先程とは別の人影が見える。

「覚悟っ!!」

 ギリギリのところで、落下してきた石材の直撃を逃れたエーイはその人影に斬りかかる。何にしてもこの前に立つ人影は放っておくには危険と瞬時に判断したためだ。

 だが、その剣はまるで何か壁にぶつかったかのような大きな衝撃をエーイの両腕に伝えるだけであった。

 あまりの大きな衝撃に、瞬間的にピリピリとした痛みが、両腕から全身に走る。

「ぐわぁっ!!」

(防がれただと!?そんなそぶりは無かったぞ!!!クソッ、来るッ!!!)

 衝撃で取り落としかかった剣を何とか掴み、その場から後ろに跳ぶ。ただ、痺れは若干ではあるが足にも影響を与えていた。

 エーイの渾身の跳躍は、その思いとは裏腹に全くといっていいほど、小さな物でしかない。

 予想以上の体に残る衝撃に、この後そんな状態の自分に向かう、相手の行動を推測する。

 本能的に両腕を体の前に持ってきたのは流石と言える。ダメージの軽減に努める姿勢は評価すべきだった。


「?……な、ぁ?」

 追撃がこない。

 その事実にエーイは、間の抜けた声を体を硬くしながら上げる。

 さらに、エーイは驚くことになる。

「ゴ、【ゴーレム】ッ!!?」

 そこに至って、エーイは3階からの襲撃者が、自分では対処できないレベルだと気付く。

 

 自分はどう動くべきなのか。

 イゼルナを逃がすべきか。

 何とかして後続にこの【ゴーレム】のことを伝えなくてはならない。

 そうだ、他の者がこちらに来ないで逃げてくれれば、希望はある。


 その数瞬の思考が迷宮に陥る寸前、エーイに声が掛かる。

「あ、何だ、エーイさんですかぁ……。よかった、ほかの人も無事なんですか?」

 ひょい、と【ゴーレム】の後ろから、先程の人影が姿を現す。

「タ、タカカズッ!!?お、あぁぁ!?そ、その【ゴーレム】はっ!いや、お前なんで上から?」

 先程とは違う思考の迷宮がエーイの前に広がる。呆然と剣を握り締めたまま突っ立ってしまったエーイを見て、孝和は三度説明することに決めた。

 ただ、もう面倒なので残り全員が集まってからだ。

 ちらりと後ろを見ると飛び掛らんばかりになったバグズ、構えを解こうとしないユノにマオ。前方にはエーイと同じ表情のイゼルナが居る。

「はあ……。こんなのばっかじゃん、俺。ホントに厄日かな……」

 上を見ると、アリアが天井の大穴から顔を出していたので手を振る。その袖口が裂けていることを見て背筋が凍る。あと少しずれていれば腕ごと飛んでいただろう。

正直なところ、あんなアクロバットは二度と出来ないし、したくない。

 二度も味方に本気で斬られるなど、正に厄日。

 さすがにこれ以上は……、と孝和はため息を吐くのだった。





「お前らッ!!準備はできてんだろうなッ!!!!」

 髭面の男が泡の浮いた唾を撒き散らしながら、周囲に怒鳴る。

 大声を上げているというのに、その顔色は真っ青になっている。額に浮いている汗は熱気を元にした物ではなく、冷え冷えとした脂汗であった。

「判ってるってんだよ!!てめえもさっさと構えろッ!!!」

 その横で弓を構えた糸目の男が髭面に怒鳴り返す。ただ、この男も、顔中がどろどろになるくらいの汗を掻いている。

「う、うるっせえ!!報告に行った奴ぁ、まだなのか!?」

 片膝を付いて髭面も糸目と同じように弓を構え、矢をつがえる。

 その矢の目指す先は、“商品”を保管するための倉庫として使っていた建物の入り口に向けられている。

 鉄鋲を打ち込まれ重厚な両扉は、ピタリと締め切られていた。その前にオブジェと化したのは、様々な死屍累々の山である。

 切り伏せられた軍服の死体がそこここに転がり、リビング・アーマーは胸元を貫通する穴が見事に開き、スケルトンは頭部を噛み砕いたような歯跡をくっきりと刻み込んでいる。

 数えると30から40近くの敗残者の骸が扉の前に鎮座していた。

「し、しかしよぉ……?」

 今度は糸目と逆のサイドのサンマ傷を顔に持った男が髭面に語りかける。

「んだよ……。ウダウダ言ってんならぶっ飛ばすぞ!?」

「ち、違うって!ここって俺らの側はこんなに数、少なかったか?たしか、鉄クズどもの警備だけでも50近くは居たはずだろ?」

 その言葉にうっ、と髭面の言葉が詰まる。

 その鉄クズと呼ばれたリビング・アーマーは無事な状態で15ほど。物言わぬ本当の鉄クズとなったのは同じく15ほど。単純に20近くは足りない。

「う、っせえぇ!!居ねぇ奴ぁ居ねぇんだっ!!!」

 怒鳴りつけて隣のサンマ傷を黙らせる。

 ここにリビング・アーマーがいない理由を髭面は知っていた。

 何故なら彼が、命じたのだ。

 入り口付近に逃げ出した“商品”がいないか探して来い、と。

 自分の失敗で逃げ出したマオの追撃に、一部のリビング・アーマーを動かす指示を出したのを知っているのは、彼だけである。

 ここさえ乗り切れば、その失策を乗り切ることもできるかもしれない。


……ドウォオン!!


「なっ、何だぁ!!?」

 三度鳴り響く轟音が、その思考を止める。

 髭面だけではなく、それ以外の男たちも驚きを通り越して恐怖の表情を浮かべている。

「おい、おい、おい……。一体何なんだってんだ?」

 呆然とする男たちと対照的に、リビング・アーマーやスケルトンはそのままの構えを崩さない。

 轟音がしたのは、1階のちょうど男たちの構えた扉とは反対側のようだった。

 状況に対応しきれない彼らは周りに意見を求める。

 ただ、それに上手に返せるだけの頭を持っているならば、こんな所でこんな仕事はしていない。


……ダンッ!!ダンッ!!!ダンッ!!!!ダンッ!!!!!


 混乱の最中に更なる轟音が響き渡る。

 何か硬い物が激しくぶつかり合う、そんな音が倉庫から聞こえ始める。徐々に近づくそれが、足音と気付いた髭面は自身の弓を構えながら、周りに号令を掛けた。

「来たぞォォおッッ!!!!構えろォォおッッ!!!!」

 限界まで引き絞られた弓は、ギシギシと悲鳴にも似た軋みを髭面の腕に伝えてくる。

 それに残りの男たちも遅れて反応した。そして彼らの弓も同じ悲鳴を上げ始める。


ダダダンッ!!!!!

ドドウォオオオオオオン!!!!!!


 男たちの準備が出来るとほぼ同時に、両開きだった門扉の右側が表に向かって勢いよく爆ぜ飛ぶ。

「放てえぇぇぇぇえッ!!!!!」 

 誰かがそう叫んだ。

 もしかしたら、その場の全員が叫んだのかもしれない。

 それほど、全員の緊張はピークに達していた。


ビュゥオッ!!


 数十にもなる矢が驟雨となり降り注ぐ。狙いは爆ぜ飛んだ門扉の右側である。

 だがしかし、その全てが防がれる。

「やっ!?止めろ!!撃つなっ!!」

 ズンズンと徐々に“扉が”近づいてきた。何者かが残された左側の扉を盾として近づいてくるのだ。

「鉄クズどもっ!行けぇ!!!」

 矢は外れた物を除いて、全て扉に突き刺さっている。遠距離からの出鼻を挫く策は失敗したのは明らかだった。

 後は数を頼みに押しつぶすゴリ押しの力技に頼るより術は無い。

「畜生ッ!!ふざけんじゃね……?……あぁぁ!!?」

 第一陣のリビング・アーマー達が、離脱者を弓から変えた各々の武器で襲い掛かる瞬間、その姿が全員の目前に晒された。

それを見て混乱した糸目の男がゆっくりと“それ”に近づく。

「祭壇の【ゴーレム】じゃねえか?なんでてめぇ此処にい、ろぅぼぁわあぁ!?」

 エメスがその腕を無造作に振るう。

 重量級の門扉が扇ぐように振るわれ、想像を超える勢いで風が巻き起こる。風を巻き起こすための動きで糸目の男と、数体のスケルトンがばらばらに放物線を描き吹き飛んで行く。

「てっ、敵だ!こいつ、裏切りやがった!!一斉にかかれ!」

 運良く眼前を糸目が飛んでいくのを眺めることになったサンマ傷が、残った全員に命令する。

 髭面を含め残る全員が弓をその場に放り出し、武器を手に取った。剣・槍・斧等様々な種類の物で、新品ではなく、見ただけで程々に使い込んだことがわかる代物だ。

 

 彼らは間違えている。

 一般的な【ゴーレム】であれば、鈍重な固体がほとんどである。

 一般的な【ゴーレム】であれば、数で押しつぶし、ダメージを蓄積して徐々に壊すことが正解なことも間違いない。

 一般的な【ゴーレム】であれば、自分たちが一気に掛かれば何とかできる。

 さらにはエメスが彼らの支配下に置かれてから、その力を見せなければならない事態にはならなかった。

 エメスが枷から解き放たれた事を知らなかった。



 だから、彼らは知り得ない。



 

 災いの矛先はいつもそこにあるのだということを。

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