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価値を知るもの  作者: 勇寛
それこそが日常
33/111

第31話 我、隠者に捧ぐ

誤字・脱字ご容赦ください



「よっと……。あ、これ使えそうか?うわぁ、すげえ角度。て、ことは無理か……」

 とりあえず何とか残りの2体を倒した孝和は、へとへとになりながら、皆の後を追いかける為に床一面の残骸の中から使えそうな武器を探していた。

 孝和が本気で振り下ろした戦斧は、リビング・アーマーにとどめを刺すことには刺せたのだが、頭から胸部に掛けてのところで衝撃に耐えられずに折れてしまった。

 他の武器も転がっているには転がっているが、出来れば剣がありがたい。斧やらフレイルやらでは孝和の戦闘スタイルとは勝手が違うし、棍棒は1回折れたこともあって二の足を踏んでしまう。

 ジ・エボニーが見つかればいいのだが、鞘まで黒いのでは洞窟内の薄暗い中では発見は困難だった。

 剣もある程度しっかりした作りでないと、本気で振るうと曲がったり折れたりするようだ。足元にあった銅のブロードソードを手に取る。鍛造式の量産品なのだろう、コンコンと軽く叩くと場所によって密度が違うようだ。

 おそらくここからメキッといきそうな気がする。

 コレでは駄目だ。

「あああっ!もう!時間も無いってのに!」

 流石に腰のナイフ1本で追いかけるような無謀なことは出来ない。何とか我慢できるだけの武器か、ジ・エボニーをこの中から探さねばならない。しかも出来るだけ急いで。

 ここの脱出口は落ち着いたのだ。応援もかねて合流しなければ。

 すでに亀裂の入った兜と、押すとへこむ鎧は交換済みだ。リビング・アーマーも動かなければただの鎧・兜・具足一式に過ぎない。

 比較的状態のいいものを選んで、装備した。ただ、鎧は全部着けると動きにくそうだったので、胸甲部のみをブン捕ったのだが。

「これも、駄目。こいつは……ヒビがいってるか。クソ、何処だ何処だ何処だ?たしか、ここらに飛んでったはずだから……。頼むから、出てきてくれよぉ……」

 だんだんとイライラしてきたのもあるが、疲労もあったのだろう。集中がその独り言の間、ほんの一瞬の間だが途切れてしまった。


ヒュオッ


「!?」

 一瞬だが視界の端の端に、鈍い光を見て取れた。それに対し体が自然と揺れた。

 その揺れが、孝和の命運を分けた。


ダンッ!!


 ほんのさっきまで孝和の頭があった場所と、床の軌道上をその鈍い光が通過する。

 その後に音が耳を、風が頬を振るわせる。

「やべっ!!」

(槍か!?いや、違う!こいつは……矢!?嘘だろ!?)

 たしかに床に突き立っているのは矢だった。たしかに視界に移った光はほぼまっすぐにこちらに向かってきた。放物線ではなく、まっすぐに。

 つまり、投擲ではないのだ。視認できる範囲にいないということは、かなりの距離からの攻撃だろう。飛んできた先から手で投げ込むには距離がありすぎる。

 ただ、突き立ったものを見てもそれが矢だというのは信じがたかった。もしかすれば矢に似せた、槍なのではないかと思うくらいに、太い。

 矢羽も何処にそんな羽の鳥が居るんだろうという巨大サイズだ。

 鉄パイプくらいの太さは優にある。これを弓で引くとなるとどれだけの力がいることか。何かで読んだが、ある程度の大きさになるとボーガンでも機械巻きが必要になるはずだ。

「これ、保つのか?ズタボロだぞ?ヤバイか……」

 咄嗟に逃げ込んだのは、腹に盾を突きたてられたリビング・アーマーの骸の後ろだった。かなりダメージを受けている盾と、岩に突き立つ矢。かなり厳しい賭けの気がする。

「100……200は先だろうな。もうすこしこっち来い……。止めを刺しに来いよ……」

 孝和は自身の体調から、走りこんでその先の射手までたどり着くのは難しいと判断した。先ほどの1射は寸分たがわず孝和の頭を穿つ筈だった。孝和が体を揺らさなければこの周りの骸の仲間入りをしていたはずだ。

「……来い、来い、来い。確認したいだろ?そっちからも、俺がどうなったか暗くてわかんなかっただろ?しっかり矢を番えて、止めを刺しに、ゆっくりと、周りを確認しながら、来やがれ……!」

 呪詛に近い思いを込めて、盾の裏で足元に転がる骨を握る。おそらく大腿骨だろう。

 それと盾の影にギリギリ隠れることの出来る範囲にあった先の折れた剣を拾う。

 まあ、無いよりはましだ。

 ただし、視線を移したその先にあるもと比べてしまうと駄目なのだが。

「マジかよ、最悪……見つけたけど。よりにもよってそこなのか」

 このタイミングで見つけたのはジ・エボニーだった。目の前の盾の穴越しに覗き込んだ先の右前方にコロンと転がっていらっしゃる。

 と、いう事は取りに行くには、少なくとも前進しなくてはならない。

 しかし、

「確実に狙われるな。……でも逃げて合流するのも、難しいか。……なら、戦るしかないかな」

 先ほどの射手の技量がどの程度かはわからないが、仮に200m先からヘッドショットを狙えるとすると間違いなく「超」の付く一流だ。

 疲労の色濃いこの体で逃げ切ることが出来るかといわれれば、

「絶っっ対に、無理!」

 はあ、とため息をつき今どの程度動けそうか、出来るだけ「低く」見積もってみる。

 それを念頭に考えると、全力で動くならあと3呼吸程度、もし体調が万全なら5~7といったところだ。その見積もりをさらに7割に減らして考える。

「2呼吸ちょっと、か……。厳しいな……」

 特攻しようにも限界までが短すぎる。だが、切れるカードはこれしかない。

「まあ、そっちもどうよ?もーそろそろ我慢できないんじゃないか?イジイジしてくるだろう?」

 独り言をぶつぶつ言いながらカチャカチャと左手の篭手を外す。額には汗の玉が吹き上げてきている。砕け散ったパーツ部をしっかりと補強した上でさらに布地を縛り、筒状に出口を閉じる。

そして、腰元に縛った包みから取り出した、携帯用の松明をバラして、中身を小袋にざらざらと取り出す。

 筒の中にその袋と足元にある細かな骨や石、砕けた鎧のかけらを詰め込む。

「うし、出来た。ちょっと怖いけど……。大丈夫かな……?」

 そんなものを作るくらいの時間が少し経ったが、前方の敵は足音も聞こえず姿もいまだ見えない。

 しかし、この状態が長く続くかというと、そうでもないだろう。

 孝和は時間が経つにつれ、体力を回復させるように努めている。

 一方の相手も、孝和が動いたときには矢を射るためにある程度構えているはずだ。現状、向こうの方が有利なのは解っているはず。しかも孝和側からの反撃が無いことから、遠距離の攻撃の手段が無いことも推測しているだろう。

「それが判ってるなら、動きたいだろ?せっかく相手が疲れてるのに、時間をやるのか?少しだけ精度を上げるのに、俺の状態を見るのに、少しだけこっちに来たいだろ?……来いよ!」

 小声ながらも鋭く言い放つ。自分の考えが正しいかどうかを自問自答する。……多分大丈夫。


『俺なら多少無茶でも、……行く!』


 その一念のみを脳裏に描き、盾の裏に身を潜める。狙いはあの鞘の止め具にある紐。アレを掴むことがまず1つ。

 2つ目は相手の位置。飛び出して、見て、全力で行く。全力で真正面から突っ込む。それが2つ目。

「お!来たな……そうだ、そうだ。OK、OK。いやOK?おいおい、待て待て」

 来た。足音が聞こえる。

ただ、孝和が予想していたのと、違う。

 

ズン!ズン!!ズン!!


「……なんかおっきいよぉ……。なんだよぉ……。カンベンしてくれよぉ……」

 孝和が見たところ、現れた相手の縮尺がおかしい。

 孝和はちらと隣に刺さった矢を見る。うん、太いし長い。

 そのあとに遠くに見えた相手を見る。暗くてしっかりとは見えないが、弓を握っている。そして、それに番えられた矢を構え、一歩一歩こちらへと進んできた。

 相手は矢を番えた状態でこちらに来る。この「太くて長い槍のような」矢を番えて。

(……3m弱、だよな。……雑魚を倒して、そのあとにボスって、確かに王道だけど、ゲームじゃないんだぞ!?律儀に出てくんなって!!見逃してくれよ……)

 あの番えた矢がこの横にあるものと同一ならば、単純に縮尺比で3m弱くらいだと思われる。

(大きさからするとオーガとかのサイズだったっけ?あんなバケモノ弓、直に引けるってどうなのさ!?)

 多分矢がまともに当たれば刺さるのではなく、きれいに穴が開く。キールもいないし、死ぬだろう。

 予想では数人のチームで矢を引いているか、機械式のバリスタに近いものでの射撃と思っていた。それがどうしてこう、対応策の思い浮かばない相手ばかり出てくるのか。

「巨人と戦う方法なんて知らないって……」

 目の間を指でぐいぐいと揉む。そのあと見てもやはり大きさは変わらない。

 むしろはっきりと全体像が見えたため、より諦観は深まる。

「絶対に、これが終わったら引きこもる。しばらく街でゆっくりするんだ。なんか遠くに行くのちょっと怖い……」

 そんなことをつぶやき、軽くトラウマを自覚しながらも、ゆっくりと孝和は腰を上げた。




 丁度視認可能な程度の距離に双方が近づいたところで、いきなり床一面に広がる残骸の中から、黒いものがブワッと浮かぶ。


ヒュオッ!!


 ガツンッと鈍い音を立て、その浮かんだ黒い鎧だった鉄板が矢で弾き飛ばされる。かなりの勢いで矢と鎧は絡み合い、本来飛んでいくのとは別の方向に飛んでいった。


タンッ!


 床を駆ける孝和の足音がそれに被さる。全力のダッシュで斜め前方5m先に全力で走る。先に射手が撃つか、その前に孝和が駆け抜けるかの勝負だった。

(間に合えっ!!)

 走りこんだ左手一本で掴んだ剣を真横に投げ抜く。


ヒュオッ!

キィイイーーン!!!!


 風切り音を上げた矢と、投げた剣はちょうど射手と孝和の間でぶつかりあう。甲高い金属音と共に剣が砕ける。ひびが入っていたとはいえ、見事に砕け散った金属片が地面に叩きつけられる音が響く。

「おおぅーぅぅううーっ!」

 孝和は小指の先に紐を引っ掛けて、ジ・エボニーを駆け抜けながら拾い上げる。手に持った剣を引く抜くと同時に大きく息を吸い込む。可能な限り肺腑の隅々まで空気を取り込むつもりで、である。

(これで残りは、1つだ!!)

 確実に動けるのはこの最後の1呼吸まで。これが尽きれば、あとは目隠しをして崖にダッシュするようなものだ。いつかはわからないが、全力で走っている真っ最中に奈落へ真っ逆さまということになる。

 この1呼吸の先はいつ途切れてもおかしくない。だからこそ急ぐ必要があった。

(って、何だコイツ!?もしかして、【ゴーレム】とかそういう類!!?)

 考えを声に出すエネルギーすら惜しい。掴んだジ・エボニーを抜き放ち、その目の前の射手である、ツヤツヤとした薄い水色の金属的な光沢を放つ敵を真正面に捕らえ、そう考える。

 鎧や兜といったものを全く身に付けず、その体を白地の布で覆うようにしているのは、たしかに【ゴーレム】だった。その布地の下に見えるボディーはキッチリと引き締まり、岩を人型に組み合わせたいい加減なものではなかった。まとっている質素な布地は、古代ギリシャのトーガのような印象を孝和に与えた。ただ、ボディと違い頭部はつるりとしたマネキンのものと大差はないようにも見えた。

ただし、それでも【ゴーレム】自体の出来は、丁寧に丁寧に磨き上げた上物であるのは、初めて【ゴーレム】を見る孝和にも分かる。

 ヒーローのフィギュアをそのままデカくしたみたいだ、その【ゴーレム】を前にして孝和が思ったのはそんなことだった。もっともサイズは全く違うが。

 実際のスーツアクターが動かす特撮番組のヒーローではなく、造形師が作りあげるより現実味の無いヒーローだ。

 それに丁度あの銀色の有名ヒーローのように、胸の真ん中に魔力を含んだ光が見えるのもそれに拍車を掛ける。ただ、光り輝く〈青〉ではなく、くすんだ〈蒼〉であるのが、暗闇に浮かび上がって何処と無く禍々しさを感じさせた。。

 だが、現実味が無いということは、より人が想い焦がれる強さとそれから生み出される美しさを備えているのだ。

 それは現実的には無意味なものである。例えるならどんなに格好良いロボットアニメがあっても、それは今の技術で本当に造れば重量に関節が耐えられなかったり、動力源に問題があるだろうということは言ってはいけない真実であった。

 だが、ここには魔術がある。人の思いを世界が汲み取り、それを事実へと変質させる技術。

 一流の腕のある【ゴーレム】製作者がその想いを形にしたのだとしたら、それは現実となる。科学だけの日本では許されない常識がここでは通じない。造形物への想いはそのまま力となるのだった。


【ゴーレム】はその右手に弓をもち、左手には盾が据え付けられていた。体を覆う防具が無いのは、その体自体が堅固であるからだろう。

 その現実離れした戦闘的な筋肉がついたフォルムに多少萎縮しながらも孝和の足は止まらない。

「っだあああっ!!!!」

 駆け抜け、そのままの勢いで【ゴーレム】の真正面に飛び出す。

 2射目を番え、丁度真正面の孝和の頭部を目掛けて【ゴーレム】はその矢を放つ。

 顔の横、数センチギリギリをうなりを上げて矢が飛び抜ける。ただし、孝和自身は視線を逸らさずにそれを避ける。

(ははっ!!このスピードならギリで避けれる!!)

 要するに真正面から刺突をされている状況と同じなのだ。しかも、その後の「払い」「薙ぎ」の追撃が来ない技にランクは落ちている。

(なら、大丈夫!一流と言えるかもしれないけど、まだ遅い!)

 経験したことのあるMAXよりは若干遅い。道場の高弟たちや、ダンブレンの技の方が速いと経験から判断した。

 その回避を見て【ゴーレム】は番えた矢を引き絞る。3射目は先ほどの反省を生かし、全力で迫る孝和の接近にギリギリのところまで耐えた。

(っ!来たぁ!!)


カッ!ィイイーーーーン!!!


 今までで最も速く、勢いのある矢が放たれた。音が空を切る音が直に鼓膜を震わす。

(痛っう!!当たってないんだぞ!?マジかよ!)

 今回も【ゴーレム】の狙ったのは場所は頭部だった。足元や胴体部を避けたのは、その前に掲げられた剣に邪魔されるのを恐れたからだろう。

 ただ、先ほどよりは余裕が無いとは言え、完全に避けきったはずの矢の風切音で、通り過ぎていった側の鼓膜にひどくダメージを受けた。ズキッと刺すような痛みに顔が引きつる。

 鼓膜が破れるまではいかないが、キーンとして全く聞こえない。そのせいで多少バランスを崩し、踏鞴を踏んでしまう。

「うおおおおっつ!!」

 無理やりに足を前に出す。転びそうになる体を前に運ぶことに全力を傾ける。

 その孝和の抵抗の間に、【ゴーレム】は体を入れ替え、盾を前面に弓を後手に回す。

 それによりしっかりと足場を固めた【ゴーレム】は、矢が避けられたことを差し引いても有利な立ち居地を得ることに成功していた。

 一方、息の途切れる最後の刹那、孝和は【ゴーレム】の眼前にたどり着いた。最後に踏み込む右足を軸として、漆黒の剣が盾に向かい真横に振り抜かれる。

そしてこれにより残った1呼吸がついに尽きる。

「行けえええっ!!」

 推定2メートルの壁のような重厚な大盾と、光を吸い込む漆黒の神剣がぶつかり合う。

 「斬鉄」それは“斬る”為の技。

 精錬された金属を“斬る”技の名前だ。“叩き切る”ではなく、技を術を使い“斬る”。

 これは本来刀を用いて為す。

 ただ、法寿たち人外の達人たちに言わせれば「そんなこと、知るか」とのことで、スクラップになった廃車を持ってきて試し“斬り”を見せられたときの得物は中華包丁・万能包丁・陶芸釜にくべる薪用の鉈というラインナップだった。

 ……たしかに“斬れ”てはいた。しかしこれから先に進もうという若者がそんな技を見て引いてしまう事を考えて行動して欲しい。

 得物に刃が付いていれば、ある程度までの硬度差までなら斬れるのだそうだ、彼らには。

 そして、その弟子である孝和はといえば、

「っしゃああ!!」

 

ガッ!キィィーーーン!!


 孝和の技は深々と盾の4分の3程度まで“斬った”。得物自体が一級品どころか、さらにその上の品であることもこの結果に繋がった。

 ただ、残りは抑えきられてしまい、力技に頼らざるを得なかった。補強された足先を亀裂に叩きつける。


メッ……キィ!!


 亀裂部分から不恰好に盾が歪む。ほぼ完璧に密着状態ということもあるが、【ゴーレム】の左腕をその場に、瞬間的とはいえ釘付けにすることが出来た。

 盾の丸みを利用し、半回転しながら途中で止まっていたジ・エボニーを引き抜く。

 そのままに、右手側の弓を握る側に袈裟斬りに踏み込む。


キンッ!


 とっくにメインタンクは空っぽになっている。止まれば終わる。そんな焦燥すらも頭から叩き出して無理やりに体を動かす。

「ち……っくしょ!」

 ……浅い。斬ることが出来たのは、手に伝わった感覚からすると約5cm程度だと思う。

 目で見える限り、【ゴーレム】の胸板の奥にある光までは20cmといった所だと推測している。

 鈍い痛みが走る鉛のような足に力を込め、横っ飛びに跳ねる。

 その孝和を目掛けて【ゴーレム】の右手が弓を上段から振り下ろす。


ドオオオォォーーーン!!!


(この感じ、打鞭か!?くそっ!そんな無茶な仕様の弓なんて使うなよ!!)

 弾け飛んだ床が細かな破片となって孝和を襲う。十分に錬られた鋼の弓は、両端それぞれに持ち手が付いた特別仕様だった。そういった打ちすえることを目的に設計された接近戦用の弓である。

 最初の一撃をかろうじて避けることに成功した孝和を、床から跳ね返り浮かんだ弓でさらに追撃が襲う。

「ぐはっ!……っあああっ!!」

 跳んで逃げたこととジ・エボニーを間に挟むことで体への直撃を回避したが、剣を掴んだ右手と、5m近く吹き飛んで壁に叩きつけられた背中に鋭い痛みを感じた。

(薬指・小指は、折れたか!……背中は、大丈夫。ああ、鎧着けて正解だったぜ)

 ごろごろと受身をとり、そのまま立ち上がる。ペキンと鎧の背側から割れる音がする。限界を超えた鎧が割れた。

 だが外している暇は無い。体が動くなら進むだけだ。ここで黙って死ぬよりは、生き残って痛みに耐える方が断然良い。

 右手はまだ剣を握れる。痛みに顔を顰めながらも柄を握りこむ。左手は腰の「粗悪品」を掴む。

(……よかった。吹っ飛んでたら洒落にならんって。アホか、俺。これからは行き当たりばったりで作るの止めよう)

 孝和は冷や汗を流しながらも駆け出した。


ダンッ


 先程と同じように、【ゴーレム】は盾を前に、弓を後ろにして構える。

 結果を見れば、先程の勝者は【ゴーレム】側といえた。【ゴーレム】にほぼダメージは無し。孝和は骨折2箇所に、ガス欠寸前である。

「これで!ラストだっ!!」

 これ以上は無理だというのは間違いない。多少の休息が無ければ動けなくなる前兆は感じていた。それが間違いないと断言できるまでになった。

「ぶっ壊す!!悪く思うなよ!!!」

 孝和は気合と共にさっきと同じタイミングで同じ攻撃を繰り返す。

 【ゴーレム】も同じように盾でジ・エボニーを受ける。


ガッ!キィィーーーン!!


 孝和は自分を褒めてやりたかった。ここまで「斬鉄」が何度も失敗せずに出来るとは思ってもいなかった。

 盾を先程の亀裂の真下の位置で同様に斬る。そして同様に斬ったのは4分の3程度。

 その後も変わらない。盾にそって体を這わせ、【ゴーレム】の正面に出る。

「そらっ!」

 そして、“【ゴーレム】の右手が弓を上段から振り下ろす”直前に今度は剣を“抜かずに”急制動を掛ける。

 振り下ろされる弓、そしてその真下には先程でっち上げた「粗悪品」。

 孝和はあえて盾と【ゴーレム】を“盾”にしてその瞬間に備える。


ドンッ!


 軽い爆発音と共に、篭手に包まれた火石と散弾代わりのガラクタが破裂する。

(思ったよりはデカイ音がしたな!よし!)

 カンシャク玉程度でいいから相手を怯ませるために「粗悪品のイカサマ爆弾」をでっち上げた。火石が砕けて爆ぜる仕組みから考え付いていたが、テストなしの一発勝負で使うものではない。

 ただ、先程の流れを変えるには十分役立った。【ゴーレム】にダメージは見られないが、戸惑いとでも言える瞬間的な硬直を起こすことに成功した。

「うああああああ!!!」

 イカサマ爆弾を放り投げると同時に、その手はナイフを引き抜いた。その刃先は先程の胸部に向かって走る。

 刺すのではなく、柄を握り締め叩きつけるように亀裂にナイフを走らせる。ナイフを包む白銀の光がその鋭さと硬度を引き上げる。


 メキッ!


 叩き込んだ刃先は細かく破片を飛ばしながらも【ゴーレム】の胸に突き立った。

 だが、

「もう少しだけ、行けぇ!!!」

 右手のジ・エボニーを離す。振りかぶった勢いそのままに、右の拳をナイフの柄頭めがけて叩きつける。

 インパクトの瞬間、体中からかき集めた全力で勝負に出る。視界の端に、【ゴーレム】の右足が跳ね上がり自分の腹辺りを目掛けて飛んでくるのが見えた。

 意図的にそれを無視する。逃げたところでその先の未来につなげるための余力は無い。この一撃で【ゴーレム】が壊れるか、壊れずに孝和がミンチになるかの2択であった。


ドウッ!!!


 篭手で覆っていたとはいえ、ナイフの柄は金属製でしっかりとした作りになっていた。そこに思い切り殴りかかるのだ。しかも杭打ちのようにハンマーの代わりを行う右手がどうなるかは言うまでも無い。

 だが、それでも往く。往かざるを得ない。

 柄頭に触れた瞬間に渾身の一撃に、しっかりと色として見えるくらいの濃度で気功を載せ穿つ。

 ちょうど、ナイフの刃先にその光が集中し、鋭い刃として【ゴーレム】の〈蒼〉い光をかき消す。

 その一方で、【ゴーレム】の右足も、ローキックではあったが結果的に身長差からミドルになって孝和を襲う。

「がっ……!ぐ……っがはっ!!」

 装備を含め100kg近いはずの孝和が、ボールのように吹っ飛ぶ。さらには、右手も金属塊をぶん殴ったのだ。篭手の中はどうなっているかは見たくないほどに、ぐしゃぐしゃだと思われた。

「思う」というのは右手の感覚が無いのだ。それも鮮烈に感じる腹部と、甲高く割れる音が聞こえた右上腕骨からの痛みの信号で、脳みそのキャパが満杯になったのも原因かもしれない。

 吹き飛んで受身すら取れない孝和はゴロゴロと地面を転がる。その1回転1回転で地面に転がるゴミが、頬や服に覆われているだけの箇所を薄く切る。

 最後に大きく跳ねて孝和の体は止まる。丁度リビング・アーマーの骸がうず高く詰まれた場所に仰向けで寝転ぶ孝和は、まるで地獄に引きずりこまれる亡者の様相だった。

「ち……くしょ……。う、ごけぇ……っ!」

 自由に動かない右腕と、蹴りつけられた左の上半身は、痛みで力を入れるたびに歯を食い縛らねばならないほどだった。噴き出した汗は先程までの疲労だけでなく、痛みによる脂汗も含みつつ、びっしり背中をぬらしている。

 さらには、体力の限界を迎えるほどの駆動をこなした下半身は、まるで根が生えたかのように動かない。ピクピクと痙攣しているようであったが、それでも痛みを伝えてくる律儀さには辟易した。

「ま、じか……。駄目だ、こりゃ……」

 右目に入る鮮血からすると、額が割れたか切れたかした様だ。その片目に写る光景に絶望を感じる。

 両足でしっかりと大地を踏みしめ、【ゴーレム】が盾を放り投げるのが見えた。さすがに金属の塊。孝和が付けた胸部以外には目立った傷は無い。

(へへへ……。くそ……、悪いな、皆。こりゃ無理だわ……)

 そんなことを考えながら、孝和は自身に死の恐怖が無いことに気付く。自身がおかしくなったのかと思ったが、そうではないと思い直す。

 これも真龍の恩恵なのだろう。ただ、今回は裏目に出ている。死の恐怖は生き抜くための重要なファクターだと言える。

 あの全員で転送されたときに、恐怖があれば殿は務めなかったかもしれない。一通り倒した後、皆を追うということもせずに、基地に逃げ帰る選択肢を選んだかもしれない。

 もっと言えば、デュークとの一騎打ちも避けたかもしれない。

 まあ、多分恐怖があってもこれらの選択肢は選ばなかった自信はあるが。

「怖いって、無くなってしまうのも、考え物だな……」

 そんな最後のどうにもならないことを考えながら、【ゴーレム】が目の前に来るのを待つ。唯一願うのは、皆が上手くやってくれて、この【ゴーレム】から逃げ延びてくれることだけだ。

 キールをもう少し撫でたりしたかった、とかアリアに試食させるスイーツのレシピがあったのに、とかも取りとめも無く浮かんでは消える。

 ただ、最後の最後に

(ははは、嫌がらせだ……。くそったれ……)

 ひりつく顔に薄く笑みを浮かべる。リビング・アーマーの山にあったスケルトンの骨を左手で握る。

 ズンズンと【ゴーレム】が孝和の目の前に立つ。もう少しだけ手前に来て欲しい。そうすればその能面のような顔面にこれを投げつけてやれるのに。

 そんな、孝和の怨念に引かれたのか【ゴーレム】が一歩近づく。

 瞬間孝和の目に力が漲る。フォームもなっていない上に、腕だけで投げたにも拘らず思った以上の勢いで骨は飛んでいく。

「っらあ!!………………はァ?」

 当たるかと思った最後っ屁は【ゴーレム】がしゃがみ込んだ事で避けられる。





「……お、おい、なんだそれ?……ど、どういう冗談だい?」

 骸を床にした孝和の前には、変わらずに【ゴーレム】がいる。

 ただし、【ゴーレム】は柄が折れたナイフの刃先がめり込んだ胸に右手を当て、膝を立て座り込む。左手は軽く握り締め、床に置かれる。

 頭は深々と下げられている。その様子は礼節に満ちたもので、孝和にも【ゴーレム】に敵意が無いことがわかった。


 いまだ混乱している孝和の目の前で、その【ゴーレム】の胸が淡く光り始めた。



 くすんだ〈蒼〉ではなく、煌びやかな輝きを放つ〈白銀〉に。

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