第30話 戦鐘は高らかに鳴らされる
誤字・脱字ご容赦ください。
「それじゃあ、行ってらっしゃい!!」
呼びかけたカナエは、顔全体までキッチリと覆面で覆い隠したために、声はくぐもっている。
『うん!カナちゃんもね!』
部屋の中心部に全員が抜剣した状態で全方位をカバーできるように、円状に並んでいる。カナエが軍服の下に着込んでいた黒装束に着替え、覆面だけをして壁面に立つ。その手には起動用の鍵束、腰にはここまで侵入したときのロープがくくられている。
結局、誰が残るかということになり、カナエが残ることになった。捕まった者の確認などもあり、外への連絡係は孝和、ユノ、カナエの三択。結果、体術がほんの少しだけユノのほうが優れていたこともあり、カナエが残ることになった。
孝和という選択肢もあったのだが、問題が起きたのだ。
「……俺ってもう、どうなの……。はぁ……」
孝和は見事に凹んでいる。それもけっこうヤバめに。
「仕方ないわよ。普通冒険者してる人間が魔力が無いだなんて、思いもしなかったんだから」
イゼルナの慰めにも復活の兆しは無い。ただ、反論はある。
「無いんじゃなくて、乏しいだけです!……あ、それもなんか惨めじゃないか……」
憤りを噴出させた前半、沸きあがったものが自分の言葉で消し飛ぶ後半部であった。
「天は二物を与えず……だな」
孝和にはエーイの言葉がひどく乾いて聞こえた。
孝和は転移先の様子をマオから確認している間、鍵束を差し込んでみた。そうしても全く変化は無く、どういうことなのか不思議に思ったのだ。
次にユノがやってみると反応があった。起動まではいかないが確かなものが視認できたのである。可能性を考えてみると、魔力を通せていないのではないかと思えた。
そういえば初級術でも発動の気配どころかそれ以前の問題の孝和が、魔力反応式の鍵を持ったところで使えるはずは無かったのである。
「いいんです。これから頑張るんで」
「そうか。まあ、それはまた今度だ。シャキッとしろシャキッと」
「うす。すんません」
パンパンと軽く頬を叩いて気を入れる。
「じゃあ、皆。後でね!」
グッとカナエが鍵を亀裂に押し込む。鍵を差し込んだ亀裂が淡く光り始める。
足元の床に円状の魔方陣が形成される。歪んでいた陣がグンッと力を得、一気に形作られていくのは見ていて何処と無く気持ちいい。
その陣が強く光を放ち始める。過去に体験したシグラスの簡易魔方陣と同様であれば、転移は一瞬のはずだ。
視線をちらとカナエに移すと、グッとガッツポーズをしていた。
それに軽くうなずくと同時に陣が眩く輝いた。そして孝和たち強行突入組は軍施設から
一気に姿を消したのであった。
目の前の景色が変わる。どうにもおかしな気分になるが、それが「魔術」ということなのだろう。2度目の経験とはいえ、慣れることは無いだろう。
一斉に転移されたのは祭壇のような場所だった。天井はある。洞窟の中にある遺跡を利用した施設であったのだろうか。ここの床には何かを引きずったような跡も見える。
しかもそれは新しい様子で、ただし、何かを祭るというようなことはしばらくされてはいないだろう。
周囲には木箱やシャベル、それにツルハシが簡単に見た限りでも無数に散在している。
どう見ても宗教的な儀式が行われている様子はここ最近は無いだろう。
それよりも大事なことがある。
「セイッ!!」
ブオン!!
孝和はただ力任せに左手に掲げていた大盾を水平にブン廻す。
パッカアァァーーン!!
そんなどこか気の抜けた音が周囲に響く。
音を立てたのは孝和の大盾と、正面にいた頭蓋骨のぶつかった音だった。
「スケルトンと、リビング・アーマーだったっけ!言ってた通りだな。両方とも頭つぶせば倒せるんだっけ!?」
そう、転送されたその先には方陣をぐるりと囲んでいる30ほどのスケルトンと、リビング・アーマーの団体だった。
に響き渡るのは、金属がぶつかり合う音である。ちょうどマオの刺突が目の前のリビング・アーマーの胸甲をぶち抜くところだった。
「後は制御してる魔石を砕くぐらいです!リビング・アーマーの方だけの話ですけど!!」
ユノが目の前のスケルトンの棍棒と力比べをしながらそう返す。
「隠密にって言ってたけど!結局こうなるんだよな!マオさん逃げてきたのがばれたんですかね!」
「わからん!行くぞ!とりあえずここから抜け出すぞ!!」
広めの祭壇があるだけあり、空間的には暴れまわるだけのスペースは十分にある。そこと繋がる通路はいくつもあるようで、駆け出しても正解かどうかはわからない。
「先に行け、バグズ!」
怒声が響きそれに反応したものが一斉に駆け出す。その先頭に立つのはマオとバグズ。その後にエーイとイゼルナ、ユノが続く。キールはバグズの背に乗って周囲に光輪を放ち威嚇しながら移動を開始している。
孝和もその場から駆け出す。
ただし、全員が魔方陣が描かれた祭壇から抜け出したのを確認し、徐々にその速度を緩める。
『え?ますたー!?』
気付いたのはキールだった。真っ先に抜け出たバグズは立ち止まり、残りのメンバーが合流するのを待ってる。
「殿をする!!ここが逃げ道だったら確保しとかないといけないからな!!」
孝和はジ・エボニーを鞘ごとベルトから引き抜く。30体の骨と鉄の塊を相手にするならば、どちらかというと刃物よりは鈍器の方がいい。刃先が途中で止まってしまえばそれを引き抜くのに時間が掛かる。1対複数の場面でそれは命取りになりかねない。
師である法寿やその高弟たちは鼻歌交じりに「斬鉄」を為していたが、そんな人外の技を身に付けるほど歳は取っていないつもりだ。孝和も確かに「斬鉄」を為すことは出来る。
しかしあくまで順を追って、形を整えた上で、であった。確かに力を込め、全力で打ち込めば両断は出来るだろう。過去、スケルトンより戦闘に長けたボーンソルジャーとの戦ったときには、薄手であったとはいえ鎧も叩き切っている。それを前提としても硬い敵を30も斬れるのかは不透明だ。
そこを考え、通路を背に正対する数を出来るだけ減らすように陣取る。
とりあえず鞘を選択したのも、鈍器ならば、「砕く」のみに集中すればいいからだ。とりあえず当てればダメージが与えられるし、棒術・杖術もみっちり教えられている。得物もボルドの特製だから申し分は無い。
さらには、
「スケルトン、リビング・アーマーも不死系だからな……」
不死系には特効の気功術が孝和には使える。ユノは目覚めたばかりらしいし、そうであれば殿を務めるのは孝和の役目である。
さらにはこの警戒の感じからすると、すでに侵入がばれている可能性も有る。ならば、せいぜい大騒ぎをして見せることも必要だと思われた。
「なるべく早目に戻ってきてください!!さっさと助け出して、とっとと逃げましょう!!」
意気込んで言う台詞ではないが、とりあえずこの後に来る、味方の傭兵の露払いをしておくくらいの自信はあった。
スケルトン、リビング・アーマーの混成部隊30体はその場を後にしたエーイ達を追うのを止めた。どうもこの敵集団は「走る」ことは出来ないようだ。つまり鈍足の上そんなに賢くはないようで、その場に残った孝和に標的を移したと言える。
「では、任せる!出来るだけ後ろを警戒しろ!挟み撃ちだけは避けるんだ!!」
後ろからエーイの声が聞こえる。徐々に遠ざかりながらの声だったので最後は小さかったが確かにこの場を孝和に任せる声が響いた。
そして響き渡った声が消えると、あたりに聞こえるのは唸りながらこちらへ迫るリビング・アーマーと、カタカタと顎を揺らしながら歩くスケルトンの協奏曲だった。
「まあ、ちょっとばっかりキッツいか、ねえ?」
軽く息を吐くと、そのまままっすぐに孝和はその演奏会に、更なる音を加える演奏者として参加するため歩き出すのだった。
「……っつ!ぁあっ……!!」
決して普段は出さない、息を搾り出すかのような声が彼女の喉を通り吐き出された。
ギシギシと軋みをあげるベッドの上で、アリアは自身の体がまるで自由にならないことに苛立つ。しかしひどい眩暈が起き上がろうと上半身に力を入れただけで、彼女の視界を霞ませる。
「う、うぉええぇぇえ……。カハッ、ぐっ……。は、はあ、はあ……」
すでに胃の中には何も無い。ここに来てから無茶をしたため、その中のものは全て部屋の隅のへこんだバケツの中に流し込まれている。
「だ、大丈夫!?無理だといったでしょう!そんなことをすれば冗談ではなく死にますよ!?」
ベッドの側にいた金髪の女性が駆け寄ってアリアの背を撫ぜ、脇に無造作に置かれたひびが入った器を掴む。それにトクトクと水差しの水を注ぐ。器にしろ水差しにしろ、ひどく粗末ではあるがこれでも他の部屋の備品と比べれば雲泥の差だ。
器を差し出した手をアリアは見つめる。その指にある跡は指輪のもののようだった。
「無理なのは……知ってる。けど、動かないと手遅れになるわ……。アデナウはもう船に行ってる、みたいだし。……けほっ。逃げないと、どこに連れて、行かれるかも、判らないわ……」
「でも、あなたは領主様の客人でしょう?私たちとは違って、そんなひどいことにはならないんじゃないの?」
受け取ろうとしない器をアリアの手に握らせ、ゆっくりと口元に添えるようにする。クイッと水を飲み込む。ふうと息をつき呼吸を整える。
「ミリアム……。そうじゃないのよ……。相手がアデナウの身柄をどう扱うか次第ではわからないでしょう……。それに、あなただってこの先は、どうなるか……」
ミリアムとアリアに呼ばれたこの女性は、ここに捕まった女性のうちから、アリアの世話をするためにこの3階に上げられたのだ。
「そうだけれど……。朝になれば出航の予定なんだそうよ。逃げようにも武器もないし、あっても私じゃ扱えないし。それに私は、家族も居りませんから……。生きていけるのならば、何でもするつもりでポート・デイに行くつもりでした。もしかしたら今よりはいい生活が行った先にあるかもしれないわ。まあ、そんな都合のいいことなんて無いでしょうけど」
薄く笑みを張り付かせた彼女の青い瞳が、少しだけ悲しげに揺れる様子が見える。本人は明るく振舞っているつもりだろうが、それが強がりなんだろうとアリアは思った。怖いのだろう、そうであるに違いないのに彼女はアリアの体を気遣ってくれていた。
ミリアムが非常に気丈な女性なのはわかる。アリアがここに連れてこられてから、甲斐甲斐しくその世話をしてくれている。それには非常に感謝していた。
なぜアリアにミリアムが付けられたのか。
理由は単純なことだった。アリアは倒れた。術の多用による「魔力切れ」を起こしたからである。
アデナウの乗る馬車を襲撃され、その時に倒れた護衛を治癒した際に、圧倒的に力が足りなかった。無理をして彼らに回復術を注ぎ込んだ。
アデナウを守るため、護衛は全力でその任を全うしたのだが、相手の数はそれ以上だった。十重二十重に次々と何も無い闇夜から現れたスケルトンや、盗賊と思われる敵を相手取るには力不足であった。
一人が倒れ、その穴を埋める無理をした一人がまた倒れ伏す。これが繰り返され、最後にアデナウと御者、アリアが残った。
そこでアデナウが、自身を相手にゆだねることで、まだ息のあるものたちの助命と治療を求めた。
相手側の了承を受け、傷つき虫の息であった護衛に唯一治療ができたアリアが馬車内で回復術を行い、最後の止血に成功した段階で気を失ってしまった。
一般的な神官職の魔力量と比べてもアリアが劣るというわけではない。アリアとて神官としての修練を積んでいる。それでもアリアが自分の力不足を痛感するのは、近くにいたキールの術者としての力量が、あまりに規格外であったからとも言える。
意識を取り戻したのは建物の目前であった。多少暴れてやろうと動かした両腕はリビング・アーマーにしっかりと抱えられ、動くことは封じられていた。
「うえぇ……。駄目か……。立てないなんて……」
どさりとベッドに倒れこむ。粗末なベッドは体を優しくは受け止めてくれなかったが、それでも体を横にする役にはたった。
全身を覆いつくす熱、もう何も残ってはいないはずの胃を襲う吐き気、まともに焦点すら合わない視界。ここまでの脱力感・倦怠感はアリアの人生の中で一番だった。立ち上がり、数メートル先のドアにたどり着くことすら難しいだろう。
「ですから、無理しないでください!こんな体で意識があること自体不思議なんですよ!?それにあなたが言ったんでしょう!この階の階段前のあいつ。スケルトンじゃなくて竜牙兵【ドラゴントゥース・ウォーリア】だって!!」
「そうなのよね……。これじゃあ、勝てないか……」
竜牙兵【ドラゴントゥース・ウォーリア】。字面どおり竜の牙を、魔術により作り出された魔道生命体である。見た目はスケルトンに非常に似ているが、あくまで見た目だけで中身は別物という代物だ。
術者の力量や、素材の質にもよるが実力は平均的な冒険者を上回る。休息を必要としない上に、命令には従順ということもあり、番兵としては言うことは無い。ただ基本的にはマジックアイテムの一種として販売される竜牙兵は、たしか最低でも金貨100枚はするはずだ。
アリアは熱に浮かされる頭で、何故そんな高価なものを襲撃者が持っているのかと思ったが、今回は行政官であるアデナウの拉致のために、念のために用意したのだろう。まったくどんな金の使い方をしてくれるものか……。
「でも、もう少しで来てくれるんじゃないかな……」
「そうね、きっと来てくれるわよ……」
ミリアムは倒れこんでからのアリアが、熱に浮かされていると思っていた。彼女の助けが来るという幻想に付き合ってあげるのも、この場にいる自分の責任だとも感じている。
だから、アリアの言葉はありもしない救助のことだと考えていた。
真実ではなく、彼女の頭の中にしかいない、都合のいい夢を見ているのだと。
そう、思ったのは仕方ないことだった。
「っらあああぁっっっ!!!!」
ブンッとうなりを上げ、腰から十分に力を込めた回し蹴りがスケルトンの側頭部にめり込む。
その勢いを残したまま、独楽のように跳ね回った孝和の右手に握られた棍棒が、逆サイドのリビング・アーマーを襲う。その一撃は構えられた剣にあたり、弾かれる。
しかし、威力までは減衰させきれず、後ろにいたスケルトンを巻き込んで倒れこむ。
回し蹴りを受けたスケルトンは頭蓋骨を粉みじんにしながら、その場に崩れ落ちる。核となる頭部を失い、ガランガランとうるさい音をさせながら、スケルトンはただの骨に変わった。
孝和は周囲にいる敵をとりあえず片付け、ゼエゼエと忙しない呼吸を整える時間を作り出した。
「へへへ……。さすがに、打ち止めか?頼むから、それでお願い……」
ゼエゼエと絶え間無く続く息切れを何とかしようと大きく息を吸い込む。倒した数は、20を過ぎたあたりで意味がないと思い、数えるのを止めた。イゼルナ達の向かった先とは逆方向から続々と敵が追加されてくるのだ。はっきり言えば、考えが甘かった。
最初のうちは出来るだけセーブして対処するつもりだったのに、そんなことを考える暇もなくなっているのだ。
とっくの昔に大盾は打ち付けられる手斧や棍棒、剣の攻撃で使い物にならない状態となった。今は苛立った孝和の手により、リビング・アーマーの腹部に力ずくで突きたてられる形で、まるで墓標と化している。
何度も何度も頭骨を殴りつけた左の篭手にいたっては、一部のパーツが砕けちり、甲の部分はすでに布地越しに素肌が見えるくらいだった。
盾を構えていた左手は、倒した敵の持っていた戦斧に変わり、リビング・アーマーの胸部の奥にある魔石を砕くことに専念している。
右手の棍棒はというと何体倒したか数えるのを止めた辺りで、疲れと一瞬の油断からジ・エボニーごと鞘がすっぽ抜け、仕方なくそれの代わりに敵の鉄剣を拾って戦っていた。しかしそれも砕け、棍棒を拾い、さらにそれが中ごろから折れ、今の棍棒は実は2本目だったりする。
ジ・エボニーも今は何処にあるのか判らないくらいに、床一面に骨と鎧とそれらが使った武器で覆われてしまっている。
兜にいたっては一回直撃を受けてしまった。大きな傷跡があるが、ギリギリのところで刃が止まってくれた。ヒヤリとはしたがその一瞬すらも相手は待ってくれない。
下手をすると60~70くらいは潰していたかもしれない。
「よっしゃあぁ!!来いっ!!」
ガチャガチャと音を立てながらリビング・アーマーが1体、スケルトンが2体起き上がる。
それを正面で見ながら、足元に転がる鎧のパーツやら骨やらを足で前方に蹴り飛ばす。もちろんそれは、かなりの勢いで飛んで行く。
生き物は反射的にそういった場合、避ける行動をとるのだが、目の前の3体にそんな様子はまるで見られない。
殆どは当たらないが、ひとつだけスケルトンの左腕のひじから先を砕くことに成功した。それでも痛覚が無い死者の前進を止めるには至らない。
「なんというかさ。怖えぞ、それ……」
独り言が多くなっているのは自分でもわかる。饒舌になってきたということは、かなりの疲れが体にきているのだろうと、判断した。
「マジで大人しく寝ててくれ。あとで墓でも作ってもらえるように頼んでやるから!」
ここまで来るとさすがにもうそろそろ限界だったりする。
ダンッと足を大きく踏み鳴らし、前方のラスト3体に向かい走り出す。
孝和は走りながら、先頭のスケルトンの様子をじっくりと見つめる。そのスケルトンは孝和が走りこんでくるタイミングに合わせ、手に持った手斧を横に振りぬく。
「よっと!!」
しかし、孝和はその目前で勢いそのままに、スライディングに動きを切り替える。
スケルトンの空振りを誘い、重心が乗っている右足を薙ぐように滑り込む。
メキィ!!
骨が折れる音が響く。倒れこんでくるその胸部に左足を当て、思い切り気功術の乗った一撃を放つ。白銀の光が一瞬だけ瞬く。
その一撃が、スケルトンに残る「力」を消し飛ばす。その瞬間にスケルトンという敵意ある死者は、ただの骨となった。
胸部を含む大部分は、そのまま後方にいる2体に衝突する。孝和は細かく砕けた骨片が、パラパラと降りかかるのを感じた。
ただし、ただの背骨に肋骨が張り付いた固まりと、前方にいた大地にしっかりと足を付けた鉄鎧とでは鉄鎧に軍配が上がったようだ。一瞬の静止は有ったが何の痛痒も見せず、リビング・アーマーはその手の戦斧をそのまま仰向けになっている孝和に振り下ろす。
ガンッ!!
岩の床にこれでもかという勢いで戦斧がめり込む。孝和はスライディングの後の蹴りを利用し、作用・反作用の法則よろしく、ほぼ真横に向かって「跳んだ」。気功術を乗せた一撃の衝撃はかなり大きい。その反作用は受け流すのではなく、そのまま体を通すことになり、ミシミシと体の各部がきしむ音を孝和は聞いた。
「当たれッ!」
そのリスクを覚悟した「跳躍」で上半身を視界に捉えることの出来た、後ろのスケルトンの顔面に向かって右手の棍棒を投げる。結果としては相手が軽くスウェーしたことでその攻撃は当たらなかった。
当たらなかったのは確かに悔やまれるが、問題は無い。右手の棍棒が邪魔だったのだ。孝和は「跳ぶ」時に多少のひねりを加えていた。ちょうど棍棒を投げ終わり、その手が体の正面に来たときに指先をガリガリとしっかりと床に這わせる。要はブレーキを掛けるための布石だ。
「やっぱ、横着は駄目だな。1匹ずつキッチリ片していくしかないか……。くそ……」
もしかしたら1体くらい巻き込めないものかと思っていたが、さすがに考えが甘かった。
多少の傷は付いたが、リビング・アーマーは健在。スケルトンは片腕となりながらも、フレイルを引きずりながらこちらに向かってきた。まあ、先ほどまでよりは片側に重心がよったせいなのか、動きは鈍くなっている。
「ああ、もう腹へったな……。絶対これが終わったらアリアに飯、たかろう。たっっっかいとこでガンガンにキールと食うんだ。……うん、なんかやる気出た、事にしとこう、うん」
ぶつぶつと、くだらないなぁと本人も思ってはいるがそうつぶやき、残された左手の戦斧を両手でしっかりと握る。
視線を上げ、残った力を振り絞るように目の前に掲げる。斧なんて珍しい武器はこれまで使ったことなど無い。ただ単純に振り下ろすくらいの芸当で凌いできたが、事ここに至り術の無さは厳しいと感じている。
「ま、これで終わりだろ!!さすがにさぁ!!!」
ここまでの中に誘拐犯がいないことに多少の疑問はある。倒したのは全部「人形」なのである。かなり騒いでいるが誰も声を出して寄っても来ない。
何かおかしい、そんなことを頭の隅に残しながら、孝和は両手で近寄ってきた敵に戦斧の一撃を見舞うのだった。
「時間か……。いくらなんでも気づかれただろうな。そろそろ騒がしくなるのではないか?」
ランプに照らされた人物、ハキムは手の中のグラスを弄びながら、その中の琥珀色の酒を呷る。
「問題は無いでしょう。祭壇には土産を用意しておきましたし、それを抜けて追いついてきても我らにはコレがあります。」
その前の席に座る人物はハキムと同じように肥満体であった。きちんと調髪された油の乗ったその顔は、光に照らされひどく不気味でそしていやらしい卑屈な笑みを浮かべていた。
名前をストレイという。ただ、この卑屈な笑みを浮かべながらも、彼のその視線はハキムには無い。
右手にはハキムと同じグラスを傾けながらも、左手はちょうど手のひらに収まる黒水晶を撫でる。その腕には禍々しい黒の腕輪がはまっている。ぼうっと淡く黒水晶が光ると同時に腕輪も鈍く光を発した。
その様子を見て、ストレイは笑う。
その笑いは先ほどまでの卑屈なものではなく、粘つくようなどこか狂気をはらむもので、それに気づかなかったハキムは、先ほどと変わらず酒を呷るのであった。
どうもうまく行かないんだよなー。
何とかしたいです。この更新スピード。
あ、あと久しぶりにアリア出したらどんな感じで書いてたか忘れてました……。
しっかりしないと、本当に。