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価値を知るもの  作者: 勇寛
それこそが日常
36/111

第34話 合流

誤字・脱字ご容赦ください



「ちょっ!!まっ、待てぇ!!!?無理!無理だって!!?」


 ドンッ!ドンッ!!ドンッ!!!

 地面を踏み鳴らす音が無情にも孝和の声を打ち消す。焦りと恐怖を内包したその声を無視して、騒々しい音はさらに勢いを増していく。【ゴーレム】は助走を十二分にとり、加速度をさらに増していく。

「うそ!うっそ!!嘘だろうが!?」

 バシバシと自分を抱えた【ゴーレム】を遠慮なしに叩く。ただ、満身創痍の孝和の全力は、すでに5歳児にすら負けるほどの脆弱さである。

 がっしりした【ゴーレム】にとっては何の痛痒も与えることはない。

 

 ドガンッ!!!!!


 今まででもっとも大きな、炸裂音といっても良いくらいの轟音が響き渡る。

「駄目だっ!?うわああああああああああああああっっっぁぁぁぁぁ…………!!」

 ドップラー効果を残しながら、孝和の絶叫は徐々に小さくなっていったのだった。








 ベキイッ!!


 真横からのアリアによる衝撃と、その斜め方向からのキールの一撃は、竜牙兵をその場から吹き飛ばす。

 ただ、右腕と右脚を覆った氷結乃蛇クロウル・フリーズの氷の塊は、その場に竜牙兵を貼り付けにしていた。

 結果として、破砕音と細かな骨を周囲に巻き散らかしながら竜牙兵は吹き飛んでいく。完全に氷に埋まった右腕はバスタード・ソードとともに氷像としてその場に残された。脚部についてはいまだ固定されきってはいなかったこともあり、そのまま竜牙兵の胴体についたままであった。

「GYAAAAA!!!!!!」

周囲に響き渡る怒声が、相対していたアリアたちを怯ませる。

「くっっ!」

 右腕を失いながらも、竜牙兵の戦意はまるで変わることはない。むしろアリアたちを油断ならない敵対者と認識したことにより、さらに先程よりもその悪意は増したといえる。

 さらに、奇襲を優先せざるを得ない状況だったとはいえ、竜牙兵を飛ばした方向が悪かった。

 丁度キールたち援護術師チームからは死角となるのだ。ミリアムやキールが動けば良いことかもしれないが、竜牙兵に目標とされた場合にキールはともかくミリアムがまずい。

 冒険者というわけでもなく、戦闘の基礎を学んでいるわけでもない学者肌の人間に、いきなりベテランクラスの剣戟を受けることはどう考えても無茶といわざるを得ない。

 だからこそ、アリアは体を走る震えを押さえ込み、叫ぶ。

「来なさいっ!バケモノっ!!」

 半身に剣を構え、竜牙兵の動きに備える。ミリアムたちを狙うには、アリアの位置を過ぎる必要がある。階段の前に陣取る形になったことにより、敵の増援にも柔軟に対処できるアリアはこの場で最前線の拠点となったといえた。

 つまり、ここで竜牙兵を押さえ込む限りミリアムには危険はない。

(でも、さっきのでかなり持ってかれたわね……)

 周囲を飛ぶ氷が先程までと比べ、その密度を希薄にしていた。熱気に炙られた為に蒸発した分と、剣圧に抗して砕け散った分が消し飛んだのだ。

「あの様子じゃ、もう一度は無理でしょうし……」

 チャージしながらの術行使はミリアムにとってかなりの無理だったのだろう。ちらと目線を竜牙兵を捕らえたまま横に向けると、ミリアムが蹲る様に地面に突っ伏している。

 自身のキャパを超える氷結乃蛇クロウル・フリーズの連続行使と強制的な持続は、彼女の精神力を削りきったのであろう。

 時々口元に水筒が向けられるがあまり回復しているようには見えない。キールの不思議水は確かに魔力を回復はするが、比較的魔力容量の多いアリアの感覚としては7割。元来魔力容量の多い人にとってもせいぜい6割といったところではないだろうか。

 つまり魔力を使い切ってしまえば、術の種類によればまったく使えないのである。

「じゃあ、私がやるしかないじゃない?」

 隻腕とはいえ、竜牙兵は強い。その隻腕にあるショート・ソードはすでに炎を纏い、先に見える竜牙兵の顔を赤々と照らし出す。

 間違ってもあまり見たい顔ではない。照らされたことでおどろおどろしい風貌がありありとわかってしまう。

「GRUUU……」

 静かに深く唸る竜牙兵は徐々に体を沈みこませる。両の脚は地面を力強く掴み、突進の姿勢をとる。

「くっ……!やっぱりそうくるわよね……」

 失った右腕を計算に入れて考えても、アリアより竜牙兵のほうが重い。極端な話、1対1であれば単純なゴリ押しで十分対処できてしまうのだ。

 この避ける場所が極めて少ない通路という状況下であれば、竜牙兵は突進し、渾身の一撃を振るい、その過程のどれかでアリアを穿てば良い。

剣であれ、炎であれ、その体躯であれ。つまり竜牙兵のチョイスは正解といえる。

 一方のアリアはそうはいかない。突進してくる竜牙兵の攻撃をかわし、行動不能にするかそれに近いダメージを与える必要がある。

 ただし、

(そんな選択肢なんて、ないのよね……)

 剣を構えてはいるが、その一振りでは敵を止められない。脚、腕、腹、そのどれを狙おうともその後の攻撃が続くであろうことは間違いない。

 頭を狙う策もあるだろうが、相手もそれをさせないため、一瞬の勝負に出るのだろう。何しろ相手は痛覚がない。痛みでは止まらないのだ。

 すると選択肢は一つ。気功を乗せた拳打となるであろう。先ほどの奇策による肋骨部の竜牙兵へのダメージは、少し離れた位置からも見て取れるほどだ。

 本来、死骸から創られた竜牙兵は生命力を忌避する。“生きる”力に極めて弱いのだ。そういった点でマジックアイテムといえども、アンデッドの一種といっても良い。

 肋骨付近はいまだ煙を上げ、竜牙兵へとダメージを与え続けている。顔面の一部にも焼け焦げた跡がくっきり残っていた。アリア個人の感触としても、気功の一撃は硬いはずの竜骨をやすやすと砕いたと感じられた。

 で、あるならば

「来なさい!死せる者が生有る者に害を為すものではないわ。あなたの本意ではないとはいえ、あるべき姿………骨は骨に戻りなさい!!」

 ダンッと床をたたくように脚を踏み鳴らす。邪魔になる剣を横に除け、半身になって竜牙兵に向かい、煌々と上がる気炎がその拳をさらに光らせる。

 その光の威力を身を持って知った竜牙兵がさらに姿勢を低く低くする。振るわれるだろうショート・ソードは気炎を上げたアリアに呼応するようにさらに吹き上げる炎を強くする。

 両者ともタイミングを窺う。先に動くほうが有利なのか、それとも動き出したことを確認してからの方が余裕を持って対応できるのか。

 その結論に先に辿り着いたのは、竜牙兵の方だった。

 足元の床面が砕け散りながら飛び散る。その勢いを持った竜牙兵がアリアへの突進を敢行した。

 先程の肋骨部のダメージと治まらない浸潤が結論を後押しした。時間を掛けて睨み合いをするのは、自分が不利になる可能性があると判断し、動く。

「GAAAA!!!」

 アリアの拳が届かない距離から、ショート・ソードが振りぬかれる。

 剣に纏わり付いていた炎が明確な意思の元、アリアを包み込むように広がっていく。

「少しだけでいいの!もって!!!」

 視界全体が炎に覆われながらも、そこ目掛けてアリアも前進する。

 アリアに残された氷結の鎧はわずかではあるが、それでも最後の一滴まで彼女を守りぬいた。

 ジリジリと炙られ、焦がされながらも、アリアは炎の壁を自身の拳で打ち抜く。術が消し飛ぶと同時に彼女は壁を抜け、竜牙兵の眼前に躍り出る。

 それを待ち構える竜牙兵は、突破してきたアリアを刺し貫くように残された左腕で刺突の構えを取っていた。

 炎と、それを突破してきたときに備えた刺突の2段構えであった。しかも、これは限界にまで体を引き絞ったものであった。現状で竜牙兵が出来る最も早く力強い一撃である。

 たたらを踏んで急ブレーキを掛けたアリアは、自身に向け飛んでくる剣先をしっかりと目で捉える。同時に両足に残された力を回避のみに注ぎ込む。

「くっっ……!?」

 予想をはるかに超える速度の一閃はアリアの右胴をかすめる。だが、それはギリギリ脇腹を1cmほど切る程度で、多少の出血程度のダメージにとどまり、致命傷とはならなかった。しかも炎を纏っていた刀身は極度の熱を持ち、更なる出血を防いでくれた。

 ブレーキを右足で掛け、そのまま左腕に渾身の力を篭め、殴る。ガツンと竜牙兵の先程とは逆側の肋骨とぶつかる感触が拳に残る。そのまま体を預けるように連撃。打ち付けたまま上に持ち上げる要領で、ヒビの入った肋骨をゴッソリ持っていく。

「WHOOOO!!!」

 竜牙兵もそのまま攻撃を受け続けるだけではない。スラスト状態のショート・ソードを手首を返して自身の腹部に突き刺すように放つ。

 いわゆる自決するかのようなその一撃は、死というものから縁遠いという特性が可能としたものだった。

 ただ、自らをアリアとともに貫く一撃は実に有効とも言える。“普通”の神経では放たれない一撃は、“普通”を相手とする経験を一切無意味と為さしめる。

「残念!当たらないわよ!」

 アリアはザッと地面に向け体を低くする。アリアがこの一撃を回避できたのは神官という職の特異性にある。“普通”の生者ではなく、死を纏う異質な敵との経験とその対策。年月を重ねることで増える死者との戦闘時の対応策と失策は山のように増えていく。

 そこには所謂、“自爆技”への対応についても膨大な量がある。この一撃も、予想の範囲内であったに過ぎない。

 そんなことは知らない竜牙兵は、ただ自身を傷つけるだけだった攻撃を無意味に行い、両腕が完全に無効化され、何も出来なくなってしまったのである。

 その体をねじるしかなくなった下顎に向け、アリアは全身のバネで体ごと飛び出すかの様な豪快なアッパーカットを放つ。

「だっっあぁぁあああっ!」

 とはいえ、先程からの攻防はアリアとしても限界に近い動きである。ベキッと響いたのは竜牙兵の顎だけでなく、アリア自身の拳からの音でもあった。

「痛っっ!」

 吹き飛んでいく竜牙兵をその目で見ながら着地。飛び上がったときには両足の力は抜け切っていた。着地と同時に膝が笑い出し、崩れるように倒れる。

 その倒れ伏した状態で竜牙兵を見る。顎が完璧に無くなっていた。

 ただし、アリアの側も右拳はかなり痛めていた。当たり所の悪い薬指は折れてしまっている様だ。

(た、立たないとっ!!)

 這いずりながらも壁に手を掛け、地面から立ち上がる。仰向けになった竜牙兵はピクリとも動かない。それでも警戒は解かない。まだ無事な左腕に残る気を集中し、起き上がるそぶりがないか注視する。

『だいじょうぶ?アリアさん、いたそーだよ?でも、なんとかなってよかったねー』

 警戒をいつまで経っても動かない竜牙兵から、階段方面にシフトしようとしたところで、邪魔にならないように隠れてもらっていたキールとミリアムがこちらに向かってきた。

 キールはともかく、ミリアムはひどい顔だ。術の行使もあるだろうがそれ以上に、戦闘行為が彼女の精神をガリガリと削り取っていったということだろう。

 真っ青な顔には生気も感じられず、しきりに口元を押さえ、吐き気と戦っているように見えた。

「まあね……。とりあえず生き残ったんだし、良かったんでしょうけど。ミリアム、つらいようなら一度吐いてしまえば?だいぶ楽になると思うけど?」

 そのアリアの提案にミリアムは弱弱しく首を横に振る。

「いえ……。いま吐いてしまうと、魔力が回復しないから……、我慢しないと……」

 その言葉から判断すると、極度の緊張から来る吐き気のようだ。確かに回復途中なら胃が受け付けなくとも、キールの“不思議水”は飲み込んだままにしなくてはならないだろう。

「そうね。今、魔力切れになると動けなくなってしまうものね。無理させてごめんなさい。でも、あなたの協力で“これ”、なんとかなったのよ。本当にありがとう」

 ニッと笑顔を見せて笑い、背にした竜牙兵を親指で指し示す。

 青ざめながらもミリアムは首肯し、苦笑いに近い微笑をアリアに返す。

 その瞬間、完全に全員の意識が竜牙兵を遺骸と見做してしまった瞬間に、

「……syuuUooo…aa…」

 下顎が丸々無くなったせいで、空気の通りが変わったのだろう。先程までの気勢は無くなったかのような気の抜けた音が周囲に響く。

 ギョッとしたアリアが後ろも見ず、その場からミリアム突き飛ばす。自身はそのままとキールを庇う様に抱え込み、腹這いになる。


ブンッ


 今まで完全に倒されたと思っていた竜牙兵が、飛び起きるとともにその脚でなぎ払うような蹴りを放つ。

「うぁ……っづぁっ……!」

 アリアの丁度肩口付近に勢いよく蹴り足が激突し、そのまま浮かんだ体を竜牙兵が壁面に向け、叩き付ける。

 アリアの口からは言葉にならない呻きが漏れる。背中に壁が激突した衝撃で、肺から一切合財全てを吐き出されてしまった。

『ア、アリアさんっ……だめっ!!ばかぁっ!!!』

 突き飛ばされた先で恐怖により腰を抜かしてしまったミリアムとは違い、ギリギリのタイミングでアリアが庇ったキールは、幸運にも蹴り飛ばされることはなく無事であった。

 それもあり、幽鬼がごとく起き上がり風切音をさせる竜牙兵を、食い止めるための術を最大威力で放つ。

 形として、右腕で振り下ろそうとしていたショート・ソードが、光輪ブレイズ・リングとぶつかり合い光を撒き散らす。

 

バガンッ!!


 響き渡った炸裂音と、閃光が収まったときには竜牙兵はそこに立っていた。ただ、先程までとは違い、隻腕の竜牙兵に残された右手が、ショートソードごと手首とともに地面に転がっていた。

 シュワシュワと新しく煙を噴き上げる右手を見つめ、竜牙兵はキールに視線を移す。緩慢とした動きではあったが、キールに向けられた敵意はすぐに消え去った。

 脅威度としてはアリア・キールともに同じくらいであったこともあり、まずすぐに“処理”できるアリアを排除することにしたのであろう。

 残された攻撃手段である脚を、壁に寄りかかるアリアの胸部に乗せ、ミシミシと力を篭めていく。

「ぐっっ……!!?がっっ……!!!!!?」

 先程受身も取れずに叩きつけられた影響が色濃く残ることもあり、アリアは力が入らなかった。双方とも満身創痍だが、いま止めを刺されそうになっているのはアリアの側だ。

 それを見ているキールは、攻撃するべきなのかそれともアリアの回復するかの2択で瞬間的にパニックになってしまっていた。

 そこでアリアは最後の力を込め、必死に胸に乗った脚を除けようとその足首を掴み押し戻す。

 だが、結果として徐々にではあるが脚は胸に食い込んでいく。

『そのあし、どけるんだっ!そんなことしちゃ、だめなんだいっ!!』

 一瞬のキールの混乱も落ち着き、その脚に向け2回目の光輪ブレイズ・リングが放たれた。

 だが、狙う場所の予測ができていたのだろう。勢いよく胸元から脚を大きく引き上げ、それを回避した。しかも、その後には速度を持ったスタンプでさらにアリアの胸元に痛撃を加えてくる。

「がっ……はっ!!」

 口元から血の混じった唾が吹き出す。口を切ったのではなく、どこか内臓にダメージがあるのだろう。その量は傍目から見てもかなりひどく感じられた。

 ミリアムはその様子にさらに恐怖を感じ、キールは自分のしたことでアリアがさらに傷ついたことにショックを受けてしまった。

 アリアにしても、ダメージがひどく意識も薄れてきたのだ。

 手詰まりとはこういうことを言うのだろう。誰もが自分の限界を徐々に感じ始めていたときである。



「……目だっ!?……………………ぁぁぁぁぁああっっっ!!」



 唐突に悲鳴が聞こえる。徐々に大きくなるその声は、建物内ではなく外から聞こえてきている。

 しかも何故かこちらに近づいてきている。

 

 ここは3階だというのに。


ドッゴオオオオオオオーーーーンンン!!!


 あり得ないほどの轟音とともに、壁面が勢いよく吹き飛ぶ。中から外へではなく、外から中へ向けて、壁であったはずの石材が粉塵とともに転がり込んでくる。

 それを見て、竜牙兵はアリアに乗せた脚を除け、吹き飛んだ壁と逆側に飛ぶ。

 状況の不確かさから危険と感じたのだろう、瀕死のアリアではなく、新たな警戒対象としてその吹き飛んだ壁を見つめる。

 しかし、“見つめる”という選択肢は悪手であった。

「!sYoooWwwaa……!?」

 いまだ晴れない粉塵の向こう側、壁のあったはずの場所から腕が“ぬっ”と出てくる。ただ、明らかに位置が高い。どう見ても腕が突き出された位置は地面から2m以上はある。

 更に言うなら、縮尺がおかしい。腕のパーツとして比率は正しいが、サイズが段違いに大きい。

 光沢がおかしい。生物的な質感がなく、金属的な滑らかな曲線を描いている。それでいて、薄暗いこの通路にぼんやりとライトブルーに光るということ自体が想像できる範囲を超えていた。

『……え?なに!なに!!うわわわわっ!!?』

 キールの困惑が周囲にまき散らかされる中、それを合図にしたかのように、粉塵の中から巨体が煙を掻き分けるように勢いよく姿を現す。

 孝和と戦い、頭を垂れた【ゴーレム】がそこに居た。孝和と戦っていた時のほの暗い鬼火のような蒼ではなく、精練された透き通る青が全身を包んでいる。胸部からは煌びやかに白銀の魂が燃えていた。その配色は整ったフォルムには見事に映え、洗練された武の美しさがそこに描き出されていた。

 ただ、それは【ゴーレム】がどの立場なのかわからないミリアムには恐怖の対象でしかなかった。突如現れ、自身の横を煙を纏わせながら駆け抜ける【ゴーレム】に限界を超えた心は、ヒッ、という短い悲鳴とともにあっけなく気絶という選択肢を選び取ったのだ。

「おっとぉ……!危ないですよ……、って、気失ってんのか」

 ミリアムの上半身を受け止めたのは、血に染まる全身に万遍なく粉化粧でまだらな赤白のカラーリングとなった孝和だった。

「まぁ……。ギリギリだったみたいだから結果的にはOKだな。そう、思っとけ、俺……」

 孝和の目線の先には、今まさに竜牙兵に殴りかからんとする【ゴーレム】と、呆然とそれを眺める青白い顔のアリアが見えた。





ダンッ!!


 踏みしめた床が大きく足の形に窪む。圧倒的な重量感の踏み込みは、その巨体を瞬時に竜牙兵の眼前に割り込ませる。

 警戒のため、崩れ落ちた壁面を向いたこともあり、竜牙兵は振り上げられた拳をバックステップで回避することに成功する。

 大振りなその一撃を、十分に余裕を持って対処することに成功した竜牙兵は、そのまま体勢を整える為の制動に動きを変える。

 だが、踏み込みの圧が大きいということは、足に運動エネルギーが残っていることを指す。動物では不可能な関節分への負担を、頑強“過ぎる”関節で完全に無視して挙動が続く。

 脚をそのまま前に出す。そのスタンスが右構えから左構えにスイッチしているが、その佇まいに何の違和感も感じない。

 淡々と何事もなかったかのように、今度は大振りではなく、よりコンパクトにかつ鋭いストレートが竜牙兵の胸部に抵抗を感じさせずに打ち込まれる。

 先程の大振りのテレフォンパンチが、完全に罠であったことに気付くには十分すぎる精密さであった。

 着地の両足がそろうタイミングで放たれた拳は、腕部の損傷の激しい竜牙兵に防ぐ術は無く、そのまま後方の壁に向かって叩き付けられることになる。

「g……gvag……!」

 叩き付けられたそのままの勢いで、跳ね返ってきたところに追撃が来る。

 実に3度目となる踏み込みにより、またも【ゴーレム】は巨体に見合わぬ疾風の体捌きを見せる。

 今度は拳ではなく、包み込むように頭部を右手が掴む。落ち窪んだ眼窩に指を掛け、しっかりとその頭蓋を握る。

 そしてそのまま右脚を跳ね返ってきた胸部にあて、後方の壁にめり込ませるようにして竜牙兵の動きを止める。

 先程のアリアにしていたことが、そのまま自分の身に降りかかってきた状態となる。そうして竜牙兵がまだかろうじて残る、右上腕骨で【ゴーレム】を払いのけようと抵抗を開始した。

 しかしながら、硬質なその体には一切の傷も付くことは無く、何の痛痒も見せない【ゴーレム】は、竜牙兵に触れる手脚に力を込める。


メキィ!!バキッ!!ミシミシィ!!


 けたたましく周囲に骨が砕ける音が響き渡る。足で踏みつけられた胸部は肋骨どころか背骨の一部までもが折れ飛び、地面に破片を撒き散らす。左の手は抵抗していた右上腕骨を掴むと、そのまま握りつぶす要領で細かな塵へと変えていく。

 そして頭蓋を掴んだ右手は、胴体部分から力任せに頭部を引き千切る。


ゴキィッ!!!


 いままででもっとも大きな音がして首と胴が離れた。その後体は、だらん、と力を失い【ゴーレム】の右脚がどけられると、その場にゴミのように積まれる形となった。

 その様子を確認した【ゴーレム】は、右手の竜牙兵の頭蓋骨を興味を失ったように後方に投げ捨て、念には念を入れた“処理”を開始した。

 積み上げられた体部分の骨を真上から踏む。すでに力の失せた、ただの骨であるだろうが、背骨や腰骨、脚部を二度と繋がらないようにベキベキに折り砕いた。




「な、何よ……。あれ……」

 命を救った闖入者は、あっという間に自身が苦戦していた竜牙兵を屠り、自身が失念していた完全な沈黙を敵に対して与えている。

 その有り様はまるで、樹を切り倒し、枝を落とし、皮を剥ぎ、適当な大きさに切り分けて薪を作るような淡々とした作業工程を見ているかのようだった。

 感情としては助かった安堵感よりも、目の前の【ゴーレム】の真意を掴みきれない恐怖感のほうが勝っていた。

 その精緻な体に確かにある、圧倒的な暴力が自分に向けられる可能性はゼロではないのだ。

 そんなことを考えていると、

「あー、と、なぁ……。もういいんじゃないか?そこまでにしとけよエメス……」

 どこか困ったかのような気の抜けた声が後ろからかかる。確かつい最近も聞いたことのある声だった。

 ズキズキ痛みで気が遠くなりそうな体を何とかひねり、声の主を正面に見据える。

 相手もこちらに気付いたのだろう。へらっ、と苦笑いしながらこちらに微笑みかけてくる。

「うわ、アリアもズタボロじゃんか!キール、悪いけど俺もアリアも治療急いでくれよ。もうさすがに限界だわ、俺……」

 そういうと孝和はアリアの正面の地面に座り込む。確かに双方とも無事を喜び合うよりも先に、治療が必要だろう。

 血だらけの再会はこうしてなされたのだった。






「……で、アレ。一体何なの?と、いうかどういう経緯な訳?」

 孝和の命により周囲を警戒することになった【ゴーレム】こと、エメスは少しはなれた階段前で下に向けての警戒をしていた。

 そこで感謝を述べ、簡単に現状の確認をすることになったのだが、

「いや、俺としても何がどうなってんのかサッパリだったりするんだけど……」

 ボリボリ頭をかく孝和。キールによって怪我は治ったが、髪にこびりついた血はどうにもならない。どこと無く気持ち悪くて髪の毛を触るたびに、固まった血が地面に落ちる。

 しかも粉化粧までしたものだから、服全体もどこか埃っぽい。止血していたあたりはドス黒く変色し、お世辞にも清潔とはいえないだろう。

 孝和としてはこんな所からはさっさと逃げたいのだが、さすがに理由のわからない同伴者がいるのでは動けないとアリアが止めた。まあ、階下から聞こえてきた戦闘音もだいぶ静かになったようなので多少の時間はできただろうとの判断だった。

 一方、主目標のアリア救出を果たした孝和としては、残りの目標のアデナウ・コーン氏や、他の皆の様子も気になってはいる。

 だから本当に簡単に且つ、手短に説明することにした。


「まあ、なんとなく解ったけれど……。無茶したわね。あんなところから“跳んだ”の?」

 この建物はすり鉢状の区画に建っているらしい。大穴となった壁から外を覗き込む。たしかに隣の空間の通路はこの3階よりは高い位置に見える。そこから螺旋状に道があり、下に通じている。

 ただし、孝和によると下から登ったのではなく、その高い位置の通路から助走をつけて「跳んだ」のだというのだ。目測で優に10mは軽く超える。

「そんなつもり無かったんだよ?キールの光輪ブレイズ・リングぽい光が見えたからさ……。あそこ目指そうって言っただけなんだよ。そしたら“跳んだ”」

「えーと、あのエメス君が、勝手に?」

 孝和の首がカクンと縦に揺れる。腕の篭手をはがしたり、胸甲の金具が外れなくて四苦八苦しながらも言葉を続ける。

「なんか協力してくれる感じだったから、頼んでさ。抱えて運んでくれたんだけど、止められなくって。そのまま、ダダダッ、ポーンッ、ドカーン、だよ」

 流れを擬音で表現して恨めしそうにエメスを見る孝和。まあ、怒ってはいない。そのおかげで間に合ったのも確かだろう。

『ねー、じゃーさっ。あのエメスくんはおともだち?』

 胡坐を組んだ孝和の横でミリアムを診ていたキールが訊ねる。

「まあ、そう、かなぁ?」

『じゃあ、ちょっといってくるー!』

 ぴょんぴょん飛び跳ねながらエメスにキールが突撃する。

「……いいのかな。ほんとに」

 まだ孝和としてもあの【ゴーレム】のことはよくわからない。便宜上呼称を必要としたので、とりあえずよくRPGで、メカとか人形系のモンスターに入れる名前で呼んだところ、気に入ったのかそのままこちらの指示通りに動いてくれるのだ。

 由来としては“真理”のローマ字読みだ。さすがにEは刻んではないだろうし問題ないだろう、たぶん。

 エメスの近くまで跳ねて行ったキールは、じーっと数瞬エメスを見つめ、エメスもそれに気付く。

 ちょっとの間、見つめあい差し出されたエメスの手に、キールがぴょんと跳び乗る。そのまま肩にキールを乗せ、エメスは警戒を再開する。

『ねー!ますたー!!たかいーーーー!!』

 こちらに楽しそうに語りかけてきたキールに苦笑しながら手を振る。

 するとミリアムが気付いたようで、ううっと目をゆっくりと開けた。

「あ、大丈夫です?救助ですんで、動けそうならこのまま行きますけど?」

「え、ああ……。アリアさんの言ってた方ですね……」

 アリアと孝和の2名を視界に捉え、ゆっくりと起き上がる。

「あの、あの【ゴーレム】って……」

 震える指でエメスを指差す。

 結果、またも孝和は同じ説明をすることになったのだった。

 こちらに来ていただいているすべての方に感謝を

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